そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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どんなに苦しくても、もう一度走るために。


逃亡者と荒療治

 夏合宿も大詰めに差し掛かっているある日の練習のことです。私達はAチームBチームともに砂浜に集められましたよっと。

 しかしなんで砂浜なのか?……いえ、私には読めましたよ。砂浜に水着で集合……つまりは!

 

 

「……今日は遊ぶ日!」

 

 

「違うぞファントム」

 

 

 あらまぁ。トレーナーに即否定されました。

 

 

「今日はAチームとBチーム、2チームで勝負してもらう!」

 

 

 お、勝負ですか。良いですね。どんな勝負でしょうか?

 

 

「砂浜……ってことは、ビーチフラッグ!?」

 

 

「良いね良いね!チョー燃えるじゃん!」

 

 

「いや、そんな生易しいヤツじゃない。今からするのはトライアスロンだ!」

 

 

 あ、全員のテンションが急激に下がりましたね。別にいいと思いますけどねトライアスロン。楽しいですよ。

 

 

「あそこに島が見えるだろ?あそこまで泳いで渡り、自転車でぐるっと一周して山を越えて下ったところがゴールだ!この夏合宿の総決算だ!気合入れろよお前ら!」

 

 

 お、良いですね良いですね。俄然燃えてきましたよ。当然みんなも……

 

 

「楽しかったねー合宿ー」

 

 

「ご飯もまぁまぁ美味しかったしねー」

 

 

「たまにリギルの方々もこちらの練習に混ざりましたものねー」

 

 

「さーて撤収てっしゅー」

 

 

 悲報。全員そのまま帰ろうとしている。ただその様子を見てトレーナーが慌てた様子になりますね。いや、まぁ当然と言えば当然ですが。

 

 

「待てー!?……そ、そうだ!1着になったチームにはリギルが宿泊している施設のスイーツ食べ放題券をやろう!」

 

 

 物で釣りに来ましたか。しかしそんなんでひっかっかる子がいますか……

 

 

「スイーツ……!」

 

 

「食べ放題券ですって!?」

 

 

 いましたよ。何なら食いつき抜群ですよこれ。

 

 

「テイオー!スペシャルウィークさん!ウオッカさん!絶対に勝ちますわよ!スイーツ食べ放題のために!」

 

 

「おー!けっぱりましょー!」

 

 

「別に勝つことに異論はねぇけどよ……」

 

 

「マックイーン過去一気合入ってない?」

 

 

「Aチームに負けてられないわ!アタシ達も頑張るわよ!」

 

 

「おー任しとけー」

 

 

「えぇ。頑張りましょ。スカーレット、ゴールドシップ」

 

 

 よっしゃ。私も気合入れて頑張りますか。さーて準備運動でも……。

 

 

「そうだファントム。お前は今回の勝負には参加させないからな。俺と一緒に最後方から全員を見守る係だ。代わりにどっちのチームが勝ってもスイーツ食べ放題には連れてってやる」

 

 

「……Really?」

 

 

「当たり前だろ。お前が参加したら100%お前がいるチームが勝つからな。不平等をなくすためにも、この処置を甘んじて受け入れろ」

 

 

「……」

 

 

 

”ま、当たり前っちゃ当たり前だな。トレーニングにはなるし良いだろ”

 

 

 ガガーン。出鼻をくじかれました。しょぼんぬ。

 

 

「それじゃあ。みんな張り切ってよーい……どぉわ!?」

 

 

 おぉっと!トレーナー君吹っ飛ばされたー!

 

 

「スイィィィィィツゥゥゥゥゥゥゥ!」

 

 

「なんかマックイーン怖いね」

 

 

「黙っとけってテイオー。俺達も頑張らねぇと後が怖いぞ」

 

 

「あ、アハハ……」

 

 

 スイーツ大好きなんですかね?マックイーン。

 

 

「そうだファントム。お前に聞きたいことがある」

 

 

 おっと。トレーナーが神妙な顔つきで私を見ていますよ。なんですかね?私何かやらかした覚えなどありませんが。

 

 

「……どうしたの?」

 

 

「お前、昨日の夜スズカと言い合っていたが……何があったんだ?普段滅多に怒らないお前がスズカと言い合うなんて珍しいじゃねぇか」

 

 

「……は?」

 

 

 昨日の夜?何の話です?

 

 

「……昨日の夜は私寝てたよ。トレーナーの見間違いじゃない?」

 

 

「ハァ?俺は確かに砂浜でお前がスズカといるのを見たぞ?時間は……日付が変わる前ぐらいか?」

 

 

「……そんなこと言われても。私はその時間自分の部屋で普通に寝てたよ」

 

 

 そうですよね?私。

 

 

”……あぁそうだな。お前はちゃんと寝てたよ”

 

 

 そうでしょうそうでしょう。私はちゃんと寝てましたよ。

 

 

「……頭がこんがらがってきたな。まぁいい。俺達もアイツらを追うか」

 

 

「……変なトレーナー」

 

 

 私達も後ろからスズカ達を追いかけます。みんながんばえー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいかー!これは真剣勝負だー!全力で勝ちにいけー!」

 

 

 そんなこんなでトライアスロン途中経過ですが。うーん……スズカが芳しくありませんね。びりっけつです。ま、まだ自転車なのでここから捲れるかもしれませんし。

 

 

「ハァ……、ハァ……」

 

 

「……頑張れースズカー」

 

 

 最後方から私も応援の声を飛ばしますよ。復活して欲しいですからね。そうは思いませんか?

 

 

”無理だろ。アイツはもう終わってんだよ”

 

 

「……そういうことは言うもんじゃないよ」

 

 

”ハン。事実アイツは終わったウマ娘だ。骨折のトラウマが原因でまともに走ることができねぇ。そんなウマ娘を終わってると言って何が悪い?”

 

 

「……スズカはまだ終わってないよ。これからこれから」

 

 

”……期待すんのはテメェの勝手だ。だが、アイツはもう走ることはできねぇ。覚えとけ。怪我をした奴になにを期待したって無駄なんだよ”

 

 

 もう一人の私、辛辣。まぁいつものことなので気にしませんが。

 しかし他のメンバーから大分離されてますね。見えなくなってますよもう……ッ!?

 

 

「あうっ!」

 

 

 あ、スズカが自転車から転んで……ッ!

 

 

「手を出すな!ファントム!」

 

 

 トレーナーの声で、私は制止しました。

 ……何故止めるのでしょうか?私は仮面の下からトレーナーを睨みつけます。

 

 

「お前は……スズカの成長を阻害する気か?」

 

 

「……」

 

 

”……フン”

 

 

「スズカ!お前の力はそんなものか!お前の覚悟は……その程度か!」

 

 

「うっ……くっ……!」

 

 

 トレーナーの檄が飛びます。……あぁ成程。そういうことですか。そういうことでしたら、確かにさっき私がやろうとしていたことは下世話なことですね。頭が冷静になったので思い至ることができました。

 

 

「お前!ファントムに勝ちたいんだろ!?スペと一緒のレースで走りてぇんだろ!?だったら、この程度のことで立ち止まってんじゃねぇ!この程度のことで立ち止まってたら……そんなの夢のまた夢だぞ!」

 

 

「ッ!」

 

 

 トレーナーの言葉に、スズカは何とか立ち上がろうとしています。そんな時です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカさん!私、待ってますから!」

 

 

 坂の上から、そんな声が聞こえてきました。その声の主は……。

 

 

「スペ!お前……なんで戻ってきた!?」

 

 

「すいませんトレーナーさん!でも、どうしてもスズカさんに伝えたいことがあって!」

 

 

「私に……伝えたいこと?」

 

 

「はい!私……ずっとずっと先で待ってます!スズカさんよりも前に行って、待ってますから!」

 

 

 それは、スペちゃんからスズカに送る応援の言葉。スペちゃんなりのエール。

 

 

「私は、スズカさんなら大丈夫だって信じてます!だから……絶対に追いついてきてください!約束を!一緒に走るって約束を叶えるために!」

 

 

 スズカとトレーナーは呆然とした表情でスズカを見ています。

 

 

”……クソくだらねぇ。なんでどいつもこいつも信じられるんだよ。反吐が出るぜ”

 

 

「……」

 

 

 スペちゃんはそのまま行っちゃいました。だからスズカ……後は、あなただけですよ。あなたが、応える番です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(スペちゃん……強く、なったわね……)

 

 

 まさか、自分を励ましてくれるためにここまで戻ってくれるなんて思いませんでした。

 

 

「……スズカ。スペはもう前を向いている。それに、可愛い後輩からあんなに慕われているんだ」

 

 

「……はい」

 

 

「だったら!お前もそれに応える番だ!それだけじゃねぇ!俺はまだまだ満足しちゃいない!もっと、もっと俺に夢を見せてくれ!スズカ!」

 

 

 ……そうだ。私には、こんなに応援してくれている人がいます。だったら……ッ!

 

 

「ッ!」

 

 

 私は、立ち上がって走り始める。脳裏に浮かぶのは……秋の天皇賞での、骨折した時の記憶。

 

 

(ッ!やっぱり、まだ私を蝕むのね!)

 

 

 骨が折れる音が聞こえてきそう。骨折した時のあの情景が……脳裏にはっきりと浮かび上がる。けど!

 

 

(私には……応援してくれるみんながいる!たとえもう一度折れても、支えてくれるみんながいます!)

 

 

 それに、あの日の光景が、亡霊と対峙した時の光景が脳裏に浮かびます。

 

 

『そりゃ怖いよなぁ?また脚が折れちまったらって考えると……本気で走ろうなんて思えねぇよなぁ?』

 

 

『もし次壊れちまったら……今度こそ走れなくなるかもしれねぇもんなぁ!』

 

 

『覚えとけ、テメェはもう終わったウマ娘なんだよ』

 

 

 私を嘲笑う亡霊の姿。私はもう無理だと、レースには復帰できないと諦めるように告げる姿が脳裏に浮かびます。

 でも……あなたの思い通りになんてさせないわ!

 

 

「ヤァァァァァァ!!」

 

 

「……スズカ!」

 

 

「そうだ!羽ばたけスズカ!夢に向かって……もう一度走るんだ!」

 

 

(亡霊……私はあなたに勝ってみせる!だから……今は精々高くから見下ろしていないさい!)

 

 

 もう天皇賞の光景は、完全に消え去りました。そして、同時に見えてくるのは……ッ!

 

 

(あぁ……いつもの景色……?じゃ、ないわね。でも……ッ!)

 

 

 太陽が顔をのぞかせている朝焼けの景色。芝の上、人工物が何もない自然なままの景色。勿論道も舗装されている様子がないけれど……それでも脚は不思議と軽い。前以上に澄んでいて、とても気持ちのいい景色!

 今までの景色よりも、走っていてずっと気持ちいい!ずっと、ずっと走っていたい!この景色を……私は駆け抜けていたい!

 あぁ、今まで走れなかったのが嘘のように身体が軽い!思わず笑みが零れる!そして、みんなに追いついたわ!

 

 

「嘘ッ!?スズカ!?」

 

 

「は、はやっ!?」

 

 

「それよりも……!また走れるようになったんッスね!スズカ先輩!」

 

 

「確かに速いですが……!容赦はしませんわよ!」

 

 

「ようやく戻ってきたか!心配かけさせやがって!」

 

 

「お帰りなさい!スズカさん!」

 

 

 みんなが口々に驚いたような声を上げてる。フフッ、少し面白いわね。けど、相手が誰でも……!

 

 

「先頭の景色は、私のものよ!」

 

 

 みんなも一気に加速するけど……関係ありません!私が先頭に立って走ります!そしてそのまま私は林の中に突っ込んで……え?林?

 

 

「ちょ、ちょっと待って!?と、止ま、止まれなッ!?」

 

 

「「「こっちもむーりー!?」」」

 

 

「……全員林の中に突っ込んでいったね」

 

 

「お前らー!大丈夫かー!?」

 

 

 後ろからはトレーナーさんの驚いたような声が聞こえてきます。でも、私達は勿論止まることができず。

 そうして私達は林の中に突っ込んで……ッ!ま、不味いわ!全然止まらない!このままだと……ッ!

 

 

「「「あっ」」」

 

 

 全員海の中に突っ込んでしまいました。か、カーブの事すっかり忘れてたわ……。

 

 

「ハハハッ!お前らバッカじゃねぇの!?アッハッハ!」

 

 

 トレーナーさんが私達の姿を見て笑っています。ファントムも……声を出して笑ってはいないけど肩が震えてるわね。

 また走れるようになった喜びでコースの把握もできなくて。それが何だかおかしくて……ッ!

 

 

「……っぷ!」

 

 

「「「アハハハハハハ!」」」

 

 

 自然とみんなで笑っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやー、良いもん見せてもらいましたよ。思わず笑いが止まらないってもんです。そうは思いませんか?私。

 

 

”……あり得ねぇ。なんであの塵は走るのを諦めなかった?また脚が折れたら……そう考えたら普通は走れねぇはずだ。それに、途中でリタイアしたとはいえ俺様との隔絶とした差を見せつけられたはずだ。クソが、全然理解できねぇ……ッ!”

 

 

 おや。そうでもないようで。ま、良いでしょう。

 

 

「……これでピースの1つが復活した。来るべき日に一歩前進、だね」

 

 

”……ッチ!まぁいい。俺様の餌として喰らうだけだ。そこに何の違いもありはしねぇ”

 

 

 さてさて、スズカのこれからが楽しみですね。




地味にスペちゃんもアニメより前向きになってます。
ブルーロックのアニメ見たかったシーンが動いているのを見れて感無量です。

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