《さぁ2人の逃げウマ娘がペースを作る!先頭はサイレンススズカとファントム大逃げの2人がペースを作ります!第2コーナーのカーブを回って向こう正面へと入ったレース!序盤から2人の激しい競り合いが続いているぞ!果たしてハナを取るのはどちらのウマ娘か!3番手にはエルコンドルパサーが控えているぞ!》
私とファントムが競り合いを続けているレース。私の調子は、凄く良い。過去一番ってぐらい。それぐらい、気持ちよく走れています。……本来ならば。
何故気持ちよく走れていないのか。その原因は。
「……」
(本当に、不気味……。いつものファントムとは、全然違うわ)
スタートから私と競り合っている、ファントムの存在。
ただ競り合っているだけなら、楽しいレースになっていたと思う。今のレーススタイルになってから競り合うなんてことはほとんどなかったし、何よりファントムの性格を考えるととても楽しいレースになると思っていたから。彼女と同じレースで2着になった子は学園を辞めていったなんて話もあるけれど、きっと辞めた理由に彼女は関係ない。そう、思っていた。
(ファントムは、本当に優しい子。そんな子がするレースは、きっと楽しいレースになる。そう思っていたのに……)
今の彼女からは微塵もそんなことを感じさせない。普段の彼女からは想像もできないほど荒々しい、刺々しい雰囲気を出しています。本当に、この子はファントムなの?
(ねぇ、ファントム)
「……」
彼女は無言で走っている。その雰囲気は、変わらない。
(あなたは本当にファントムなの?いつものあなたとは全然雰囲気が違うわ)
「……」
(ねぇファントム。どうして、他の子を見下しているように走っているの?あなたは、そんな子じゃないでしょう?)
そう考えていると
「……クックック」
ファントムが、不気味に笑いました。それと同時に、背筋に冷たいものが走ります。
(な、何?この、言いようもない気持ちは?)
普段の彼女と何ら変わらないはず。それなのに、何かが違う。本当に些細な違和感だが、違うと私は感じました。まるで……。
(今、競り合っている彼女は、ファントムじゃない?)
……本当に、本当に偶然、そんな考えが頭をよぎった。
そんな時、ファントムがペースを上げ始めました。ッ!させない!先頭は譲らない!
気になることは沢山あるけれど、今は先頭をただ走る!それだけ!
《向こう正面に入ったレース!サイレンススズカとファントムが後続を大きく突き放している!速い速い!これはあまりにも速い!もう完全に2人の独壇場だ!》
《エルコンドルパサーが必死に食らいついていますが……先頭の2人が速過ぎますね。ついていくのが精一杯といったところでしょうか?》
《すでに先頭2人と3番手エルコンドルパサーとの差は8バ身はついているでしょうか!?しかし先頭2人はペースを緩めるどころかガンガンペースを上げている!これは圧倒的だ!後続のウマ娘はついていくのが精一杯!》
やっぱり、ファントムは速い!でも、全然ついていけるわ!少し、余裕がある。だからこそ私はレース中にも彼女に問いかける。この違和感の正体を確かめるために、叫ぶように問いかける。
「ねぇファントム!あなたどうしたの!?」
「……」
「普段のあなたとは全然違う!レースだからかもしれないけど……それを差し引いても違和感があるわ!」
「お喋りする余裕」
「どうしちゃったの!?ファントム!」
私は叫ぶようにそう言いました。その時です。
彼女は、嗤いました。酷く不気味に。お面をつけて表情は分からないはずなのに、そう感じさせました。
「あぁ、やっぱりダメだなぁ」
(ッ!な、何?不気味な気配が一層強く……ッ!)
「やっぱ抑えることができねぇわ」
(い、一体何の話!?)
けど、これでハッキリしました。
「いいなぁぱっつん緑ぃ。最高だよテメェ」
ぱっつん緑?私のこと?いえ、それよりも……ッ!
「俺様と競り合える塵がいるとはなぁ。驚いたぜぇ?」
私が感じていた違和感は正しかったッ!気のせいなんかじゃなかったッ!
「やっぱり、アイツの言う通りにして正解だった……ッ!最高に滾ってきたぜぇおい!」
この子は……ッ!今私と競り合っているこの子はッ!
「このレースに出走している奴ら全員……
ファントムなんかじゃない!心優しい、あの子じゃないッ!
その時、私はフクキタルが言っていたことが頭をよぎります。
『ファントムさんには何か良くないものが憑いているとお告げがありました!シラオキ様も警戒していますし、きっと悪霊の類です!』
悪霊……ッ!フクキタルの言っていたことは正しかったッ!今私と競り合っているこの子は、ファントムにとり憑いている悪霊!それならば、あの雰囲気にも納得がいくッ!だって、普段のファントムとはあまりにもかけ離れているのだから!
「特にぱっつん緑ぃ。テメェは念入りに喰らってやるよ」
「ッ、あなたは誰!?」
レース中にも関わらず、そう問いかけます。
「……あ゛ぁ゛?」
「あなたは誰!?ファントムの身体を使って、何をしているの!?」
「……ククク、よりによって問いかけるのがそれか」
彼女はおかしそうに笑った後答えます。
「俺様はファントムさ。今はな」
今は?いえ、それよりも……ッ!
「そんなはずはないわ!ファントムは……あの子は!他の子を見下したような走りはしない!周りを羽虫程度にしか思っていないような、そんな雰囲気を出しながら走ったりしない!」
「本当に面白れぇこと言うなぁぱっつん緑ぃ」
彼女は心底おかしそうにそう言いました。そして、続けます。
「テメェにアイツの何が分かるんだ?」
「分かるわ!あの子は、心優しい子だもの!」
「クハハ!笑わせてくれるぜ!いいか覚えとけぱっつん緑!」
彼女は、勝負服のフードに手を掛けながら答えます。
「アイツはテメェが思ってるほど優しい奴じゃない。利用されてんだよ、テメェらはな」
そう言って彼女はフードを脱ぎました。赤黒い髪のショートヘア、彼女の尻尾と同じ色、刺々しい、荒々しい雰囲気を感じさせる風貌。走りながらでも、お面をつけていてもそれぐらいのことは分かります。
(利用されている?……いえ!)
「そんなことあり得ないわ!」
「テメェは本当のことを知らねぇからそんなこと言えるのさ。考えてもみろ?アイツは自分のことを徹底的に隠している。不自然なほどにな」
「それがどうかしたの!?」
「そんな奴の言うことを、どうして信じられるんだテメェらは?」
「決まってるわ!あの子が優しい子だからよ!」
「それが偽りだってんだよ。アイツは俺様の目的のために、テメェらに近づいているだけだ。利用するためにな」
「そんなこと……ッ!」
「否定できねぇよなぁ?テメェらはアイツのことを何も知らねぇ。違うって言いたいけど否定できるだけの材料がねぇ。心優しい姿も、偽りかもしれねぇからなぁ?」
「……ッ!」
否定、したい。否定しなければならない。けど、彼女の言う通り否定できる材料がない。だって、私達はファントムというウマ娘のことを全然知らないのだから。
そんな時。また、フクキタルの言葉が頭をよぎります。そうだ、シラオキ様のお告げ……ッ!
(重大な選択を迫られることになる……ッ!それはきっと、このこと!だったら、私が取るべき選択肢は……ッ!)
「いいえ違うわ!あの子は本当に優しい子!たとえ利用するために私達に近づいているのだとしても、それにはきっと別の理由がある!」
「信じられんのか?根拠もねぇのに?」
「えぇ!私は、ファントムを信じている!あの子は、悪意を持って私達を利用なんてしないって!」
「成程ねぇ……」
隣にいる彼女は相変わらずおかしそうに笑っています。そして、私に告げました。
「1つ、良いことを教えてやる。テメェが言った俺様がファントムじゃないって言葉……アレはあながち間違いじゃねぇ」
「……ッ!それがどうかしたの!?」
「まぁそう焦るな。そうだなぁ……元々アイツと俺様は別の存在だ。そして、アイツは俺様の目的に自分の意思で協力している。言っておくが、これは嘘じゃねぇ」
「……えっ?」
ファントムが、彼女の目的に自分の意思で協力している?彼女の目的は分からないけれど、きっとすごく嫌なことを考えている。そんな目的に、あのファントムが協力している?人を傷つけることを嫌いそうなファントムが、自分の意思で?
《さぁ先頭2人の競り合いが続いている!最初の1000mのタイムは……ッ!57秒4!57秒4という超ハイペースでレースを展開しています!?なんというスピードだ!まさに規格外のスピード!》
《こ、こんなウマ娘が1人いるだけでもすごいのに……ッ!それが2人も!まさに開いた口が塞がりません!》
ッ!いけない、レースに集中しないと!すでに1000mを通過した。残り半分。走り切る……ッ!そして、彼女に勝つ!
「精々俺様を楽しませてくれよぉ?ぱっつん緑ぃ。そのためにわざわざ我慢してたんだからよぉ」
(黙って!)
「さぁて……。頑張ってついてこいよぉ!」
そう言って、彼女はペースを上げます。ッ、確かに速い!けど!
(十分に追いつける!私のスピードなら!)
それに、まだ彼女はあの独特なフォームを使っていない!まだ、本気のスパートをかけていない!だから、これに追いつかないと話にならない!
もっと、もっと速く走らないと!まだ、まだッ!内を走る私と、外を走る彼女。ずっと競り合いが続いている。けど、ここで引き離さないと彼女に負ける!だから、速く……ッ!大欅を越えようとしたその時。
「……あ、……えっ?」
「あぁ?」
左脚に、上手く力が入らない?なんで、どうして?
「……折れたか。興ざめだな」
折れた?誰の?もしかして、私の?
(……なんとか、他の子の迷惑に、ならないところに)
私は、減速して、内ラチを頼りに何とか立つ。左脚にはさっきから激痛が走っている。正直、立っているのも厳しい。今すぐにでも、医務室に行きたいけど……。
(今は、レース中。邪魔になるわけには、いかないわ)
そう考えながら、いまだ先頭を走っている悪霊の彼女を視界に捉える。あの子は、最後の直線で、映像で見た独特なスパートのフォームを取っていた。美しさや、神々しさすら感じるあの走り。ただ、私には、その走りが……。
(凄く……寂しそう……)
とても、寂しそうに見えた。
……スズカ君のあの状態。間違いない。
(折れたか……。彼女のスピードに、身体が耐え切れなかったのだろう)
私はそう仮説を立てる。
《な、なんということでしょう……ッ!さ、サイレンススズカに故障発生!サイレンススズカに故障発生です!大欅を越えようとしたその矢先、サイレンススズカの走りが突如として乱れ、今は立つのもやっとといった様子で内ラチを頼りに立っています!先程までファントムと競り合っていたサイレンススズカに故障発生です!》
観客は理解するのに時間がかかっているのだろう。どよめきも、悲鳴もなくただただ静寂が会場を支配していた。そんな中で、私は1人安堵する。
(何とか減速して激突することは免れたか……。最悪の事態は避けられた)
スズカ君は骨折した。だが、最悪の事態は避けられたと言っても過言ではない。もし走っている最中に意識を失って地面に激突なんてことになったら……思わず身震いしてしまう。
事態をやっと飲み込んだろう。観客席からどよめきと悲鳴が上がり始めた。
《サイレンススズカ大丈夫でしょうか?立っているのもやっとという状態ですが……》
《第4コーナーを回ることなく競争中止……。し、しかし。命に別状はなさそうですね》
《は、はい》
実況と解説はスズカ君が無事だということに安堵している。観客の人達もスズカ君の状況を把握したのだろう。安堵の声が広がっていた。
「とにかくスズカ君が無事でよかったねぇカフェ。……カフェ?」
一緒に来たカフェに問いかけるが、彼女からの反応はない。そういえば、彼女はファントム君達が向こう正面を走っている時から様子がおかしかったが……。
「……そんな。ありえません。もし、今見えているのが本当なら、全ての前提が」
そう呟いているが本当にどうしたのだろうか?
「カフェ?……カ~フェ~、一体どうしたんだい?何か変なものでも見えたのかい?」
そう呼ぶが、カフェからの返答はない。……これは無駄だね。後で聞くことにしよう。一体何が見えているのやら。
……あり得ません。今見えているのは、きっと幻覚。そう思いたいのに、これが現実だとばかりに見えているものは変わらない。
それが見えたのは、ファントムさん達が向こう正面を走っている時。ファントムさんが唐突に勝負服のフードを脱いで、彼女の髪が露わになった時。観客の人達は、今までフードを脱がなかったファントムさんがフードを脱いだことで、盛り上がりを見せていました。初めて見る姿に、興奮したのかもしれません。
ですが、私は、そんなことがどうでもよくなるぐらい、衝撃的なものを目にしました。
”……ねぇ、カフェ。アタシの目、可笑しくなっちゃったのかな?”
「ファントム、さん」
あなたは、言ってましたね。ファントムさんともう一人のファントムさんは、瓜二つの容姿をしていると。
なら、どうして
「もう一人のファントムさんの髪は、違う色なんですか……?」
走っているファントムさんは、赤黒い色。でも、今浮いているもう一人のファントムさんは、青白い髪色をしています。尻尾は赤黒い色なのに。髪の色は、正反対の色をしています。
「どう、して……?」
私の疑問に、答える人は、いませんでした。
スズカさんはアニメ同様骨折。ただ、アニメとは違って色々と考えていた結果少しだけ力がセーブされていました。アニメよりは症状が少しだけ軽いので何とか意識は保っている状態です。