そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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理事長達の真意……と思いきや色々なことが判明する。


理事長と亡霊

 

 

「……拒否ッ。それでも、ファントム君のことを教えるわけにはいかない」

 

 

 ……えぇ~!?普通、そこは教えてくれるところだろ~!?

 ファントム君のことについて、ファントム君が抱えている秘密について教えてくれと頼んだところ、理事長からの返答はNOだった。なんだいなんだい!どんな秘密だとしてもファントム君の友達でいてくれるか?みたいな質問しといて教えてくれないとは!全くケチだねぇ!

 そう考えていると、理事長は凄く申し訳なさそうな表情で謝ってきた。

 

 

「苦渋ッ!教えてあげたいのはやまやまなのだが……ッ!ファントム君本人から口止めされている以上我々から教えるわけにはいかんのだ!謝罪ッ!この通りだ!」

 

 

 そう言って、理事長は我々に向かって頭を下げてきた。思わず私達はたじろいでしまう。

 

 

「あ、頭を、上げてください。理事長さん」

 

 

「そ、そうです!教えていただけない理由は分かりましたので!」

 

 

 ……に、しても。ファントム君本人からの口止め、か。そう言われるとどうしようもないねぇ。

 理事長は頭を上げると、今度は笑みを浮かべていた。

 

 

「しかし……ッ!感ッ動ッ!そこまでファントム君のことを思ってくれているとは……ッ!天晴ッ!これで何もしないわけにはいかないだろう!たづな!例のモノを!」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 そう言って、たづなさんは懐から一枚の写真を取り出して渡してきた。写っているのは……ふむ、知らない男性だねぇ。みんなも覗き込んで写真の男を確認しているが……誰も知らないようだ。

 

 

「理事長さん、この人は?」

 

 

 スズカ君がそう尋ねると、理事長は写真の男の正体について教えてくれた。

 

 

「説明ッ!その男は元トレーナーでな。今でこそ現役を退いでいるから学園には在籍していない。質問ッ!君達はファントム君がどうやってこの学園に来たか知っているだろうか?」

 

 

「あ、確か理事長さんのスカウト……でしたよね?」

 

 

「正解ッ!その通りだデジタル君!だが、真実は少し違う!私はその写真の男の紹介でファントム君をスカウトしたのだ!いわばッ!その男はファントム君の素質を最初に見抜いた人物でもある!」

 

 

 成程、ファントム君を見出した人物……か。

 

 

「準備ッ!もし必要とあらばこちらの方でアポは取っておこう!」

 

 

「ただ、その方も多忙の身ではあるので少々時間がかかってしまいます。そこはご了承くださいね」

 

 

「い、いえ。むしろありがたい限りですけど……いいんですか?ファントムに口止めされてるんですよね?」

 

 

「そうだな。我々は口止めされている以上話すことはできない。しかーしッ!君達が勝手に調べる分には何の問題もないということだ!ワーッハッハッハ!」

 

 

 それでいいんだろうか理事長。たづなさん含めてスズカ君達も呆れているよ。というか。

 

 

「認める……ということでいいのかい?ファントム君の調査を」

 

 

「承諾ッ!ここまでファントム君のことを考えているのに無理に規制するのはそれこそ酷というもの!黙認ッ!これからも頑張るのだぞ!アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、サイレンススズカ、アグネスデジタル!」

 

 

 ……なんというか、随分あっけなく許可が貰えたねぇ。まぁ、それならそれでいいのだが。

 話はそれだけだったので我々はたづなさんに促されるまま理事長室を退室する。しばらく歩いて理事長室が見えなくなった後、全員安堵の息を吐いた。

 

 

「よ、良かったわ……」

 

 

「はい。無事に、終わりましたね」

 

 

「そ、それだけじゃありません!理事長達はファントムしゃんの調査を黙認するとおっしゃいました……!これからも調査していってもよいということです!」

 

 

「デジタル君の言う通りだ!さぁ、これからもキリキリ調査していこうじゃないか!」

 

 

 とりあえずは、理事長が教えてくれたこの写真の人物を尋ねてみるとしようか。どうやら許可は取ってくれるみたいだし、理事長の返事待ちだろう。さてさて、どんな話が聴けるのか楽しみだねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アグネスタキオンさん達を見送った後、私は理事長室へと戻る。中では理事長が沈痛な面もちで手を組んでいました。

 

 

「アグネスタキオンさん達はいきましたよ。理事長」

 

 

「……安堵ッ。そうか」

 

 

 それにしても、アグネスタキオンさん達があそこまでファントムさんを思ってくれているとは……。良い友達に恵まれましたね、ファントムさん。

 私は、あの子が……ファントムさんが私達にスカウトされて学園に来た時のことを思い出す。フードを被ってお面をつけた、不思議な子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央に勤めていた元トレーナーの紹介でスカウトしたファントムさん。今以上に無口で、他人と壁を作っているような、そんな子でした。

 筆記と実技は満点で通過。面接でも今と変わらない、フードとお面をつけて素顔を徹底的に隠していました。

 面接の質疑応答にも無難に答えてもうそろそろ終わろうかという時。

 

 

『質問ッ!今のうちに聞いておきたいことなどはないか?』

 

 

『……1つだけ』

 

 

 ファントムさんは、1つだけ理事長に質問しました。

 

 

『……理事長さん達は、私の姿を見てなんとも思いませんか?フードを被って、お面をつけた私を……不気味に思いませんか?』

 

 

 不安そうな態度を隠し切れずに、ファントムさんはそう聞いてきました。そんな彼女に対して、私達は笑顔で対応したのを覚えています。

 

 

『安心ッ!気にすることはない!よっぽどの事情があるのだろう……。故にッ!無理に詮索するようなことはしないッ!だから気にする必要はないぞッ!ファントム君!』

 

 

『はい。理事長の言う通りです。何も気にする必要はありませんよ、ファントムさん』

 

 

『……』

 

 

 そうしてしばらく経った後。ファントムさんは無事に入学することができました。まぁ特に問題が見当たらなかったので当たり前ですが。

 理事長室に制服を見せに来た彼女の姿を見て、私と理事長は顔がほころんだのを覚えています。この子にも年相応な一面があるのだと、安心したのかもしれません。

 すると、彼女は途端に真面目な態度になりました。

 

 

『……理事長さん、たづなさん。お話があります』

 

 

『どうされましたか?ファントムさん』

 

 

『快諾ッ!遠慮はいらないぞッ!なんでも話してくれたまえ!』

 

 

 理事長のその言葉に、ファントムさんは自身のフードとお面に手をかけて続けました。

 

 

『……理事長さん達は、私にとてもよくしてくれました。そんなあなた達に、これ以上不義理を働きたくない。だから、お見せします。私の素顔を』

 

 

『せ、制止ッ!?気にしなくていいのだぞ!?』

 

 

『そ、そうです!素顔、見せたくないんじゃないですか!?』

 

 

 私達の制止する声に、ファントムさんは特に気にした様子もなく答えます。

 

 

『……正直言って、私はどうして顔を隠すべきなのかが分からない。ただ、もう一人の私が隠した方がいいと言ってるから、そうしてるだけ』

 

 

『ぎ、疑問ッ。もう一人のファントム君?』

 

 

『……うん。私の中には、もう一人の私がいる。私がこれまで生きてこれたのは、もう一人の私がいたから』

 

 

 そう言いながらも、彼女はお面とフードを外して私達に素顔を……

 

 

『『ッ!?』』

 

 

『……これが、私が素顔を隠してる理由……らしいよ?よく分かんないけど』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時は、凄く驚きましたね。理事長は、2枚の写真を見比べています。1枚は、ファントムさんの素顔の写真。もう1枚は……ある肖像画の画像。そして、その肖像画のウマ娘は……。

 

 

「驚愕ッ。すでに亡くなっているはずのウマ娘と瓜二つ……。初めて見た時は確かに驚いた。だが、それ以上に……」

 

 

「はい。その、亡くなっているウマ娘が問題だった……」

 

 

 正直、顔を隠して正解だったでしょう。間違いなく日本中……いえ、世界中で注目されますから。

 ……そして、私達はアグネスタキオンさん達に嘘をついていました。もう一人のファントムさん……彼女達は亡霊、と呼んでいましたか。その存在を知っているということ。そして……亡霊ですか。成程、言いえて妙ですね。彼女の正体を知っている身からすればもう一人のファントムさんは、間違いなく亡霊ですから。

 そして……もう一つ私と理事長は嘘をついています。それは……

 

 

「悲嘆ッ。いくら彼女との約束とはいえ……生徒を騙すようなことになってしまうとは……」

 

 

「……仕方ありません理事長。他の生徒達のためにも、教えるわけにはいきませんから」

 

 

 確かに私達はファントムさんから口止めされています。もっともそれは……もう一人のファントムさんの方ですが。

 彼女は、アグネスタキオンさん達の言う通り傲慢で凶暴な性格です。ファントムさんとは似ても似つかないでしょう。そして彼女は……悪意に満ちている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と理事長が亡霊と出会ったのは、夜中のことでした。すでにほとんどの子が寝静まっているような夜、ファントムさんに会いたいということで理事長室に集まりました。

 

 

『一体どうされましたか?ファントムさん。こんな時間に……』

 

 

『懐疑ッ。寮は1人部屋にしたはずだが……何か問題でも?』

 

 

 ファントムさんは無言。ただ、なんというのでしょうか……。少し、雰囲気が違っていました。

 雰囲気の違いに少し戸惑っていると、彼女はフードとお面を取ってこちらに相対します。隠している素顔が明らかになります。

 

 

『……釘を刺しに来た』

 

 

『はい?どういうことでしょうか?』

 

 

『……私の正体。他言無用でお願い』

 

 

『了承ッ!もとよりそのつもりだ。もしかして、その確認のためか?』

 

 

『……それもある。ただ、本題はこっち』

 

 

 そう言って、彼女はこちらに敵意を向けてきました。あまりの圧に、思わずたじろいだのを覚えています。

 

 

『どうせ察しはついてんだろ?俺様の正体に』

 

 

『グッ!?な、なんだ……ッ!?』

 

 

『生憎とアイツに俺様の正体を教えられるのは面倒なんでね……。こうやって口封じに来たっつーわけだ。感謝しろよ?態々俺様がこうしてやってきたわけだからよぉ』

 

 

 アイツ……もしかして!

 

 

『ファントムさんのこと、ですか……!?』

 

 

 そう尋ねると、目の前にいるファントムさん……いえ、亡霊は答えました。

 

 

『あぁそうだ。だからこそ、誰にも喋るんじゃねぇ。俺様の正体のことを……な』

 

 

 傲慢に、有無を言わさない様子で私達に警告しました。それでも、理事長は聞き返しました。

 

 

『質問ッ!』

 

 

『……なんだ?』

 

 

『あなたは……本物か!?本物の……あの方、なのか!?』

 

 

 荒唐無稽なその質問。その質問に、亡霊は醜悪に嗤いながら答えました。

 

 

『あぁその通りだ。良かったなぁ?本物だぜ?滅多に……っつーか、普通はあり得ねぇ対面だ。よぉく感謝しろよ?』

 

 

『あり得ません……ッ!あなたは、すでに亡くなっているはず!それも10年や20年どころじゃありません!それ以上も昔の話です!』

 

 

『だが現実はこうしてテメェら塵共の前に対面してるっつーわけだ。どんな気分だ?えぇ?』

 

 

 脳が理解を拒みます。あり得ない、あり得ないはずなのに彼女はこうして私達の前で嗤っていました。

 

 

『にしても……本当に助かったぜ。トレセン学園(ここ)の存在は知っていたが……どうやって入学するかが問題だったからなぁ。親代わりの塵は肝心のアイツが覚えてねぇし。そっちからスカウトに来てくれて助かったぜ』

 

 

 ファントムさんの素顔は、あるウマ娘にそっくりです。それも、瓜二つレベルで。そのウマ娘は、学園にいる生徒は勿論、ほぼ全ての人達が知っているでしょう。名前だけでも聞いたことがあるはずですから。肖像画を見れば、一目で思い出すレベルです。

 

 

『……再度ッ!質問だ!ファントム君は……どうした!?』

 

 

『アイツなら今頃おねんねしてるよ。アイツが寝ているからこそ……意識がないからこそ俺様が表に出てこれるわけだからな。この時間を指定したのも、そういうことだ』

 

 

 だからこそ、あり得ないはずなんです。

 

 

『あぁ安心しろ。この会話はアイツには聞こえねぇし覚えていない。知らないこととして処理される。簡単な話だ。アイツの意識はないわけだからな。だからこの会話が行われていることもアイツは知らない』

 

 

 目の前にいる、彼女の存在は!

 

 

『答えなさい!あなたはファントムさんを利用して……ッ、何をしようとしているんですか……ッ!優しいあの子を利用して……ッ、何を企んでいるんですか!?』

 

 

 私は激情に身を任せて問いかけました。

 

 

『答えなさい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エクリプス!』

 

 

 私がそう尋ねると、目の前の亡霊の圧が一気に増しました。

 

 

『口を慎め塵が。誰に向かってものを聞いてやがる』

 

 

 圧倒的な殺意で私達に圧をかけてきました。それでもなお、理事長は目の前の亡霊に質問をします。

 

 

『……疑問ッ!あなたは、ここにきて……何をするつもりだ!?目的は、なんだ!?』

 

 

 理事長の質問に、亡霊は圧を緩めて答えました。

 

 

『……本来なら答えてやる義理はねぇんだが。教えてやるよ、俺様の目的を』

 

 

 亡霊は、彼女は。愉快そうに、楽しそうに答えました。

 

 

『全てのウマ娘を喰らい、潰すことだ。走るのも嫌になるぐらいに徹底的に潰して、俺様の糧にする。そして証明するのさ……俺様が、俺様こそが!最強のウマ娘であることを!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……アグネスタキオンさん達の推理は、間違っていません。彼女のやろうとしていることは、到底許せるような行いではない。悪意に満ちている。

 

 

「……苦渋ッ。もし自分を退学させるようなことがあれば、手当たり次第に学園の生徒に野良レースを仕掛けて潰す……。彼女は、そう語った」

 

 

「いずれは海外にも……。そう言ってましたね。だからこそ、彼女を退学させるわけにはいかなかった」

 

 

 ファントムさん……あの亡霊を退学させたら、今以上に酷い状態になっていただろう。だから、現状が一番いい状態ともいえます。この中央に、あの亡霊を縛りつけている現状が。

 あの亡霊と一緒のレースを走って辞めた学園の子も、実はこちらで対策を取っている。

 

 

「安息ッ。その場しのぎでしかないが……ファントム君の影響で学園を辞めそうになった子は、実は休学扱いになっていることを知らないようだったな」

 

 

「当たり前です。彼女達のトレーナーにも学園を辞めたと伝えてありますから」

 

 

 そう。学園に蔓延っている噂……ファントムさんのレースで2着になった子は例外なく学園を辞めるという噂。その真実は、理事長の計らいによって休学扱いになっているんです。なので、手続きさえ踏めばいつでも学園に戻ることができます。

 もっとも……あまり現状もよろしくありませんが。今でも彼女達は走るのが怖いらしいです。それはおそらく……あの亡霊の、呪縛のようなものかもしれません。

 彼女がどうしてファントムさんを選んだのか。その理由は分かりません。けど、ファントムさんの人となりは私達も分かっているつもりです。

 優しくて、ちょっと不器用で、どこかズレている子。そして、人一倍愛情に飢えている凄くいい子です。そんな彼女を利用している亡霊は……とても許せる存在ではありません。

 だからこそ、私達は願います。

 

 

「……無力ッ。我々はどうすることもできない。何かこちらがアクションをすれば、あの亡霊はすぐさま感知して暴れ出すだろう。だからどうか……頑張ってくれッ!」

 

 

「祈りましょう。彼女達が、アグネスタキオンさん達がファントムさんを救ってくれることを」

 

 

 亡霊の呪縛から、彼女達が解き放たれることを。




ファントムに憑いている亡霊がどんな存在なのか亡霊の目的とかが判明するお話でした。まだまだ疑問はありますが。

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