そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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朝日杯の過去話。不調だった原因が明らかに。


追想:亡霊の朝日杯

 真っ赤に染まっている周りの景色、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえている。阿鼻叫喚の地獄絵図とは、このことを言うのだろう。ここは、建物内なのだろうか?それすらも曖昧だ。

 

 

(あぁ……また、この夢ですか)

 

 

 鬱陶しい。不愉快だ。そう思いながらも、夢の景色は変わらない。どこかあてもなく歩いているが、どこを見渡しても赤、赤、赤。代わり映えしない景色が続いている。私は、この夢が嫌いだ。

 こんな景色、見覚えはない。けど、酷く不快な感情を覚える。見覚えはないはずなのに、確かに経験したかのような感覚に陥る。

 

 

(……バカバカしい)

 

 

 夢の中の私は、建物の中を歩いている。まるで、外を散歩するかのように。逃げ惑う人々の悲鳴を聞きながら、私は歩く。自分の意思ではない。夢の中なので、当たり前かもしれないが。

 少し歩いて、立ち止まる。そこには、2人の男女がこちらに向かって叫んでいた。

 

 

『──ッ!』

 

 

『──ッ、──ッ!』

 

 

 なんと言っているのかは聞き取れない。この2人は、夫婦なのだろうか?分かることと言えば、女性の方はウマ娘であるということ。どことなく、懐かしいような感じがした。

 後ろを振り向く。そこにはこの夫婦から逃げるようにウマ娘が走っていた。後ろ姿から、ギリギリ判別できるレベル。そのウマ娘は、何かを抱えていた。ただ、向こうを向いているのでこちらからは何を抱えているのかは分からない。

 夢の中の私は、この夫婦と一言二言会話をして逃げていったウマ娘を追っていた。とは言っても、歩いているだけだが。

 歩いて、歩いて。やがて、逃げたウマ娘を発見する。逃げたウマ娘は、倒壊した柱の下敷きになっていた。ただ、辛うじて息はある状態である。そこまで見て、彼女が抱えていたものが判明した。

 

 

『……っ』

 

 

 今にも命の灯が消えそうな、青白い髪をしたウマ娘がいた。その姿を見た瞬間、私は強烈な不快感に襲われる。

 ……あぁ、だからこの夢は嫌いなのだ。現実から目を背けるなとばかりに。そう言わんばかりに訴えかけてくるから。

 

 

(……ですが、もうすぐ終わりです。いつもなら、ここで)

 

 

 夢の中の私は、青白い髪のウマ娘に手をかけようとして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……──ッ!ハァ……ッ、ハァ……ッ!」

 

 

 私は、目を覚ます。ホテルの部屋。いつもとは違う景色に、一瞬驚きましたけど、そういえばレースだったということを思い出します。

 汗で張りついた寝間着が気持ち悪い。起きた時から頭痛がする。吐き気も止まらない。この夢から醒めた時は、いつもこうでした。

 

 

「……ッ」

 

 

 思わず、歯ぎしりをしてしまいます。ですが、こうしている暇はありません。

 

 

「よりにもよって……なんで今日この夢を見るんですか……ッ!」

 

 

 自身にとって初のG1レース、朝日杯フューチュリティステークスの日なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阪神レース場。ゲートの中で発走の時を俺様は静かに待つ。とは言っても……

 

 

”……うぅ”

 

 

「……あの夢とやらでも見たのか?」

 

 

”……そう。体調、最悪”

 

 

 コイツが朝から絶不調状態で気が気でないんだが。そう考えているとゲートが開いた。出遅れたが……まぁいいだろう。いつも通り走るだけだ。俺様はすぐさまハナを取る、が、俺様にピッタリとマークするように走ってきた塵がいた。

 

 

「初めまして、無敗の亡霊さん?このレース、あなたの好きにはさせないわ」

 

 

「……」

 

 

 なんか言ってるがどうでもいい。それよりもコイツのことだ。まさかこの日に限ってあの夢を見るとは……勘弁してほしいんだが。

 

 

 

 

《さぁ始まりました朝日杯フューチュリティステークス!果たして勝利の栄光を掴み取るのは一体どの子になるのか!?先頭を取ったのはやはりファントム!ファントムが先頭を取りました!それをピッタリとマークするように11番がついています!》

 

 

《ファントムは前3走と同じように出遅れましたが無理矢理ハナを取りましたね。最早様式美になりつつあります。11番もここまで無敗のウマ娘です。やはりこの2人の争いになるでしょうか?》

 

 

《後続は無理には付き合わない様子。2番手とは差が開いていきます》

 

 

 

 

 さて、どうするかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さぁ朝日杯フューチュリティステークスも残り600を切った!最初の1000mは57秒8!先頭を走るのは依然としてファントム!ここまで3戦3勝無敗のウマ娘がこの朝日杯でも逃げを選択しています!しかし思うように後続を引き離せていない2番手との差は2バ身に収まっているぞ!》

 

 

《パドックでの調子も悪そうでしたからね。お面とフードで隠しているとはいえ、傍目に見ても絶不調と分かるぐらいでしたから。今日のレースは厳しいでしょうか?》

 

 

《そんなファントムを追って2番手につけているのは11番!11番がファントムを徹底的にマークしている!これはファントムも走りづらそうだ!》

 

 

 

 

 

 

「……クソッタレが!」

 

 

「フフッ、鬱陶しいかしら?その調子でどんどん苛ついてちょうだい?」

 

 

 塵がなんか言っているが、俺様にとってはどうでもいい。考えるのは、コイツのことだ。

 

 

”……ッ”

 

 

 まだ、調子悪そうにしてやがる。勘弁してほしいぜ全く。

 俺様はこのレースのことをよく知らんが、凡愚が言うにはこの朝日杯には俺様が現在分類されているジュニア級の中でも特に強いウマ娘が出走してくるらしい。それを聞いて、今までの相手よりもマシな連中が出走してくると思っていた。まぁ、結果からすれば大して変わり映えもしねぇ連中だったんだが……そんなこたぁどうでもいい。

 またあの夢を見たらしいのか、朝起きた時から調子を落としていやがった。今は何とか走れるレベルまで回復したが……それでも調子が悪いことには違いないだろう。

 俺様が走る分には問題ねぇ。あくまで精神的なもんだからな。コイツと俺様の精神は別にあるから、俺様の調子はいたっていつも通りだ。

 

 

 

 

《さぁ第4コーナーを抜けて最後の直線へと入りました!展開は先頭2人を除いて団子状態先頭はファントム、ファントムです!このレースでも大逃げを炸裂させるかしかしちょっと苦しそうだ!やはり序盤からの徹底マークが効いているか!》

 

 

《このレースでも出遅れていましたからね。余計にスタミナを消費していることでしょう》

 

 

《11番は虎視眈々と前を狙っているぞ!後続も追い上げてきた!ファントムの無敗記録はここまでか!?後ろとの差がグングン縮まってきている!》

 

 

 

 

 

 

「……チッ」

 

 

 レースの最初からずっと考えていた。どうやって走るか?別にこの塵共を突き放して勝ってもいいんだが……俺様が領域(ゾーン)を使えば、コイツは自分の状態に関わらず俺様の領域(ゾーン)を抑えにかかるだろう。なんで分かるかって?コイツとは長い付き合いだ。何をするかなんて予想がつく。特にコイツは予想がつきやすいからな。絶対にそうするという確信がある。

 ……だからこそ、あんまり領域(ゾーン)を使いたくないというのが現状だ。コイツがどうなるか分からんし、コイツがどうかなってしまったら俺様が困る。……個人的にもな。

 大差をつけて勝ちたい、そのためには領域(ゾーン)を使うのがベスト、だが使えばコイツがどうなるか分からない。そして……勝つだけだったら別に使わなくても勝てる。

 思わずため息が出る。一応、これでいくか。コイツも心配だしな……

 

 

「案外大したことないのね。私と同じ無敗のウマ娘って聞いてちょっと期待していたのだけれど……これなら問題なく勝てそうだわ」

 

 

 ……テメェ、今なんつった?

 

 

「……あ゛ぁ゛?」

 

 

「あら、怒ったかしら?その調子でどんどん苛ついてちょうだいね?その方が、私にとっても都合がいいもの」

 

 

「……」

 

 

 ……あぁ、本当に面白れぇなぁ。まさか、俺様の後ろを走っているコイツが

 

 

「……クックック。ハーッハッハッハ!」

 

 

 ここまでのバカとは思わなかったよ!

 俺様は周りを見る。……少し前の方に2の標識が見えた。確か、これが見えたら残り200mの合図だったか?丁度いい。格の違いってもんを教えてやるか。

 

 

「……何がおかしいのかしら?」

 

 

「なぁに。テメェが実力差も分からねぇ塵だとは思わなくてよぉ。思わず大笑いしちまったぜ」

 

 

「どういう意味……ッ!」

 

 

 俺様は、一気に加速する。

 

 

「教えてやるよ塵。コイツはなぁ、余裕ってもんだ。遊んでやってたんだよ、あまりにもテメェらが弱いからな」

 

 

 つーか、別に深く考える必要はねぇ。コイツにだけ、俺様の領域(ゾーン)をぶつけてやりゃあいい。俺様は、出力を抑える。

 

 

「おい、聞こえてんだろ?俺様が出力を抑えてやってんだ。だから……抑えようだなんて考えんじゃねぇぞ」

 

 

”……うん”

 

 

「テメェになにかあったら俺様も困るんだ。そのままゆっくり休んどけ。後のことは俺様がやっといてやる」

 

 

”……そうする”

 

 

 俺様の目的のために、コイツは必要不可欠。だからこそ、くたばってもらったら困るんだよ。

 

 

 

 

《残り200を切って……ッ!?ここでファントムがスパートをかけた!先頭で逃げていたファントムが一気に速度を上げている!後続との差がみるみるうちに開いていくその差は3バ身、4バ身と開いていく!後続も必死に食らいつくがその差は無情にも開いていく!》

 

 

《フォームもそうですが……ッ!加速力が半端じゃありません!一気に後続を突き放していますね!まさに逃げて差すレース!》

 

 

《後続は必死に追いかけるがファントムがあまりにも速過ぎる!どこにそんな足を隠していたのか!そしてここまで何故隠していたのか!やはりこのウマ娘は強かった!亡霊の強さに陰りなし!》

 

 

 

 

 全く。強い奴が出るからと楽しみにしていたが……期待外れだ。つまらんレースだったぜ。俺様はそのままの勢いでゴール板を駆け抜けた。

 

 

 

 

《その勢いのままファントムが1着でゴールイン!朝日杯フューチュリティステークスを制したのはファントムだ!ファントムが4戦4勝で朝日杯を制しました!圧倒的な強さ!来年のクラシックの主役はもう決まったも同然でしょう!》

 

 

《彼女の強さを考えるとシンボリルドルフ以来となる無敗の3冠も期待できますね……ッ!来年のクラシックが非常に楽しみです!》

 

 

《2着は8バ身差で11番です!これから彼女達はどういった活躍を見せるのか!非常に楽しみな一戦となりました!》

 

 

 

 

 俺様は挑発してきた奴のところへと足を運ぶ。どんな表情をしているのかを拝むために。

 

 

「ハァ……ッ!ハァ……ッ!」

 

 

 疲労困憊、ってとこか。ま、俺様のペースに付き合った上に俺様の領域(ゾーン)をモロに食らったんだ。当たり前っちゃ当たり前か。

 

 

「な、何よあんた……ッ!なんなのよッ!」

 

 

「……私はファントムだけど」

 

 

「そういう意味じゃないわよ!私と同じペースで走っていたのに……どこにそんな脚を隠してたのよ!?」

 

 

「……面白いことを言う」

 

 

「……はぁっ?」

 

 

 随分とアホ面晒しているが……教えてやるか。俺様は優しいからな。

 

 

「……これがあなたと私の格の違いって奴だよ。身の程を知った?」

 

 

「……ッ!」

 

 

 目の前の塵は、恐怖で顔を歪めている。何を想像しているかは知らんが……まぁいい。これで、コイツの心は折れただろう。……しかし、アイツのふりをするってのも中々に疲れる。あ゛?アイツはこんなこと言わねぇ?知ってるよそんなこと。わざとだわざと。

 少しは骨のある奴が出ると思って出走した朝日杯。俺様にとっては変わり映えしないレースだった。あまりにも退屈だぜ全く。早くシニア級とやらに移らせろ。そうすりゃ、ちっとはマシな塵がいるだろうからよ。




次回は本編に戻ります。

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