私は、タキオンさんと一緒に行動しています。
「さて、いい話が聞けるといいねぇ」
「……ほどほどに、してくださいね」
「おやぁ?止めようとしてた割には乗り気じゃないかカフェ。やっぱり君も気になるのかい?」
「あなたが暴走しないように、見張ってないといけませんから」
「アッハッハ!信用がないねぇ!」
「……普段の、行動を省みてください」
私達は、とあるトレーナーさんのもとへと向かっています。そのトレーナーさんとは、嘗てファントムさんが出走したレースで2着だった子のトレーナーさんです。
「でも、気になるのは確かなはずだ。なぜファントム君のレースで2着だった子はトレセン学園を辞めているのか……とても興味深いとは思わないかい?」
「……それは」
確かに、気にはなります。でも。
「余計なことを知って、ファントムさんを怒らせたら、どうする気ですか?」
「その時はその時で考えればいいのさ!それに、この程度のことで彼女は怒らないだろうよ」
「……別に、知らなくてもいいじゃないですか。ファントムさんは、私達のお友だち。何も知らなくても、それは、変わらないはずです」
私の言葉に、タキオンさんは真面目な表情で返します。
「カフェ。確かにそうかもしれない。けどね、いくら何でも謎が多すぎるんだ。彼女には」
それは、確かにそうです。
「経歴、出身地、過去……その全てが謎だなんて、普通はあり得ないんだよ。彼女ほどのウマ娘ならね」
”トゥインクル・シリーズ無敗。マスコミからしたら格好の餌だからね”
「……そうですね」
お友だちの言うように、私も、おかしいとは思っています。あれだけの強さを見せているのに、なぜファントムさんに関する情報が一切出てこないのか?疑問でした。
「では、なぜ2着だった子のトレーナーに話を聞こうと?関係は、ないはずですが」
「千里の道も一歩から、だ。まずは彼女のレースで辞めていった子は何を見たのか……それを知る必要がある」
ですが、その人にとっても忘れたいことのはずです。それをわざわざほじくり返すのは、いかがなものなんでしょうか?
”これも、あの野郎の手がかりを知るためだよカフェ”
「……あなたは、本当にもう一人のファントムさんが嫌いなんですね」
”当たり前だよ。アイツはきっと、ファントムって子を利用している。あんなに良い子を騙してる可能性があるんだ”
「……それは、無視できませんね」
実のところ、もう一人のファントムさんについて私はほとんど知りません。ただ、守護霊のようにファントムさんに憑りついている、それぐらいの手がかりしか。守護霊と呼んでいいのか分からないぐらい、あれですけど。
しばらく歩くと、目的地に到着しました。タキオンさんが扉をノックします。
「アグネスタキオンだ。約束通り、話をしてもらいに来たよ」
「……あぁ、入ってくれ」
中から、入室を促す声が聞こえてきました。私達は、扉を開けて部屋へと入ります。
部屋の中は、随分簡素なトレーナー室でした。担当の子は、いないのでしょうか?そう考えます。そして、件の人物が、飲み物を用意しながらソファに座るように促してきます。
「飲み物の希望は?」
「私は紅茶で頼むよ。いやぁ、喉がカラカラでねぇ」
「……タキオンさん。あなたは、遠慮というものはないのですか?」
「かまわないよ。別に。紅茶だね?」
そう言って、彼は紅茶を用意しました。私は、特に希望をしなかったので普通のお茶が用意されます。彼は、私達とは向かいのソファに座りました。少しの間、沈黙が訪れます。
沈黙を破ったのは、彼の方でした。
「……それで。君達が知りたいのはあの化け物のことだったね?」
「……ッ!」
「落ち着きたまえカフェ。あぁそうだ。しかし化け物扱いとは……。ウマ娘に対して随分な物言いだねぇ?」
タキオンさんの言葉に、彼は嘲笑ともとれる笑いを見せました。
「……ハッ。あの化け物に、あの子の人生は狂わされたんだ。だったら、化け物扱いしたっていいだろう?」
あの子、というのはこの人の担当だった子でしょう。おそらく、ファントムさんのレースで2着だった子。私達の、目的の人物。
「それじゃあ、早速話してもらおうじゃないか。君達がファントム君と同じレースを走った、当時のことを」
「……そうだね。そういう約束だ。ただ、あの子の人となりを知ってもらうためにも、出会いの方から話させてもらうよ」
私達は、頷きます。それを確認した後、彼は話を始めました。
「私とあの子の出会いは、なんてことはない。普通に選抜レースでスカウトして、G1で勝つことを夢見て頑張ってきた、ありふれた出会いさ」
あの子の走りに魅入られて、私はスカウトをした。
『き、君!私と一緒に、トゥインクル・シリーズを駆け抜けないか!?』
『へ?』
『君には才能がある!私なら、その才能を咲かせられる!だから、私と一緒に……ッ!』
我ながら、必死だったと思う。でも、それだけあの子の走りに私は惚れていたんだ。
あの子は、少し笑いながら答えた。
『……はいッ!私なんかでよければ、お願いします!トレーナーさん!』
多分、私は間抜けな顔をしていたと思う。そして、スカウトが成功したという実感が出てきたと同時に、歓喜の声を上げた。
『……よ、よっしゃー!』
『そ、そんなに嬉しかったんですか?トレーナーさんって、変な人ですね』
そこから、私と彼女の楽しい日々が始まった。
彼女に合ったトレーニング、体調管理、レースでの作戦会議。大変だったことはあったけど、それ以上に楽しかったのを覚えている。
あの子はとてもいい子だった。いつも笑顔で、暗くなることなんて滅多にない。グループの中心になるような、そんなウマ娘だった。
無茶な練習やオーバーワークは絶対にしなかったし、何より私のことを信じてくれているのか、私の考案した練習方法を嫌な顔一つせず付き合ってくれた。……たまに失敗はしたが、それでもあの子は私を責めたりはしなかった。
メイクデビューは、3着だった。悔し涙を流したのを覚えている。でも、泣いてばかりもいられない。何が悪かったのかを洗い出して、次につなげた。
その努力が実を結んだのか、未勝利戦を見事1着で飾ることができた。
『や、やりましたトレーナーさん!私、勝ちましたよ!』
『おめでとう!私達の努力の成果だ!』
『えへへ。はい!私、これからもたくさん勝って、トレーナーさんを喜ばせちゃいますね!』
彼女の言葉に嬉しさを覚えた。これからも2人なら頑張っていける。そう思っていたんだ。
そこから彼女は順調に勝ち星を重ねていった。クラシックレースにも出走したし、ダービーなんかは2着に入着した。勝てはしなかったけど、凄く嬉しかった。どうかと思うけどね。
私は彼女が勝つためにいろんなことをした。対戦相手の研究やコースの研究。どういった対策を取るのが正解か、彼女ならばどうすれば勝てるのかを必死に考えた。大変だったけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、やりがいを感じていたんだ。
それだけ、彼女に夢中だったのかもしれない。彼女の助けになれる、そのことがたまらなく嬉しかった。年末の有マ記念にも、出走できた。あの子がそれだけファンに愛されていたということだ。2人で抱き合って喜んだのを覚えている。
『やりましたぁトレーナーさん!私、あの有マ記念に出られるんですね!』
『あぁ!強敵揃いだから勝てるかは分からない。だけど、思いっきり楽しんで来い!』
『はいッ!』
結果は散々だったけど、いい思い出だった。
私は、彼の話を聞いています。その時の彼の表情は、凄く穏やかで、本当に楽しい日々だったんだなと、推察できます。
そして、彼の言うあの子、という人物もまた、良いウマ娘だったのでしょう。本当に、楽しそうな日々を送っていたのだと分かります。
……だからこそ、疑問です。なぜ、そんな人が学園を辞めるようなことにまでなったんでしょうか?そのことが、本当に疑問でした。
「ふ~ん。それで?今の話にファントム君は出てこなかったが?」
「……タキオンさん」
全然興味なさそうに言い放ったタキオンさんの言葉に、思わず、睨みつけてしまいます。ですが、タキオンさんは歯に衣着せぬ物言いをしました。
「カフェ。私達の目的は、ファントム君の話を聞くことだよ?確かに彼らの話にも興味はあるが……本題が何も出ていないじゃあないか」
「……それを口に出して言うのは、どうかと思いますよ」
「これは失敬。だけど、私達の目的はあくまでファントム君の話を聞くことだ」
「……すまなかったね。化け物のせいで夢破れていった人間の戯言なんて、興味もないだろう」
タキオンさんの方を見ると、耳を絞っていました。
……もしかしたら、タキオンさんもファントムさんを化け物扱いされて怒っているのかもしれませんね。だからこそ、わざわざ口に出していったのかもしれません。
彼は話を続けます。
「本当に、本当に楽しい日々だったよ。あの子との日々は……」
年が明けてから。私とあの子は今後の目標レースを決めていた。
『ひとまずは、天皇賞を目指して走ろう!』
『えぇ~!?わ、私なんかが天皇賞を勝てるでしょうか?』
『やってみなきゃ分からないさ!それに、私達の目標はG1制覇だからな!』
『そ、そうですけど~』
私達は笑いあった。目標は大きい方がいいということで、天皇賞を見据えて練習を重ねていった。時に笑い、時に泣いて。一日一日が楽しかった。強くなっていく実感が湧いていたし、何より本当にG1レースを勝てるかもしれない。そんな夢さえも見ていたんだ。
『トレーナーさんッ!』
『どうした?───』
雪が降る中、あの子は続ける。
『私がここまでこれたのは、トレーナーさんのおかげです。トレーナーさんがいたから、私は重賞でも好成績を残せるぐらいに成長できました』
『……それは違う。君の才能があってこそだ』
『フフッ。トレーナーさんはいつもそう言ってくれますね。あまり謙遜するのは良くないですよ?』
『事実さ』
『む~っ。……ま、そういうことにしてあげます』
あの子は、言葉を続けた。
『トレーナーさん!まだまだ未熟な私ですけど、いつかG1を勝ってみせます!だから、その時は……』
『その時は?』
『いっぱい、い~っぱい!褒めてくださいね!』
彼女はそう言って笑った。誰もが見惚れるような、満面の笑顔だ。
『……あぁ!任せとけ!まずは中山記念、勝つぞ!』
『はいッ!』
本当に、全てが順調に進んでいたんだ
主人公と一緒に走った彼女の行方はいかに?