そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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亡霊VSシャドーロールの怪物VS皇帝


亡霊少女と併走

 ルドルフに連絡を入れてから少し経って。ルドルフがジャージ姿で現れましたよっと。

 

 

「すまない。待たせてしまったね」

 

 

「……やほー、ルドルフ」

 

 

「ようやく来たか。早くウォームアップを済ませろ」

 

 

 あまり急かすもんじゃありませんよブライアン。別に逃げも隠れもしませんから。

 

 

「問題ないさ。ここに来るがてら、ウォーミングアップは済ませてきたからね」

 

 

 あらまぁ。どうやらウォーミングアップは済ませてきたみたいで。用意周到ですね。

 

 

「かねてより君とは走ってみたいと思っていたからね。私自身、この併走をとても楽しみにしているということさ」

 

 

「……そんなに」

 

 

「無論だとも。……ファントム、併走をする気になった理由を聞いても?」

 

 

「……ブルボンとグラスの後学のために、私達の併走を見せておこうと思ってね」

 

 

「フム。……グラスワンダーはリギルに所属している。君の所属しているスピカのスペシャルウィークとはライバル関係だが……グラスワンダーが強くなってもいいのかい?」

 

 

「……別に。私からしたら、どっちも強くなって欲しいからね」

 

 

 いずれ来るべき時のために……ね。

 

 

「……委細承知。では、あまり長話はしないでおこうか。早く併走を始めよう」

 

 

「……ブライアンがいるから?」

 

 

 ルドルフは首を横に振ります。あれ、違いましたか。そう思っていると、ルドルフは不敵な笑みを浮かべて私を見ました。

 

 

「私が抑えきれそうにないからさ。今この瞬間も……昂った気持ちを抑えるのに必死さ」

 

 

 あらやだ好戦的なことで。どうしますか?私。

 

 

”……今日は味見だけにしといてやる。今はまだ、時じゃねぇんだろ?”

 

 

「……そういうこと。今回の主目的はブルボン達の成長」

 

 

 向こうが分かっているかは知りませんけど。

 

 

”ま、いい。今回はお前に一任する。それに、今回は俺様の出る幕じゃねぇだろうしな”

 

 

「……そういうことなら」

 

 

”だからといって負けることは許さん。やるからにはどんなレースだろうと勝て”

 

 

「……あいあい」

 

 

 私とルドルフ、ブライアンはスタート位置につきます。スタートの合図は……グラスに任せますか。

 

 

「……じゃあグラス。スタートの合図をお願い」

 

 

「……分かりました。不肖、このグラスワンダーが開始の合図を務めさせていただきます」

 

 

 別にそこまで固くなる必要ないと思いますけどね。

 

 

「……ブライアン、ルドルフ。距離はどうする?」

 

 

「2400m右回りでいいだろ」

 

 

「ふむ。私は構わないよ。ファントムは?」

 

 

「……オッケー。それでいこうか」

 

 

 スタート位置について、グラスの合図を待ちます……

 

 

「それでは……」

 

 

 一瞬の静寂。そして

 

 

「スタートッ!」

 

 

 合図とともに弾かれたように私達はスタートを切ります。併走の始まりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まさか今日、このように豪華なメンバーでの並走が見れるとは。思いもしませんでした。

 きっかけは些細なことです。私がファントム先輩とブルボン先輩のお二方と自主トレを行っていたところ、急遽ブライアン先輩もトレーニングに加わることとなり、さらにファントム先輩がブライアン先輩を併走に誘ったと思ったら今度はファントム先輩が会長さんも誘って併走をするといい、そのままとんとん拍子に話は進んでいきました。

 驚きこそしましたが、これは好機です。学園でも最強クラスと呼ばれているお三方の併走……。通常ならば見れることはないでしょう。ブライアン先輩と会長さんは同じチームですが、ファントム先輩はあまり併走を受けたがらないので。それがこうして併走をしている。ならばこの好機……逃すわけにはいきません。それはきっと、ブルボン先輩も同じ気持ちでしょう。

 私はお三方の一挙手一投足を見逃さないように注意深く観察します。

 

 

「……ステータス『驚愕』。先程とはまるで違う雰囲気ですね」

 

 

「……はい。お互いがお互いを牽制しあっている、といったところでしょうか」

 

 

 まず先頭を走るのはファントム先輩。そこから2バ身程離れてブライアン先輩。ブライアン先輩からさらに1バ身離れて会長さんの順にレースは展開されています。雰囲気に関しては……私とブルボン先輩が混じっていた時とは比べ物にならないほどのプレッシャーが放たれています……ッ!私はレースを走っていないのにも関わらず、そのプレッシャーを感じれるほどに。

 先頭を走って後ろを幻惑するように走るファントム先輩。それに一切惑わされず自分のペースを貫くブライアン先輩と会長さん。

 

 

「ファントムさんは前の方で揺さぶりをかけ続けています。時にペースを上げて焦らすように、時にペースを落として抜かしてくださいと言わんばかりに。……しかし」

 

 

「ブライアン先輩と会長さんはそれに惑わされずに走っています。ファントム先輩がペースを落としても自分のペースで走っている……それが分かっているからか、ファントム先輩もスタミナの消耗を抑えるためにペースのアップダウンを止めましたね」

 

 

 そして、揺さぶりをかけているのはファントム先輩だけではありません。ブライアン先輩も時折ペースを上げてファントム先輩との差を縮めています。しかし、ファントム先輩はそれには乗らないとばかりに自分のペースを守っています。それは、会長さんも同様です。

 これが俗に言う、達人の間合いというやつでしょうか。お互いがお互いの動きを牽制しあうように動いているのが見てとれます。相手の動きを観察し、その動きに対する最善手を取っている。そして、最後の直線で勝負を決めるために脚を残している。……正直に言うと、今まで見てきた、走ってきたレースの中でも一番レベルが高いレースといっても過言ではないでしょう。私は自然と、拳を握っていました。

 ファントム先輩が言っていた私に必要なもの……それをこのレースで見せているんだと思います。

 

 

「己を律し、常に明鏡止水の心持ちでいること……それは、簡単そうでとても難しい」

 

 

「ステータス『共感』。それがどれだけ難しいことか、先程のレースでも実感させられました」

 

 

 私とブルボン先輩は、先程の併走でファントム先輩の逃げに惑わされていました。心を乱され、平常心を保つことができずにいました。それを証明するように、ファントム先輩とブライアン先輩は少ししか息を乱していなかったのに対し、私とブルボン先輩は息も絶え絶えでした。己の至らなさを恥じるばかりです。

 ……私は、あのお三方に追いつけるのでしょうか?そんな気持ちが湧きますが。

 

 

「……違いますね。追いつくんです、あの方々がいる高みに。私も」

 

 

「ステータス『同意』。いつか、ファントムさん達がいる高みへと至るために……今はラーニングしましょう。グラスさん」

 

 

「はい。ブルボン先輩」

 

 

 レースはまもなく最後の直線に入ります。おそらく、ここで勝負を決めるために、先輩方は加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターフの亡霊、ファントム。トゥインクル・シリーズ無敗の最強ウマ娘。その相手との併走が決まった時、心が滾った。今まで併走を頼んでもかわされ続けてきた相手との併走……心が滾らないはずもないだろう。

 

 

(しかし成程……。さすがは、無敗を貫き続けているだけはある)

 

 

 アイツから感じるのは強大なプレッシャー。少しでも怯めばたちまち喰らいつくされるであろう程にそれは強大だった。常に首元にナイフを当てられているような感覚とでも言うべきだろうか?一瞬でも判断を間違えれば、負ける。それを(ファントム)からも、後ろ(ルドルフ)からも感じる。レースが始まった時からそれは変わらない。もっとも、私もやられてばかりではない。プレッシャーを当て返している。

 だがそれだけじゃない。アイツの、ファントムの走りから感じられる絶対的な自信。自分の実力を微塵も疑っていない、自分の走りを貫けば勝てる。いっそ傲慢とも呼べる走りがアイツにはあった。もっとも、それはルドルフもそうだが。

 だが、私はその小細工には惑わされない。ただいつだって……ッ!

 

 

「私は……己が本能のままに走るだけだッ!」

 

 

 最後の直線に入った。私達はほとんど横並びになっている。僅かにファントムが前に出ている程度。だが関係ない。後は、この衝動に身を任せてコイツら2人をぶっちぎるッ!

 走る、ただ本能のままに。走る、ただ衝動のままに。走る、己が勝利のために!

 

 

「……さぁ、勝負といこうか」

 

 

「見せてやろう、皇帝の走りを!」

 

 

 どうやら、全員が同じタイミングでスパートをかけたみたいだな。ファントムとルドルフのプレッシャーが増している。そのプレッシャーは、周りにいるヤツらにも感じ取れるほどに強大だった。だが関係ない。勝つのは……

 

 

「「「私だッ!」」」

 

 

 お互いに一歩も譲らない勝負。残り400mを私達は疾走する。差が広がることはなく、かといって縮まることもなかった。末脚勝負を制したのは……

 

 

「……あいあむ、うぃなー」

 

 

 亡霊(ファントム)だった。……やはり、ヤツが前を走っていた不利は大きかったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、ルドルフ達との併走。無事に勝利を飾ることができましたよ。もっとも、全員ハナ差の大接戦ですけどね。

 このレースの勝因は言わずもがな。私が先頭だったからでしょう。全員が同じ速さで走っていたから前を走っている私が有利なのは当然のことです。それでも、差を広めることができなかったのが心残りでしたが。

 

 

”……成程。鼻テープも三日月もいい逸材だ。俺様の餌として喰いがいがある”

 

 

「……それは何より。とは言っても」

 

 

「無念千万。悔しいな。届かなかったか」

 

 

 そう言いながらルドルフが私のところへと歩み寄ってきました。……全然悔しがる素振りを見せずに。そして、それはブライアンも同様です。

 

 

「……本気で走っていないくせによく言うよ」

 

 

「おや、バレていたのかい?結構巧妙に隠していたつもりだったんだが」

 

 

「……仕掛けどころ。最後の直線に絞ってたでしょ?ルドルフだったらその前からでも十分スタミナ持ったはずだし」

 

 

「それはお互い様だろう。アンタらも私も、ここにいる全員が本気で走っていなかっただろうからな」

 

 

 あらやだバレちゃってましたか。

 

 

「……あくまでブルボン達のためだからね。本気でレースするのは、ここじゃない。ブライアンも、本能的にそう思ってたんじゃない?」

 

 

「なんだバレていたのか。……まぁいい。負けて悔しいのは本当だからな。次は……私がアンタら2人の前を走ってやる」

 

 

「意気軒昂。勝つのは私さ。ブライアン、ファントム。だが……次も楽しいレースにしよう」

 

 

「……いつか、ね」

 

 

 そう話しているとブルボン達がこちらへと歩いてきました。さて、聞いておきましょうか。

 

 

「……勉強になった?2人とも」

 

 

「アクション『首肯』。大変参考になりました」

 

 

「……はい。とても」

 

 

 それは良かったです。併走を提案した甲斐がありましたよ。……おや?グラスがなにか言いたげですね。どうしたんでしょうか?

 

 

「大変不躾なお願いであるのは百も承知です。ですが、私の頼みを聞いてはいただけないでしょうか?」

 

 

「……いいよ。とりあえず言ってみて」

 

 

「手短に済ませろ」

 

 

「構わない。聞こうじゃないか、グラスワンダー」

 

 

「私と、並走してはいただけないでしょうか?私も、実際に走ってみて……体感してみたいんです。お三方の強さを」

 

 

 ……ふむ。まぁ、予想はできてた質問ですね。

 

 

「ステータス『同じく』。私も、ファントムさん達と併走させてください」

 

 

 おや、ブルボンもですか。ふぅむ……。

 

 

「私は構わん。どうせこの後も暇を持て余している……ルドルフとファントムが付き合うならばの話だがな」

 

 

「私も構わない。この後の予定はないからね。ファントム、君はどうする?」

 

 

「……まぁ別にいいよ。じゃあこの後の自主トレは全部併走にしようか」

 

 

「「はい!(はい)」」

 

 

 予定も決まったことだし、早速併走しましょうそうしましょう。しかし弟子2人が向上心の塊で私は嬉しいですよ。その調子でもっともっと、今よりもっと強くなって欲しいですね。




併走の勝者はファントム。とは言っても、全員が全力でないのは察していた模様。そしてグラスとブルボンがどんどん強化されていくぅ。

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