そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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レース描写があまりにもないので主人公の過去回想的な。


追想:亡霊のメイクデビュー

 さてさて、ついに迎えましたよ私のメイクデビュー。まさかチームに入って1週間で迎えるとは思いませんでしたよメイクデビュー。普通こういうのってじっくり育ててから行きません?まぁ私としてはレースに出走できるので都合がいいですけど。

 

 

”クハハ……ッ!やっとか、やぁっと暴れられるなぁオイ!”

 

 

「……事前の打ち合わせ通り、今回はあなたに一任するよ」

 

 

”当たり前だ。つっても……どいつもこいつも弱すぎんだろ。張り合いがねぇぜ”

 

 

「……そこは、仕方ない。今回はメイクデビューだしね」

 

 

”……ま、走れるだけマシか”

 

 

「……そういうこと」

 

 

 もう一人の私と会話をしていると、周りが私を見ながら声を潜めて会話をしていますね。残念なことに丸聞こえですが。

 

 

「あの子、誰と話してるのかしら?」

 

 

「さぁ?なんにしても不気味ね……」

 

 

「あんまり近くを走りたくないなぁ……」

 

 

 なんてこと言うんですか。私フレンドリーですよ。話しかけに来てくれていいんですよ?

 

 

”はいはい。そんなことどうでもいいからウォーミングアップしてろ”

 

 

「……どうでもよくはない。もしかしたら、一緒に走ることで生まれる友情があるかもしれない」

 

 

”笑わせんな。どうせ俺様が勝つレースに、友情もクソもあるかよ”

 

 

「……まぁ、それはそうだね」

 

 

「ねぇ。あなたさっきから誰と話してるのかしら?」

 

 

 おっと。もう一人の私と会話をしていたら誰かが話しかけてきましたね。誰でしょうか?

 

 

「……あんまり気にしなくていい」

 

 

「いや、普通に気になるのだけど。周りの子が不気味がってるの、分からないの?」

 

 

「……?」

 

 

 何言ってるんですかねこの人?

 

 

「パーカーだけならいざ知らず、そんな変なお面までつけて……。常識ってもんを知らないのかしら?」

 

 

”あ゛ぁ゛?んだこの塵は?誰に向かって意見してやがる?ぶっ殺されてぇのか?”

 

 

「……落ち着いて」

 

 

「私は落ち着いてるわよ。全く……こんなのがメイクデビューの相手だなんて……。まぁ良いわ。精々頑張ることね」

 

 

 ちゃんと許可を取ってあることを話そうと思いましたけどそのままどっかいっちゃいましたね。私は別に気にしてませんが……もう一人の私はそうじゃないみたいで。

 

 

”元から蹂躙する予定だったが、いいぜぇ?走るのも嫌になるぐらい徹底的に潰してやるよ……!”

 

 

「……程々にね」

 

 

 さて、そろそろゲートインの時間ですね。しかしゲートですか。練習の時に入ったんですけど、どうも慣れませんねあの狭さ。別に入ることに抵抗はありませんが、苦手です。

 私は確か……大外枠でしたっけ?忘れました。まぁそのうち呼ばれるでしょう。……いや、普通にゼッケン見ればいい話ですね。私のゼッケンはっと。ふむ、11番ですか。11人出走なのでまぁ大外枠ですね。あ、呼ばれました。ゲートインしますか。

 

 

 

 

《さぁ。最後のウマ娘が今ゲートに入りました。東京レース場芝1400m。天気は晴れ、絶好の良バ場日和です!ここから新たなスターが生まれるのか?非常に楽しみな一戦です!》

 

 

 

 

 さて、切り替えますか。後は頼みましたよ、私……

 

 

「……チッ。狭苦しいことこの上ねぇ。さっさと出走させろや」

 

 

 苛立ちばかりが募る。さっさと開きやがれ。

 

 

”……それには、同意”

 

 

「なんでこんなもんで仕切るのかねぇ?ヨーイドンでいいだろ」

 

 

”……公平を期すためでしょ”

 

 

 公平だと?笑わせんな。

 

 

「俺様が勝つのに、公平〈ガシャン!〉もクソもあるかよ」

 

 

”……概ね同意。それと、ゲート開いたよ”

 

 

「あ゛ぁ゛?……あぁ、開いてんな」

 

 

 他の奴らは全員出走してらぁ。

 

 

 

 

《各ウマ娘一斉にスタート……っとぉ!?11番ファントムは出遅れている!ゲートが開いたことに気づいていないのか大きく出遅れた!1番人気ファントムは痛恨の出遅れです!》

 

 

《前情報では彼女は逃げウマ娘のはずです。これは……致命的ですね》

 

 

 

 

 致命的だと?笑わせんじゃねぇよ。むしろ丁度いいハンデだろ。

 

 

「さて。とりあえず先頭を取るか」

 

 

 俺様は、進軍を開始した。先頭を取りたいから、少しだけ思いっきり走る。

 

 

「思い知らせてやるよ塵共。テメェらが誰を相手にしているのか……そして」

 

 

 何バ身離れているかは知らん。興味もねぇ。俺様にとってはないも同然の差だ。

 

 

「俺様というウマ娘に、ひれ伏しやがれ塵共がァ!」

 

 

 地面を思いっきり蹴り上げる。

 

 

 

 

《痛恨の出遅れです11番のファントム!ですが……ッ!?なんというスピードだ!?圧倒的なスピードで前との差をグングン詰めていく!しかしこれは明らかに掛かっている!これは明らかに掛かっているぞ!》

 

 

《こんなペースで持つわけがありません。これはもう……ファントムは終わったかもしれませんね》

 

 

《しかしそんなことはお構いなしにファントムはペースを上げていく!なんと第3コーナーのカーブを曲がる前に先頭に追い付きそうだぞ!?……いや!無理やり追いついた!11番ファントムが無理やりハナを取った!第3コーナーのカーブに入る前に、ファントムが先頭に立ちました!》

 

 

 

 

 ハァ?終わったかもだと。凡愚共の尺度で、俺様を測るんじゃねぇよバカバカしい。

 

 

”……ちょっとペースを落とそうか”

 

 

「あ゛ぁ゛!?ふざけんじゃねぇよ!この程度で俺様が潰れると思ってんのか!?」

 

 

”……思ってないよ。だけど、無理をするほどじゃない。他の子達も、そんなに速いペースじゃなかったからね”

 

 

「……チッ!」

 

 

 腹立たしいが、コイツの言う通りだ。ペースを落とすのが得策だろう。俺様はペースを落とす。それを見て、後続の塵共もペースを落としたようだ。フン、知恵はあるみてぇだな。

 

 

”……最終直線で、引き離せる。私ならそうでしょ?”

 

 

「ま、そうだな」

 

 

 ひとまずはこれでいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファントムのメイクデビュー。俺は、終わったと思った。

 

 

「逃げウマ娘なのに出遅れ……。しかも掛かりのコンボときた」

 

 

 今は先頭を走っているが、スタミナを余計に消耗したはずだ。これじゃあ終わったも同然だろう。

 思えば、ファントムというウマ娘は不思議なやつだった。急にスピカの部室にやってきては天命だとか言って入部してきたパーカーとお面で顔を隠した変なウマ娘。それがファントムというウマ娘に対する俺の第一印象だった。

 練習をしていくうちに、コイツはヤバいと分かってくるようになった。トモを触っただけで分かる。こいつの潜在能力はかなり高いと。……無許可で触ったせいで危うく蹴られかけたが。

 練習を重ねていくうちに、ファントムというウマ娘の強さはどんどん露呈していった。類まれなスピード、強靭な心肺機能、そして身体の柔らかさ。どれをとっても一級品だった。メイクデビューだって楽勝だろう。そう思わせてくれるぐらいには凄いウマ娘だった。

 ……まぁそれも。あんな風に出遅れて掛かっているようじゃあ台無しだ。しかも第3コーナーを抜けてからもほとんど減速していねぇ。未勝利戦、どうしようかと考え始める。

 そろそろ第4コーナーを回って最後の直線だ。アイツにスタミナも脚も残っていないだろう。……だが、それは大きな間違いだった。

 

 

 

 

《さぁ第4コーナーを回って最後の直線に入った!各ウマ娘が徐々に加速していく!スパートをかけ始めているぞ!先頭は依然として11番のファントムですが……ッ!?え、えぇ~!?なんということだ!ファントムの加速が止まらない!ファントムがどんどん加速していっている!後続との差がどんどん開いていく!掛かっていたのではないのか!?》

 

 

《い、いえ!それよりも……!なんですかあのフォームは!?オグリキャップを彷彿とさせる前傾姿勢ですが……ッ!あ、あまりにも異質すぎる!彼女に恐怖心というものはないのでしょうか!?場内からは悲鳴が聞こえてきます東京レース場!》

 

 

 

 

 アイツは減速するどころかむしろ後続を引き離すぐらいに加速していった。いや、それだけじゃねぇ!

 

 

「なんだ……ッ!あの走りはッ!?」

 

 

 前傾姿勢で走るウマ娘はオグリキャップがいる。だが、今までトレーナーをしてきた中でもあんなフォーム見たことねぇぞ!?ただただ速く走ることを追及したフォームなのはわかる!だけどアイツ、恐怖心ってもんがねぇのか!?

 そして、あろうことかアイツそのまま坂に入ろうとしてやがる!あのままだと……ッ!

 

 

「……ハァッ!?」

 

 

 俺の心配をよそに。アイツは、その体勢のまま坂を駆け上がっていってる。しかもほとんど減速していねぇ。なんだ、アイツは……。常識が、通用しねぇ。ファントム……。

 

 

「お前、一体何者なんだよ……ッ」

 

 

 そう呟く他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、と。第4コーナーに入ってから塵共がペースを上げてきやがった。俺様に近づいてきてやがる。

 

 

「フン!あなた、全然レース運びがなってないじゃない!この勝負、貰ったわ!」

 

 

 ……随分舐めた口聞いてやがるなぁ、塵の分際で。この勝負、貰っただと?上等だ……ッ!

 

 

”……いいよ。スタミナも脚も、十分に回復したし。ここからなら、十分持つ”

 

 

「その言葉を待ってたぜぇ……ッ!」

 

 

「ハァ?アンタ何言って……」

 

 

「いいか塵。良く覚えておけ」

 

 

「塵?もしかして……私の事!?舐めた口を……!」

 

 

 俺様は、全速力で駆け出す。俺様本来の走りで加速していく。視線は変わらず前に。最後の直線に入り、見えてきた。

 

 

「この世界には、2種類のウマ娘がいる。俺様と……」

 

 

 俺様の世界、領域(ゾーン)がッ!

 

 

「それ以外の塵共だ!」

 

 

 周りの景色が塗りつぶされる。ただ、荒野だけが広がる景色。何もない。地平線の先まで広がっている。360°、どこを見渡しても何もない荒野が広がる世界。そして、その荒野を塗りつぶすように迫ってくる、闇、闇、闇。その闇は、荒野を塗りつぶしながら俺様を取り込もうと迫ってくる。

 だが、関係ねぇ。俺様は、その闇が迫りくるよりも速く駆け抜けることができる!誰も俺様に、追いつくことはできねぇ!

 

 

「これはレースじゃねぇ……ッ。ただの、蹂躙だ」

 

 

 俺様は一気に駆け出す。後続の差は開くばかりだ。後ろからは悲鳴にも似た叫びが聞こえてくる。

 

 

”……後続の子達、離されてるね”

 

 

「当たり前だろうが。塵が俺様に勝てるわけがねぇ」

 

 

”……ま、そうだね”

 

 

 どんなに足搔こうが、俺様が1着という事実は変わらん。そのまま最高速度で駆け出す。

 

 

 

 

《先頭はファントム!先頭はファントムだ!なんというウマ娘だ!?出遅れて、掛かっていたにも関わらずこれだけの脚を残していた!こんな……ッ!こんなウマ娘がありえていいのか!?》

 

 

《こ、後続のウマ娘は……ッ!追いつけない!?追いつけません!後続のウマ娘も必死に追走しているが、あまりにも!あまりにもファントムが速すぎる!誰もファントムを捉えることができません!》

 

 

 

 当たり前だろうが。俺様と、塵を一緒にするんじゃねぇよ。そんなことを考えていたら、いつの間にかゴール板?とやらを駆け抜けていた。……ッチ。もう終わりか。

 

 

 

 

《そ、そして今ゴールイン!い、1着はファントム!1着は11番のファントムだ!メイクデビュー勝利で飾ったのは11番のファントムです!……が、こ、こんなウマ娘は見たことがありません!?前半ほとんどのウマ娘は様子見をしていました!出遅れたファントムは掛かっているかのように駆け抜けていた!しかし、しかし!ハナを取ってから最後まで一度も先頭を譲らなかった圧勝劇!》

 

 

《逃げ有利な展開だということを考慮してもあまりにも不利な条件が重なっていました。しかしそんな我々の考えをあざ笑うかのように駆け抜けた。ファントム……トレセン学園の秋川理事長が直々にスカウトしてきたらしいですが……。一体、彼女は何者なのでしょうか?》

 

 

《そ、そして今!遅れること3秒差で6番がゴールイン!他のウマ娘も続々とゴールしていきます!な、なんと1着と2着の差はおよそ18バ身差!そ、それよりも!こんなレースは見たことがありません!出遅れと掛かりがあってもなお上がり3Fのタイムは最速の32秒台!お、恐ろしいレースを見せてくれました11番のファントム!これからのレース、別の意味で目を離せません!》

 

 

 

 

 

「分かっちゃいたが、歯ごたえがなかったな」

 

 

”……メイクデビューだから、仕方ない”

 

 

「……クソが。この抑えようがねぇ闘志をどうしたらいいんだよ俺様は」

 

 

”……この後走るから、それで発散して”

 

 

「フン。頼むぞ」

 

 

 そう言って、俺様は変わる……

 

 

「……フゥ。とりあえず、今夜どうやって抜け出そうかな?」

 

 

”普通に抜けだしゃあいいだろ”

 

 

「……簡単に言わないでほしい」

 

 

 そう話していると他の子達がゴールしてきましたね。ただ、1400mを走っただけにしてはかなり息が上がっています。……ま、予想はつきますけど。

 

 

「ハァ……ッ!ハァ……ッ!」

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 私はそう言って手を差し出します。ただ、その手は弾かれました。痛い。

 

 

「ッ!近寄らないで!あ、アンタ……アンタ一体何なのよ!?」

 

 

 今気づきましたけど、この子2着かつ私になんか色々言ってきた子ですね。しかし何なのよとは。普通に傷つきますね。しかもめちゃくちゃ怯えてますし。私しょんぼり。

 

 

「……私はファントムだよ」

 

 

「そ、そうじゃ……ッ!それよりも、私に近づかないで!」

 

 

 そう言って一目散に逃げだしていきました。他の子へと視線を向けます。

 

 

「ひ、ヒィッ!こ、来ないで!」

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 

 ……私1人だけ残りました。悲しみ。

 ちなみにレース後のライブですが。ライブ衣装の上にパーカーとお面を被ってライブしてましたよ。えぇ。振付自体は間違えてません。ちゃんと練習してたので。えっへん。




観客の反応 なんか変な恰好した奴が1着取ってすんげぇレースみせたと思ったらその恰好のままライブに出てきた。えぇ……。

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