そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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喧嘩を売られたその後。


亡霊少女と次走決定

 

 

「……おのれ。やってくれましたねスズカ」

 

 

「フフッ。確かにアレは予想外だったね。まさに、青天霹靂だった」

 

 

 ルドルフに呼ばれてきた生徒会室。私は思わずルドルフに愚痴ります。愚痴を吐く私を見てルドルフは苦笑いを浮かべて……いや、楽しそうに笑ってますね。他人事だと思いおってからに。実際他人事ですけど。

 なんで溜息を吐いているのかって?仕方ないでしょう?スズカにあんなことされたんですよ?そりゃあ愚痴りたくもなるもんです。私の計画がおじゃんですよおじゃん。弁護士呼んでください。

 私が頭を悩ませているのは先日行われた毎日王冠です。あ、レース自体はスズカの勝ちでした。凄かったですよ。問題はその後です。私は手元にあるいくつかの新聞を見ながら溜息を吐きます。目につくのはその見出しです。

 

 

【宣戦布告!異次元の逃亡者がターフの亡霊に挑戦状を叩きつける!】

 

 

【トゥインクル・シリーズ最大級の大逃げ対決!軍配はどちらに!?】

 

 

【逃亡者と亡霊あなたの本命は?秋の天皇賞徹底解析!】

 

 

【白黒つけるぞターフの亡霊!逃げるのはレースだけで十分だ!】

 

 

【大逃げ頂上決戦!稀代の逃げウマ娘2人、激突の時!】

 

 

 凄くないです?みんなどんだけ注目してるんですか。全部の新聞が同じ見出しですよ。私とスズカの対決を煽るような記事を書いてます。インタビューのスズカの言葉を思い出します。

 

 

『ファントム。私、毎日王冠勝ったわ。東京レース場芝2000m、秋の天皇賞……そこで、一緒に走りましょう?』

 

 

 勘弁してくれませんかね本当。

 

 

「……おのれスズカ」

 

 

「君は嫌なのかい?サイレンススズカと闘うことが」

 

 

「……別に、嫌なわけじゃない。けど、こんなことをされたら受けざるを得なくなる」

 

 

 元々ジャパンカップで対決予定でしたけど、この宣戦布告ですよ?これで私が秋の天皇賞に出走しなかったら私がスズカから逃げたみたいじゃないですか。勝負から逃げる臆病者のレッテルを貼られちゃいます。私は別に構いませんが、もう一人の私がそれを許すはずがありません。

 

 

”おい、分かってんだろうな?”

 

 

「……」

 

 

”これで秋の天皇賞に出走しない、なんて抜かしてみろ……ッ!絶対に許さんからな!”

 

 

 滅茶苦茶圧かけてきてますもん。当たり前ですけど。スズカに喧嘩を売られて超滾ってます。これで秋の天皇賞に出走しない、なんて抜かしたら私ただじゃ済みませんよ。そもそももう一人の私の性格上、誰かの下というのは我慢ならないことですから。私が天皇賞に出走しなかったらスズカが上で私が下、というレッテルを貼られること間違いなしです。絶対に出走しろって言いますよね。当たり前ですね。

 

 

”あんだけ派手に喧嘩売ってきたんだ……ッ!それ相応の礼ってもんをしねぇとなぁ!”

 

 

「……まぁ、宣戦布告されてしっぽ巻いて逃げるのもアレだから出走するけど」

 

 

”ハッ!当たり前だ”

 

 

「……その代わり、ジャパンカップへの出走はしない。その条件を呑むなら、天皇賞に出走する」

 

 

”……チッ!わーったよ。元からどっちかにしか出走しねぇって条件だったからな”

 

 

 もう一人の私は不承不承ながらも承諾しました。後はトレーナーに伝えるだけですね。しかしあの宣戦布告は完全に予想外でした。私ビックリ。

 

 

「……まぁ、対決が早まっただけだからいいけど」

 

 

「それにしては随分と憂鬱そうだね?」

 

 

 ルドルフは不思議そうに尋ねてきます。

 

 

「……そりゃあね。ジャパンカップに出走するつもりで調整してたのに、秋の天皇賞に出走せざるを得なくなったんだから。予定が大幅に狂ったんだもの。憂鬱にもなる」

 

 

「ハハッ。確かにね。だけど、君なら問題なく調整できるだろう?」

 

 

「……まぁね」

 

 

 予定は大幅に狂いましたがそれはそれです。調整は問題なくできます。それに走る以上は負けません。

 

 

「話は変わるがファントム」

 

 

「……何?」

 

 

 なんかやたらウキウキしてますけど。どうかしました?

 

 

「私とはいつ走ってくれるのかな?」

 

 

「……」

 

 

 何言ってんですかね?

 

 

「サイレンススズカは良くて、何故私はダメなのか教えてもらえるだろうか?私も君と走ってみたいのだが」

 

 

 あらやだ私ってばモテモテ。向けられてる矢印は闘争一択ですけどね。

 

 

「……前にも言ったけど、然るべき時が来たら走る。そう約束した」

 

 

「その時とはいつだい?」

 

 

「……」

 

 

 私、沈黙。今度はルドルフは溜息を吐きます。

 

 

「併走でもいいから受けて欲しいんだ。トゥインクル・シリーズの歴史上最強格とも呼ばれる無敗の亡霊と是非走ってみたい。それは不思議なことではないと思うんだがね」

 

 

「……我慢して。私もルドルフとは走ってみたいと思っている。だけど、まだ。まだ我慢しないといけない。我慢した分だけ、一緒に走る時が楽しみになるから」

 

 

 ルドルフは私を真っ直ぐに見据えてます。私もそれに答えますよ。バチバチ。

 

 

「……ま、それもそうだね。それに、前回も待つといった手前我慢しないのは良くないだろう。気長に待つとするさ」

 

 

「……その分、最高のレースにすることを約束する」

 

 

「成程。それは楽しみが増えるというものだね」

 

 

 ルドルフは笑顔を見せます。納得してくれたようで嬉しいですよ。

 

 

”クハハハ!最高のレース、ねぇ?”

 

 

「……」

 

 

”あぁそうだなぁ?最高のレースになるだろうなぁ?”

 

 

 随分楽しそうにしてますね。笑いを隠し切れてませんよ、もう一人の私。

 

 

”悪い悪い。俺様も楽しみで仕方がねぇってだけだ。他意はねぇよ”

 

 

 そうですか。まぁ特に気にすることでもありませんか。

 そんな時生徒会室の扉をノックする音が聞こえました。誰でしょうか?まぁここが生徒会室という時点で候補は大分限られますが。

 

 

「入りたまえ」

 

 

「失礼します。会長……ファントム、お前もいたのか」

 

 

「……お邪魔してる」

 

 

 入ってきたのはエアグルーヴでした。相変わらず凛とした佇まいですね。

 

 

「お2人はどんなお話を?」

 

 

「何、ファントムの次走についてさ。どうやら秋の天皇賞に出走することを決めたみたいでね」

 

 

 エアグルーヴが驚いたような表情で私を見ますね。そんなに意外ですか?あ、今度は腑に落ちたような表情を見せました。自己完結しましたね。

 

 

「随分久しぶりの出走だが……やはり、あの一件か?」

 

 

「……お察しの通り。あんなことされたら、受けざるを得ないでしょう?」

 

 

「確かに、な。あれだけの記者が揃っている中で堂々と宣戦布告をされたんだからな。ただ、スズカは強敵だ。お前が走ってきた相手の中でも、一番の相手だろう。心してかかれよ?」

 

 

”誰に向かってものを言ってやがる。俺様が負けることなんぞありえん”

 

 

「……まぁ、私は走りたいように走る。それだけだよ」

 

 

「そうか」

 

 

 それだけ言ってエアグルーヴは自分の仕事に取り掛かりました。私はお邪魔ですかね?さっさと退散しますか。ソファから立ち上がろうとしたら……。

 

 

「あぁそうだ。ファントム、差し支えなければ憂鬱だった理由を聞かせてもらってもいいかな?」

 

 

「何?何か心配事でもあったのか?ファントム」

 

 

 ルドルフから声を掛けられて、それにエアグルーヴも反応しましたね。

 

 

「……予定が狂ったからだけど」

 

 

「それは分かっているが、君はレースの予定が狂ったぐらいで気分が沈みこんだりはしないだろう?だとしたら、レース以外で何か別の用事でもあったのかと思ってね」

 

 

 あら鋭い。実際その通りですよ。レースの予定が狂った、まあそれは良いでしょう。別に気にしませんし。ただ、秋の天皇賞に出走することである予定が潰れたんですよ。

 

 

「……スペちゃんの菊花賞が見れなくなった」

 

 

「あぁ、それは……」

 

 

「天皇賞は菊花賞の1週間後。調整の時間があるから確かに見に行けんな……。それは残念だな」

 

 

 私が憂鬱になってる理由はこれです。スペちゃんの成長や、スカイの成長を見られないじゃありませんか。仕方ないのでトレーナー達がビデオを撮ってくることに期待しましょうそうしましょう。

 

 

「……じゃあ、私は帰るね」

 

 

「あぁ。またいつでも来てくれファントム」

 

 

「天皇賞、楽しみにしているぞ」

 

 

 ルドルフとエアグルーヴの言葉を聞いて私は生徒会室を後にします。さてさて、まずはトレーナーに天皇賞出走の相談ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファントムが生徒会室を去った後。私とエアグルーヴだけが残っている。ブライアンは……まぁサボりかもしれないね。困ったものだ。

 

 

「会長、少しよろしいでしょうか?」

 

 

「どうしたんだ?エアグルーヴ」

 

 

「いえ。会長はファントムのことを特に気にかけておられるようなので。理由をお聞きしても?」

 

 

 ふむ。私がファントムを気にかける理由か。至極単純な理由ではあるのだが……。

 

 

「やはり一番の理由は、彼女の走りだろう。エアグルーヴ、君は彼女の走りを見たことはあるかい?」

 

 

「一応、映像では何度か。かなり独特なフォームだと記憶しています」

 

 

「そうだね。フォームもそうだが彼女の走りには絶対がある。それを証明するように、彼女はいまだに無敗を貫いているんだ」

 

 

 私のレースも絶対があると言われているが……彼女はそれと同じ。いや、それ以上かもしれない。私に刻まれた3つの黒星。だが、彼女は一度も黒星を刻んでいない。

 

 

「恥ずかしい話だが、私は彼女に嫉妬しているのかもしれないね。私はトゥインクル・シリーズ現役中に3度敗北した。しかし、ファントムは一度も敗北していない。そのことがたまらなく悔しい」

 

 

「……お言葉ですが、会長の戦績も立派かと。ドリームトロフィーでもその強さを証明しておられるではありませんか」

 

 

「そうだね。けど、これは私の気持ちの問題なんだ。彼女にできて私にはできなかった。そのことがたまらなく悔しいし、嫉妬してしまう。彼女というウマ娘に」

 

 

「会長……」

 

 

 あぁ、だからこそ……。

 

 

「彼女の走りを体感してみたい。絶対と呼ばれる走りをレースで体感したい。そして……」

 

 

 叶うことならば……。

 

 

皇帝(わたし)の絶対で亡霊(ファントム)の絶対を崩したい。そう思ってしまうのさ」

 

 

「……ッ」

 

 

 そして、その時君はどんな表情をするんだろうか?ファントム。……っと、闘志が漏れ出てしまったか。空気がヒリついてしまっている。抑えなければね。

 

 

「すまないねエアグルーヴ。まぁ私がファントムを気にかける理由はそんなところだ」

 

 

「……成程」

 

 

「君も気になるだろう?強いウマ娘と聞けば、なおさらだ」

 

 

「まぁそうですが……」

 

 

 フフッ。君と走る日が楽しみだよ、ファントム。その時は、楽しいレースにしようじゃないか。




天皇賞・秋、ファントム出走決定!

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