そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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毎日王冠当日。ちょっとあっさり目。


逃亡者と毎日王冠

 ついに迎えました、毎日王冠の日。このレースの結果次第で、私は秋の天皇賞でファントムと走ることができます。そのせいかは分からないけど、不思議と気合が入ります。ゲートの中で私は気持ちを落ち着けながら出走の時を待っています。

 

 

 

 

《東京レース場芝1800m、G2毎日王冠!東京レース場は異例の大観衆で溢れかえっております!注目はなんと言っても宝塚記念を含めて5連勝中!チームスピカのサイレンススズカでしょう!》

 

 

《スピカは今ノリに乗っていますからね。しかしそれを黙ってみている他のチームではないでしょう》

 

 

《さぁどういった展開を見せるかは分かりきっております!リギルの2人、エルコンドルパサーとグラスワンダーはサイレンスズカについていけるのか!非常に注目の一戦となっています!》

 

 

 

 

 トレーナーさんが言っていた特に気をつけるべき2人。エルさんとグラスさん。特に、エルさんは日本ダービー以降憑き物が落ちたように調子を維持しているから要注意だと言っていました。

 

 

(それでも関係ない。私は、いつも通り走るだけ)

 

 

 ゲートが開くのを待ちます。一瞬の静寂が訪れた後、その時は来ました。

 

 

(ッ!ゲートが開いた!今ッ!)

 

 

 私はゲートが開くのと同時に駆け出します。まずは、先頭へ!

 

 

 

 

《誰が勝つのか分からない真剣勝負!毎日王冠が今、スタートしました!グラスワンダーがやや出遅れたか?》

 

 

《しかし落ち着いてますね。これならば大丈夫でしょう》

 

 

《先頭を走るのはやはりサイレンススズカ!そこから続くように1番と7番、そしてエルコンドルパサーと続きます!エルコンドルパサーはこの位置だ。先頭を走るサイレンススズカとは5バ身の差がついています。〈異次元の逃亡者〉サイレンススズカは毎日王冠でも逃げ切るのか?》

 

 

 

 

 私は先頭を走る。後ろの子達は、ちょっと控えているのかもしれません。だけど、それは好都合。このまま逃げ切ります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートが開いて前半の1000m。ワタシは丁度4番手の位置につけています。先頭を走っているのはやっぱりスズカ先輩デス。外につけたこの位置で、エルはスズカ先輩を観察します。

 

 

(エルは大逃げとの対戦経験がありません。当たり前かもしれませんけど)

 

 

 トレーナーが言ってましたけど、そもそも大逃げのウマ娘というのが稀デスから。勝ちの定石を無視して走るウマ娘はいますけど、その中でもスズカ先輩とファントム先輩のような大逃げのウマ娘はさらに稀でしょう。逃げで走る知り合いにセイちゃんがいますけど、セイちゃんとはまた違う逃げの形。それをこのレースで目に焼きつけます!……にしても速いですねスズカ先輩。エル達が控えて走ってるのもありますけど、5バ身差の位置をキープしてます。

 

 

 

《依然として先頭はサイレンススズカ!前半1000mを通過しましたタイムは……!なんと57秒7!凄まじいハイペース!これがサイレンススズカの大逃げだ!後続はほぼ変わらず1番と7番、そして4番手の位置にエルコンドルパサーが控えています!さぁそろそろ差を詰めていきたいところ!2番人気グラスワンダーは第3コーナーから前との差を詰めてきています!》

 

 

 

 

 ……まだデスね。1000mを通過しましたが、まだここじゃないでしょう。仕掛けるとしたら、第4コーナーを抜けた後。最後の直線!そこで追い抜きにかかります!

 

 

(あれだけのハイペースで走ってるんデス!脚も持たないでしょう!)

 

 

 エルはそう考えます。ただ、外からグラスが抜いていきましたね。第4コーナーのカーブに入りました。

 

 

「……ッ!ここで!」

 

 

 第4コーナー中盤で仕掛けますか、グラス!それに引っ張られるように前を走る2人もペースを上げました。なら、エルもペースを上げましょう!グラスよりもさらに外。大外へと進路を取ります。

 

 

 

 

《最後の直線へと差し掛かります!先頭はサイレンススズカ!サイレンススズカが先頭です!エルコンドルパサーとグラスワンダー、リギルの2人による熾烈な2番手争い!前のサイレンススズカとの差をジリジリと詰めて行っております!サイレンススズカの大逃げが今日も炸裂するのか!?》

 

 

 

 

 さぁ、射程圏内に捉えました!貰いましたよ!スズカ先輩!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の直線。先頭を走る私。後ろとの差は徐々に詰まってきている。だけど……ッ!

 

 

(ッ!見えてきた!私の、私だけの景色!)

 

 

 朝焼けに包まれた場所。凄く静かで、どこまでも奇麗で、どこまでも走りたくなる。凄く気持ちがよくて、温かくなれる、私の本気が発揮できる場所!

 

 

「……逃げ切りますッ!」

 

 

 私は一気に加速します。脚も温存できましたし、問題はありません!このまま一気に突き放す!

 

 

 

 

《な、なんと!?先頭サイレンススズカがここにきてさらに加速したぁ!2番手エルコンドルパサーが詰めた差がまた開いていく!速い、やはり速い!これが〈異次元の逃亡者〉サイレンススズカだ!グラスワンダーは力尽きたかズルズルと後退していく!》

 

 

《やはり病み上がりというのが響いたのかもしれませんね》

 

 

《2番手エルコンドルパサーが必死に追っている!〈怪鳥〉エルコンドルパサーが逃亡者を追いかける!しかし差は縮まらない!スピードが違いすぎる!これがサイレンススズカだ!まさに逃げて差す!レースの理想を体現するかのようにサイレンススズカが駆け抜ける!これはもう決まった!》

 

 

 

 

 本当に気持ちがいい。本当に、どこまでも走っていたくなる。楽しい、いつまでもこの感情のままに走っていたい!残りどれくらいかは分からない。ただもっと走りたい。その衝動に駆られています。

 その時です。視界の端に、スピカのみんなが写りました。みんなが私を応援している。

 

 

「スズカさーん!頑張ってくださーい!」

 

 

「……」

 

 

 えぇスペちゃん。私勝つわ。そして……。フフッ、こんな時でもあなたは無言なのねファントム。まぁ、あなたは大声で応援するような子じゃないけど。

 毎日王冠を勝った。だから、あなたと闘えるわ。あなたとのレースは、きっとすごく楽しいのでしょうね。そのレースを想像すると、口角が上がるのを感じます。

 

 

 

 

《サイレンススズカが今1着でゴールイン!〈異次元の逃亡者〉が毎日王冠を制しました!秋の天皇賞に向けて準備は万端……ッ!?っとぉ!?サイレンススズカが止まらない、サイレンススズカがゴールしても止まらない!?一体どうしたのか!?》

 

 

 

 

 本当に楽しみ。きっと素晴らしいレースになるわ。それよりも、ゴールはどこだったかしら?なぜか、観客席は凄く賑わってるけど……。私は気になって後ろを見ます。

 

 

「……あっ」

 

 

 いつの間にか、ゴール板駆け抜けてました……。か、考え事に夢中で全く気付かなかったわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」

 

 

 と、届かなかった……ッ!縮めた差がまた開いて、そのまま逃げ切られました……ッ!どういうスタミナしてるんですか、スズカ先輩!

 ……いえ、違いますね。いくらなんでもハイペースで飛ばして最後まで持つわけありません。きっと、どこかで息を抜いたタイミングがあるはずです。もしくは……。

 

 

(アレがハイペースじゃなくて、ノーマルペースの逃げ?だとしたら……)

 

 

 ワタシが、仕掛けどころをミスりましたか。ハイペースで逃げている、そう思ったから仕掛けるのを遅らせました。それが、大きな間違いだったんですね。そもそもの話、相手が落ちてくることを期待して走るのは良くありませんでした。反省デス。

 

 

「けど、大きな収穫もありました」

 

 

 大逃げのウマ娘との対戦経験。それは得ようと思って得られるものではありません。この点に関しては手放しに喜べるものです。それに、最後には差を縮めることができた。最終的な着差は2バ身差。本当に徐々に、傍目からでは気づかないぐらいですけど。エルは確信しています。追いつけないことはないのだと。ならば……。

 

 

「後はエル自身をアップデートする……。見ていてくださいスズカ先輩」

 

 

 勝つための最良のプランをトレーナーと考えていきましょう。これから応相談デスね。

 ワタシは観客の声援に手を振って答えているスズカ先輩を真っ直ぐに見据えて誓います。

 

 

「秋の天皇賞、勝つのはエルデス!もう二度と大逃げはさせませんよ!」

 

 

 秋の天皇賞でリベンジデース!首を洗って待っていてください、スズカ先輩!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィナーズサークルで記者の人達の質問に答えます。その中で、私が待ち望んでいた質問をしてきた記者がいました。

 

 

「サイレンススズカさん。次走は秋の天皇賞とのことですが……」

 

 

「はい。秋の天皇賞を目標に、頑張っていきたいと思います」

 

 

「現時点で注目しているウマ娘はいますか?やはり今回の毎日王冠に出走していた、エルコンドルパサーですか?」

 

 

「そうね。エルさんも勿論注目していますけど……。私が一番注目しているのは……」

 

 

 このタイミングですね。この場で言えば、きっとあなたは逃げないでしょう?

 

 

「ファントム。私、毎日王冠勝ったわ。東京レース場芝2000m、秋の天皇賞……そこで、一緒に走りましょう?」

 

 

 私の言葉にその場にいた人全員がどよめきました。そして、口々に喜んでいるような声を上げています。大スクープを見つけたような、そんな声があちらこちらから聞こえます。

 

 

「ふ、ファントムさんですか!?ファントムさんは了承しているのですか!?」

 

 

「トレーナーさんとの相談になると思いますけど。あの子は出走してくる。私はそう思っています」

 

 

 記者の人達は、私の言葉にてんやわんやしています。トレーナーさんを横目にチラッと見ると、少し呆れたような表情をしていました。ちょっと申し訳なく思うけど、こうでもしないとあの子は一緒に走ってくれないでしょうし。後悔はしてないわ。

 

 

「なんてこった……ッ!<異次元の逃亡者>と<ターフの亡霊>!トゥインクル・シリーズを賑わせている大逃げ2人の激突かよ!」

 

 

「やっべぇ!とんでもねぇスクープだぞこれは!おい!今すぐ本社に連絡しろ!」

 

 

「おいおい……ッ!こりゃあ日本中が湧き上がるぞ!ついに亡霊を倒すウマ娘が現れたかもしれねぇんだからな!」

 

 

「亡霊の不敗神話が終わり、新時代が到来するのか!それとも亡霊の不敗神話が続くのか!どっちにしても盛り上がること間違いなしだ!」

 

 

 記者の人達の言葉を聞きながら、私は考えます。

 

 

(楽しみだわ……。あなたはどんな走りをするのかしら?ファントム)

 

 

 自分と同じ、大逃げのウマ娘に思いを馳せながら。




なんてことだ。もう逃げられないぞ。
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