「デジタル君が言うには、ここで待っとけばいいんだったね?」
「はい。ファントムさんについて、ある情報を持っているというウマ娘の方から、話を聞けるということでしたので」
「どんな情報なのかしら」
ある休日のカフェテリア。私とタキオンさん、そしてスズカさんはデジタルさんを待っています。デジタルさんだけではなく、ファントムさんについて、何かを知っているウマ娘の方も含めて。
「今日ファントム君は何をしているんだい?」
「ファントムなら、今日は朝早くからボランティアに行ったわ。たづなさんと一緒に学園から出ていくのを見たもの」
「ふぅン、毎週のことながら精が出るねぇ」
本当に、そうですね。
「デジタルさんは、まだでしょうか?」
「連絡によるともうすぐのはずなんだが……?おっ、来たんじゃないかい」
タキオンさんが、指を指した方向へと視線を向けると、こちらに向かってくるウマ娘が2人、いました。1人は、とても見覚えのあるピンク髪のウマ娘、アグネスデジタルさん。もう1人は、おそらく今回ファントムさんについての情報を提供してくれる、栗毛のウマ娘の方。
「みなさ~ん!連れてきましたよぉ~!」
「え、えっと……」
栗毛の方は、少し緊張した様子を見せています。というよりは、警戒でしょうか?それよりも、よく無事に連れて来れましたね、デジタルさん。任せてくれというから任せましたが、デジタルさんのことを考えると、どこかで倒れてても不思議ではありませんから。
「よく無事に連れてきてくれたねぇデジタル君。……さて、早速話を聞こうじゃないか」
「は、はい。えっと、みなさんはファントム先輩のことについて聞きたい……んでしたよね?」
「はい。そうなります」
「そういえば、デジタルさんは、どうしてこの子に話を聞こうと?」
私がそう聞くと、デジタルさんは少し驚きながらも答えます。……何故、驚くのでしょうか?まぁ、もう慣れたので気にはしませんが。
「あ、はい。実はこの子はファン大感謝祭でファントムさんのことを見たから大層驚いたらしく……そのことについて詳しく聞いてみようと思ったんです」
「ファン大感謝祭、ねぇ……」
思えば、スピカのトレーナーさんがファン大感謝祭でファントムさんを見た時、凄く驚いていたのを思い出します。そのことに、関係しているのでしょうか?
「教えてもらってもいいかしら?あなたが知ってること」
彼女は、伏し目がちに、不安そうになりながらも私達に確認します。
「わ、私も……あんまり多くは知ってません。もしかしたら、みなさんが知っている情報でガッカリさせちゃうかもしれませんけど……」
「何、構わない。こうして迷惑を掛けているのは我々だ。気楽に話してくれたまえ」
「わ、分かりました。じゃあ、あんまり他の子がいないようなところでお話を」
そういうことでしたので、私達は旧理科準備室へと向かいます。あそこに、近寄る方はそうはいないので。
早速旧理科準備室に着いて。栗毛の彼女に話を聞いてみることにしました。
「えっと、それで……ファントム先輩のことなんですけど……」
彼女は、ポツリポツリと話し始めます。
「去年のファン大感謝祭、ファントム先輩が参加してたじゃないですか。タキオン先輩達と一緒に」
「そうだねぇ。ファントム君は、私とカフェを含めた3人で回っていた」
「私、その姿を見て、凄くビックリしちゃって……。あんなことがあったから、ファントム先輩もう二度と参加しないと思ってたから……」
「あんな事?一体、ファントムになにがあったの?」
彼女は、俯いて、凄く言いにくそうにしています。それほどの、ことなのでしょうか?
「……あんまり、気分の良い話じゃないんですけど……。ファントム先輩、前にファン大感謝祭に参加していた時、糾弾されてたんです。しかも、ファンの方々とかじゃなく学園に所属しているトレーナーさん達に」
「……ほう?」
「……それは、確かに気分の良い話じゃありませんね」
「……」
「ヒ、ヒィッ!?おお、お三方が凄く険しい表情をしています!で、でも……そんな表情も……ッ、あ、そんな場合じゃありませんねはいすいません」
彼女は、さらに続けます。
「しかも、その糾弾しているトレーナー達の主犯格が……私の、トレーナーさんだったんです。トレーナーさんは、私の先輩……今はもう学園を辞めてるんですけど、その先輩が辞めてからファントム先輩を凄く恨むようになって……だから、ファントム先輩を糾弾していたんだと思います」
そう言って、彼女は当時の状況を詳しく説明してくれました。
私がその現場を目撃したのは、本当に偶然なんです。たまたま人の少ない校舎裏を歩いていて、トレーナーさんを見つけて。声を掛けようとしたら、トレーナーさんの怒声が聞こえてきました。
『お前のせいで!お前のせいであの子は辞めたんだ!どうしてくれるんだ!』
『……』
『何とか言えよ!あの子に申し訳ないとか思わないのか!?』
『……そんなこと私に言われても。辞めたのはその子の意思だし』
『なんだと……ッ!?』
『……でも、悪いとは思ってる。だから、あの子にはきちんとアフターケアをしてあるよ』
『そういう問題じゃない!お前のせいで……ッ、お前のせいでッ!あの子は走るのを辞めてしまったんだ!どう責任取ってくれるんだ!』
『……』
普段は温厚なトレーナーさんが、その日は別人のようになっていて。あまりの怒りように私、凄く怖くて……ッ!陰でバレないように震えていることしかできませんでした……。
そこからも、トレーナーさんはファントム先輩に罵声を浴び続けてて……。お前のせいで先輩は辞めた、責任取れ、お前も学園を辞めろって。
『お前は走るだけで他の子を不幸にする疫病神だ!とっとと学園を辞めて1人で走ってろ!』
『……』
『秋川理事長が連れてきたウマ娘だがなんだか知らないが……ッ!なんでお前みたいな化物が許されてあの子が辞めなきゃいけないんだよ!ふざけるな!』
でも、ファントム先輩はそんなトレーナーさんの言葉を、黙って聞いていたんです。罪人が罰を受けているみたいに。まるで、言われて当たり前、この罵倒は当然とばかりにグッと堪えていました。
けどさすがに言いすぎだと私は思って。割って入ろうとしたんです。そんな時でした。
『そうだそうだ!とっとと学園を辞めちまえこの化物!』
『恥ずかしくねぇのかよ!お前が原因で辞めた子が大勢いるのに自分はのうのうと走ってて!』
他の人達も、混ざってきたんです。全員がトレーナーの人達とかじゃなくて、何人かウマ娘の方も混ざっていました。多分、辞めていった方達と親しかった子なんだと思います。
人数が増えたからまた怖くなって。それで私、足がすくんじゃって……。トレーナーさんの怒声を聞いて集まってきたファンの人達も、何か言われるのが怖いから見てるだけしかできなくて……。
そんな時です。ファントム先輩の様子が、変わったんです。さっきまで普通にしてたのに……人数が増えた途端急に苦しみだして……。
『アグ、ぅ……、グ、グ……ッ!ガ、あ、ァ……ッ!』
『な、なんだ?急に苦しみだしたぞ?』
頭を抱えて、苦しみだしたんです。そんな姿を見たら、罵倒してた人達も狼狽えた様子を見せてて……。
『ガ、グ、グゥ……ッ!う、うぅ……ッ!』
立ってられなくなったのか、ファントム先輩はその場にうずくまって……。やがて
『……』
完全に気を失ってしまったのか、ピクリとも動かなくなったんです。
『お、おい。さすがにまずいんじゃないか?』
『フン、いい気味よ!あの子が受けた苦しみはこんなもんじゃないんだから』
『で、でもさすがに……』
糾弾してた人達がそんな会話をしていると、気を失っていたはずのファントム先輩が急に立ち上がって。
『……』
糾弾してた人達を、黙って見つめていました。いつもみたいにお面とフードを被っていたので表情は分からないんですけど……多分、呆れていたのかなって私は思いました。ただ、無事だったから私は安堵したんですけど……。
『……全くお笑い種』
ファントム先輩のその一言に、場は凍りつきました。
『……なんだと?』
『……そのままの意味。ま、そんなに気に食わないんだったら私に関わるの辞めれば?』
『テメェ……ッ!』
一触即発の空気になっても、ファントム先輩は気にした様子も見せないで続けました。
『……そもそも、どうして私が辞めていった子のことなんて考えなきゃいけないの?私に負けて学園を辞めるんだったら、その程度の子だったってこと』
『ふざけるな!あの子は将来有望な……』
『……へぇ。それを潰した挙句、他人に責任転嫁するなんて。あなたの程度も知れてるね』
ファントム先輩は、さっきとはまるで違った様子でした。それこそ、人が変わったように。
『……まぁ、まだまだ言い足りないけどこれぐらいにしといてあげる。さっさとこの場から立ち去りたいからね』
そう言ってファントム先輩は立ち去ろうとしました。
『待て!』
糾弾してた人達は制止の声を出したんですけど、ファントム先輩はそれを無視して……私の近くを通って帰っていきました。
後日、私はファントム先輩に謝りに行きました。自分のトレーナーさんがごめんなさい、それと、ただ見てるだけで、助けてあげられなくてごめんなさいって。そしたら、ファントム先輩は不思議そうに答えたんです。
『……何かあったの?そもそも、私はファン大感謝祭にすらいった記憶がないんだけど』
『……へ?で、でも確かに……!』
『……何のことか分からないし、気にしなくていいよ。まぁとりあえずありがとう』
私は、頭がおかしくなりそうでした。ファントム先輩、本当に何も覚えてないみたいで……。でも、さすがにファン大感謝祭にはもう参加しないって、そう言ってました。
『……私の姿を見たらみんなを驚かせちゃうから。しょんぼり』
ちょっと、しょげてましたけど。
「こ、これが……私が見た全てです。こんなことがあったから、私凄く驚いたんです。ファントム先輩がまたファン大感謝祭に参加してて……」
「ふぅむ……」
「……その方は、今はどうされていますか?ファントムさんを糾弾した、トレーナーさんは」
”手を貸すよ、カフェ”
「カフェさん?お願いですから何もしないでくださいね?」
「と、トレーナーさんは。その後理事長に話が行ったみたいで……謹慎処分を受けてました。当時のことは反省してるけど、それでもファントム先輩のことは許せないって。そう言ってました」
成程。ファントムさんにそんな過去が。そして、この話が本当ならば、スピカのトレーナーさんのあの態度も頷けるでしょう。いくら覚えてないとは言え、このようなことがあっては、参加しようとは思わないでしょうから。
「タキオンさん。今の話を聞いて、何か気になった点はありましたか?」
タキオンさんは少し考えた後、答えます。
「気になった……というよりは、倒れた原因が分かったかな?」
「ファントムが倒れた原因?それはやっぱり、糾弾されたからじゃないかしら?」
タキオンさんは、スズカさんの言葉に首を横に振ります。
「厳密には少し違う。ただ糾弾されたことによって倒れたのではなく、複数の人物に糾弾されたのが原因でファントム君は倒れた。その可能性が高い」
「複数の人物に?」
「そうだデジタル君。この複数人、というのがミソでね。彼女の話を聞く限り、彼女のトレーナー1人に罵倒されている時はただジッと堪えていたという話だ。それが複数人になった途端、ファントム君は苦しみだした。このことから推察するに、原因はただ糾弾されることにあったのではなく、複数人に糾弾されたことによってファントム君が倒れてしまった……ということになるだろう」
「確かにそうね。でも、どうして複数人なのかしら?」
「それは分からないが……我々はファントム君が同じように倒れた状況を目撃している」
「……青白い髪の、ファントムさんに似たウマ娘について、尋ねた時ですね?」
「そうだ。頭の痛みを訴えて倒れた時と、ファン大感謝祭での倒れ方は非常によく似ている。そして、ファントム君は小さい頃の記憶がほとんどないと言っていた。このことから推察するに……」
タキオンさんは、ホワイトボードに図を書きながら説明していきます。
「おそらくファントム君には記憶を思い出すトリガーとなるものがある。青白い髪のウマ娘と、複数人に糾弾されるという状況……現在はこの2つだね。そして、これはおそらくファントム君の過去に関わってくるものだろう」
「ファントムの、過去に……」
「ふ、複数人に糾弾される状況なんて、デジたんには嫌な場面しか想像できないんですけど……」
「その通りだデジタル君。おそらくファントム君が頭の痛みを訴えたのは、彼女の防衛本能が働いたんだろう。思い出したくない記憶を思い出さないように、彼女の中の防衛本能が働いた。それが頭痛という形になって表れた……。そう仮定することができる」
「そして、気絶したかと思えば、急に立ち上がって。人が変わったようになった、ということは……」
「十中八九、亡霊が出てきたんだろうね。あの時の亡霊とは思えないような言動だったが……まぁそこは些細な問題だ」
そういうこと、でしょうね。
タキオンさんは、情報を提供してくれた、栗毛の彼女に向かって言います。
「ありがとう。貴重な情報だった」
「い、いえ。お役に立ったのならば……良かったです……」
ただ、少し様子がおかしいですね。
”どうしたんだろうこの子?まだ他にあんのかな?”
分かりません。とりあえず、聞いてみましょう。
「他に、何か気になることが?」
「気になること……というよりは、あの時すれ違った時の、あの一言は何だったんだろうなって」
あの一言?何を、言っていたんでしょうか?
「念のためだ。それを聞いてもいいかい?」
「は、はい。ただ、関係あるかは分かりませんけど……」
意を決したように、その子は言います。
「嫌な記憶は忘れるに限る、って。そう言っていました」
それだけ言って、今度こそ彼女は扉を開けて去っていきました。しかし、嫌な記憶は忘れるに限る……ですか。
”あの時もあの野郎は言ってたね”
「はい。それが示す意味とは……なんでしょうか?」
疑問はつきません。ですが、ひとまずはここで解散ということになりました。一歩ずつ、一歩ずつではありますが、確実に進んでいる。そんな実感を抱きながら。
「……いかがいたしますか?理事長」
「うぅむ……」
「正直、これ以上は看過できないかと。ファントムさんの為にも、はっきりとする必要があると思います」
「……苦渋ッ!仕方があるまい、この目で見極める必要があるだろう!」
「それでは……」
「決定ッ!タキオン達を呼び出す!異論はないな?たづなよ!」
「ありません。それでは、早速その手筈を整えます」
「頼んだぞッ!」
理事長達も動き出す。