合宿所近くの砂浜で私と亡霊は対峙しています。それは、あることを聞くため。
「わざと使ってんだよ。俺様の
どうしてわざわざ
「にしても滑稽だったぜホント。レース前には威勢よく向かってきた塵共がレースが終わった後は真逆の絶望し切った表情に変わるのはよぉ。笑いが止まらねぇってもんだ!」
「……つまりあなたは!わざと他の子達を潰してるってことね!?」
「あぁそういうことだ。俺様はわざと他のウマ娘を潰してんだよ。自分の
……これが、吐き気を催す邪悪というやつでしょうか?正直言ってかなり不愉快だわ。
「どうして……ッ!どうしてそんな酷いことができるの!?」
走れなくなる辛さを、私は味わっている。本当に、本当に辛いこと。それを……わざとやってるだなんて!
「俺様の
「……あなたの心は痛まないの!?」
「……別に。もう慣れてんだよ」
……?何か気になる反応だけど……。それよりも!
「ファントムは、そのことを知っているの!?」
私がそう聞くと、亡霊は明らかに苛立った様子を見せました?どうしてかは、分かりません。
「……知ってるに決まってんだろ。っつーか、知ってるからこそアイツは抑え込んでんだよ。俺様の
「……え?」
「そもそも俺様の
ということは……ファントムは、レースの度にエルが教えてくれたあの景色を見ているの!?
「どうして……そんなこと……」
「あ゛ぁ゛?俺様が知るかよ。俺様だってアイツの考えてること全てが分かるわけじゃねぇ」
「……」
多分、私には分かる。ファントムがどうして抑え込んでいるのか。
優しいあの子のことだ。きっと、他の子が走るのを止めてしまわないように抑え込んでいるに違いない。少しでもあの亡霊の
(ファントムが抑え込んでるのに……それでも影響を完全に抑えることができない……。つまり、この亡霊の
恐ろしい……!しかも、彼女はまだ底を見せていない気がする。そんな気がしてならない。
そう考えていると、亡霊はブツブツと独り言を呟いていました。
「にしても……なんであのマスク娘は無事でいられた?確かにあの時俺様はアイツの
「どういう意味かしら?
「あ゛?言葉通りの意味に決まってんだろ」
「言葉通りの、意味……」
……つまり、亡霊の
(本当にそんなことが可能なの?……でも、エルは実際に一度自分の景色が塗りつぶされたって言ってたわね)
「……ハァ。中央は日本って国の中でもトップレベルと聞いたから少しは期待してたのによぉ。俺様と一緒のレースに出た塵共は
……考えても仕方ないわね。結論が出ないんだもの。タキオン達との定例会議で、また話しましょう。
「……あなたは、以前ファントムが倒れた時のことを覚えているかしら?」
「……あのマッド野郎が余計なことを聞き出そうとした時の奴か」
「そうよ。あの時あなたはこう言っていたわね?嫌な記憶は忘れるに限るって」
記憶を封印するとも言っていた。つまり彼女にはファントムの記憶を好きなようにできる力があるのかもしれない。
「あれはどういう意味かしら?」
「……クックック」
私がそう尋ねると、亡霊はおかしそうに笑いました。
「そっちもそのままの意味だ。俺様はアイツの記憶を自由にすることができる。完全に忘れさせることはできねぇけどな。過去の思い出したくない記憶や……」
亡霊は心底愉しそうに、嗤います。
「俺様にとって都合の悪い記憶も……勿論忘れさせることができるぜぇ?」
「なっ!?」
そんなことができるのであれば……!ファントムが、ファントムが亡霊に付き従う理由は!
「もしかしてあなた……ッ」
「おいおいなんだ?そんなに俺様を睨んで?何かあったのか?」
コイツ……!どこまで人をおちょくれば……!
「とぼけないで!天皇賞で言われた時からずっと疑問だった……ッ!なんでファントムみたいな子があなたに付き従っているのか、あなたの目的に加担しているのか!」
「クックック。それがどうした?嘘じゃねぇだろ別に?」
「あなた……ファントムの記憶を消して自分に都合のいいように吹き込んでるわね!?自分の目的を達成するために……ファントムを都合のいい駒として扱うために!あの子の記憶を操作して、自分に逆らわないようにしているんでしょう!?」
そうでなきゃおかしい!あの子が……こんな亡霊の計画に加担するわけがない!優しいあの子が、他の子が走るのを止めてしまうようなそんな走りを許容するはずがない!
「アヒャヒャヒャ!随分ぶっ飛んだ妄言だなぁオイ!」
「何がおかしいの!?」
「確かに俺様はアイツの記憶をある程度自由に操作できるとは言った。だが……俺様がそうした証拠でもあんのか?」
「……ッ!」
言うに事欠いてコイツ……ッ!
「ねぇよなぁ?俺様はただそういうこともできるってだけ、それをやった証拠があるわけじゃねぇ。そして……それを証明するもんは何もねぇ。つまりだぱっつん緑、テメェのその主張も……証拠がねぇ限りただの妄言にすぎねぇんだよ」
「それでも……おかしいわ!ファントムが……優しいあの子があなたのやり方を許容するはずがない!あなたがあることないこと吹き込んで、あの子を利用しているんでしょう!?」
私の言葉を聞いて、亡霊はなおもおかしそうに嗤っています。正直言って、不愉快です。
「大体よぉ。テメェらことあるごとにアイツのことを優しいだのなんだの言ってるけどよぉ……」
「それが何!?」
「俺様はあの時も言ったよなぁ?アイツはそんなに優しい奴じゃねぇって。テメェらは利用されてるだけだってよ」
「あの子が優しいのは間違ってないでしょう!確かにちょっとズレてるとこはあるけれど……自分のことよりも他人のことを優先する……自分が傷つくことよりも他人が傷つくことを嫌う、そんな優しい子だって!私は知っているわ!」
実際あの子は自分が犠牲になってでも亡霊の
「……そんなこと、俺様が一番よく知ってんだよ」
「えっ?」
凄く、凄く小さい声で亡霊は俯きながらそう呟きました。なんとか聞き取れたレベル。ですが、すぐに私に向き直って亡霊はこちらを真っ直ぐに見ています。お面をつけているから、表情は相変わらず分からないけれど。ただ、分かる。彼女から向けられているこれは……間違いなく敵意。
「……で?色々と俺様に向かって舐めた態度を取ってるわけだが。まぁいい、許してやるよ。俺様は寛大だからな」
どの口が。そう言いそうになりましたけど、グッと飲み込みます。
「それで?色々なことを知っちゃったわけだテメェは。それを踏まえてどうする気だ?えぇ?」
「……」
「俺様が許せねぇんだろ?アイツを利用しているかもしれない、俺様が許せねぇんだろ?だったら走りで俺様に挑んでみるか?もっとも……今のテメェにゃそれすらもできねぇだろうがな!」
亡霊はなおも笑います。私の現状を嘲笑うように、そう言います。
「この合宿の練習中、アイツを通してテメェの練習を見てたけどよぉ……ヒデェもんだったなぁ?お粗末すぎていっそ憐れみすら覚えたよ俺様は」
「……黙りなさい」
「そりゃ怖いよなぁ?また脚が折れちまったらって考えると……本気で走ろうなんて思えねぇよなぁ?」
「黙りなさい……ッ!」
「もし次壊れちまったら……今度こそ走れなくなるかもしれねぇもんなぁ!」
「黙ってッ!」
本当に、人をとことん不愉快にさせるのが好きみたいね、この亡霊は!
「覚えてなさい……ッ!私はきっと、また走れるようになってみせる!そして……またあなたに挑むわ!私が勝ったその時は……ファントムを解放しなさい!」
「……ハッ。意気だけでどうにかなるほどレースってのは甘くねぇ。覚えとけ、テメェはもう終わったウマ娘なんだよ」
そう言って亡霊は去ろうとしますッ。
「待ちなさい!」
「俺様に指図してんじゃねぇ。後、アイツを解放しろだのなんだの言っているが……そりゃ無理な話だ」
「……どういう意味?」
「……アイツほど都合のいい駒は他にいねぇからな。それに目的だってある。それが達成できるまでは……アイツを精々利用させてもらうさ。最後に忠告しておくが……アイツに下手なことは言わんほうがいい。またぶっ倒れるし、俺様がもうテメェらに近づくなと言えばアイツは近づかなくなるぜ」
そう言って亡霊は去っていきました。あの方角だと……おそらく宿に戻るつもりなのでしょう。
それにしても……ッ!あの亡霊は、思った以上に危険だった!
「ファントムをあの亡霊から解放しないといけない……でも、今の私じゃ……」
自分の脚へと視線を落とす。完治しているはずの脚。でも、思うような走りができなくなっている。それは……あの亡霊の言うように、私に恐怖心があるから。
亡霊に勝たなきゃいけない。でも、怪我をする前の私でも……あの亡霊に勝てるかは分からない。一体、どうすれば……。
「こんな時間に……ファントムと何を話してたんだ?スズカ」
声が聞こえてきて、顔を上げる。そこに立っていたのは……。
「トレーナー……さん」
トレーナーさんだった。
「ま、その辺に座れ」
「は、はい」
砂浜から宿に戻って、トレーナーさんの部屋に案内された私。少しだけトレーナーさんが話がしたいとのことでした。トレーナーさんはこの時間まで仕事をしていたらしく、ノートPCの電源も点いたままです。
「……で、何を悩んでんだ?スズカ」
「……」
「それに、砂浜の方から言い争うような声が聞こえたから何かと思えば……ファントムと言い合っていたな?何があった?」
トレーナーさんの言葉に、私は沈黙します。言いたくないというより、言えないことだから。きっと、混乱させてしまうから。
「……ま、言いたくないならそれでいい。お前ら2人が言い争うってことはよっぽどのことがあったんだろう。だが、練習に影響が出ないようにしろよ?」
「は、はい。それは勿論です」
少しの沈黙。またトレーナーさんがその沈黙を破ります。
「……スズカ、走るのが怖いか?」
「えっ?」
「今日までの練習、お前の様子を観察していたが……あまり芳しくなかったからな。気持ちは分からなくもない。また脚が折れちまったら……そう考えたら、確かに怖いだろう」
「……」
「でも、走るのをいつまでも怖がってたらダメだ。レースに出たいんだったら、ファントムに勝ちたいんだったらいつまでも怖がってばかりじゃいられない。お前が怖がってる間も、ファントムは強くなっている」
そして何より、と前置きしてトレーナーさんは続けます。
「アイツは、まだ強さの底を見せてない。レース後のアイツを見たことがあるか?ほとんど息を切らした様子を見せたことがねぇ。つまり、それだけの余裕があるってことだ」
「ッ!」
思えば、あの亡霊は
(まだ、本気じゃないってこと?)
ということは、あの亡霊の本気は……どれほどのものなのだろうか?恐怖が私に襲い掛かります。
……けど
『アイツほど都合のいい駒はいねぇからな』
ファントムを、私の友達を駒扱いしている亡霊を……!許すことはできない!
「……トレーナーさん。お願いがあります」
「……なんだ?言ってみろ」
「どんな練習でも構いません。どんなキツいことでも構いません。私を……また走れるようにしてください」
トレーナーさんは難しい表情を浮かべています。部屋の中に沈黙が訪れる。
やがて、考えが纏まったのか私に結果を告げます。
「分かった。かなりの荒療治になるが……それでもいいか?」
「構いません。また、走れるようになるなら」
私の言葉にトレーナーさんは満足そうに頷きました。
「とりあえずは明日からだ。今日はもう寝ろ。遅いからな」
「はい。ありがとうございました、トレーナーさん」
お辞儀をして私は部屋に戻ります。部屋に戻って、自分の布団に潜ります。当たり前ですけど、スカーレットとゴールドシップは寝ていました。
「もう食べられないわ~……」
「もう食べられないぜ~……」
「……」
(待っていなさい亡霊……。必ずあなたを倒してみせる!)
そう、決意しました。
スズカの決意。そして亡霊は何を思っているのか?ついでに亡霊の領域にはまだ見せていない底がある?