そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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おや?スズカの様子が……


逃亡者の知りたいこと

 合宿が始まってしばらく。私は基本的にBチームの練習に混ざっています。初日こそなぜか練習させてもらえませんでしたが、2日目から漸く解禁されましたひゃっほい。というわけで今日も一日練習頑張りまっしょい。

 

 

「……タイヤ持ってきたよ」

 

 

「あ、ありがとうございます!ファントム先輩!」

 

 

「……ゴルシは?」

 

 

 というか、スカーレット以外のメンバーが見えないんですけど。

 

 

「ゴルシは……海に沈んだ古代文明の遺跡に行くとか訳の分からないこと言って消えました……」

 

 

 おうふ。まぁなんだかんだ練習には戻ってくるでしょう。それまではスカーレットと2人でやりますか。スズカに関しては……

 

 

「スズカ先輩は、今日も1人で練習するみたいです。一応声はかけたんですけど……やっぱり自分がペースを乱すわけにはいかないって」

 

 

「……そう」

 

 

 別に気にするこたぁないと思いますけどね。スカーレットもゴルシも気にしないでしょうし。勿論私も気にしません。

 それにスズカの様子が変なのはここ最近ずっとですからね。夜も宿を抜け出してどっか行ってるみたいですし。秘密の練習でもしてるんでしょうか?朝にはちゃんと戻ってきてるので特に報告はしてませんが。もしや……不良スズカでも爆誕しました?

 ちなみに離れたところではAチームのメンバーが練習しています。Aチームの不安要素と言えばスペちゃんでしたが……。

 

 

「……スペちゃんは問題なさそうだね」

 

 

 しっかりとみんなの先頭に立って頑張っています。うんうん、良いですね。これならば問題はないでしょう。

 だとすれば、後はスズカなんですが。……おや?スズカがトレーナーのところに行きましたね。あ、2人でどっか行くみたいです。相談事か何かでしょうか?うーん、気になりますがスカーレット達のトレーニングを見なきゃいけませんし……。

 

 

「……考えても仕方ないし、スカーレット達と一緒にトレーニングしますか」

 

 

 スカーレットといつの間にか戻ってきてたゴルシが待ってますし。早いとこ合流して練習しますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の練習も終わって、宿でご飯を食べ終わって。後は寝るだけとなりました。

 

 

「……みんなよく寝てるわね」

 

 

 Bチーム、私と同じチームの2人も寝ていますし、Aチームの部屋もちょっと確認しましたけど良く寝ているようです。私は、誰にも気づかれることがないように宿を抜け出します。向かう先は、リギルが泊まっているホテル。

 

 

「時間的にはピッタリね」

 

 

 ホテルの前には東条トレーナーが立っていました。東条トレーナーは呆れたような表情をしていて、なんだか申し訳なく感じます。

 

 

「来たわね、スズカ」

 

 

「はい。申し訳ありません、無理を言ってしまって」

 

 

「……ルドルフ達からもお願いされたから今回だけは許すわ。ほら、行くわよ」

 

 

 私は東条トレーナーに促されるままリギルのメンバーが宿泊している施設に足を踏み入れます。ここに来た目的は、ルドルフ達からある話を聞くため。

 ホテルを歩いてしばらく。案内された部屋には

 

 

「来たか、サイレンススズカ」

 

 

「私達に一体何の用だ?」

 

 

「スズカ先輩が私達に聞きたいことなんて……珍しいですね」

 

 

 ルドルフとブライアン、そしてグラスがいました。

 

 

「ごめんなさい。みんなに聞きたいことがあって」

 

 

「それは分かっている。早く用件を話せ」

 

 

「そう焦るなブライアン。この後は何もないだろう?」

 

 

「スズカ先輩が私達に聞きたいこと……?」

 

 

「えぇ。聞きたいのはファントムのことよ」

 

 

 私がその名前を出した瞬間、ルドルフ達は少し興味を惹かれたみたいに前のめりになりました。

 

 

「ファントム先輩のこと……私達に共通している点は……」

 

 

「……いや、しかしあの併走は誰にも見られていないはずでは?」

 

 

「デジタルが偶然目撃していたみたいです。会長さん達がファントムと併走している姿が」

 

 

「アグネスデジタル君か。いやはや、まさか見られていたとは」

 

 

「やましいことをしていたわけじゃない。別にいいだろ」

 

 

 ブライアンは武骨にそう答えます。東条トレーナーは、なにやらPCで何かやっているようですが……?

 

 

《あ、あー……ブエノー!聞こえてますかー?》

 

 

 これは、エルの声?でもエルは今海外遠征中じゃ……。

 

 

「ビデオ通話さ。今向こうは昼だからね」

 

 

 そういうことですか。……エルもいるなら、好都合ね。

 

 

《……うん?おぉ!スズカ先輩じゃないデスか!久しぶりデスねー!》

 

 

「えぇ、久しぶりエル。お見舞い、ありがとう」

 

 

《いえいえ!スズカ先輩も頑張ってくださいね!日本に帰ったら、また一緒に走りましょう!》

 

 

「勿論。楽しみにしているわ」

 

 

 世間話も程々に私は本題に入ります。

 

 

「エルにも聞きたいことがあるの。ファントムと一緒に走ったことがあるあなた達に、聞いておきたいことが」

 

 

「「「……?」」」

 

 

《どういう意味デスか?》

 

 

 私は、彼女達にファントムと一緒に走った時の感想を聞きました。そしてそれは……私の中の疑念を強める結果となりました。

 聞きたいことを聞いて、私は東条トレーナー達にお礼を言います。

 

 

「今日はありがとうございました。東条トレーナーは無理を言ってしまって、申し訳ございませんでした」

 

 

「気にするな。お前も元気でやっているようで何よりだ。またお前が走れるようになる日を……楽しみにしている」

 

 

《おぉ!?東条トレーナーがデレてます!これは貴重デスよー!》

 

 

「……エル、帰ったら覚悟しておきなさい」

 

 

《ケッ!?》

 

 

「自業自得よエル。スズカ先輩、それではお気をつけて」

 

 

「役になったのなら幸いだ。鼓舞激励。サイレンススズカ、君のこれからに期待しているよ」

 

 

「この程度の情報で役に立ったかは分からんが……落ちるなよ、逃亡者。アンタとはまだ戦ってないんだ。戦う前に落ちてもらっては困る」

 

 

「えぇ。頑張るわ」

 

 

 お礼を伝えて、私はホテルを出ます。

 ただ、遠目に誰かの姿が見えました。もう結構遅い時間だけど……誰かしら?

 

 

「……」

 

 

「ファントム……?」

 

 

 目を凝らしてみたら、すぐに正体は判明しました。いつものようにフードを被っていたから。にしても……この夜だと完璧に不審者ねファントム。いつもの姿とはいえ。

 ファントムがどこに行くのかを追っていると、彼女は砂浜へと来ていました。砂浜に立って、ジッとしています。

 

 

「……」

 

 

(何をしているのかしら?)

 

 

 そう考えていると……

 

 

「覗き見たぁいいご身分だなぁぱっつん緑」

 

 

(ッ!?)

 

 

 バレていた!?いえ、それよりも……、あの口調は!

 

 

「どうした?早くこっちにこいよ」

 

 

 亡霊!どうして?どうして亡霊の方が表に!?

 

 

(……考えても仕方がない。それに、彼女が出てきてくれた方が好都合ではある)

 

 

 ファントムには聞けないことだから。これは絶好のチャンスね。私は亡霊の方へと足を運びます。

 

 

「……」

 

 

「で?俺様に何の用だ?態々俺様の後をつけて悪趣味だなぁおい」

 

 

「……あなたに、聞きたいことがあるわ」

 

 

 私がそう言うと、目の前の亡霊は愉しそうに答えました。

 

 

「ハハハッ!いいだろう。暇つぶしに答えてやるよ……あぁ安心しろ。アイツには聞こえないし今からする会話もアイツは知らない。だから安心して聞いてくれてもいいんだぜ?」

 

 

「……」

 

 

「もっとも……それは俺様がアイツに言わなかったらの話だがな」

 

 

 ……関係ないわ。例えファントムに嫌われようとも、私は彼女に聞かなければならないことがある。

 

 

「私が聞きたいのは……あなたの領域(ゾーン)のことよ」

 

 

「俺様の領域(ゾーン)だと?」

 

 

 亡霊は訝し気な声を出します。私は毅然とした態度で問い詰めました。

 

 

「最初からおかしいとは思っていたの。あなたの実力を考えるのであれば領域(ゾーン)なんて使わなくてもレースには勝てる。それも……これまでと同じような圧勝で」

 

 

「……ほう?」

 

 

「だから会長さん達に聞いてみたの。ファントムと併走した彼女達も、あなたの……ファントムの領域(ゾーン)の景色が見えたかって」

 

 

「……」

 

 

「その結果……会長さん達はあなたの領域(ゾーン)の景色は見えなかった、と言っていたわ。天皇賞で一緒に走っていたエルを除いて、ね」

 

 

 そう。これが会長さん達に聞きたかったこと。私の質問に、会長さん達はこう答えました。

 

 

『見えるわけがないだろう。そもそも己の景色を他人にも共有する領域(ゾーン)など聞いたこともない』

 

 

『私もブライアンに同意だ。少なくとも、私は見たことがないな』

 

 

『時折ファントム先輩には併走させてもらっていますが……いたって普通でしたよ?……あの、会長さん達はどうして私を睨むんですか?』

 

 

『天皇賞で見たファントム先輩のものと思われる領域(ゾーン)は恐ろしいものでした……ッ、え?そっちではなく最初にした模擬レースの方?う~ん……普通でしたよ?あの後に関してはエルがただ焦っていただけデスし、ファントム先輩のせいではないと思います』

 

 

 別に併走では領域(ゾーン)を使わないだけ。そうかもしれません。ただ……相手が相手です。

 

 

領域(ゾーン)を使わなくても会長さん達に勝てるぐらいに強い。それはつまり、領域(ゾーン)に頼らなくてもトップレベルの強さを持っているということ。なのになぜ領域(ゾーン)を使うんですか?」

 

 

「おいおい、本番と練習をはき違えんなよ?本番だったらそりゃ全力で当たらなきゃ失礼ってもんだろ」

 

 

「だとしても。ファントムの性格を考えたら……他の子が辞めてしまうような領域(ゾーン)なんて使わないはずよ。その証拠に、あの子は前回の夏合宿で領域(ゾーン)は勝つための1つのピースに過ぎないって言ってたわ。使わなくても勝てるんだったら、あの子は使ったりなんてしないはずよ」

 

 

「探偵気取りかぱっつん緑。随分調べてくれるじゃねぇか」

 

 

 飄々とした態度の亡霊に、苛立ちが募ります。

 

 

「答えて!あなたが領域(ゾーン)を使う理由は何!?他の子が走るのを止めてしまうような領域(ゾーン)をぶつけて……あなたは何を考えているの!」

 

 

「……ハァ」

 

 

 溜息を吐いて、亡霊は答えます。

 

 

「さっき言った通りだぱっつん緑。俺様は全力の勝負をするためにレースを走っている」

 

 

「……」

 

 

「相手も全力で向かってきてんだ。こっちも全力で勝負に当たらなきゃ失礼ってもんだろ?」

 

 

 ……それは、確かにそう。

 

 

「俺様だって心苦しいとは思ってんだぜ?俺様の領域(ゾーン)が影響で辞めていく塵がいる……アイツも気に病んでるし、できることなら止めてやりてぇさ」

 

 

 ……でも、私の知っている亡霊なら、そんな綺麗ごとは並べない。

 

 

「でも仕方ねぇよなぁ?アイツらが全力で向かってきてんだ。だからこっちも全力で向かわなきゃそれこそ悪い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて、思うわけねぇだろバカが」

 

 

 ッ!空気が一変した!やっぱり、この亡霊は……!

 

 

「確かにテメェの言う通りだぱっつん緑。俺様は領域(ゾーン)に頼らなくても勝てる。それは事実だ。認めてやるよ」

 

 

「クッ……!」

 

 

「じゃあなんであんな塵共相手に領域(ゾーン)を使うのか?それがテメェの聞きたいことだろ?いいぜ教えてやる」

 

 

 亡霊は、愉しそうに嗤いながら答えます。

 

 

「わざと使ってんだよ。俺様の領域(ゾーン)を受ければ大抵の塵は走るのを諦める。俺様の領域(ゾーン)はそういうもんだからな。相手に恐怖を植え付けて、走ることも嫌になるほどの絶望へと叩き落す。そのために俺様は領域(ゾーン)を使うのさ。態々あんな格下の塵共にな」

 

 

「……どうして!?どうしてそんな酷いことをするの!?」

 

 

「どうして?決まってんだろ」

 

 

 お面で表情は分からない。でも、不思議と分かる。仮面の下で彼女は嗤っている。醜悪に、悪意に満ちた表情で。

 

 

「塵共が夢見ちゃう前に、俺様が懇切丁寧に潰してやってんだよ。甘い夢に浸る前に、絶望的な現実を見せてやってんのさ。俺様って優しいだろ?」

 

 

 ……ッ!やっぱり、この亡霊には……、悪意しかない!




長くなりそうだったので分けます。

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