「そういえば、そろそろスペシャルウィークのデビュー戦だったかな?ファントム」
「……そうだね。もうすぐだよ」
ある日の生徒会室。私はルドルフに招かれてここにやってきました。なんてことはありません。ただ友人同士語らおう、程度のものです。生徒会室を利用しているのはルドルフがここにいることが多いからです。なんかいつも仕事しているイメージありますけどルドルフっていつ休んでるんでしょうね?
「どうだい?君の後輩は……スペシャルウィークは勝てそうかい?」
「……問題はないよ。スペちゃんは、色々と不足しているものが多いけど。他の出走する子を見た限り勝てるよ」
「ほぉ?スペシャルウィークと一緒にメイクデビューを走る子のデータに目を通したのかい?」
「……うん。強くなる子、いるかもしれないから」
”ま、結果は塵でしかなかったがな。アイツが一番マシだ”
一応データに目は通しましたが、これならスペちゃんは問題なく勝てますね。あくまで実力を発揮出来たら……ですけど。
そんな会話をしている時、生徒会室の扉を開けて誰かが入ってきました。誰でしょうか?エアグルーヴでも入ってきたんでしょうか?
「チッ。相変わらず女帝様は頭が固い……ん?アンタは……」
「……どうも」
入ってきたのはブライアンでした。おっと、例の一件のせいで私の印象は最悪ですよ。どうしましょう。
”喧嘩売るなら上等だ。買ってやりゃあいい。向こうから喧嘩売ってくるんだから話は別だよなぁ?”
「……そういうわけにもいかないよ」
とりあえず出方を窺いましょう。私はブライアンを真っ直ぐに見据えます。あ、結構可愛い系の顔立ちしていらっしゃいますね。雰囲気的に一匹狼感が漂いますけど、童顔です。
ブライアンは私を見て、不敵な笑みを浮かべています。あら、意外にも怒っていないようです。
「併走を断られた件。ルドルフから聞いた。私はまだ未熟な果実……だとな」
「……えぇ、確かに私はそう言いましたね」
「そして、こうも言っていたらしいな。甘く熟したタイミングで食らう、と」
「……そうですね。酸っぱい未熟な物よりも甘く熟してた方がいいでしょう?果実も、ウマ娘も」
「違いない。ただ……自らが食らう側だと決めつけているとはな」
「……違うと?」
別に間違っていないと思いますが。ブライアンは私の疑問に獰猛な笑みを見せます。可愛い顔からカッコよさが見えますね。これがギャップ萌えというやつでしょうか?……多分違いますね。
「今はまだ我慢しておこう。だがいつか……高みに座るアンタを引きずり降ろしてやる。<ターフの亡霊>」
「……えぇ。楽しみに待っていますよ」
ブライアンは言いたいことを言ったのか、生徒会室の空いてる方のソファに寝転びました。寝心地良さそうですもんね。このソファ。
私達のやり取りを見ていたルドルフは薄く笑っていました。
「フフッ、ブライアンの心に火を点けたみたいだね」
「……実績的には、ブライアンやルドルフの方が上なんだけどね。私は3冠取ってないし」
私の言葉にルドルフは呆れたような声で答えます。
「取ってない、というよりも取らなかった、の方が正しいだろう?君の場合。皐月賞、日本ダービー、菊花賞……どれにも出走していないじゃないか」
「……私が出走していれば取れていたみたいな口ぶりだね」
「当たり前だ。いや、むしろ今までで一番衝撃的な3冠ウマ娘になっていただろうさ。君がクラシック3冠に挑んでいたらね」
「……そういうものですかね」
私はルドルフが入れてくれた紅茶に口をつけます。あ、美味しい。後で銘柄を聞いておきましょう。
さて今日の練習も終わったということで、部室でミーティングになりました我らがスピカです。議題はメイクデビューを目前に控えたスペちゃんのことについてです。
トレーナーはコースの説明をした後今回の作戦について話始めました。さて、どんな作戦で行くんでしょう。
「で、スペ先輩の作戦はどうすんだよ?」
「そんなの逃げに決まってるじゃない。最初から最後まで1番で走り抜ければいいんだから」
「内から強引に突っ込もうぜ!」
スカーレット、ゴルシ。それあなたたちの得意分野でしょうに。
「いや。今回の作戦は……ッ」
トレーナーはどんな作戦を考えたのやら。
「なし!」
「「「ハァ!?」」」
皆さんビックリした声を上げていますね。あ、ウオッカがトレーナーにヘッドロック仕掛けてます。
”テメェは驚かねぇんだな”
「……あなたも同じ。これはデビュー戦。あれこれ考えて走るよりも、自分のペースで走るのが大事だから」
「そ、その通りだファントムッ」
ヘッドロックされたままトレーナーが私の意見に肯定します。ウオッカのヘッドロックから解放されたトレーナーはそのまま続けました。
「スペシャルウィーク。駆け引きしようだなんて考えるな。好きなように走れ」
「好きなように……ですか?」
「あぁ。ファントムの言ったようにこれはデビュー戦だ。あれこれ考えて自分の走りができなくなるよりも、自分の直感を信じて走れ!そうすりゃ結果はついてくる!」
「わ、分かりました!」
スペちゃんいい返事ですね。後は本番を待つのみといったところでしょうか。
そして迎えましたスペちゃんのメイクデビューの日です。あっという間ですね。さて、スペちゃんのパドックでの様子を見るとしましょう。どれどれ。
「……うん」
”アヒャヒャヒャ!な、なんだアイツ!手!手と足を一緒に出してやがる!どんだけ緊張してんだよ!”
簡潔に言うと滅茶苦茶緊張してますねスペちゃん。これにはもう一人の私も大笑いですよ。多分机とかあったらバンバン叩いてそうです。あ、ジャージをカッコよく翻そうと思ったら上手くいかなくて転びました。可愛いですね。周りからは笑い声が上がります。
”ま、待ってくれ!これ以上笑わせんな!ヒィー、ヒィー!や、やっべぇ!”
もう一人の私、満点大笑い。さすがのスピカのメンバーも苦笑いを浮かべています。……うん?よく見たらスペちゃん。
「……ゼッケン、付けてない」
「え?あ、本当ですね。スペ先輩ゼッケン付けてねぇ」
「おっと、そういえばゼッケン渡すの忘れてたな~。いや~参った参った」
トレーナーはわざとらしくそう言います。これ、わざと渡しませんでしたね。
「というわけでスズカ」
「はい?」
「これ。スペシャルウィークに渡しに行ってくれないか?」
スペちゃんはスズカを慕っていますし、これは嬉しいでしょう。悔しくなんてありませんよ?えぇ、悔しくなんてありませんとも。
”ヒィー、ヒィー!”
あなたはいつまで笑ってるんですか。ひとまず私もレース場の方へと歩を進めます。あれだけ緊張していると少し不安ですが、まぁなんとかなるでしょう。多分。
レース場に着いたので後はレースが始まるのを待つだけです。さて、スズカパワーでスペちゃんの緊張はほぐれたのでしょうか?お、スペちゃんが入場してきましたね。フム……。
「……大分緊張とれたみたいだね。堂々としてる」
”なんだ。面白くねぇ”
「……変なレースされるよりはマシでしょ?」
”つってもなぁ。デビュー戦だろ?面白い展開にでもなんのかね?”
「……どうだろうね。まぁ、ここから面白い子が発見できれば御の字じゃない?」
私はもう一人の私と会話をします。そんな私の様子を見てスカーレット達は声を潜めて会話をしています。声を潜めていても私には聞こえますよ。
「相変わらず誰と話してるのかしら?ファントム先輩」
「分かんねぇ。でもそんなミステリアスなところもカッケェ!」
「いやどっちかってーと怖いだろ」
ちなみに周りの人も私を奇異の目で見ています。なんですか?私トゥインクル・シリーズで有名なファントムですよ?もっとキャーキャー言ってくれてもいいんですよ?
”無理だろ。見えない誰かと話してる奴なんざ恐怖しか湧かねぇからな”
「……ごもっとも」
え?だったら人前でもう一人の私と会話するのを控えた方がいい?別にいいじゃないですか。それにこういうのはいずれ分かるものです。だったら、最初から私のことを分かってくれた上で話しに来てくれる子とだけ絡んだ方がいいってもんです。上辺だけの付き合いなんて御免ですからね。
話が逸れましたが、全員ゲートに入りました。もうすぐ出走ですね。
「そういえば、ファントム先輩のデビュー戦ってどうだったんですか?」
「……私のデビュー戦?」
どうしたんですかね?スカーレットがいきなりそんなことを聞いてきました。
「はい。そういえば聞いたことなかったなって」
「あ、俺も気になる」
ゴルシは知っているので聞いてきませんでした。しかし私のデビュー戦ですか。
「……2着に3秒差でしたっけ?」
「「……は?」」
スカーレットとウオッカが口をあんぐりと開けて固まっています。あ、スタートしましたね。スペちゃんは……出遅れてますね。ご愁傷様です。まぁ大丈夫でしょうけど。
しかし懐かしいですねデビュー戦。そうは思いませんか?私。
”つまらねぇレースだったな。どいつもこいつも遅すぎんだよ。あくびが出そうになったぜ”
「……概ね同意」
3秒差。概算になりますが大体18バ身ぐらいの差ですね。実況の人が固まっていたのを思い出しますよ。あの時レースに出てた他の子達は……今頃どうしてるんでしょうね?心が折れてなきゃいいですけど。
放心状態から戻ってきたスカーレットとウオッカはスペちゃんのレースを見守っています。私の発言については深く考えるのを止めたんでしょう。さて、スペちゃんは……っと。
「スペ先輩……先行の位置ね」
スカーレットの呟き通り、スペちゃんは前目につけていました。まぁ王道と言えば王道的な位置ですね。
レースは特に波乱を見せることなく進みます。強いていうなら13番の子がスペちゃんに執拗に絡んでるくらいですかね?それもあくまでレースの範疇程度ですが。別に気になるようなことでもないでしょう。しかし、前の子が蹴り上げた土が襲ってきてるのにスペちゃん上手に躱してますね。どこかで特訓でも積んだんでしょうか?
「……お母ちゃんとの練習の成果ね」
「お母ちゃん?」
スズカの呟きが聞こえました。トレーナーさんも聞こえたのか反応しましたね。しかしお母ちゃん……スペちゃんの母親がこれを想定したトレーニングを積んでいたんでしょうか?それはなんとも……。
”限定的なトレーニングだなおい”
「……こうして役に立ってるんだから、間違ってはいなかったんじゃない?」
さて、レースは第4コーナーを曲がりましたね。
《レースは第4コーナーを曲がって残り400mだ!ここでクイーンベレーが仕掛けた!クイーンベレーが一気に先頭へ!》
ふむ。
「……ここ、かな?」
”だな。アイツが追いつくならここだ”
私はそう考えます。スペちゃんは、っと。
「……いいスパートだね。中々の脚じゃないですか?」
”……まだまだ粗削りだ。だが、”
もう一人の私は興奮を抑えきれずに続けます。
”喰いがいがある……ッ!成程、いい逸材だ!”
それはまるで、捕食者のような言葉でした。
「……そうだね。満足いただけたようで、なにより」
そのままスペちゃんは先頭を走ってる子に追いついて、躱して1着でゴールしました。デビュー戦勝利おめでとうございます。スペちゃん。拍手しましょう。パチパチ。
「凄かったぞー!スペシャルウィークー!」
「次も頑張ってねー!」
「また応援に行くからなー!」
観客からの反応も上々、といったところでしょうか。
「やるじゃねーか、アイツ!」
ゴルシが嬉しそうにそう言います。スカーレットとウオッカはスペちゃんのレースに触発されたのかトレーナーに詰め寄ってますね。
「ちょっと!アタシも早く出してよ!デビュー戦!」
「俺も!俺の方が先だ!」
「分かった分かった!そのうちな。この調子で、チームスピカで殴り込みだ!目指すは、打倒リギルだ!」
トレーナーは声高にそう宣言します。別にそれはいいんですけど。
「……ねぇ、トレーナー」
「おう。どうした?ファントム」
気になってることが一つあるんですよね。
「……スペちゃんってウイニングライブの練習したの?私が見てる限り、1回もやってなかったけど」
私の言葉にみんな硬直しました。え?まさか全員忘れてたんですか?
……ウイニングライブですが。まぁみなさんお察しの通りです。
「……これは見事な棒立ち」
「おいおいおい……」
「あっちゃー……」
「あっはっは!アイツおもしれーなぁ!」
”アッヒャッヒャ!ヤベェ!最後の最後に特大級のやらかしぶち込んできやがった!面白すぎんだろ!”
「……これに関しては、トレーナーが悪い」
「……返す言葉もねぇ」
メイクデビューで無事勝利を飾ったスペちゃん。けど、最後の最後にライブで棒立ちするという別の意味で見事なパフォーマンスを見せてくれました。
明日はブルーロックの新刊発売日なんで楽しみです。