あてもなく走った先で着いた公園。そこで偶然ファントムさんに出会った私は、そのままファントムさんに連れられて学園の寮へと戻ってきました。
「……適当なとこに座って。大丈夫、私は1人部屋だから誰もいない」
「あ、ありがとうございます……」
でも、公園で泣いていた私を見て何かを察したのか、ファントムさんは私を自分の部屋に連れてきてくれました。正直、ありがたいです。スズカさんには合わせる顔がないから……。
「……はい。お茶でよかったら」
「ありがとうございます……」
私はベッドに腰掛けて、ファントムさんは机に備えつけてある椅子に座ってお茶を飲み始めました。……お面の下半分を外して。
「……まぁさすがに堪えてるんじゃない?」
唐突に、ファントムさんがそんなことを言いました。一体何の話でしょうか?
「……それには同意。でも、ここからだよ」
もしかして、また私達には見えない誰かと話しているんでしょうか?少なくとも、私に話しかけているわけではなさそうです。
何も話さないのは良くないので何か話題を……?そういえば。
「ファントムさんは、どうしてこの時間にあの公園を通ったんですか?学園から結構離れてますけど」
「……日課のトレーニングの帰り道。帰ってる最中に、偶然スペちゃんが泣いているのを発見したから」
「うっ……」
そこから涙の理由を聞いてくるかと思いましたけど、意外にもファントムさんは何も言ってきませんでした。それにしても、ファントムさんはこんな時間までトレーニングをやっていたんですね。
また少しの間、無言になります。なので、思わず私は尋ねます。
「……聞かないんですか?泣いていた理由」
「……大体想像はつくし、私から聞こうとは思わないよ」
「アハハ……そう、ですよね」
考えてみれば当たり前か。私が泣いていた理由なんて、今日のレースを観ていたら誰だって分かることなので。
……ファントムさんは、どう思ってるんだろう?あんな醜態をさらした私を。
「ファントムさんは……」
「……ん?」
「ファントムさんは、今日の私のレースを観てどう思いましたか?」
「……甘く言われるのと厳しく言われるの、どっちがいい?」
正直、怖いですけど……。
「厳しく、お願いします」
「……5点。100点満点中ね」
「ッ!」
やっぱり、そうですよね。それぐらい酷かったんですから当たり前です。0点じゃないだけマシかもしれません。
「……発走前から浮ついてたし、レースにもどこか集中し切れていない。レースのことじゃなくて、ずっと別のことを考えていた」
「……」
何も、言い返せない。事実だから。
「……グラスのプレッシャーもモロに食らってたし、
「うっ……」
「……でも、一番ダメだったのは最後に諦めていたこと。それが一番良くなかった」
確かに、私は最後の直線でもう諦めていた。追いつけないから、諦めていた。
「……最後の一分一秒まで諦めたらダメだよ。次からは気をつけようね」
「はい……」
「……それで?スペちゃんはグラスになんて言われたの?」
「え?」
唐突に、ファントムさんにそう聞かれました。
「……レースの後、グラスから何か言われてたでしょ?ターフの上でうずくまって泣いていたんだもの」
「……そうですね。でも、仕方ないです。悪いのは私なんですから」
そう言って、私はポツポツと語り始めます。レース中になにを考えていたのか、グラスちゃんから何を言われたのか。それを、自分なりの言葉でファントムさんに語り始めます。
「今日のレース、ずっとスズカさんのことを考えながら走っていたんです。スズカさんの走ったレースを私も走っている、スズカさんのようなレースをしたい、スズカさんみたいに勝ちたい。そう思いながら走っていました」
ファントムさんは、黙って私の話を聞いています。
「その考えを、グラスちゃんは多分お見通しだったんだと思います。私が宝塚記念に集中していないことを、グラスちゃんは気づいていました。だから言われたんです」
「……」
「何を考えて走っていたか、何を思って走っていたか、私の目に……グラスちゃん達は映っていたか。そんなことを聞かれました」
「……スペちゃんはなんて答えたの?」
「……何も、言えませんでした。私はグラスちゃん達を見ていなかったし、何を考えていたのかなんてグラスちゃんはきっと分かってた。だから、何も……言えませんでした」
出走しているみんなのことじゃなくて、ここにいない人のことを考えて走っていたなんて言えなかったから。
「そこからは、グラスちゃんがどれほどの思いで宝塚記念に挑んできたのかを聞きました。リギルでの猛練習、ファントムさんからの師事を受けていたこと。全ては万全な状態で私との対戦を迎えるためにって、そう言ってました」
「……そうだね。グラスは凄く頑張ってた」
「……けど、私はそんなことちっとも知らないで。グラスちゃんが安田記念に勝ってたのも知らなかったし、他の子の前走がどうだったのかも分からなかった。見向きもしなかった。そんな自分が……凄く、情けなくて。そして何より、こんなに一生懸命に自分に向かってきてくれる相手がいたのに、私はずっとスズカさんスズカさんって。スズカさんのことばっかり考えてて……それが、凄く申し訳なくて……。気がついたら、涙を抑えることができませんでした」
思い出したら、また涙が溢れてきそうになりました……ッ。
「……それを聞いて、スペちゃんはどうしたいと思ったの?」
「どう、したい……?」
「……そう。グラスからレースに集中していないことを指摘されて、スペちゃんは申し訳ないって思ったんでしょ?じゃあ、次は自分がどうしたいかを決めなきゃ」
私が……どうしたいか。そんなこと、考えもしなかったです。それを考える前に、私はグラスちゃん達への申し訳ない気持ちでいっぱいだったから……。
「……確かに宝塚記念のスペちゃんは酷かった。グラスに非難されても仕方ないと思う。私も、それを擁護する気はないよ」
「……そうですよね」
「……でも、いつまでも泣いて立ち止まってるのはもっと良くない。停滞は成長を阻害するから。スペちゃんの目標だって、叶わなくなるよ」
「私の……目標?」
「……そう。スペちゃんは、どんなウマ娘になりたくてトレセン学園に来たの?」
私の、目標……。
「スズカさんと、走ること……。スズカさんとした約束」
「……それは初耳。だけど、他にあったでしょ。スズカと出会う前、スペちゃんがスピカに入部した時に私達の前で語ってくれた目標、あったんじゃない?」
スズカさんと出会う前……私の、目標……ッ!
「日本一の、ウマ娘になること……ッ!」
「……そう。その目標は、凄く遠いものだと思う。だったら、今こうして立ち止まっている暇はないんじゃない?」
そうだ……!スズカさんのことばかりで、私は大切なことを見失っていた……ッ!私がどうしてトレセン学園に来たのか、私は、どんな夢を持って学園に来たのか!
お母ちゃんとした約束。日本一のウマ娘になるって約束。そんなことすら見失っていたなんて……ッ!また、情けなさから涙が出そうになりますけど
「……ッ!」
私は、グッと堪えます。ファントムさんの言う通り、私には立ち止まっている暇はないから。
「……もう一度聞こうかスペちゃん。スペちゃんは、これから先どうしたいの?」
私の、したいこと……ッ!
「強くなりたいです……ッ!グラスちゃんや、他の子達と走っても恥じないような走りができる……。そんな強いウマ娘になりたいです!日本一のウマ娘になる為に、私は強くなりたいですッ!」
「……うん」
「そして、グラスちゃんにきちんと謝りたいです。あの時はゴメン、今度は私も全力でぶつかりに行くよって、そう伝えたいです!」
グラスちゃんは最後に言ってました。
『次のレースで相まみえる時、その時は、今度こそ全力で勝負しに来てください。スペちゃん……私を、失望させないでくださいね』
だから、次は失望させないように、全力の私をぶつけるために!
「……じゃあ、そのためには何が必要か分かる?」
「まずは……スズカさんのリハビリに付き合わないことが大事……だと思うんですけどぉ……」
「……やっぱり、スズカが心配?」
「はいぃ……」
やっぱり、どうしても心配になっちゃいます。
「……じゃあ、考え方を変えてみようか。スペちゃんは、スズカが心配なのはどうして?」
「へ?う~ん……また、怪我をして走れなくなるのが怖いから、でしょうか?」
「……そうだね。また骨折しないとは限らないから心配になるのは分かる」
でも、と前置きしてファントムさんは続けます。
「……それはスズカを信用していない裏返しになる。スズカのことが信用できないから、ついついおせっかいを焼いてしまう。そう解釈することもできる」
「スズカさんを……信用していない……」
「……そう。スペちゃんは、スズカのことを信じてる?」
「勿論です!スズカさんのこと、信じてます!」
「……じゃあ、時には信じて何もしないことも大事。スズカがまた走れることを信じて、スペちゃんはスズカの前を走るの」
「スズカさんを信じて……前を走る……」
ファントムさんは頷きます。
「……スズカはきっとまた走れるようになる。だからスペちゃんはそれを信じて、前を見て走り続ける。まずはそのことから始めようか」
「……はいッ!」
正直、まだちょっと不安です。スズカさんがまた骨折したらと思うと……気が気じゃありません。
でも、ファントムさんの言う通りそれはスズカさんを信じていないことになります。だから、まずは意識から変えていきましょう!
「スズカさんを信じて、前を見て走り続けるッ!スペシャルウィーク、頑張ります!」
「……うん、頑張ってねスペちゃん」
「はいッ!ファントムさんもありがとうございます!」
「……気にしなくていいよ。可愛い後輩だからね」
それでも、お礼を言わせてほしいです!強くなるために、強くなって、スズカさんやグラスちゃん、他のみんなとまた一緒に走れるように!スペシャルウィーク、頑張ります!
そういえばと、私はもう一つ気になっていたことをファントムさんに質問します。
「ファントムさんは、いつもこの時間までトレーニングをやっているんですか?」
「……そうだね。なんなら、この時間はまだトレーニングやってるよ」
「じゃあトレーニングは……って、私のせいですよね……」
「……気にしないで。次の日倍やればいいんだから」
いや、そういう問題なんでしょうか……?それにしても。
「ファントムさんは、どうしてそんなに強くなりたいんですか?」
「……うん?」
「ほ、ほら。強くなりたい理由にも色々あるじゃないですか。例えば今回のグラスちゃんだったら私に全力でぶつかりたいから~とか」
「……私が強くなりたい理由、ね」
一拍おいて、ファントムさんは答えます。
「……私のためだよ。どこまでいっても、私は私のために強くなる。そのために私はこうして努力を怠らない」
「……」
思わず、口が半開きになりました。ちょっと、思いもしなかったので。ファントムさんが優しいウマ娘なのは関わったことがあるならばすぐに分かります。だから、応援してくれるファンの為にとか、そんな理由だと思ってたんですけど……。
「……意外だった?」
「へ?あ、は、はい。ちょっと意外でした」
「……ま、そういうことだよ。私は私の為に強くなる。それだけ」
「そう、ですか……」
ファントムさんは自分の為。グラスちゃんも、根本的には私と競うのに恥じない自分になる為だから、きっと自分の為に強くなるのが理由かもしれません。
「やっぱり、自分の為に強くなりたいって思うのが普通なんでしょうか?」
「……どういう意味?」
「ファントムさんもグラスちゃんも、自分の為に強くなりたいっていう思いがあると思うんです。他のみなさんも、多くの人がそうだと思います」
「……まぁそうだね。ほとんどの子は自分の為に強くなりたいって思ってるはずだよ」
「でも……凄く個人的なことなんですけど、私はそうじゃない気がして……。あ、べ、別にファントムさん達の考えを否定したいわけじゃないんです!でも、私が強くなりたい理由は……そうじゃない気がするんです」
「……」
ファントムさんは、黙って私を見ています。ちょ、ちょっと怖いべ……。
「……別にいいんじゃない?自分の為に強くなりたいっていう子が多いだけで、それ以外がダメってわけじゃないんだし。スペちゃんは、スペちゃんの強くなりたい理由を探すのが良いと思うよ」
「私が……強くなりたい理由……」
「……うん。それを見つけることが、スペちゃんがもっと上のステージに行くために必要なことかな?」
次のステージに行くために……私が強くなりたい理由を見つける……。
(スズカさんと競っても恥ずかしくない自分になる為?それとも、グラスちゃん達への申し訳なさから?……う~ん、どれも違う気がします)
結局答えを見つけることはできず。自分の部屋へと戻ることにしました。部屋に戻った後……
「スペちゃん……ッ!急に飛び出していったから心配してたのよ……ッ!」
「ごめんなさい……スズカさん」
スズカさんが心配そうに出迎えてくれました。ただ、私の表情を見て安心したように息を吐きます。
「……帰ってきた時とは、表情が違うわ。悩み事、解決した?」
「はい。少しだけ、晴れました」
「……そう。じゃあ、ちょっとそこに座りましょうか?」
「へ?」
「お説教よ。さすがにあのレースは酷すぎるわ」
……そして、スズカさんに日付が回るまでお説教されました。ご、ごめんなさ~い!
これから先スペちゃんはどうするのか?自分の走る理由を見つけることができるのか?
次回はタキオン達のファントム調査隊回です。