そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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スペちゃんとグラスの宝塚記念までの様子です。


亡霊少女と2人の明暗

 それにしてももう少しで宝塚記念ですねぇ。スペちゃんの練習も気合が入って……

 

 

「スズカさん!大丈夫ですか!?」

 

 

気合が入って……

 

 

「スズカさん、私と一緒に頑張りましょう!」

 

 

……気合、入って……

 

 

「ちょっとキツかったですか?じゃあもう少し抑えて……」

 

 

 ……気合が入ってねぇ!

 なんていうか、日増しに酷くなってってる気がしますね。どう思います?私。

 

 

”負けだ負け。もうどうあがいても武士娘に勝てねぇよ。つーか興味も失せた”

 

 

「……まぁそうだね」

 

 

「何が?ファントム」

 

 

 おや、テイオーがこっちに来ましたね。丁度いいので聞いてみますか。今のスペちゃんの状態についてどう思っているのかを。

 

 

「……テイオーはどう思う?今のスペちゃんの状態。宝塚記念を目前に控えているわけだけど」

 

 

「スペちゃん?う~ん……」

 

 

 テイオーはスズカと一緒にトレーニングしているスペちゃんを少し見て、苦笑いを浮かべました。

 

 

「色々と大丈夫?あんな調子で」

 

 

「……大丈夫じゃないと思う」

 

 

「まぁそうだよね。ボクもそう思うよ」

 

 

 やっぱりテイオーもそう思っていますか。そして多分、スピカのメンバー全員が思っていることでしょう。スズカも段々険しい表情をしてきましたよっと。そろそろ言いますかね?

 

 

「スペちゃん。ちょっといいかしら?」

 

 

「はい?なんですか、スズカさん。あ!もしかしてまだ脚が痛むとか……」

 

 

「スペちゃんは宝塚記念を控えているでしょう?だから、私のリハビリに付き合うよりも自分の練習をした方がいいんじゃないかしら?」

 

 

「で、でも……」

 

 

「でも、じゃないわ。宝塚記念、勝つんでしょう?だったら、私のリハビリよりも自分のことに集中した方がいいと思う」

 

 

 スペちゃん明らかにしょげてますね。自業自得とはいえ。

 

 

「くぉらスペ!練習サボってんじゃねぇ!そんな調子で宝塚記念勝てるかー!」

 

 

「わぁ!?ご、ごめんなさ~い!」

 

 

 あ、トレーナーに怒られました。さすがに看過できなかったようです。まぁ……。

 

 

「ねぇファントム。今のやり取り何回目?」

 

 

「……ここ最近はずっとあんな調子。スズカのリハビリに、付き合おうとするスペちゃん。そして、トレーナーに怒られるまでがワンセット」

 

 

「ハァ……。ホントに大丈夫なのかなスペちゃん?」

 

 

「……無理でしょ。あんな調子じゃ」

 

 

「同じチームだし、否定してよって言いたいけど……当のスペちゃんがあんな調子じゃファントムの言うことも分かるよ」

 

 

 テイオーも呆れた様子でスペちゃんを見ています。……というか、練習しながらもチラチラとスズカの方を見てますね。どんだけですか。

 仕方ありません。私がスズカのリハビリに付き合いますか。ノルマももう終わりかけですし、スペちゃんも誰かが見ていれば安心して自分の練習に集中するでしょう。

 

 

「……スズカ、リハビリ付き合うよ」

 

 

「ファントム?でも、ファントムは自分の練習は良いの?」

 

 

「……いいよ。今日のノルマはもう終わりかけだし、スズカのリハビリに付き合いながらでも問題なく終わる」

 

 

「……そういうことなら、よろしくね」

 

 

「……うん、よろしく」

 

 

 そんなわけで私はスズカのリハビリに付き合います。こうして今日もスピカの練習は終わっていくのでした。……本当に大差つけられて負けそうですねスペちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそんなスペちゃんとは打って変わって。グラスの方はかなり順調ですね。

 

 

「ここが……ッ!」

 

 

「……そう。滝行。グラス好きそうだし、私が使っている場所を提供する」

 

 

「感謝いたしますッ!ファントム先輩!」

 

 

 今日はグラスがリギルの練習が休みだということで滝行に来ました。ブルボンとライスちゃんも一緒ですよ。

 

 

「ステータス『もしかして』。我々も滝行を?」

 

 

「……いや、ブルボン達は別にしなくてもいいよ。これはあくまでもグラスの特訓だから」

 

 

 ついでに言えば、厳密には滝行とは違います。面倒なので滝行で通しますけど。

 

 

「じゃあ、ライス達は待っている間何を?」

 

 

「……特にないけど、せっかくだし滝に打たれる?」

 

 

「……まぁ、せっかくだし。ライスはやろうかな?」

 

 

「ステータス『高揚』。未知の体験にドキドキしています」

 

 

 割とキツいですけどね滝行。始める前にグラスと確認しておきましょうか。

 

 

「……じゃあグラス。今回の滝行の目的についておさらいしようか」

 

 

「はい。お願いいたします」

 

 

「……グラスが所属しているリギルの練習は完璧と言ってもいい。これ以上無茶をやって脚を壊すようなことになったら本末転倒。だから、自主トレでは主にメンタル的なものを重点的にやっていく。これは説明したね?」

 

 

「はい。重々承知しております」

 

 

「……そしてこの滝行では、余計な雑念を一切合切祓ってもらう。スペちゃんに勝ちたいっていう気持ちも、レースに勝ちたいっていう気持ちも、この滝行では一旦忘れてもらう。その理由は……分かるよね?」

 

 

「……己をより深く知るため。そして、己を知ることこそが領域(ゾーン)をより強固なものとするための道となる」

 

 

「……ま、概ねそんな感じ。後は精神を鍛えておけば外部からのプレッシャーにも負けない強靭なメンタルを手に入れることができる。私やルドルフ、ブライアンのようなメンタルをね」

 

 

 ここで例に挙げた2人はあの併走のメンバーです。グラス達はその併走を見ていたのでよく分かっているでしょう。どんな揺さぶりやプレッシャーにも負けないメンタルを手に入れることがこの滝行での目的です。

 後はまぁグラスの言ったように純粋に自分と向き合うといった面もあります。己を知ることが強くなるための近道でもありますからね。

 

 

「……じゃあ早速滝に打たれる、前にまずは身体をならしておこう。すぐに滝に打たれるのはNGだからね」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 では、早速滝つぼへと入りましょうか。

 

 

「そういえば、ファントムさんはお面大丈夫なの?滝に打たれると外れちゃいそうだけど」

 

 

「……問題ない。しっかりと固定してある」

 

 

 伊達に昔からこの滝で修行していたわけじゃありませんよ。

 それじゃあ身体を水にしっかりとならしておいて、と。

 

 

「……それじゃあ、滝に行こうか」

 

 

「……集中、集中です」

 

 

「ステータス『ドキドキ』。果たしてどれほどのものなのか」

 

 

「や、やっぱりちょっと怖い……」

 

 

 三者三様の反応ですね。そして、全員が滝に打たれます。勿論私も。時間は……3分でいきましょうか。

 

 

「……」

 

 

「これは……中々……ッ!」

 

 

「い、痛い!冷たい!な、夏が近づいててもやっぱり冷たい!」

 

 

「ステータス『痛み』……」

 

 

「……口は動かさなくてもいいよ。集中して」

 

 

「「「は、はい!」」」

 

 

 全員黙って滝に打たれています。うんうん、良い調子です。頑張ってくださいね。

 ……滝に黙って打たれることしばらく。予めセットしていたアラームが鳴ったので切り上げるとしましょうか。

 

 

「……じゃあ終わり。滝から上がろうか」

 

 

 私の言葉と同時に、全員が一斉に滝から離れます。さてさて、滝行の感想を聞くとしましょうか。

 

 

「……滝に打たれてどうだった?」

 

 

「……滝に打たれる痛さ、夏が近づいているといえども感じる水の冷たさ。そして、徐々に痛みに慣れてくると同時に無心になっていく自分……。とても得難い経験でした」

 

 

 グラスは気に入ってくれたようですね。グラスなら気に入ると思ってましたよ。

 

 

「ステータス『不思議』。数分にもかかわらず時間の流れがゆっくりだったように感じました」

 

 

「……まぁ初めてだからね」

 

 

「ら、ライスもブルボンさんと同じかな?時間の流れがゆっくりに感じたよ」

 

 

「……初めてだからね。慣れるとそうでもないよ。じゃあ、滝行も終わったことだし、帰って座禅をやろうかグラス」

 

 

「承知しました。ご指導ご鞭撻、お願いいたします」

 

 

 そんな会話をしながらも帰り支度を済ませました。帰ってからもやることありますからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在座禅の時間。グラスには座禅を組んでもらっています。ブルボン達は私が考案したメニューをやってもらっていますね。2人の足りないものを重点的に鍛えるためのメニューです。真面目に取り組んでいますよ。

 

 

「……」

 

 

 グラスは無言で座禅を組んでいますが……ッ!

 

 

「……喝ッ」

 

 

「ッ!」

 

 

「……雑念が混じってるよ。しっかり集中して」

 

 

「……はい。申し訳ありません」

 

 

 私に喝を入れられて、グラスはまた集中を始めます。この座禅が始まって……1時間ぐらいですかね?最初の内はかなりの頻度で叩かれていましたが……。

 

 

「……」

 

 

 今日はさっきのが初めてです。うんうん、成長が感じられて私は嬉しいですよ。

 

 

”中々のもんだな武士娘。この期間でかなり成長してやがる。喰いがいがありそうだ……ッ!”

 

 

「……まだだよ私」

 

 

”分かってるさ。しかしどこまで成長するか……俄然楽しみになって来たなぁおい。あの棒立ち娘よりもよっぽどだ!”

 

 

 大喜びしているようで何よりです。

 しかし、はっきりと明暗が分かれる感じになりましたね。不安しか感じないスペちゃんと、ここまで順調に来ているグラス。どっちがいいかは明白でしょう。さてさて、どうなることやら。

 時間にして2時間。そろそろ終わりましょうか。結局叩いたのは1回だけですね。それだけ集中しているということでしょう。

 

 

「……それじゃあ終わろうかグラス。今日もお疲れ様」

 

 

「……。はい、今日もありがとうございましたファントム先輩。このお礼は、宝塚記念の勝利を持って報いたいと思います」

 

 

「……リギルの東条トレーナーにも言ってあげてね。きっと喜ぶよ」

 

 

「無論です。宝塚記念……私にとってベストな状態で迎えられそうなのはみなさんのおかげですから」

 

 

 グラスはそう言って丁寧にお辞儀します。うーん、良い子。

 ……さて、それでは最後の仕上げに入りましょうか。

 

 

「……グラス。今後の練習だけど……グラスにはある技術を習得してもらう」

 

 

「ある技術……ですか?」

 

 

「……そう。簡単に言えば、スペちゃんを完全に封じるための策。そのための下準備をね」

 

 

「……成程」

 

 

 私の言葉にグラスの雰囲気が一変しました。そして、気を引き締めた表情で私を真っ直ぐに見据えます。

 

 

「して、それは一体どのような技術なのですか?」

 

 

「……そうだね。いうなれば……領域(ゾーン)潰し、かな?」

 

 

領域(ゾーン)潰し……」

 

 

「……そう。その技術をグラスには修得してもらう。大丈夫、グラスならきっとできるよ」

 

 

「……承知しました。不肖、このグラスワンダー。ファントム先輩の期待に応えてみせましょう」

 

 

 難易度的にはかなり難しいです。ですが、グラスの精神力は座禅や滝行を中心としたトレーニングを経て、かなりのモノになりました。それこそ、一流レベルに。だから、私は問題なく修得できると思っています。

 今のスペちゃんならこの技術は間違いなく効くでしょう。これが決まれば……大差勝ちも夢じゃありませんよ。多分、グラスはそこに拘ってないでしょうけど。さぁスペちゃん、お灸を据えさせてもらいましょうか。

 それから残りの期間はその技術の習得に時間を掛けました。とは言っても、原理を説明するだけなので大した量じゃないんですけど。それでもグラスは最後の方でしっかりと理解していましたよ。本番が楽しみですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、宝塚記念の日を迎えました。




次回宝塚記念本番。

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