さて、宝塚記念も終わってしばらく。スペちゃんはグラスに謝りにいったみたいです。レースに集中していなかったこと、そして次戦う時は今度こそ負けないとグラスに宣戦布告したとか。この前の自主トレでグラスが嬉しそうに話していましたよ。
『宝塚記念の時とは明確に違う目つき……。フフッ、次戦う時が楽しみですね~』
なーんて話してました。
そんなスペちゃんですが。あの日相談に乗った後少しずつですが変わってきています。グラス曰く、リハビリ関連の本を読むようなことはなくなり、いつも通りスペちゃん達でご飯を食べるようになったとか。練習も、スズカのリハビリには最低限だけ付き合って、自分のことに集中するようになりました。
『スズカさん!また一緒に走りましょうね!私、スズカさんより強くなって待ってますから!』
『……えぇ。私も、一日でも早く復帰できるように頑張るわ』
いやー青春ですねぇ。いいですねぇ。そうは思いませんか?私。
”あーはいはい、青春青春”
「……すごい適当な返事」
”うるせぇ。……つか、テメェは今何やってんだ?”
私が今やっていること?はて、変なことをしているとは到底思えませんが……。まぁ強いていうなら。
「……知育菓子作ってる」
練って美味しいふふふんふんふふ~ん。美味しいですよね、たまに食べたくなります。
”教室でやることじゃねぇだろうが!?”
「……でも、無性に食べたくなったし」
”帰ってから食えそんなもん!”
良いじゃないですかケチンボ。それにこうやって突飛な行動をすることで、私は注目の的になります。注目の的になるとどうなるか?知らないんですか?私に話しかけに来る子がきっと来ます。フフフ、準備は万端です。さぁ、レッツトーキング!
「……ねぇ、ファントムさんまた変なことやってるわよ……」
「……本当。教室で何してるのかしら?……」
「……近寄りがたいね……」
あるぇ?
”当たり前だろ。変な奴が突飛な行動したところで、ますます気味悪がられるだけだぞ”
しょぼんぬ。いいですもん、知育菓子食べて元気出しますもん。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴りました。はて、まだ時間はあるはずですが?
《アグネスタキオンさん、マンハッタンカフェさん、サイレンススズカさん、アグネスデジタルさん。至急、理事長室までお越しください。繰り返します……》
どうやら呼び出しだったみたいですね。しかし、とても知っている名前が呼ばれましたね。何をやったんでしょうか?知ってます?私。
”……さぁな。大方マッド野郎がなんかやらかしたんじゃねぇの?”
「……その線が一番濃いね」
だってあのメンバーの中だと一番やらかしそうなのタキオンですし。仕方ないですね。
まぁタキオン達が落ち込んでいたら旧理科準備室で慰めてあげましょう……あー、知育菓子うまうま。
……ついに、この時が来てしまったねぇ。
「……タキオン、さん」
不安そうな表情をしているカフェ。それはカフェだけじゃない。スズカ君も、デジタル君も一様に不安げな表情を浮かべている。
まぁ当然だろう。何せ、私達は理事長に呼び出されてしまったのだから。その理由は、全員見当がついているだろう。
「まぁ、当たり前の話ではあるね。そもそもの話だ……ファントム君の素顔を知っていながら緘口令を強いているのは他ならない理事長達だ。理事長側からすれば、我々は掟を破ろうとしている罪人……といったところだろうか?」
「そう、ですね。いつかは、こんな日が来るとは思ってました」
「ひょ、ひょええぇぇぇ……こ、後悔はしてませんけどやっぱり怖いですねぇ……。ま、まさか……退学!?」
「さすがにそれはないと思うけど……」
だが、これはある意味チャンスだ。もしかしたら、理事長達が持っている情報を引き出せるかもしれない。何故頑なにファントム君の素顔を明かさないのか。そして、ファントム君の過去について知っている可能性もある。……もっとも、それらはこの呼び出しを無事に切り抜けられたらの話だが。
さて、元々この調査をすると決めたのは私だ。だから私が代表して理事長室の扉をノックすることにした。
「許可ッ!入りたまえ!」
その言葉とともに、我々は扉を開けて理事長室へと入る。部屋の中には当たり前かもしれないが理事長と、理事長秘書のたづなさんがいた。
「お待ちしておりました。アグネスタキオンさん、マンハッタンカフェさん、アグネスデジタルさん、サイレンススズカさん」
たづなさんはにこやかに我々の名前を呼んだ。ただ、明らかに作り笑いと分かるレベルのだが。
「謝罪ッ!わざわざ来てもらってすまないな!」
理事長の社交辞令ともいえる言葉に我々は会釈で返す。すると、理事長は真面目な顔つきになった。……成程、余計な言葉はいらない、ということか。
「本題ッ!早速だが、君達は何故自分達が呼ばれたか分かっているだろうか?」
「いいや?全く。皆目見当もつかないねぇ」
隣にいるカフェからどの口が……、みたいな目線を向けられているが無視だ無視。もしかしたらこのままいけるかも……
「では、単刀直入に申し上げましょう。これ以上ファントムさんを詮索するのは止めていただけないでしょうか?」
無理だねぇ。たづなさんからきっぱりと言われてしまった。理事長も同意するように頷いてるねぇ。まぁ、抵抗ぐらいはするか。
「それはどうしてだろうか?別にいいじゃないか、たかだかトレセン学園の生徒1人の秘密を調べるぐらい。何か不都合なことでもあるのかい?」
「仮にあったとして、それをあなた方に言う必要がありますか?」
敵意……というよりは、探るような目つき。おそらくだが、我々は試されている?何のために?……だが、幾分か可能性があるだけ正面向かってダメと言われるよりはマシか。
「ないかもしれない。だったら我々はファントム君のことについて勝手に調べるだけさ」
「詮索を止めろ、と申し上げているのにですか?」
「あぁそうだ。おっと、評判を盾にしようとしても無駄だよ?元より私は結構な問題児だから今更痛くも痒くもないさ!」
「威張れることじゃないと思うわよタキオン……」
「その清々しさ……推せます、タキオンしゃん!」
「推さないで、ください」
理事長は真面目な表情を崩さない。それでいて、こちらの真意を読み取ろうとしているのか探るような目つきをしている。
「あなた方に聞きたい。何故、ファントム君の情報をそこまで隠すのか……是非教えてもらえるだろうか?」
「……拒否ッ。それは言えない」
「この学園において、ファントム君の素顔を知っているのはあなた方2人だけだ。何故です?何故ファントム君の素顔をそこまでして隠したいのか聞かせてもらえるかな?」
「黙秘ッ。それは本人のプライバシーにかかわることだ。本人がいないこの場では教えることはできないし、たとえ本人の許可があったとしても教えることはない」
「それは何故です?それほどまでに、彼女の素顔には何かがあると?」
理事長達の答えは、沈黙。教える気はない……ということか。まぁスピカのトレーナーも教えてもらっていないみたいだし、そう簡単に教えてもらえるとは微塵も思ってないが。
どうやって切り抜けようか。そう考えていると唐突に理事長がこちらに質問を飛ばしてきた。
「疑問ッ。何故君達はファントム君を調査する?」
「ファントムを調査する理由……ですか?」
「肯定ッ」
肯定、と書かれた扇子を広げて理事長は続ける。
「把握ッ!君達がファントム君を仲良くしているというのは我々も知っている!とても仲良さそうにしているとな!ファントム君も、我々に嬉しそうに報告していた!友達ができたと、こんな自分に付き合ってくれる良い子達であると!」
成程、ファントム君は理事長達にそんなことを言っていたのか。少し照れるねぇ。そして、この言葉は理事長達の本音なのだろう。そう話している時の理事長は、顔を綻ばせていた。
「友情ッ!ならば、いいのではないか?本人が話さないということは、本人にとって話したくないということなのだろう。友達と言えども、隠しておきたい秘密の1つや2つはあるはずだ。それを無理に詮索しようというのは、あまりに酷な話ではないか?」
……確かに、理事長の言葉にも一理ある。かつてのカフェもそう言っていたからねぇ。ただ、今はそういうわけにもいかなくなったんだ。
「だとしても、ファントム君にはいささか秘密が多すぎる気がする。出身や経歴、果てには素顔さえも分からない子だ。秘密が多くても友達を辞める気はないが……さすがに疑問が湧いてくる。彼女がどういう風に生きてきたのか?」
「……」
「それを知ることができれば、今以上に彼女と仲良くなれるかもしれないし、何より……彼女の力になりたいのさ」
「懐疑ッ。それはどういう意味だ?」
理事長の言葉に私は毅然として答える。
「彼女は過去のことを思い出そうとすると強烈な頭痛に襲われるらしい。思い出さないように、自己防衛本能が働いているのだろう。きっと辛い過去を過ごしてきた……。だから、そんな彼女を支えてやりたい。そのためには彼女のことを今以上に知る必要がある。友達ならば、当然のことではないだろうか?」
「一考ッ。確かにそうかもしれないが。しかし……」
「それに、知らなければならないと思うんです。私達は、ファントムさんのことを」
理事長の言葉を遮って、無言だったカフェが発言した。我々は、黙ってカフェの言葉を聞く。
「理事長さんとたづなさんは、もう一人のファントムさんの存在を、知っていますか?」
「……いや、知らないな。たづなは?」
「……初耳ですね」
カフェの質問に理事長達は考えているような素振りを見せた後、少し時間をおいて答えた。理事長達は、知らないのか?あの亡霊のことを。
「私は、そういった類のものが見えています。そして、私はこの目で見ました。ファントムさんそっくりな、もう一人のファントムさんを。そのもう一人のファントムさんは、ファントムさんとは似ても似つかないぐらいに、凶暴な性格をしています」
「……奇怪ッ。にわかには信じがたい話だが」
「カフェさんの言っていることは、嘘じゃありません」
今度はスズカ君が発言する。
「秋の天皇賞で、私は実際にそのもう一人のファントムと話しました。傲慢で、この世界の全てを見下しているような、そんな子です」
随分な言い草だねぇ!?理事長達も苦笑いを浮かべているよ。
「そんなもう一人のファントムは、目的があると言っていました」
「……ッ!」
亡霊には目的がある、といった瞬間理事長達の肩が跳ねたような気がするが……気のせいかな?
「多分ですけど、凄く良くないことだと思うんです。ファントムは、その目的の片棒を担がされている。大切な友達が、良くないことをしようとしてるんだったら、私は止めてあげたい」
「……疑問ッ。それがファントム君の調査と何か関係があるのか?」
「まずはファントムのことを知らないといけませんから。ファントムが何を考えていて、どういう理由があってその良くないことに加担しようとしているのか……それを知るためには、ファントムのことを知らないといけない……そう思うんです」
「「……」」
理事長達は考え込む素振りを見せているねぇ。ここが好機、畳みかけるとしようか。
「……まぁ大体の理由はスズカ君達が語った通りだ。ファントム君にはもう一人のファントム君……我々は亡霊と呼んでいるのだが、その亡霊が良くないことを企んでいる。その企みはきっと大勢の人に害をもたらすものだろう。ただ、あの優しいファントム君がそんな良くない企みに賛同するとは思えない。だから我々はこう考えているのさ」
「……拝聴ッ。どう考えているのだ?」
「ファントム君は知らずのうちに亡霊の企みに加担している可能性がある。良くないことだと知らないまま……ね。有り体に言えば、亡霊に利用されている可能性がある」
「驚愕ッ。ファントム君が、亡霊に利用……か」
「はい。もし利用されているのであれば、友達として彼女を止めなければならない。我々はそう考えている」
「成程ッ……」
「お願いします、理事長さん。どうか、ファントムさんのことについて教えてはもらえないでしょうか?」
カフェの言葉に、理事長は深く考え込んでいる。迷っているのかもしれない。話すべきか、話さないべきか。
永遠にも感じられる長い時間が流れる。さながら審判の時を待つ罪人の気分だ。部屋の中は沈黙が支配している。
やがて、理事長が重い口を開いた。
「……質問ッ。君達は、たとえどんな真実が待ち受けていようとも……ファントム君の友達でいてくれるか?」
「答えるまでもない。当然さ」
「はい。ファントムさんは、私の、大切なお友だちです」
「はい。たとえどんなに辛いことだったとしても、私はファントムの味方です」
「ももも、勿論です!あたしは付き合いは浅いですけど……ッ、それでも、ファントムさんの助けになりたいと思っています!何よりあたしは全てのウマ娘ちゃんが推しですから!推しの力になるのは当然ですとも!えぇ!」
デジタル君だけなんかおかしいけど、まぁいいか。いつものことだからねぇ。
理事長は目を閉じている。また深く考え込んでいるねぇ。それは、たづなさんも同じだ。教えるべきか、教えぬべきか。迷っているのだろう。
再び訪れる長い沈黙。そして、口を開いた理事長から告げられた言葉は……
「……拒否ッ。それでも、ファントム君のことを教えるわけにはいかない」
拒絶だった。
ハッキリとした拒絶。理事長達の真意は?