桜が咲いて、春の訪れを感じる今日この頃。旧理科準備室で、ファントムさん調査隊のメンバーは集まっていました。最早、恒例になったともいえる、定例会議です。
ですが、今日ばかりは雰囲気が違いました。それは、今日あることを実行するから。
「さて、手筈通りに頼むよ。私が自然を装ってファントム君に質問するから、みんなは普段通りにしてくれたまえ」
「分かり、ました」
「えぇ、分かっているわ」
「あたし、正気でいられますかね……?」
デジタルさんだけ、心配の方向性が違うような気がしますが、まぁいいでしょう。ちなみに、スズカさんは大分歩けるようになったらしく、こうやって1人で旧理科準備室に訪れることができます。
私達がこれから行うのは、今日これから訪れるファントムさんに対して質問をしていくというもの。でも、あくまで自然に。何となく気になったから。その程度の感情で質問する感じでしていきます。私達が、ファントムさんを調査しているということを、知られてはならないので。
そうしてしばらく待っていると、旧理科準備室にファントムさんが訪れました。
「……今日は、随分な大所帯だね。スズカに、……誰?」
「ははは初めまして!ああああたしはアグネスデジタルと申します!あたしはその辺の雑草程度に思っていてください!」
「……愉快な子だね」
”なんか、これまた珍妙な塵だな”
「……まぁ、それも愛嬌ってやつじゃない?」
”多分違うと思うぞ”
ファントムさんと、もう一人のファントムさんも、変わりありません。ただ、もう一人のファントムさんとの会話は、他の人には聞こえないので、私以外には分かりませんが。
「こ、これが噂の……ッ!確かにそこには誰もいないのに誰かがいるように話しているお姿……ッ!だが、いい!このミステリアスさもたまらんッ!」
デジタルさんは、なぜか興奮してますが。
私達は、いつものようにそれぞれの時間をして過ごしています。飲み物を用意して、自分達の好きなように過ごす。変わらない日々。こんな日々が、続くといいのですが、そういうわけにもいきません。
「時にファントム君、ちょっといいかな?」
「……何?タキオン」
虚空を見ていたファントムさんが、タキオンさんの方へと視線を向けます。
「なぁに、ちょっと君にお願いしたいことがあってねぇ」
「……私に?いいよ、聞くだけ聞く」
「簡単なことさ。ちょっとフードを外してくれるかい?」
タキオンさんは、直球で言いました。ちなみにこれ、私の気になっていることだったりします。とは言っても、受けてくれるとは思っていませんが。
「……タキオンさん。そんなの受けてくれるわけ」
「……なんだそんなこと。別に、良いよ」
「「「いいんですか!?(いいの!?)」」」
ファントムさんの反応に、タキオンさん以外のメンバーが驚きます。いや、そんな簡単に良いんですか!?
「……まぁ、フードぐらい減るもんじゃないし」
そう言って、ファントムさんはフードへと手を掛けます。そして、フードを外しました。……私の予想が正しければ、ファントムさんの髪色は……
「……赤、黒い?」
「……?そりゃあ、尻尾の色と同じなんだからそうじゃない?」
私が予想していた、青白い髪色ではなく、赤黒い髪色をしていました。そして、それはもう一人のファントムさんも、同様です。彼女も、赤黒い髪色をしていました。じゃあ、天皇賞のあの人物は一体……。
”……”
そんな時、なにやらもう一人のファントムさんの圧が増したような感じがします。まるで、触れて欲しくないことに触れたような、気づいてほしくないことに気づいたような。そんな感じです。
「……ふぅン、ありがとうファントム君。君はフードも外さないからねぇ。どんな髪色をしているのか、ちょっと気になっていたのさ」
「……普通尻尾の色と変わらないと思うけどね。変なタキオン」
ファントムさんは、特に追及することなくフードを被りなおしました。
「あぁついでに聞いてもいいかい?」
「……今度はどうしたの?」
「何、髪色で思い出したんだが……ファントム君は青白い髪をしたファントム君そっくりな子のことを知っているかい?私の友人が見たって言うんだが」
「……青白い髪の私?」
「その友達の見間違いじゃないかしら?だってファントムの髪色はさっきも見たように赤黒い色だし、そもそもファントムはフードを外さないじゃない」
「あ、あたしもそう思います。もしかして……ファントムしゃんのドッペルゲンガー!?」
「……私は知らないけど」
ファントムさんはそう言いますが、もう一人のファントムさんは、なにやら焦った様子を見せています。
”やめろ……!それ以上考えんな!”
その焦りは、尋常じゃありません。ファントムさんに必死に呼びかけていますが、ファントムさんは考え込む素振りを見せています。
そして、それは突然のことでした。
「……ッ!あ、グ……ッ、い、ギィ……ッ!あ、頭が……ッ!」
「「「ファントム(君/さん)!?」」」
ファントムさんが、突然頭を抱えて苦しみだしました!そして、頭の痛みを訴えています!ど、どうしましょう……ッ!どうすれば……ッ!
「おい、どうしたんだいファントム君!?何があったんだ!?」
「……あ、頭……ッ!い、痛い……ッ!」
ファントムさんは、立っていられないとばかりにうずくまります。その間、私達は必死にファントムさんに呼びかけました。
「しっかりしてファントム!落ち着いて、落ち着いて深呼吸するのよ!」
「……ギ、ィ……ッ!」
ですが、ファントムさんには届いていないようで、うずくまったままです。
「あ、あたし誰かを呼んで……ッ!」
デジタルさんが、部屋から出ようと扉に手を掛けたその時。
「あ、ぐっ、あ、あああぁぁあぁっぁっぁぁぁああぁっぁぁあぁああっぁぁぁ!」
旧理科準備室内に、耳をつんざくようなファントムさんの絶叫が響き渡りました。
ファントムさんが絶叫した後、そのまま倒れ込んで、しまいました。部屋の中を、沈黙が支配しています。
私に襲っていたのは、後悔の感情。私が……!
「わ、私のせい、です。私が、こんな質問を提案しなければ……」
ファントムさんが、倒れるようなことはなかった……ッ!そんな私の肩に、タキオンさんはそっと手を置きました。
「……質問したのは私だ。それに、ここにいる全員が決めたことさ。だから、責任があるのはカフェだけじゃない」
「……そうよ。私も、同罪」
タキオンさんの言葉に、スズカさん達も同意するように頷きます。
それにしても、何故急に頭が痛みだしたのでしょうか?思い出したくない、何かでも……。
「……」
ッ!ファントムさん、気がついたみたいです……!倒れた状態で、顔だけ上げてこちらを見渡しています。お面をつけているので、どういう表情をしているかは、分かりませんが。どうやら、無事みたい……?
「良かった……ッ!無事だったんだねファントム君……ッ!」
「……うん」
”……カフェ、何かがおかしくない?”
……そう。何かが、おかしい。私は、辺りを見渡します。
「変な質問をしてすまなかった。私の気のせいだったかもしれない。今後は気をつけるよ」
「……そうして」
「もう大丈夫なの?ファントム。あんなに苦しそうだったのに」
「……平気」
……ッ!もう一人のファントムさんの姿が、見えないッ!
”あの野郎、どこに……ッ!?も、もしかして!?”
「……それよりもタキオン、ちょっとこっちに来てくれる?」
「?あぁ、起き上がるのを手伝って欲しいんだね。今手を貸そう」
「……助かる」
”ッ!近づいちゃダメ!”
もしかして……ッ!
タキオンさんが、ファントムさんに手を伸ばして……ッ!
「今すぐファントムさんから離れてくださいッ!タキオンさんッ!」
「へ?」
タキオンさんが、ファントムさんに手を貸そうとした。その瞬間。
「……ッ!」
ファントムさんが、タキオンさんの胸倉に掴みかかりました。
「ッ!?グゥッ!?」
そのまま一気に、壁の方までタキオンさんの胸倉を掴んだまま運んでいきました。
「ガハッ!?」
「タキオン!?」
胸倉を掴まれたまま、壁に叩きつけられるタキオンさん。タキオンさんは、苦しそうにしています。ですが、そこまででした。ファントムさんの手が、震えているのが分かります。ファントムさんは、腕の方へと顔を向けると、舌打ちをします。そして、タキオンさんを解放しました。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「……たとえ無意識でも、他人を傷つけるのはゴメンってか?どこまでお優しいんだか、コイツは」
この口調……隠そうともしない荒々しい雰囲気……傲慢な態度……そして、姿を消したもう一人のファントムさん……ッ!
間違いありません、今の彼女は……ッ!
「あなたは……もう一人のファントムさんですね!?」
”あの野郎……ッ!ファントムの身体を乗っ取ったのか!?”
お友だちの言葉に、私は警戒心を強めます!
ファントムさん、いえ、もう一人のファントムさんは私を真っ直ぐに見据えます。そして、可笑しそうに笑って、答えました。
「大正解だ。俺様は、お前らがもう一人のファントムと呼称している存在だよ」
やはり、そうですか!いえ、それよりも。
「ファントムさんは、どうしたんです!?」
私の質問に、もう一人のファントムさんは、呆れた口調で答えました。
「気ぃ失ったから出てこねぇよ。俺様が表に出てくるってことはそういうことだからな。アイツが身体の操作権を譲渡した時、もしくはアイツが何らかの理由で気を失った時のみ、俺様はこの身体を操作することができる。今はそれしかできねぇ。ま、いわゆる憑依って奴だ」
憑依……。そういうことですか。
「あの時の……ッ!」
「え?え?ど、どゆことです!?」
スズカさんは警戒し、デジタルさんは、困惑しています。ですが、そんなことはお構いなしにもう一人のファントムさんは私達に殺気を飛ばしてきます……ッ!
「全く……余計なことをしでかしやがって。おかげでまた記憶を封印する羽目になったじゃねぇか」
記憶を、封印?どういう……ことですか?
「……まぁいい。俺様は帰る。……あぁ気にすんな。アイツはここを大切な場所だと思ってるからな。明日にゃまた、元通りだ。嫌な記憶は忘れるに限る」
「ま……待ちたまえ、もう一人のファントム君」
「あ゛ぁ゛?」
帰ろうともう一人のファントムさんが扉に手を掛けたその時、タキオンさんがそれに待ったをかけました。そして、もう一人のファントムさんに対して、質問します。
「き、君に1つ、質問させて貰おうか」
「……ハッ、そんな目に遭っておきながらそれでもなお俺様に質問してこようとするとは……。いいだろう、1つだけ答えてやる」
「光栄だね。それじゃあ、1つだけ質問をしよう」
一拍おいて、タキオンさんはもう一人のファントムさんに尋ねます。
「君とファントム君に、血縁関係はあるのかい?」
「……ハッ」
タキオンさんの言葉に、もう一人のファントムさんは1つ笑い飛ばした後、答えます。
「ねぇよ。アイツと俺様は……元は赤の他人だ」
赤の他人……ッ。なら、どうして。
「じゃあ、どうしてあなたはもう一人のファントムに憑いているの!?あの子に憑依して、何をしようとしているの!?」
「答える質問は1つだけだぱっつん緑。塵の分際で、俺様に意見してんじゃねぇ」
それだけ言い放って、もう一人のファントムさんは旧理科準備室を後にしました。デジタルさんが、タキオンさんに駆け寄ります。
「だだだ、大丈夫ですかタキオンさん!?お怪我はございませんか!?」
「……あぁ、大丈夫だよデジタル君。問題はないさ」
タキオンさんは、ほこりを払った後、続けます。
「なんにせよ、これでもう一人のファントム君はファントム君との血縁関係がないことが証明された。また一歩、前進というわけだね」
「でしたら、何故もう一人のファントムさんは、ファントムさんに憑いているのでしょうか?」
「さてね。そこまでは分からない。だが、これでためらいはなくなった」
「ためらい?どういうこと?」
「私は思っていたんだ。もう一人のファントム君に対する情報は、どれもこれもファントム君とは似ても似つかないものばかりだった。だからこそ、そんな人物をもう一人のファントム君と呼称するのはどうかと思っていたんだ。後長いしね」
……絶対、最後が本音じゃないでしょうか?
「だからこそ、我々はもう一人のファントム君……彼女についてこう呼称しよう」
タキオンさんは、一呼吸した後続けます。
「──亡霊と。そう呼称しようじゃないか。そして、彼女の正体についても調べていくことこそが、ファントム君を知る手掛かりにもなるかもしれない」
タキオンさんは、そう言い放ちました。
その言葉を最後に、今日はもう解散することになりました。次までに、各々また情報を収集することになります。デジタルさんが、その情報に心当たりができてきたらしく。
「次の定例会議までには何としてもお役立ちできそうな情報を掴んでみせますよ!」
と、意気込んでいました。私も、できる限りの情報収集をしようと思います。
……そして、これは後日の話なのですが。私達はファントムさんに謝りに行きました。今回の件について、正式に謝ろうと思って。ですが。
「……?昨日、何かあったの?何の話か分からないんだけど」
そう、返されました。それでもと、みなさんでお詫びの気持ちを込めて後日ファントムさんに何か買ってあげることに。ファントムさんは、尻尾をぶんぶん振って喜んでいましたが、私の心には、疑問が生まれました。
例え意識を失ってでも、誰かを傷つけることを嫌うファントム。それとちょっとしたタイトル回収。