そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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秋の天皇賞完結。


逃亡者と天皇賞その後

 東京レース場は静寂に包まれていた。ファントム君の不敗神話が続いたとか、エルコンドルパサー君がファントム君の差を5バ身差まで縮めたとか色々ある。だが、称賛の声も労いの声も上がっていない。

 もっとも、それは当たり前かもしれない。第4コーナーでスズカ君が故障したのだ。そんな状況なのに、素直に賛辞の声を上げようなどという者はいないだろう。

 私は第4コーナーへと目を向ける。スズカ君は医療チームによって病院に運ばれていくようだ。私は安堵の溜息を漏らす。周囲の人々もスズカ君を心配するような声を上げていた。

 

 

「ひとまずは無事だろう。本当に良かったよ」

 

 

 そう呟く。

 ……そうだ。そろそろカフェをこっちに呼び戻さないといけないね。彼女はずっとブツブツと独り言を呟いていたからこちらも心配だ。果たして、一体彼女はなにを見たのやら。少しだけ興味が湧く。

 

 

「カフェ?そろそろ反応してくれると嬉しいんだが?」

 

 

「……タキオン、さん」

 

 

「おや、やっと反応してくれたのかい?レース中ずっと話しかけていたのに無反応だったからねぇ。危うく拗ねそうだったよ」

 

 

「それは、すいませんでした」

 

 

 揶揄いのつもりで言ったのだが、素直に謝られると反応に困るね。まぁいい。

 

 

「それで、何を見たんだいカフェ。ファントム君がフードを外した時から様子がおかしかったが……。そんなに珍しいものでも見れたのかい?」

 

 

「そう、ですね。珍しい、というよりは疑惑が広がる、ものが見えました」

 

 

「疑惑?」

 

 

 一体どういうことだ?

 

 

「とりあえずは、この話は次のファントムさんを調査する時にお話しします。今は、私も情報を整理する、時間をください」

 

 

「情報を整理する時間……。ふぅム、余程凄いものが見えたんだね?」

 

 

 私の言葉にカフェは頷く。成程成程。それは次の調査の時が楽しみだ。スズカ君とエルコンドルパサー君にも、是非話を聞きたいと思っているからねぇ。理由は単純。あの2人はファントム君の近くで走っていた。スズカ君は向こう正面を走っている時にファントム君と何やら言いあっているように見えたし、エルコンドルパサー君はファントム君の後ろ、2着の位置で走っていた。つまりは、2着のウマ娘達が辞めていった理由が分かるかもしれない。本人には気の毒だと思うが、貴重なサンプルだ。話を聞く必要があるだろう。

 

 

「タキオンさん。これからは、調査にもっと力を入れていきましょう」

 

 

「……ほぉ?カフェからその言葉が出るなんて……、珍しいねぇ?」

 

 

 私の言葉に、カフェは決意の籠った目で答える。……余程、凄いものが見えたのだろう。それこそ、カフェが本気で調査をしようと言い出すぐらいの。

 

 

「ファントムさんと、もう一人のファントムさん。お2人の正体を、判明させる必要があるので。そうしないと、きっと、取り返しのつかないことが起こりそうな気がするんです」

 

 

「取り返しのつかないこと、か。その辺の話も追々話していこう」

 

 

「はい」

 

 

 そう言って我々は東京レース場を後にする。さてさて、カフェ達からどんな話が飛び出すのやら。ファントム君の正体に、グッと近づくといいんだがねぇ。

 ただ直近の予定は埋まっている。ファントム君経由でスズカ君に接触、加えてスズカ君にある提案をする必要がある。スズカ君は私と同じ。きっと受けてくれるだろうからねぇ。その前に、スズカ君のお見舞いの品も吟味しなければ。失礼があってはいけないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん。ここは、どこかしら?」

 

 

 倦怠感を覚えながら私は目を明けます。最初に目に映ったのは、真っ白な天井。辺りには何があるかを見渡して、私は気づきました。

 

 

「左足……。そう、だったわね。私は……」

 

 

 第4コーナーの途中で骨折した。気づいて、色々と思い出しました。骨折して競争を中止したこと、内ラチを頼りに何とか立っていたこと、レース場の医療チームによって病院に運ばれたこと、そして……、ファントムにとり憑いている、あの子のこと。

 当時のことを思い出していると、見知った子が私の視界に映りました。

 

 

「スズカさん……」

 

 

 心配そうに私の名前を呼ぶスペちゃん。大丈夫……とは言えない有様だけど……。

 

 

「ごめんなさいね、スペちゃん。心配、かけさせちゃったわ」

 

 

「ッ!いいんです!こうやってまた話せただけでも!そうだ!私、トレーナーさん達を呼んできますね!」

 

 

 そう言ってスペちゃんは慌ただしく病室を後にしました。スペちゃん、他に入院してる患者さんとかもいるから静かにね?

 しばらく待っていると、トレーナーさんが病室に入ってきました。他のみんなはどうしたのかしら?

 

 

「スズカ……」

 

 

「すいません、トレーナーさん」

 

 

「気にすんな。こうしてまた話せるだけでも、俺は嬉しいよ」

 

 

 それから、あの後のことを少しだけ聞いて私は本題を聞くことにしました。それは勿論、この脚のこと。

 

 

「トレーナーさん。骨折ということは治りますよね?また、走れるようになりますか?」

 

 

「あぁ、勿論だ」

 

 

「じゃあ、全力で走れるようになりますか?」

 

 

 私の言葉に、トレーナーさんは言葉を詰まらせました。きっと、それが答えなんでしょう。ですがトレーナーさんは私を心配させまいと気丈にふるまいます。

 

 

「……前と同じように、100%の力で走るってのは難しいそうだ。今後の経過次第になる」

 

 

「今後の経過次第……ですか」

 

 

 難しい……か。思わず口をつぐんでしまいます。そんな時です。

 

 

「いえ、走れるようになります!100%でも、120%の力でも走れるようになります!」

 

 

 それまで黙っていたスペちゃんが口を開きました。力強く、確信しているように私にそう告げます。

 

 

「スズカさんが前みたいに走れるように私、これから協力しますから!リハビリも、何でも手伝います!」

 

 

「スペちゃん……」

 

 

 少し感動していると、扉の方から声がしました。これは……スピカの、みんなの声?

 

 

「お、おい!押すなってば!」

 

 

「そ、そんなこと言ったってしょうがないでしょ!気になるんだから!」

 

 

「このままだと気づかれ……ッ!」

 

 

「「「わあああぁぁぁ!?」」」

 

 

 あ、なだれ込んできたわ。

 

 

「お前ら聞いてたのか!?病院で怪我なんて洒落になんねぇぞ?」

 

 

「だ、だってスズカ先輩のことが気になって……」

 

 

「スズカ~!良かった~!」

 

 

 そう言ってテイオーが目尻に涙を溜めながら近づいてきました。他のみんなも、口々に心配するような声をあげています。本当に、迷惑を掛けちゃったわ。

 ……でも、ファントムはいないのね。彼女の姿だけ見えません。聞きたいこと、あったのだけれど。

 

 

「ホッホッホ、サイレンススズカよ。儂はウマ娘の神様じゃ」

 

 

「ウマ娘の神様……えぇ……?」

 

 

 何してるのマックイーン?後ろの手は……ゴールドシップかしら?いえ、声的にそうね。ただテイオーがノリノリで神様に聞き始めたわ。

 

 

「神様神様ー!スズカの未来を教えてー!」

 

 

「よかろう。……ムムム!見える、見えるぞ!私にもスズカの未来が視える!」

 

 

 あなたさっき儂って言ってなかったかしら?え?ツッコミ待ちなの?

 

 

「緑のターフを走っておる……。とても気持ちよさそうに先頭を走っておるぞ~。これはきっと……アメリカじゃな!」

 

 

「アメリカの、どのレース!?」

 

 

「え?え~っと……にゅ、ニューヨークカップ?」

 

 

「……アメリカに、そんなレースはない。アメリカでスズカが走るなら、BCターフじゃない?」

 

 

 そう言いながら登場したのは、ファントムでした。……レースの時みたいな雰囲気は、ないわね。いつもの、私が知っているファントムに戻ってる。

 

 

「ファントム先輩!」

 

 

「……ライブが終わったから来た。スズカ、大丈夫?」

 

 

「えぇ、大丈夫よ。ごめんなさいねファントム。私から一緒に走ろうって言ったのに、こんなことになっちゃって」

 

 

「……構わない。それよりも、スズカが無事でよかった」

 

 

「えぇ。しっかり治して、またみんなと一緒に走って見せるわ。スペちゃんとの約束も、守らないとね」

 

 

「そうだスズカ。お前はまだまだこれからだ。そうだよな、スペ」

 

 

「はい!これからも一緒に、走りましょう!」

 

 

 それからは今後のことを話して、解散の流れになりました。……話すなら、今ね。

 

 

「ごめんなさい、ファントムと少し話したいことがあるの。いいかしら?」

 

 

「……私に?別に、良いけど」

 

 

「あ、じゃあ私も!」

 

 

「スペちゃんは先に戻っていてくれるかしら?これは、ファントムと2人っきりで話したいことだから」

 

 

「えぇっ!?」

 

 

 スペちゃん、そんな露骨に寂しそうな顔をしないでちょうだい。心が痛むから。それに、この話はスペちゃんにも、スピカのみんなにも聞かせるわけにはいかない。疑心を生み出すのは、良くないから。

 

 

「あんまり迷惑を掛けるなスペ。さっさと戻るぞ」

 

 

「スペちゃん。そんなに時間のかかることでもないから」

 

 

「うぅ~。ふ、ファントムさん!後で何を話したのか教えてくださいね!」

 

 

「……内容次第」

 

 

「絶対ですよ!」

 

 

 トレーナーさん達に連れられてスペちゃん達は病室を後にします。部屋には、私とファントムだけが残りました。

 

 

「……それで、何?私と話したいことって」

 

 

「その前に、本当にごめんなさいねファントム。こんなことになってしまって」

 

 

「……さっきも言ったけど、スズカが無事ならそれでいい。骨折、早く治るといいね」

 

 

「えぇ。しっかりと治すわ。治ったら、また一緒に走りましょう?」

 

 

「……うん」

 

 

 お面をつけているから表情は分からない。けど、確かな優しさを感じます。これがきっと、いつものファントム。

 ……なら、レース中に出ていたあの子は誰なのだろうか?それを、確かめる必要があります。

 

 

「ファントム、正直に答えて。レースを走っていたのは、あなたかしら?」

 

 

「……何を言ってるの?私だよ」

 

 

「本当に?」

 

 

「……何を疑っているのかは分からないけど、走っていたのは私だよ」

 

 

「それにしては、いつもと雰囲気が大分違ったわ」

 

 

「……それはレース中だから。レース中なんだからピリピリしてない方がおかしいでしょ?」

 

 

 それは確かにそう。私も最初はそうだと思っていた。けど……。

 

 

「ファントム。あなたの豹変ぶりは度を過ぎていたわ。まるで、別の誰かが走ってたんじゃないかって思うぐらいに」

 

 

「……何が言いたいの?」

 

 

 私は、意を決して聞くことにしました。

 

 

「あなたの中には、別の誰かがいるんじゃないかしら?それこそ、幽霊か何かが」

 

 

 ファントムは制服の袖口を触っています。

 

 

「……どうしたのスズカ。オカルトにでも目覚めた?」

 

 

「そうね。そうかもしれないわ。だって、そうでもないと説明がつかないもの。あなたのレースでの豹変ぶりは」

 

 

「……そういうものじゃない?レースで性格が変わるのは、何も私だけじゃないと思うよ」

 

 

 えぇそうね。そういう子も、探せばきっと見つかる。でも、私には決定的な情報がある。

 

 

「私はレース中にファントムに問いかけたわ。あなたは誰?って」

 

 

「……」

 

 

「その時、あなたはこう言っていたわ。自分がファントムじゃないのはあながち間違いじゃないって。そして、自分とアイツは別の存在だとも。それは、あなたの中に別の誰かがいるってことにはならないかしら?」

 

 

 病室の中に沈黙が訪れます。沈黙を破ったのは、ファントムの溜息。

 

 

「……さすがに、隠しようがないね。分かってたけど」

 

 

 そして、私がいるベッドの近くの椅子に座りました。

 

 

「……誰のせいでこうなったと思ってるの?」

 

 

 時折ファントムがしている不自然な会話。今ならこれの意味も分かる。きっと、ファントムと悪霊のあの子が会話をしているんだと。

 

 

「それで。合っているってことでいいのかしら?」

 

 

「……うん。スズカの言う通り、私にはもう一人の私がいる。スズカ達には姿は見えないけど、確かにいる」

 

 

「そう……」

 

 

 やっぱり、そうなのね。

 ……正直言うと、私はもう一人のファントムを好ましく思っていない。まだ少ししか関わっていないけど、彼女は明らかに他のウマ娘を見下したように走っていたから。それは、近くを走り続けた私だから分かるのかもしれません。だから、正直苦手です。もう一人のファントムのことは。

 

 

「……スズカは、それを知ってどうするの?」

 

 

 ファントムは不安そうに、そう尋ねてきました。

 

 

「……」

 

 

 悪いことをした子供のように、沈んだ様子を見せています。お面をつけていても分かる。ファントムが不安がっているのが。私が、拒絶しないか。

 私は、ファントムを安心させるように言います。

 

 

「ファントム。少しいいかしら?頭をこっちに寄せてくれる?」

 

 

「……?こう?」

 

 

「えぇ。大丈夫よ」

 

 

 私は、フードの上からファントムの頭を撫でます。ファントムは驚いたように肩を跳ねさせますが、私に大人しく撫でられていました。

 

 

「あなたは、よくみんなの頭を撫でているでしょう?だから、お返しをしてあげなくちゃ」

 

 

「……スズカ」

 

 

「大丈夫よ。今更あなたへの態度を変えたりしない。些細なことだもの。これからも仲良くしてくれると嬉しいわ、ファントム」

 

 

「……うん」

 

 

 私はしばらくファントムの頭を撫で続けます。

 こうして、私の天皇賞は終わりました。それと同時に、私は決意します。

 

 

(ファントムのことを、調べてみよう)

 

 

 もう一人のファントムの目的は何なのか?何故、ファントムはそれに協力しているのか。それを知りたい。そう思いました。ファントムのことは信頼しているけど、もう一人のファントムはそうじゃないから。

 私1人じゃ難しい。だから、誰か協力者がいるといいのだけれど……。今は、良いわ。ゆっくりと、探していきましょう。




なお、協力者は割とすぐ見つかる模様。
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