バスに揺られてどれだけの時間が経ったでしょう。今、私はリギルのみなさんとバスに乗っています。目的地は勿論、合宿所です。
この夏の間にもっともっと強くなる。そして……いつかはファントム先輩達がいる高みへと到達する。それが私、グラスワンダーの目標です。もっとも、そのためには倒さねばならないライバル達がたくさんいますが。彼女達もこの夏できっと強くなってくるでしょう。再び相まみえる時が楽しみです。
外の景色へと視線を移すと、奇麗な海の景色が見えます。
「良い景色ですね」
「そうね。天気もバッチグーだから、本当に綺麗だわ!こんな天気の中タッちゃんで走ったら、きっと気持ちいいんでしょうね~」
隣に座っているマルゼンさんの言葉に私は同意するように頷きます。本当に良い景色ですね。いつまでも見ていたいほどに。
「本当に良い景色……」
地平線まで広がっている海の青、空を彩る白い雲、照りつける陽の光……どれも見事なものです。私が座っている側の窓、擁壁しか見えないがの少し残念ですが視線を下の方へと移すとバスの隣、ウマ娘用の道路を爆走している見知ったフード姿のファントム先輩の姿……こちらもこちらで中々趣があると思います。
……ちょっと待ってください、なんか変なの混じってませんでしたか?私はもう一度目を凝らして視線を外へと移します。
海の青、白い雲、照りつける陽の光……ここまでは普通です。私が座っている方の窓……擁壁側の下へと視線を移します。そこには……
「ブーっ!?」
「ど、どうしたのグラスちゃん!?」
おそらく合宿用の荷物であろうバッグを背負って、パーカーのフードとお面をつけて素顔を隠したいつもの姿で、ウマ娘用の道路を爆走しているファントム先輩の姿が見えました!?え、ちょ、ちょっと!何やってるんですかあの人!?
「ま、マルゼンさん!そ、外、外!ファントム先輩が走ってます!?」
思わず吹き出したことを忘れるように、私はマルゼンさんにそう言いました。しかし、マルゼンさんは私の言っていることが冗談だと思っているようで。
「またまた~冗談はよしこちゃんよグラスちゃん。いくらファントムがアレだとしても合宿所まで走っていくわけ……」
言いながら、マルゼンさんは身を乗り出し、私の方にある窓から下を覗き込んで……ピタリと止まりました。や、やっぱりそういう反応になりますよね!?
「ちょ、ちょっとちょっと!?あの子本当に何やってるの!?」
周りのリギルのメンバーも半信半疑といった様子で窓を覗き込もうとしています。ただ、東条トレーナーの制止する声で全員自分の席に座りなおしました。
「あまり大声を出すなマルゼンスキー、グラスワンダー」
東条トレーナーから窘められますが、驚かない方が無理ですよこんなの!
「……っと、すまない。私の電話ね。相手は……沖野?何の用かしら?」
あ、大体察しがつきました。確か沖野トレーナーはスピカのトレーナーさんです。つまりは……。
「もしもし?何の用よ。こっちも……はっ?そっちにファントムがいないか?いるわけないでしょ、私が乗っているバスはリギルの貸し切りよ?……えっ?違う?道路をファントムが走ってないかですって?あなたねぇ……バカも休み休み言いなさい。そんなわけが……」
言いながらも、東条トレーナーは律儀に窓から少し身を乗り出し、視線を下の方、道路へと向けて……固まりました。あ、あまりの光景に携帯が手から離れて……!
「……キャッチ。アーンド、リリース」
地面に激突する、と思いきやファントム先輩が上手くキャッチして東条トレーナーに投げ返しました。ただ、東条トレーナーは依然として固まったままです。
やがて我に返った東条トレーナーは。
「ちょ、ちょっと!あの子何やってんのよ!?本当に道路を走ってるんだけど!……え?朝集合場所に来ないと思ったら書置きだけ残して消えてた?俺達も想定外!?今必死に追ってる!?本当に何やってるのよあの子!」
スピカのトレーナーさんに電話越しに問い詰めていました。いや、本当に何やってるんでしょうかファントム先輩……。
「いやはや、凄いねポニーちゃんは」
「凄いで済ませていい問題ないだろフジ!?」
「フッ……やはりアンタは面白いな。どれ、1つ私も……」
「止めろブライアン!張り合おうとするんじゃない!あのたわけめぇ……ッ!」
「ハハッ……奇想天外、相変わらず行動の予測がつかないな、君は」
「オゥ!ファントム楽しそうデース!」
「ムムムッ!僕よりも目立つなんて……ッ!そんなことは許されないよ!というわけで僕も……」
「止めなさいオペラオーちゃん!アレはファントムが特殊なだけよ!」
こっちもこっちで大騒ぎになっています。そんな私達の状況を知らないファントム先輩は、気づいたらいなくなってました……。
ハイハイどうもファントムさんですよ。いやぁ、合宿所まで走っていくのは良いですねぇ。トレーニングにもなりますし、天気も良いから景色も最高ですし、一石二鳥です。
さてさてそんな私ですが……今は駐車場でみんなを待っているところでござい……とか考えてたらトレーナー達が到着しましたね。歓迎しましょう、盛大に。
「……やほー、トレーナー」
「やほー……じゃ、ねぇんだよお前は!」
なんか怒ってますね。どうしたんですか?カルシウム足りてます?
「お前……前の日にちゃんと言ったよな!?」
「……集合場所に遅れるなってやつ?」
「それもだが……もう一つあっただろうが!」
はて、なんて言われましたかね?
”アレじゃねぇの?ちゃんと車に乗れってやつ”
あぁそれですか。
「……車に乗って向かうぞ、絶対に走って向かおうとするなってやつ?」
「そうだ。それを踏まえて……お前はどうやって来た?」
「……走ってきた」
「なんでだ?」
なんでってそりゃあ決まってるじゃないですか。
「……トレーニングになるし、景色も良いから一石二鳥だったよ」
「~~ッ!……ハァ」
私の言葉にトレーナーは呆れ果ててました。
「まぁいい。そんじゃ、早速宿泊場所に向かうぞ」
「なぁトレーナー!もしかしてこのでっけぇホテルに泊まるのか!?」
「あ!あれ見てよ!リギルのメンバーよ!……なんか数人やつれてるけど」
「気にしない方が良いと思うわスカーレット。大体想像つくもの」
「もしかしてカイチョーと一緒のホテルに泊まれるの!?」
「同じホテルなら走りを近くで見れるチャンスもありますわね。勉強のチャンスですわ!」
そんなわけないでしょうに。万年金欠のトレーナーがこのホテルに泊まれる金を持ってると思いますか?
「何言ってんだ。俺達が泊まるのはあっちだぞ」
そう言ってトレーナーはリギルのメンバーが乗っていたバスを指さし……その向こうにある民宿が露わになります。おぉうこれは。
「ボ、ボロい……」
「お、趣がありますわね」
「声震えてるよマックイーン……」
中々のオンボロ宿ですね。まぁ言っても宿ですし中はまともでしょう。多分、きっと。
……?おや?スズカがいつの間にかいなくなってますね。どこに行ったんでしょうか……あ、いました。リギルのメンバーと話していますね。あれは……ルドルフとブライアン、それにグラス?これまた珍しいメンバーで。何かしているようですが……ここからだとよく見えませんね。あ、用事が終わったのかこっちに向かってきます。いっちょ聞いてみますか。
「……ルドルフ達と何やってたの?スズカ」
「連絡先の交換よ。そういえばしてなかったと思って」
あぁそういうことですか。別に不思議なことでもありませんでしたね。
というわけで宿へと向かう我らスピカ一向。部屋の扉には張り紙がしてありますね。何々……Aチーム?特攻野郎ですか?
”よく見ろ。BチームとCチームもあるぞ”
「……本当だ」
そしてチームの下には名前が書いてありますね。Aチームはスペちゃん、ウオッカ、テイオー、マックイーン。Bチームはスズカ、スカーレット、ゴルシですね。Cチームは……え?私だけ?ぼっちじゃないですかやだー!
”どうせ部屋割りとかそんなだろ。だったら1人部屋の方が都合がいいじゃねぇか”
「……それもそうだね」
さっさと荷物おいて玄関前に集合しましょうか。
そして荷物を置いて集合場所である宿の玄関前。トレーナーは今回の合宿の趣旨を説明します。
「いいか!今回の合宿は3チームに分けて行う!Aチームはスペ、ウオッカ、テイオー、マックイーンの4人!Bチームはスズカ、スカーレット、ゴールドシップの3人!Cチームはファントム1人だ!そして、今回の合宿のテーマは……これだ!」
トレーナーが紙を広げましたね。何々?
「【馴れ合い禁止】……?どういうことさトレーナー?」
テイオーの疑問にトレーナーが答えます。
「2つのチームは互いのチームを競争相手だと思ってトレーニングに励んでくれ。合宿の間は他のチームの奴に構うのは禁止だ!トレーニングのサポートも、寝食も何もかも全部だ!合宿の最終日にはAチームとBチームで勝負するぞ!」
おっと、これは中々思い切ったことをしますね。競争心を煽るというやつですか。中々乙なことをしますね。……いや、ちょっと待ってくださいよ。
「……トレーナー、私1人なんだけど」
「ファントム。お前は基本的にBチームについてくれ。お前だけCチームなのは単純に部屋割りの都合だ。気にする必要はない」
あ、やっぱりそうだったんですね。良かった良かった。下手したらこの夏合宿の間ずっとぼっちでトレーニングする羽目になってましたよ。
「よーしっ!じゃあ早速トレーニング始めて来い!」
「はい!頑張りましょう、テイオーさん、マックイーンさん、ウオッカさん!」
「そうだねスペちゃん!頑張ろう!」
「はい!Bチームに負けねぇように俺も頑張ります!」
「えぇ。それでは早速ストレッチから始めましょうか」
そのままBチームと別れたスペちゃん達Aチームと
「よっしゃー!ゴルシちゃんもちょっとは本気出そうじゃねぇか!まずは海で泳ぐぞー!」
「練習に決まってんでしょ!早くグラウンド行くわよ!スズカ先輩もホラ!」
「えぇ。頑張りましょうねみんな」
我らがBチーム。士気は互角といったところでしょうか。フフフ、さぁ!トレーニングしますよ!
「ただしファントム。お前は勝手に走った罰として今日のトレーニングはさせない。これは決定事項だ」
なんでや!
トレーニング禁止令出されてぶー垂れてる私です。トレーナーの監視の目もあるのでなーんもできません。暇でごんす。
仕方ないのでスズカ達のトレーニングを眺めてるんですけど……スズカだけ1人で走ってますね。どうしたんでしょうか?
「……どうしたんだろうね?スズカ」
「あ、ファントム先輩。それが……」
「スズカのヤツ、足手まといにはなりたくないから1人で走るって」
足手まとい……ねぇ。別に気にすることでもないと思いますが。あ、ゴルシ達がスズカに近づいていきますね。
「なぁスズカ。一緒に走ろーぜ?1人で走ってもつまんねーだろ?」
「ハァ、ハァ……」
スズカはしきりに脚を気にしているようですが……うーん、どうしたんでしょうか?
「あの、スズカ先輩。脚……まだ痛むんですか?」
「……いえ、大丈夫よ。脚は痛くないわ。痛く……ないんだけど」
「……どうかしたの?スズカ」
「……何でもないわ。私は大丈夫だから、1人にしておいて」
あら、拒否されちゃいました。とは言っても、凄く申し訳なさそうにしているので意地悪とかそういうわけじゃなさそうですけど。
「……仕方ないから私達だけで練習しようか」
「ファントム先輩……でも」
「……大丈夫だよ。スズカは、もうちょっと1人の時間が必要なんだと思う。よく分かんないけど」
「そこは断言してくれよ姉御~。ま、姉御の言う通りだな。今はアタシ達だけで練習しようぜ!」
そうしましょうそうしましょう。早速トレーニングを……
「お前はダメだぞファントム」
クソが!
一方その頃Aチームは。
「そういえば、スペ先輩大丈夫ですか?スズカ先輩と別チームですけど」
「へ?どうしてですか?」
「ホラ、スペちゃん少し前まではスズカにべったりだったじゃん」
「あ、アハハ……そうでしたね……ウッ、宝塚記念の記憶が……ッ!」
「わーっ!?ゴメンゴメンスペちゃん!」
「だ、大丈夫です……」
「本当に大丈夫ですか……?」
「で?スズカと別チームで大丈夫なの?」
「はい!問題ありません!だって私、信じてますから!スズカさんならきっと戻ってくるって!また一緒に走れるようになるって信じてますから!」
「……そっか!うん、頑張ろうねスペちゃん!強くなって、スズカを驚かせてやろうよ!」
「はい!けっぱるべー、私!」
そんな会話が繰り広げられていた。
スペちゃんは前を向いて走っています。なお、宝塚記念は軽いトラウマになった模様。