秋の天皇賞が終わり、スズカのお見舞いも終わって数日が経った頃。私はいつものように旧理科準備室に来たのですが。
「というわけでファントム君。私をスズカ君に紹介してはくれないだろうか?」
タキオンからそんな頼まれ事をされました。
「……何故に?」
いやまぁ、別に紹介するぐらいは構いませんけど。なんでまた急に?スズカがそんなに気になります?
「なぁに。秋の天皇賞でスズカ君が足を骨折しただろう?だからお見舞いに行きたいんだが……いかんせん私とスズカ君には接点がない。接点がないのにお見舞いしに行ったら怪しまれるかもしれないだろう?」
「特に、タキオンさんは悪名高いので。ファントムさんに、仲を取り持ってもらおうかと」
「カフェ!流石に酷くないかい!?」
”まぁ確かにそうだな。マッド野郎は悪名しか聞かねぇからな”
「……納得の理由。そういうことなら、いいよ」
「受けてくれるのは嬉しいけど複雑な気分だ……」
今から行くのはあれなので放課後に連れて行くことを約束します。お見舞いに行く前に、まずは授業ですね。あ、私は今日の練習は休みです。自主トレはするんですけど。
放課後になったのでタキオン達を連れてスズカが入院している病院へれっつらごーです。タキオン達はお見舞いの品らしきものをそれぞれ持っています。用意周到ですね。
では早速スズカの病室へと案内しましょう。スズカの病室は……っと。あったあった、ここですね。私はドアをノックします。
「はーい。どうぞー」
中から返事が聞こえましたよ。入室の許可が貰えました。早速中に入りましょう。
「……先に私が入るね」
「私とカフェは後から入ろう。上手く頼んだよファントム君」
「……任せて」
”たかが紹介するぐらいで上手くもなにもねぇだろ”
分かってませんね。こういうのは気分の問題ですよ。
「……スズカ、入るよ」
言いながら私は病室の扉を開けます。
「いらっしゃい、ファントム」
「……こんにちは、スズカ」
スズカはベッドの上で楽にしています。私は中に入って、タキオン達に中に入るよう促します。
「……?あら、ファントム。そちらの方達は?」
「……紹介する。私の友達。アグネスタキオンとマンハッタンカフェ」
「初めましてだスズカ君。秋の天皇賞、見ていたよ。痛ましい事故だったね……。君の一日でも早い快復を祈っている」
「初めまして、スズカさん。今日は、ファントムさんに無理を言って、お見舞いに同席させてもらいました。こちら、お見舞いの品物になります」
「丁寧にありがとう。嬉しいわ。ゆっくりしていってね」
タキオンとカフェさんはスズカに丁寧にあいさつをしました。スズカもあいさつを返します。
さて、早速ですがタキオン達を交えてスズカと雑談しましょうそうしましょう。
「……スズカは今日どうしてた?」
「そうね……ゆっくりと本を読んでいたわ。丁度読み終わった頃にファントム達が来た感じかしら?」
「成程ねぇ。ベストなタイミングだったわけだ」
「そうね。どうしようかしら?なんて思っている時に丁度みんなが来たの」
そんな雑談を交わします。ただ、私はあまり長くいることができません。トレーニングの時間があるので。
「……スズカ、私はこれからトレーニングだから。あまり長くはいれない。ごめんね?」
「いいえ。来てくれただけでも嬉しいわファントム。またきて頂戴ね?」
「……勿論。じゃあタキオン、カフェさん。私はそういうことだから」
「あぁ。案内してくれてありがとうねファントム君。このお礼はまた後日させてもらうよ」
「……別に、良いんだけど」
紹介ぐらい、いくらでもしますよ。減るもんじゃありませんし。
「私達が、やりたいことなので。ありがとうございます、ファントムさん」
「……まぁ、そういうことなら」
そう言って私はトレーニングへと向かいます。さてさて、今日はどこを走りましょうか?
”河川敷でいいだろ”
まぁ安牌ですね。では早速走りにいきましょう。私は病院を後にします。
病院を後にし、河川敷を走ることにした私ですが……。
「私も、一緒にトレーニングしてもよろしいでしょうか?ファントム先輩」
グラスに絡まれました。いや、なしてこんなところにいるんですかね?本当にビックリしたんですけど。
”確か……マスク娘と棒立ち娘の同期だったか?毎日王冠走ってたのは覚えてるが”
「……そうだね。えっと、グラス?」
「はい。なんでしょうか?」
「……ここにいるってことは、リギルの練習は休みじゃないの?」
「問題ありません。東条トレーナーからの許可は頂いております」
うーん……まぁいいでしょう。別に断る理由もありませんし。しかしまぁ何故私なのか。モテ期でも来ました?
「……まぁ、私は別に構わないけど」
「ありがとうございます。ファントム先輩から、色々と学ばせていただきます」
「……じゃあ、早速準備運動からやろうか」
「はい」
私とグラスは入念にストレッチを始めます。その間に、聞きたいことでも聞いておきましょうか。
「……なんで私とトレーニングを?別に、リギルのトレーニングだけでもいいんじゃない?」
私の言葉にグラスは押し黙りました。少し、迷うような素振りを見せた後答えます。
「……最近、エル……エルコンドルパサーさんが実力を伸ばしていってるのをチームメイトとして見てきました。加えて、この前の天皇賞。私は出走が叶いませんでしたが、彼女はあなたに5バ身差まで詰め寄りました」
そうですね。あれには本当にビックリしました。天皇賞までの最低着差は8バ身な上に、そのレースも調子が最悪の日でしたからね。まともな調子で5バ身差まで詰め寄るとは……エルはかなり成長しているようです。そう思いませんか、私。
”負かした奴なんかどうでもいい。……何が負けても挑んでくる、だ。期待するだけ無駄なんだよ”
……?なんかちょっと様子がおかしいですが。深堀しなくてもいいでしょう。下手に拗ねたら面倒ですし。
「彼女が変わったのは、変われたのは間違いなくあなたが原因だと思っています。だから……」
「……こうして、一緒にトレーニングをしようと?」
グラスは頷きました。フム……。その向上心やよし。では、不肖この私が一肌脱いであげようじゃあないですか。とはいうものの。
「……正直、私がやるのはリギルの練習と大差ない。それでもいい?」
「構いません。ですが、時折私の質問に答えてはくれないでしょうか?」
「……内容次第」
グラスは再度頷きます。交渉成立、ということで……ストレッチも終わったのでトレーニングを始めます。
「……まずは基礎トレ。腕立て腹筋の基本セットからいくよ」
「はい!」
良いお返事です。なんだか弟子が増えたみたいですね。
基礎トレも終わって今は走り込み。河川敷を2人で走っています。
「ファントム先輩。よろしいでしょうか?」
走り込みの最中、グラスが私に尋ねてきました。いいでしょう、私が答えてあげようじゃないですか。
「……どうしたの?」
「ファントム先輩は、今日はスピカの練習は休みの日なのでしょうか?」
「……そうだね。休みだね」
「休みの日も、いつもこの量のトレーニングを?」
「……基本的には。どうしてもできなかったり、みんなから止められた時にはさすがにやらないけど。でも、休んだら次の日は倍の量のトレーニングを積んでいる」
「成程……。ファントム先輩の強さは、このストイックさにあるのですね」
私は頷きます。トレーニングしないと身体が鈍りますからね。一日一日軽くでもいいから欠かさずトレーニングをする。これ大事です。
「では、次に。ファントム先輩から見て、私に足りないものは何でしょうか?」
「……グラスに足りないもの?」
「はい。毎日王冠……私は、不甲斐ない走りを見せてしまいました。己の未熟さを、恥じるばかりです」
確か……グラスは毎日王冠5着でしたね。まぁあの時のグラスは何か焦っているような感じがありましたが……そもそも復帰明けで5着は上々でしょう。ですが、グラスが望んでいるのはそんな答えじゃないはずです。分からないですけど。
多分ですけど、グラスは焦ってるんですかね?結果を出せない自分に。だったら、答えは1つです。
「……グラスに足りないものは、精神力じゃない?」
「精神力……ですか?」
「……うん。グラスは、基礎的な能力は同世代の中でもトップクラスに優れている。だけど、精神的にまだ未熟な面が見える」
「……やはり、ファントム先輩もそう思いますか」
「……そもそも、この前の毎日王冠だって怪我明けにしては立派だよ」
「ですが……ッ!勝たなければ、勝たなければ意味が……ッ!」
「……グラスが何をそんなに焦っているのかは知らないけど、一度心を落ち着かせることが大事だよ。焦ってもろくな結果にならない。リギルのトレーナーや、エルからもそう言われたんじゃない?」
エルに関しては、焦った結果が日本ダービーの惜敗ですからね。え?あのレースでエルが焦ってたのはお前のせいだろ?知りませんねそんなこと。
「……別に、今は勝たなくてもいい。今はまだ、グラスは本調子じゃないんだから。それよりも大事なのは、負けから何を学ぶのか。何が悪かったのか、何がいけなかったのか。それを客観視するのが大事だよ。そして、自分の心をコントロールするのもね」
「負けから……学ぶ……。自分の心を、コントロール……」
「……そう。何度負けても諦めない、いつか掴み取る勝利のために不撓不屈の心で立ち向かう。そうするのがいいんじゃない?」
おそらくエルも同じようなことを考えていますしね。
「不撓不屈……ですか……」
グラスは私の言葉を反芻しています。と、思ったら笑みを浮かべて私を見ていました。どうしました?
「ありがとうございます。やはり私はまだまだ未熟の身、そのことを思い知らされました」
「……まぁ、納得いったのならよかった」
そうこう話していると走り込みも終わりました。後はクールダウンして終わりですね。
「……お疲れ様、グラス」
「はい。お疲れ様です、ファントム先輩」
お互いに給水しながら会話をします。あー、スポドリが美味いですね。
「今日はありがとうございましたファントム先輩。おかげで、自分のやるべきことが見えたような気がします」
「……そう。ならよかった」
「はい。このご恩は必ずどこかで。それでは」
そう言ってグラスは去っていきます。その足取りは、どこか軽いように見えました。さて、グラスはどう転ぶか……、楽しみですね。
今後グラスとの絡みは増えていくのだろうか……?