「……と、いうわけでだ。デジタル君もファントム君の調査に協力してくれることになった」
「何が、というわけで、何でしょうか」
ジャパンカップも終わった、ある日の旧理科準備室。この前の秋の天皇賞以降に、判明した情報をまとめるために、私とタキオンさんは集まりました。スズカさんは、まだ退院してないので、ビデオ通話での参加です。
タキオンさんは、開口一番そう言いました。確かに、この前デジタルさんに協力を取りつけてみれば、とは言いましたが……肝心のデジタルさんの姿が見当たりません。
「それで、肝心のデジタルさんはどこでしょうか?先程から、姿が見えないのですが」
「おや?さっきまでいた気がするんだがねぇ」
言いながら、タキオンさんは辺りをキョロキョロと見渡しています。私も、つられて見渡しますが……あ、デジタルさんを発見しました。隅の方で、縮こまっています。
「あ、あわわわ……。た、タキオンしゃんの頼みということで二つ返事で了承しましたが……あたしなんかがこの聖域に足を踏み入れても良かったのでしょうか?や、やっぱお金とか必要ですかね?」
「ここは、聖域じゃありませんし、お金も別に、必要ありませんよ」
「ひょ、ひょええぇ~!?」
私が声を掛けると、デジタルさんは思いっきり飛びのきました。とても、驚いています。その声に反応して、タキオンさんも気づいたようです。
「おや、そんなとこにいたのかいデジタル君」
「すすす、すいません!あたしはただの観葉植物程度に思っていてください!お二人の邪魔をする気はありませんので!どうぞいつものようにお過ごしを!」
「いえ、デジタルさんには話してもらわないといけないことがあるので、困るのですが」
《個性的な子ね》
スズカさんが、そう言います。そこから何とかデジタルさんを落ち着かせて、本題に入ることにしました。
「デジタル君。君を呼んだのは他でもない、君の情報収集能力を貸してほしいのさ」
「え、え~っとぉ……確か、ファントムさんの情報を集めて欲しい……でしたっけ?」
《そうね。デジタルが知っていることを教えてくれないかしら?》
スズカさんがそう言うと、デジタルさんは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、答えます。
「す、すいません。確かにあたしはウマ娘ちゃんをこっそり陰から見守ることを生業としていますけどぉ……ファントムさんのことは良く知らないんですよぉ」
《……そうなの》
「ふぅむ、デジタル君ですらお手上げ……ということか」
「は、はいぃ。申し訳ありませぇん。あたしが知っていることなんて……」
デジタルさんの情報収集能力は、タキオンさんも認めていますし、学園でも結構評判です。そんなデジタルさんでも分からないなんて、ファントムさんは……
「精々ファントムさんが身長173cmで体重は
いや、あなた滅茶苦茶詳しいじゃないですか。初めて耳にする情報も、たくさんありますし。詳しくないとか、冗談もいいとこじゃないですか。
「待て、待ちたまえデジタル君。待ってくれたまえ、ことばの洪水をワッといっきにあびせかけるのは」
「ヒュ、す、すいません!あたしったら興奮してしまって!でも、あたしが知ってるのはこの程度の情報ですよ?とてもみなさんのお役に立てるとは……」
《いえ、普通に十分じゃないかしら。初めて知った情報も沢山あるし》
私は、スズカさんに同意するように頷きます。
”凄いねこの子。色々と”
「そう、ですね。現時点でこれだけ情報を、持っているとは」
これだけの情報収集能力があれば、いずれファントムさん達の秘密も、分かるかもしれません。そう考えていると、旧理科準備室の扉を開けて、誰かが入ってきました。誰でしょうか?この場所は、誰も近寄らないので、珍しいです。もしかして、ファントムさん……
「あの~、タキオンさんに呼ばれてきたんですけど……エルに何かご用デスか?」
違い、ましたね。入ってきたのは、エルさんでした。不思議、というよりは。困惑したような表情を浮かべています。
「やぁやぁ待っていたよ!本日の主役、エル君。君には是非聞かせてもらいたい話があってねぇ」
「エルに……デスか?い、一体エルになにを聞くつもりですか?」
エルさんは、警戒心を露わにしていますね。タキオンさんは、すぐさま本題に入りました。
「なぁに。この前の天皇賞のことさ。君はファントム君に次ぐ2着……。そして、ファントム君のレースで2着になった子は調子を落として学園を辞める……という噂があるだろう?しかし君にはそんな様子が微塵も感じられない」
「あぁ……まぁ、実際に体感してみたら辞めていった子達の気持ちも分かりますけど……」
「教えて欲しいんだ。君は、ファントム君の後ろを走ることで何を見たのか?それを我々に教えて欲しい」
エルさんは、少し考えるような素振りを見せた後、口を開きました。
「……正直、聞いていて気分のいい話じゃありません。それでも、良いデスか?」
「構わない。君が見たありのままを教えて欲しい」
「分かりました。じゃあ、エルが実際に見たものを教えましょう」
エルさんは一拍おいた後、続けます。
「丁度、スズカ先輩がレース中に故障した後ぐらいでしょうか?エルがファントム先輩の後ろ、2番手の位置につけたのは。エルは、
《エルもあるのね。自分だけが見える景色が》
「はい。まぁその話は置いといて……最後の直線でファントム先輩を追いかける時に、集中力を高めて
「少し、だけ?どういう、ことですか?」
「塗りつぶされたんデス。比喩でも何でもなく、エルの
「……それがファントム君の
「簡単デスよ。エルの前にはファントム先輩しかいなくて、こんなことができるのはファントム先輩ぐらいしかいないからデス」
確かに、そうですね。
「最初は、何もない荒野を走っていました。本当に何もない荒野を、エルただ1人だけが駆けている……そんな景色が広がっていました」
無人の荒野……ファントムさんには、あまり似合わない景色ですね。
「次に迫ってきたのは、闇。闇としか言えないものがエルを飲み込もうと迫ってきたんデス。そして、エルはその闇になすすべもなく飲み込まれました……ッ」
そう言うと、エルさんは突如として身体を震わせました。余程、恐ろしい目にあったのでしょう。
「……エル君。それで、君は何を見たんだい?」
「……」
エルさんは、沈黙しています。部屋の中に、沈黙が訪れました。やがて、覚悟が決まったようにエルさんは話始めます。
「……悪意。妬みや恨みといった感情が、エルの頭に直接響いてきたんデス」
「ね、妬みや恨み?ど、どういうことですか?」
デジタルさんが、そう聞きます。
「言葉通りの意味デス。走っているのが許せない、自分はこんなにも辛いのに、さっさと諦めろ、どうせ勝てない、早く壊れてしまえ……そんな、負の感情がエルを襲いました。そして、エルを仲間に引き入れようと無数の白い手が迫ってきました。思わず、後ろを振り返ったら……」
エルさんから出てきたのは、本当かどうか疑わしい言葉でした。
「無数のウマ娘の顔が、エルを見ていたんデス。妬み、悲しみ、嘲笑……色々な負の感情を浮かべながら、エルをただただ見ていました……。お、思い出すだけでも身体の震えが止まりません……ッ!一歩間違えれば、エルも向こう側に行っていたかと思うと……ッ!」
「「「……ッ」」」
《……ウソ、でしょ?それが、ファントムが見ている景色なの?》
とても、普段のファントムさんからは想像もできない景色です。私は、開いた口が塞がりませんでした。しかし、それでもタキオンさんだけは冷静に思考しています。
「……エル君。君はどうやってその
タキオンさんがそう尋ねると、エルさんは自信満々に答えました。
「簡単デス!それでも負けるかっ!って強い気持ちでいることデス!エルは、お前達なんかの仲間にならない、絶対にファントム先輩に追いついてやる、って気持ちを持っていたら自然と景色は元通りになっていました!」
そう言い終わると、今度は一転して、悲しそうな表情を浮かべました。
「……だから、2着になったウマ娘達は心が折れてしまったんだと思います。でも、その気持ちは正直分からなくもないデス。エルも、1回折れかけましたから」
「成程……。とにかくこれで、ファントム君のレースで2着になった子達が辞めていった理由が判明したねぇ」
《本当に、ファントムが関わっていただなんて……》
関わっているかは、正直微妙なラインですが……。2着になった子達の辞めた原因が、ファントムさんの
「おそらくだが……オーバーワークの原因も粗方想像はついた。エル君が見た景色を振り払おうと必死になっていたんだろう。走ろうとする度に景色がフラッシュバックする、振り払うために無茶なトレーニングを重ねる、結果脚を壊して心が折れる……こんなところか」
「そうだと思います。あんな景色見せられたら、普通心折れますよ……」
タキオンさんの仮説に、エルさんが同意します。言葉にこそしませんが、全員同じ気持ちだと思います。私も、そうですから。
「……さて、ありがとうエル君。貴重な話だった」
「いえいえ!あまり気分のいい話じゃなかったデスけど……お役に立てたのならよかったデス!」
それじゃあ失礼しまーす!と、言って、エルさんは帰っていきました。部屋の中を、再び沈黙が支配します。誰一人、口を開くことができませんでした。
続きます。後、過去話のエルの一人称を修正しました。大分違った……。