そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

36 / 183
タキオンとカフェがファントムのことについて考える


探求者の考え

 旧理科準備室。いつものように、私とタキオンさんは、それぞれ思い思いの時間を過ごしています。私がいつものようにコーヒーを淹れて、飲もうとしていると。

 

 

「さて、今日はファントム君がいないことだし……ファントム君について一緒に考えようじゃないか」

 

 

「……はぁ」

 

 

 そう言いました。ただ、楽し気に、というよりは、少し真面目な表情をしています。

 ファントムさんの調査。それは、タキオンさんの言葉から始まりました。素性が一切明かされていない、ファントムさんの過去を暴く。彼女はどこで生まれて、どうやって生きてきたのか。それを私達は、調べています。

 にしても、その話をしてきたということは。

 

 

「また、新しく話をしてくれる人が現れたのですか?」

 

 

 タキオンさんは、私の言葉に首を横に振ります。

 

 

「残念ながらいないよ。というよりも、あの後も何人かに聞いたが全員同じような感じだっただろう?これ以上彼らからは何も得られない。そう判断した」

 

 

「……まぁ、確かにそうですね」

 

 

 実は、この前のトレーナーさん以外にもファントムさんのレースで2着になったウマ娘のトレーナーを務めていた人達を当たってみたのですが。核心に迫るような情報は得られず。ただ、共通していたのは……。

 

 

「全員が無茶なオーバーワークで身体を壊して絶望し走るのを諦めた……これ以外の情報は得られなかった。だから今回は、別の切り口から攻めていこうと思うんだ」

 

 

「別の切り口、ですか」

 

 

 一体どういったものでしょうか?

 

 

「というわけで、今回はもう一人のファントム君について考えてみよう。だから、今回は君にかかっていると言っても過言ではないよ、カフェ」

 

 

 大分、大きな責任がのしかかってきましたね。思わずタキオンさんを睨みます。当の本人は、どこ吹く風ですが。

 

 

「もう一人のファントム君……生憎と私はその姿を見たことないが、ファントム君曰く自分とそっくりな見た目をしているそうじゃないか。それは確かかい?カフェ」

 

 

「そう、ですね。顔に関しては分かりませんが……尻尾から判断する限り、毛色はファントムさんと同じですし、背格好もファントムさんと瓜二つと言っていいでしょう」

 

 

「しかしなんで顔だけ分からないんだろうねぇ。不思議なものだよ」

 

 

「それに関しては、私にも分かりません」

 

 

 まぁ、顔にもやがかかっていますが、ファントムさんと同じようにフードを被っているので、どの道分かりませんけど。

 

 

「さて、ここからが本題だカフェ。君はどう思う?もう一人のファントム君はファントム君と瓜二つの姿をしている。顔のことは一旦置いておくにしてもドッペルゲンガーばりに似ている2人をみて、君はどう予想している?もう一人のファントム君の正体を」

 

 

「……あくまで、私の仮説ですが」

 

 

「構わない。君の意見を聞かせてくれ」

 

 

 一呼吸おいて、私は答えます。

 

 

「もう一人のファントムさんの正体は、亡くなってしまったファントムさんの姉妹ではないかと、思います」

 

 

「……その根拠は?」

 

 

 タキオンさんは、興味深そうに目を細めます。

 

 

「普通、幽霊といえども憑かれている本人と瓜二つの容姿をしているなんて、あり得ません。一部の例外を除いて、他人なわけですから」

 

 

 私とお友だちは、そっくりではありますがよく見れば違いがあります。もしかしたら、ファントムさんともう一人のファントムさんも、違いがあるかもしれませんが。傍から見ればそっくりな見た目をしています。

 

 

「成程。その一部の例外、というのが……」

 

 

「はい。何らかの理由で、亡くなってしまったファントムさんの姉か妹ではないかと。私はそう考えています」

 

 

「ふぅン……。仮にもう一人のファントム君がファントム君の姉妹だったとして。何故、ファントム君にとり憑いているのかは分かるかい?」

 

 

 ……あくまで、私の予想ですが。

 

 

「ファントムさんを、守るため。でしょうか」

 

 

”アイツがぁ?絶対そんなタマじゃないね”

 

 

 普段の態度を考えると、そう思わずにはいられませんが。これなら少し、納得がいきます。それに、お友だちは偏見の目で見てますので。

 

 

「ま、そうだね。私もその可能性が高いとみている。彼女の過去が、私の考えた仮説に基づいているのだとしたら、ね」

 

 

「タキオンさんが考えた、仮説……ですか?」

 

 

”……多分、胸糞悪い話だろうね”

 

 

 私も、そう思います。もう一人のファントムさんが、ファントムさんを守るようにとり憑いている。そして、ファントムさんは過去のことを忘れている。そう考えると、ある仮説へといきつきます。

 

 

「彼女は幼い頃にDVを受けていた可能性がある。それも、実の両親だけでなく親戚も巻き込むぐらいのね」

 

 

「……」

 

 

 ある種、予想はついていましたが、いざ言葉にされると怒りで頭が真っ白になりそうです……!何故、ファントムさんを……!

 

 

「落ち着きたまえカフェ。これは仮説と言っただろう?」

 

 

 タキオンさんに声を掛けられて、ハッとなります。気づいたら、拳を強く握っていたようですね。

 

 

「……すいません。取り乱しました」

 

 

「構わない。君の気持ちも分からんでもないからね。続けよう」

 

 

 タキオンさんは、ファントムさんの過去に起こったであろう出来事を推測していきます。

 

 

「おそらくファントム君には自分と瓜二つの容姿を持った双子の姉妹がいた。姉妹間の仲は……どうだろうか?もう一人のファントム君とファントム君の仲は」

 

 

「良好だと思います。もう一人のファントムさんは、傲慢な性格をしていますが、ファントムさんの言うことは素直に聞いている節があるので」

 

 

”不思議なもんだね。あんなに傲慢な奴なのに”

 

 

 お友だちも、同意するように頷いています。タキオンさんには、見えませんが。

 

 

「では、姉妹の仲は良好であると仮定しよう。ただ、両親や親戚連中はもう一人のファントム君だけを可愛がっていた。ファントム君は蔑ろにして、だ。その理由までは分からないが……くだらないことだろう。もう一人のファントム君の学業が優秀で、ファントム君が優秀じゃないからとかそんな理由なのかもしれない」

 

 

「……」

 

 

”反吐が出るね。その程度のことで優劣を決めるなんて”

 

 

 あくまでタキオンさんの仮説です。でも、もしこれが本当のことだったらと思うと、お友だちと同じように、はらわたが煮えくり返りそうです。

 

 

「だがこの姉妹に悲劇が起こった。もう一人のファントム君が何らかの理由で亡くなってしまった。そして、その原因はファントム君にあった。そうなると、当然ファントム君に怒りの矛先が向くだろう。DVをするのには、十分すぎる理由になりえる」

 

 

「……くだらないですね」

 

 

「確かにくだらない。だが、往々にしてそういう事例はある。これも事実であるかは分からないことだから、何とも言えないけどね」

 

 

 タキオンさんは、咳払いをしました。

 

 

「話を戻そう。DVを受けていたファントム君。それを何らかの理由で知った理事長とたづなさんがファントム君を助け出し身元引受人となった。そして、ファントム君がDVを受けていたとなると常に顔を隠している理由についても分かる」

 

 

「消えない傷があるから、でしょうか?」

 

 

「本当にDVを受けていたのなら、その可能性は高い。彼女は傷だらけの顔を隠すためにお面をしている可能性があると。そうなると過去のことを忘れているのにも納得がいく。辛い記憶を思い出したくないからだろう。彼女はその記憶を封印することにした。頭の奥底に、ね」

 

 

 そこまで聞いて、思わず机を叩いてしまいました。お友だちも、タキオンさんも、驚いています。でも、私の怒りは収まりません……!

 

 

「何故、あんなにも優しい方に……ッ!そんな、酷いことを……ッ!」

 

 

「……カフェ。さっきも言ったがこれはあくまでも仮説だ。それに、これが事実だとしたら疑問点が多数ある」

 

 

「それは、何ですか?」

 

 

 タキオンさんは、指を1つ立てて言います。

 

 

「1つ。本当にDVを受けていたとして、何故顔だけに集中していたのか。仮に複数人からのDVを受けていたのであれば、身体に痣があってもおかしくないはずだ。だが、彼女はプールの授業にも普通に出ているし、肌にも痣のようなものは見受けられなかった」

 

 

 確かに、そうです。普段こそパーカーを着ていますが、時折袖を捲って肌を出している時があります。その時も、痣のようなものはありませんでした。

 

 

「2つ。もし仮に優秀でないからファントム君を排斥したのであれば、何故これだけ優秀な成績を修めているファントム君のところにやってこないのか、だ」

 

 

「トゥインクル・シリーズ無敗、ドリームトロフィーに移籍しても最強格の1人なのは間違いなし、と言われるほどですからね」

 

 

「そうだ。もし優秀じゃなくてDVをしたのであれば、優秀な成績を修めている現状名乗り出てこないのはおかしいんだ」

 

 

「まぁ、そうですね」

 

 

 もし、出てきても、軽蔑のまなざししか向けられないと思いますけど。

 

 

「3つ。理事長とたづなさんがどうやってDVの事実を知ったかだ。赤の他人だと言っていたのに、DVのことなんて分かるはずもない。……まぁ、ファントム君が近くに住んでいて、誰かのタレコミがあったというのであれば話は別だが」

 

 

「その辺のことも、よく分かりませんから」

 

 

「何とも言えないねぇ本当。他にも疑問は多数残っているが……大まかにはこんなところか」

 

 

 ……と、なると。

 

 

「……ファントムさんがDVをされていた、という可能性は」

 

 

「限りなく低い。0ではないがね」

 

 

 その答えに、私は安堵します。ただ、タキオンさんは溜息を1つ、吐きました。……まぁ、気持ちは、分からなくもないです。

 

 

「結局、もう一人のファントム君についても何も分からず仕舞いか……。前途多難だねぇ。ファントム君がDVをされていたという事実がなくて一安心ではあるが」

 

 

「まぁ、これも小さな一歩ではないでしょうか?」

 

 

「砂漠を横断するのに踏み出した一歩程度の気がするけどねぇ……。ちなみにだが、もしもう一人のファントム君がファントム君にとり憑いているとして。あの傲慢な性格になったのには予想がつくかい?」

 

 

 少し、難しいですね。

 

 

”元からあぁでしょ。そうに決まってる”

 

 

 先入観まみれのお友だちは、放っておいて。私は考えます。あの傲慢さ……予想を立てるのだとしたら……。

 

 

「ファントムさんに向けられた悪意を、もう一人のファントムさんが請け負っている、とか?」

 

 

 悪意をため込み過ぎた結果、あの傲慢な性格になったとか考えます。……いえ、自分で言っておいてアレですけど……。

 

 

”カフェ。それは絶対にないよ。そもそもファントムは悪意を向けられても平然としているし、あの野郎は人に悪意を向けられて気にするようなタマじゃないでしょ?”

 

 

「さすがに、ないですね。忘れてください」

 

 

「そうかい。……はぁ~あ、ファントム君は何者なんだろうねぇ本当」

 

 

 ……というか、今更な疑問ですけど。

 

 

「理事長や、たづなさんには聞かないんですか?あの人達は、ファントムさんの素顔を知っている唯一の人達ですよね?」

 

 

 私の質問に、タキオンさんはやさぐれたように答えます。

 

 

「最初に聞きに行ったよ。断られたがね。全くケチ臭いことだ。たかが生徒1人の個人情報ぐらい教えてくれてもいいだろう!」

 

 

「いえ、それを教えたら、大問題かと」

 

 

「まぁいいさ。そういえば、今度ファントム君は秋の天皇賞に出走するんだったねぇ。私は見に行くつもりだが……カフェはどうする?」

 

 

「私も、行きます。ファントムさんのレース、見に行ったことなかったので」

 

 

 私の言葉に、タキオンさんは意外そうな表情を浮かべています。

 

 

「そうなのかい?てっきり見に行ったことあるものだと思っていたんだが」

 

 

「不思議と、機会に恵まれなくて」

 

 

「成程ねぇ。なら、一緒に行こうか、カフェ」

 

 

「はい」

 

 

 長話をしている間に、冷めてしまったコーヒーを啜ります。……後で、淹れ直しますか。




あくまでタキオン達の仮説です。仕方ないね、情報が全然出揃ってないんだもの。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。