エルは
けど、そんなエルの考えを嘲笑うかのように突如としてエルの
最初こそ混乱しました。リギルの先輩、特に会長さんから聞いた話では
ただ走る上で問題はない。そう思いなんとか走っていましたが、今度は荒野を塗りつぶすように、エルを飲み込もうとしているように闇が迫ってきました。そして、エルはなすすべもなくその闇に飲まれます。
(……ここは、どこデスか?)
思わず辺りを見渡します。ただ、先程の荒野から一転して今度は何もない。比喩でも何でもない。本当に、何も見えない。
どこを走っているのか分からない。どこにいるのかも分からない。本当に、自分は今進んでいるのかも分からない。そんな感覚に陥ります。
(い、息苦しいデス!どこを見渡しても真っ暗で、何も見えない!)
走っているのも辛くなってきた。速く、速くここから抜け出したい!そう思ってしまいます。
そんな時。
”──しい。──のに”
(……え?)
何か、聞こえてきた。もしかして、エル以外に誰かいる?
”──んで?──ばかり”
(なんデスか!誰か、誰かいるんデスか!?)
一体、どういうことでしょうか?ただ、なんと言っているのかは分からない。エルは耳を澄ませてみることにした。聞き逃さないように。
それが、大きな間違いでした。
”妬ましい。なんであなたは走っているの?私は、もう走れないのに”
(……は?)
その言葉を皮切りに、エルにどんどん言葉の波が押し寄せてきます。その言葉は、悪意に満ちていました。
”羨ましい。無事に走れるあなたが羨ましい”
”妬ましい。楽しそうに走るあなたが妬ましい”
”気に入らない。ただあなたが気に入らない”
その言葉は、エルを否定するように
”なんで無事なの?なんであなたばっかり”
”あなたなんてその程度。私と同じ”
”諦めなよ。そうした方が楽なんだから”
(……嫌)
エルを陥れるように
”なんで楽しそうに走るの?こんなに辛いのに”
負の感情が押し寄せてくる。耳を塞ごうとしても、頭の中に直接響いてくる。悪意が、妬みの感情がダイレクトに伝わってきます……ッ。
(何……ッ!?何ッ!?黙って、黙ってください!エルは……ッ、エルはッ!)
思わず辺りを見渡します。見渡して、後悔しました。
「ヒィッ!?」
さっきまで闇が広がっていた周りの景色が、また変わっていた。次に見えたのは無数の手、手、手。アタシを、エルを捉えようと無数の手が迫ってくる。
「や、ヤダ……ッ」
”あなたもこっちにおいでよ?”
”そうそう。楽しいよ?”
「こ、こないで……ッ」
”なんで拒むの?傷つくなぁ”
”大丈夫。私はあなたの味方だよ?”
脚を必死に動かす。手から逃れるために必死に足を動かす。けど、引き離せない。手は、どんどん近づいてきて……ッ!思わず後ろを振り返ってしまいます。
”ア な タ も 仲 間 に ナ り ま シ ょ ?”
「イヤァァァァァァァアアアアアアァァァァァァァァァ!!」
無数の、ウマ娘の顔が、浮かび上がってきました。怒り、妬み、嗤い、諦め。様々な感情を見せて、エルを仲間に引き入れようと迫ってきます。
そして、ついにエルはその手に捕まりました。
「あ、あぁッ、あぁ……ッ!」
もう、ダメだ。捕まってしまった。
”諦めた?諦めた?”
”そうそう。それがいいよ”
「や、ヤダ……ッ、やめて……ッ」
エルを取り囲むように無数の手が包んでくる。もう、力が入らない。ただ無機質に走る。
”やっと諦めたね”
”そうした方が楽なのに。バカだね”
速度は出ているのだろうか?まぁ、いいか。
”そう言わないであげてよ。新しい仲間だよ”
”この子はどれぐらいで壊れるかなぁ?”
もう、諦めて……
”これで分かったでしょう?アイツには勝てないって”
……は?
”そうそう。アイツは強いんだから”
”私みたいに諦めた方が楽だよ?”
……こいつらは、何を言っている?
”天地がひっくり返っても勝てない。アイツはそれだけ強い”
”勝てない相手に努力したって無意味なんだからさ”
ふざけるな。
”私は憑き纏う。あなたが諦めるその日まで”
”僕は憑き纏う。あなたが壊れるその日まで”
随分好き勝手言ってくれる。でも、おかげで目が覚めた。
(正体、見えましたね……ッ!)
こいつらはきっと、ファントム先輩に負けていった子達なんでしょう。何故その考えに至ったのか?それはファントム先輩のある話を思い出したから。ファントム先輩のレースで2着になったウマ娘は学園を辞めている、そんな話デス。
おそらくデスけど、2着になった子達はみんなこの景色を見せられたんだと思います。今エルが見ているこの景色を。そして、こいつらは憑き纏うと言っていました。壊れて諦めるその日まで。ということはつまり、走ろうとする度にこの光景を見せられたんだと思います。
この光景を振り切るために練習を重ねる。それこそ、無茶なトレーニングだってするでしょう。当たり前です。エルだって、こんな景色は見たくありません。というか誰だって見たくないでしょうこんな景色。
……いや、ごちゃごちゃ考えるのは後デス。今やるべきなのは……ッ!
(こいつらを振り切ること、デース!)
”あれ?まだ頑張るの?”
”諦め悪いなぁ”
「黙ってください……ッ!」
エルを、あなたたちと一緒にするな!
”どうせ勝てないのに?”
”どうしようもない差に絶望するだけなのに?”
アタシは諦めない!何度負けたって挑戦する!そう誓ったんだから!
”……なんで?なんで諦めないの?”
”さっさと諦めろよ!どうせ勝てな……”
「うるさいデス!エルは諦めません!」
アタシは、最速!最高!世界最強になるウマ娘、エルコンドルパサー!たとえどれだけの差があろうとも決して諦めません!世界最強になるその日まで、アタシは諦めない!
”なんで?どうして?”
”……”
「絶対に……ッ!諦めない!エルは……ッ!」
もう迷わない!もう惑わされたりしない!しっかりと足を踏み抜く。こいつらを振り切るためにありったけの力を込める!
「最速……ッ、最高……ッ、世界最強……ッ!エルコンドルパサー!」
あれだけ絡んでいた無数の手がどんどん離れていく。それと同時に、景色がどんどんひび割れていく。エルに、力が湧き上がってくる!これなら……いける!
「エルを……ッ、舐めるなぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」
一気に、加速する!景色は完全に元通りになった……いや!エルの、
「さぁ行きますよ、マンボ!」
飛んでいるマンボの先導のもとエルは走ります!
《さぁ残り200を切った!先頭は依然としてファントム!ファントムが圧倒的な速さで駆け抜けている!エルコンドルパサーが詰めた差がまた開く!その差はすでに9バ身はついているでしょうか!?ファントムの圧勝で終わるのか!?〈ターフの亡霊〉がG1レースでも大差勝ちを収めるのか!?》
《……ッ!?いえ、まだです!エルコンドルパサーがものすごい脚で上がってきてますよ!》
《えっ?……ほ、本当だ!エルコンドルパサーが凄い末脚!?これ以上差は開かせないとばかりに加速して……!?い、いえ!むしろ差は縮まってきている!エルコンドルパサー凄い脚!?開いた差が徐々に徐々に縮まっている!これだけの末脚を隠していたエルコンドルパサー!〈怪鳥〉が〈ターフの亡霊〉を捉えるか!捉えることができるのか!?》
もう迷いはありません。エルは全力で走ります。
「……あ゛ぁ゛?」
俺様の
……あり得ねぇ。そんな塵は今までいなかった。初めてのことだ。少しだけ興味が湧いたが……まぁいい。もう終わりだ。どうせ負ける奴に興味は湧かねぇ。
確かに速い。それは認めてやる。だが、もう絶対に届かねぇよ。俺様はただ走る。目標のゴールに向かって。
《残り100m!エルコンドルパサー猛追!エルコンドルパサー猛追!しかし、しかしあまりにも差が開きすぎていた!これはもう決まった!やはりこのウマ娘に敵はいない!》
差は縮まってきている。大差勝ちできねぇのは癪だが……さすがに距離が開きすぎている。絶対に追いつけん。
「テメェら塵共は、一生俺様の背中を追っているのがお似合いだ」
そう呟いて、俺様はゴール板とやらを駆け抜けた。
《そして今!ファントムが1着でゴォォォォルイィィィィン!やはり強かった!やはりこのウマ娘は強かった!
……さて、アイツはっと。
”……ハァ、……ハァ。あ、ぐ、ぐぅ……ッ!”
……全く。なんでそう無駄なことをするのやら。少しでも塵共へ被害に及ぼさないように、俺様の
この状態じゃあ、変わることは難しいだろう。俺様はフードを被りなおす。
《2着はエルコンドルパサー!1着ファントムとの差は5バ身差!しかし、しかし!ファントムの最低着差8バ身が更新された!クラシック級ウマ娘エルコンドルパサー!これからのレースが非常に楽しみになる、そんなウマ娘です!》
……フン、アホらしい。さっさと控室に戻るか。あぁ後。また夜抜け出して走るように言っとかねぇとな。じゃねぇと、この熱が収まんねぇからな……ッ!
あぁ……次喰らう奴はどいつになるんだろうか?今から楽しみでしょうがねぇ……ッ!
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」
さ、さすがに……ッ、追いつけませんでしたか……ッ!そりゃあそうデス。200m過ぎた時点でおよそ9バ身差。さすがに覆せません。あっちもかなり速いデスし。
でも、おかげで分かったことがあります。
「ファントム先輩は、決して追いつけない相手じゃない……ッ!今は届かなくても、いずれ届く相手デス!」
最終的に差を詰めることはできたんですから。おそらく、ファントム先輩も知らずのうちに脚を削られていたんでしょう。……根拠、ないデスけど。
反省点は多々あります。けど、ここが今のエルの現在地点。それを踏まえた上で今後どうするか?それを決めていく必要があります。エルの挑戦はまだ続く。最終的な目標は、ファントム先輩を越えること。そのためにまずやるべきなのは……。
「次走、ジャパンカップ……。そこで優勝することを目標にしますか」
……というか、日本ダービー以降負けっぱなしだからそろそろ勝っときたいデスし。相手が悪いと言えばそれまでですけど、それを言い訳にするのもあれデスし。
そうだ!スズカ先輩だ!スズカ先輩は……ッ!
「……ほっ。良かったデス。医療班に運ばれてますね」
スズカ先輩が医療班に運ばれている姿が見えました。今後のことは、スズカ先輩次第デスね。エルとしては、借りを返したいのでまたターフで再会できることを祈っとくのと、後でお見舞いに行こうと思います。
今後のことをトレーナーと相談しよう。そう思いながら、エルの天皇賞は終わりました。
ファントムの
イメージは何もない荒野をただ走る。荒野を走っていると今度は闇が塗りつぶすように迫ってくる。振り切ればそのまま加速し続けるが、振り切れなかった場合はエルコンドルパサーが見た景色がひたすらに広がる。そしてそれが走っている間ずっと続く。レースが終われば見えなくなるが、今度は走ろうとする度に景色がフラッシュバックする。
振り切るしかないが、この闇を振り切るにはかなりのスピードと精神力が必要。それこそ、
本来であればレースで走る全てのウマ娘に効果を及ぼすが、ファントム自身が負担を請け負うことでなんとかファントムの後ろを走る子1人だけに留めている(請け負っている間、ファントムも同じ景色を見ている)。ただ、どんなに頑張っても誰かに影響を及ぼすことを止めることはできない。それだけ強力な
エルが毎回酷い目にあってますけど本当にそんな意図はないんです……。私自身エルは好きなキャラなので。ただ、ファントムと縁ができちゃったというか……。