夏季休暇も終わりそうな、ある日のこと。私とタキオンさん、そしてスズカさんとデジタルさんの4人で前回理事長さんから紹介された元トレーナーさんの下へと、赴いています。
「ファントム君を見出した人材……果たしてどんな人物なのだろうねぇ?」
「理事長の話だと、いたって普通の性格だって言ってたわね」
「そうですね。学園を辞めた理由も特におかしいものじゃなかったですし」
元トレーナーさんの人物像を、想像しながら私達は歩いていきます。やがて、目的の場所に着きました。そこは、とあるグラウンド。学園の方々も、たまに練習に使うぐらいには、とても広いグラウンドです。なんなら、トラックもありますしね。
ただ、人がちょっと多いです。何か、催しでもやっているのでしょうか?
「お弁当ダービー……?」
「あ、この辺の地域限定でやっている催しですね。参加資格は小学生から大人のウマ娘まで、幅広く参加可能なイベントです。中央を卒業した元学園生もいますので勝つのは難しいのだとか。トレセン学園のウマ娘ちゃんもたまに参加するのを見かけますよ。お弁当ダービーの由来は優勝賞品がお弁当屋さんの弁当が景品になっていることからですね」
「お弁当が?にわかには信じがたいねぇ」
「フッフッフ。それはですね……あ、あちらを見てください。あれが今回の優勝賞品です」
私達は、デジタルさんが指を指した方を見ます。そこにあったのは……。
「どんなに凄いお弁当……ッて、そういう意味か。成程、確かにこれは凄い」
「かなりの数ね……。あ、優勝賞品だけじゃなくて5位まではもらえるのね」
「どうやら、参加賞で好きなお弁当を1つ貰えるみたいです。結構、考えられていますね」
”しかもかなり美味しそうだよコレ”
そこにあったのは、大量のお弁当でした。かなりの数が、積み上げられています。1つの店舗だけでこれだけの数を作るのは不可能でしょうし、多分共同開催なんでしょう。
「お弁当を商品として提供する……そのお弁当の味を知ってお客さんが増える……リピーターを増やすという目的もあるのか」
「実際、このお弁当ダービーでお弁当屋さんの収益は上がり続けてるみたいですよ。今では地域の外どころか県外からの参加者もいるぐらいです。元中央の生徒も参加することもあって、レベルもかなり高いですからね」
「腕試しにももってこい、ってことね」
それならば、これだけの大盛況も、頷けます。しかし、元トレーナーさんは、何故この場所を指定したのでしょうか?少し、疑問が湧きます。
”……?あ、カフェ。あの人じゃないかな?写真の元トレーナー”
「え?……あぁ、本当ですね。みなさん、目的の方は、あちらに」
お友だちが示した方向には、写真の人物が誰かを探しているように、辺りを見渡していました。目的の人物を発見した私達は、早速彼に近づきます。
すると、向こうもこちらに気づいて、手を振りました。
「君達が理事長が言っていた子達だね?何でも……ファントムのことについて知りたいだとか」
「そうだ。話が早くて助かるよ。まずは自己紹介といこうか。私はアグネスタキオン、ちょっとした事情でファントム君のことを調べているしがないウマ娘さ」
「……マンハッタンカフェと、申します。今日は、よろしくお願いします」
「あ、アグネスデジタルです!」
「サイレンススズカです。よろしくお願いします」
「そうか。俺は
三原さんは、私達に朗らかな表情で応対します。そして、挨拶も程々に済ませると、真面目な表情に切り替わりました。
「そして……だ。これが重要な問題だが……君はあの子とどんな関係だい?」
三原さんのその質問に、私達は迷いなく答えます。
「お友だち、です」
「友人さ。普段から仲良くさせてもらっているよ」
「推しでしゅ!いやまぁデジたん的には全てのウマ娘が推しなんですけど」
「同じチームの仲間で、友達です」
「友人に推し……。そうか、あの子にも友達が……」
なんだか、感慨深そうにしています。子の成長を見守る親のような、そんな感じの目をしています。しかし、すぐに頭を振って、今度は申し訳なさそうな表情になりました。
「さて、理事長に紹介されて俺のところに尋ねてきてくれたと思うんだが……すまない。俺もあの子のことについてはあまり詳しく知らないんだ」
「えぇ~!?そうなのかい!?」
タキオンさんが、凄く驚いたような、残念そうな声を上げます。いや、本人が目の前にいるのにそんな露骨に残念そうにするのは、どうかと思いますよ。
「というのも、あの子自身あまり自分のことを喋らない子だったからね。他の子と壁を作っている……といえばいいのかな?あまり自分から積極的に話しにいくような子ではなかったよ」
「そうなんですね……。じゃあ、三原さんはどうしてファントムを理事長さんに勧めたんですか?」
「単純な話さ。あの子の才能が飛び抜けていたからだ。他にも理由はあるけどね。このお弁当ダービーに彼女は良く出走してくれていたんだが……この催しには元学園生や現役の生徒も良く参加してくれているというのは知っているかい?」
「もも、勿論です!中にはG1を勝ったウマ娘ちゃんも出走しているのだとか!」
「そうだね。たまに出走してくれているよ。ただ……ファントムはそんなメンバーの中でも全てのレースで勝ってきた。俺は生まれて初めて見たよ。小学校高学年ぐらいの子が、引退したとはいえ元G1ウマ娘に勝つなんて光景は」
「ウソでしょ!?」
スズカさんがそう叫びますが、気持ちは分かります。まさか、小学生ぐらいの頃からそれほどの実力を持ち合わせていたなんて……。
「ファントムはこのお弁当ダービーでも全戦全勝だった。一度も負けたことがなかったよ」
「いやはや凄いねぇ。……ちなみになんだが、2着になった子なんかは走るのを止めたりはしてないかい?」
「……あの噂か。そう言う話は聞かないよ。終わった後は、みんな和気藹々とした雰囲気になっていたさ。ただ、みんなファントムの走り方が気になっていたみたいだが。彼女の走りは、かなり独特なフォームだろ?」
”毎度思うけど、よくあんなフォームで走れるよね。あの子”
そうですね。体幹や身体の強さもそうですが、何より恐怖心がないのが大きいでしょう。頭を地面すれすれまで近づける走法は、他に類を見ない走り方です。
「一応、元トレーナーとして彼女にその走り方は危ないから止めといた方がいい、とは言ったんだけどね……」
「効果はなかったんですね。ファントムさんの走り方、今も変わってませんし」
デジタルさんの言葉に、三原さんは頷きます。
「私はもう一人の私から最適な走り方を教わっている。だから大丈夫、って一蹴されたよ」
「……もう一人の私、か。ファントム君の走りは亡霊から教わったものなのか」
「亡霊?……まぁ、彼女はもう一人の私なる人物と良く会話していてね。最初こそ彼女の強さに人が集まっていったけど……最終的に彼女に近づく人はいなくなった。接し方が分からなかったんだろう。傍から見れば、虚空に向かって話しかけているようにしか見えないからね」
「小さい頃からそうだったのね、ファントム」
「虚空に向かって話しかける不気味な子……ファントムの評価は概ねそんな感じだった。周囲からは孤立していたし、彼女自身それを良しとしていたのか分からないけど、特に気にした様子も見せなかったよ……いや、ちょっとは気にしてたな。それに地域のボランティアにも積極的に参加していたが……やはり彼女は1人でやっていたね」
「随分荒んだ子供時代だねぇ」
タキオンさんの言う通りですね。それも、ファントムさん自身がそれを良しとしていたなんて……。
「三原さんは、ファントムにどう接していたんですか?」
「……勿論放っとかなかったさ。彼女がレースに参加してくれる度に俺は彼女に積極的に話しかけに行った。その交流の中で、この子は悪い子じゃないって分かってね。だから、これ以上彼女が孤立しないためにもみんなに呼びかけたりしたんだが」
「あまり、効果はなかったと」
私の言葉に、三原さんは悔しそうに頷きました。
「あ、あにょお……。ファントムさんに親とかはいなかったんでしょうか?」
「彼女の親、か……。そういえば見たことないね。いっつも1人でリヤカーを引きながら来てたし」
「リ、リヤカー?」
「あぁ。優勝賞品のお弁当、かなりの数だろ?だからいつもリヤカーを引きながら来てたんだよ。どこから持ってきたかは知らないけど」
いやー懐かしいね、と三原さんは呟いています。毎回リヤカー引きながらこの場所まできてたんですね、ファントムさん。なんというか……
”周りからすごい注目されるだろうに……。やっぱどこかズレてるねあの子”
「そうですね……」
「ち、ちなみになんですけどぉ……。ファントムさんは優勝賞品のお弁当をどうしてたんですか?」
「普通に自分で食べてるんじゃないかしら?」
「どうだろう。ファントム君はスペ君やオグリ君のような大食漢ではないからね。食べる方ではあるけれど」
デジタルさんの質問に、三原さんは答えます。
「あの子は毎回孤児院に運んでいたよ。どうやら、当時経営難だった孤児院にお弁当を渡してたみたいだ」
「孤児院……ですか?」
「そうだね。どういう繫がりなのかは分からないけど……あの子は毎回決まった孤児院に優勝賞品のお弁当を届けていたよ」
「孤児院か……。つまり、ファントム君は孤児だったのか?」
「……可能性は高そうね。もしくは、親に捨てられたか」
……謎、ですね。ファントムさんの親の人物像が。だから、なんとも言えません。スズカさんの言うように、捨てられた可能性も、ないとは言い切れません。
「……あぁそうだ!思い出した!」
そんな時、唐突に三原さんがそう言いだしました。
「確か、車椅子に乗った栗毛をロングヘアにしたウマ娘の方がファントムのレースを時折見に来ていたんだよ。だから一応話しかけに行ったんだ。あの子が走る姿を近くで見て、話してみませんか?って。けど……」
「車椅子に乗ったウマ娘……。なんて言われたんだい?」
「私はここで、あの子が走ってる姿を見ているだけで十分ですから……、って断られたよ。ただ、拙い日本語だったから海外の人だったのかな?たまに見に来ていたから覚えてるよ」
「その人が、ファントムさんの親?」
「う~ん……違うんじゃないかな?ファントムはその人のことを知らないみたいだったし。詳しく聞こうと思ったんだけど……車椅子のウマ娘の方が酷く狼狽えた様子で止めてきてね。結局、聞くことはできなかったよ」
「狼狽えた様子で?……何かあるのは間違いなさそうね」
”何か後ろめたいことでもあるんじゃないの?狼狽えるってことは”
それは、分かりません。その人に会ってみないことには。
「その人がどこに住んでいるのかは分かるかい?後は、その人の名前とか」
タキオンさんの質問に、三原さんは申し訳なさそうな表情を浮かべます。
「すまない。どっちも分からないんだ。頑なに教えてくれなくてね。というか、住んでいる所を聞くのはナンパだと思われかねないからさすがにしないよ?これでも妻帯者だし」
「う~ん残念だ。何か知ってそうな雰囲気はするんだがねぇ」
「あまり力になれなくて申し訳ないね。他に何か気になることはあるかい?」
三原さんの言葉に、私達は少し考えます。何を、聞きましょうか?
やがて、タキオンさんが口を開きました。
「もしよければ、君とファントム君の話を聞かせてもらってもいいかい?それこそ、出会った時の話とか」
「俺とファントムの?あぁ、別に構わないよ。ただ、なんでだ?」
「なぁに。今のファントム君の性格と違ったりしているのか、興味が湧いたのさ」
タキオンさんの言葉に、三原さんは了承しました。
「そうだね……じゃあ、俺がファントムと出会った頃の話をしようか」
そう言って、三原さんは当時のことを思い出しながら語ってくれました。
次回は元トレーナー三原とファントムの出会い。22時にもう一話投稿します。