そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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元トレーナーとファントムの出会いのお話。胸糞注意です。


元トレーナーと亡霊少女

 俺がその子と出会ったのは、ある日のお弁当ダービーのことだった。

 

 

『……なんか、リヤカー引いてやってきた子がいるな。しかも、なんだあのお面』

 

 

 滅茶苦茶注目を集めていたので、今でもよく覚えている。そりゃそうだ。子供がリヤカーを引いてきたんだから嫌でも注目されるだろう。恰好も、パーカーのフードにお面をつけていたからね。そりゃあ目立ったさ。

 その子……ファントムは開口一番こう言った。

 

 

『……お弁当ダービー』

 

 

 ただ一言。ボソリとそう呟いた。

 

 

『へ?』

 

 

『お弁当ダービー』

 

 

『……あぁ!もしかして参加かい?』

 

 

 俺の言葉に、ファントムはこくりと頷いた。俺は辺りを見渡したが……見たところ彼女の保護者らしき人物は見当たらなかった。

 

 

(もしかして、1人でここまで来たのかな?ということは……近くに住んでいる子なのだろうか?)

 

 

『とりあえず、受付を済ませようか。君は……見たところ小学生だし、小学生部門の方で』

 

 

『大人部門』

 

 

『……へ?』

 

 

『大人部門でいい。そうでないと、張り合いがない』

 

 

 その言葉を聞いて、俺は引き攣った笑みを浮かべたよ。初参加で、傲慢にそう言い放ったんだからね。周りにいる子達も、そりゃあいい気はしなかったさ。

 ただ、俺は大人だ。諭すように彼女に教えてあげた。

 

 

『君は初参加だろう?それに、君はまだまだ子供だ。大人とやるのは早すぎるよ』

 

 

『……』

 

 

 ものすごーく私不満です、みたいな態度をしていたね。余程気に食わなかったんだろう。

 

 

『ここにいる人達は、みんな速いからね。だから小学生部門の方で……』

 

 

『どれくらい差をつければいい?』

 

 

 彼女は、次にそう言い放った。俺は我が耳を疑ったよ。だから、聞き返したんだ。

 

 

『えーっと……どういう意味かな?』

 

 

『そのままの意味。どれくらい差をつければ、大人と一緒に走れる?』

 

 

『う、うーん……』

 

 

 周りの子達の圧が強くなってきてね。だから、俺は無理難題を提示したんだ。

 

 

『10バ身かな!10バ身差をつけることができたら、大人と一緒に走るのを許してあげよう!』

 

 

『わかった。10バ身程度でいいんだね』

 

 

『へ?』

 

 

 小学生部門の距離は500m程度だ。そんな距離で10バ身なんて、普通は無理だろう。そう思ってたんだけど……。

 

 

『……嘘だろ?』

 

 

 あの子は、10バ身どころかその倍近い着差をつけて小学生部門を制したんだ。あまりの強さに、口を開けて固まったよ。そして何よりも……。

 

 

『き、君!あのフォームはなんだ!?』

 

 

『……アレが私の走り方』

 

 

『アレが!?君は、怖くないのか!?』

 

 

 頭を地面すれすれまで近づける超前傾姿勢。子供の頃からそんな走りをしていたら……いずれ壊れるぞ!?

 

 

『……俺は元トレーナーだ。元トレーナーとして言わせてもらうが……子供の頃からそんな走り方をしていたら、いずれ脚を壊すぞ!』

 

 

 俺の言葉に、彼女はまた気に食わなさそうな態度をしていたんだ。こういうところは子供っぽいなとは思ったね。

 

 

『……私はもう一人の私がこう走った方が良いっていうからこの走り方をしてる。だから、止める気はない』

 

 

『も、もう一人の私?……だとしても!いくら何でも危険すぎる!』

 

 

『……うん。そうだね。聞く気、ないよ。私は私らしく……だもんね』

 

 

『……は?』

 

 

 まるで要領を得ない言葉。しかし、彼女はまるで関係ないとばかりに俺にこう言ったんだ。

 

 

『約束。10バ身以上つけて勝ったから、大人部門で走らせて』

 

 

『い、いや……でも……』

 

 

『約束、破るの?』

 

 

『さ、さすがに今日のところは……』

 

 

『この程度、問題ない。むふー』

 

 

 いや、誇らしそうにしてるけど!

 

 

『ダメダメ!せめて次の開催まで待ちなさい!』

 

 

『……むすーっ』

 

 

『ダメなものはダメ!また今度ね!』

 

 

 そう言って彼女は渋々帰っていったよ。

 

 

『すごい子もいたもんだな……』

 

 

 俺はそう呟くしかなかったね。

 それから次の開催からは約束通り大人部門で走らせたんだけど……ハッキリ言って、異次元の強さだったね。全戦全勝。一度も負けなかったよ。

 そして、俺は来る度に彼女と会話していたんだ。

 

 

『君はいつも1人で来てるけど、親御さんは?』

 

 

『知らない。私1人で暮らしてるし』

 

 

『ひ、1人で!?君の歳でかい!?』

 

 

『別に。もう慣れたから気にしてない』

 

 

『いやいやいや!そういう問題じゃないでしょ!?親戚の人は!?』

 

 

『さぁ?もう一人の私曰く、誰も引き取らなかったらしいよ』

 

 

『……はぁぁぁぁぁ。何してるんだ親戚の人達は……。虐待でもしてるのか?』

 

 

 ファントムは、いつも1人で過ごしていたね。最初こそ、みんな話しかけに行ってたんだけど……。

 

 

『あなた強いのね!いつもどういう風に練習してるの?』

 

 

『もう一人の私が、私に最適なメニューを組んでくれる』

 

 

『も、もう一人の私?それってどういう意味?』

 

 

『今も私の隣に浮いてるよ。……え?そんな奴に構ってる暇あったらさっさと用事を済ませるぞ?せっかく話しかけに来てくれたのに』

 

 

『え、え~っと……』

 

 

『……分かったよ。そんなに言うならもう行こうか。そう言うわけで、ごめんなさい』

 

 

『……なんなの?あの子』

 

 

 誰に対してもこんな調子で、次第に話しかけに行くのは俺だけになった。そして、最終的にはみんな彼女を不気味に思うようになったんだ。

 

 

『ねぇ、また来てるわよあの子』

 

 

『本当。毎回毎回良く参加する気になれるわね』

 

 

『親はどうしてるのかしら?』

 

 

『噂だと、あの子を置いて夜逃げしたらしいわよ?』

 

 

『可哀想だけど……虚空に向かって話しかけるような子だもの。不気味すぎてそりゃ逃げちゃうわよね』

 

 

『ああいうの、イマジナリ―フレンド、っていうんでしょ?本当に不気味よね』

 

 

『幽霊でも見えてるんじゃないかしら?もしかして……あの子自身が幽霊だったりして』

 

 

 そういう、心無い声も聞こえてきた。そして、この催しから彼女を外すべきだという声すらも上がっていた。

 ……だが、俺はそうする気にはなれなかった。何故なら……。

 

 

『……?うん?ファントム、何やってるんだ?』

 

 

『お花に水をあげてる。誰もあげてないみたいだから』

 

 

 手入れをサボっている地域の子供達の代わりにお花に水をあげていたり。

 

 

『ボランティア。私、ボランティア好きだから』

 

 

 またある日は1人でボランティア活動に精を出していたり。

 

 

『……大丈夫?怪我はない?』

 

 

『うん。ありが』

 

 

『う、ウチの子がとんだご迷惑を!ほら、早く行くわよ!』

 

 

『え?でも』

 

 

『いいから!……あの子と関わると、アンタも呪われちゃうわよ!本当に不気味な子ね……あの子は』

 

 

『……しょぼんぬ。まぁ別に気にしてないよ。いつものことだし』

 

 

 あわや交通事故になりそうなところから子供を助けてあげたのに、心無い言葉を浴びせられたりしていた。普段から彼女は、他の人達に心無い言葉を浴びせられ続けていたんだ。少なくとも、俺が見ている限りはそうだった。

 だから俺は聞いたことがある。

 

 

『なぁファントム。なんでお前は怒ったりしないんだ?』

 

 

『どゆこと?』

 

 

『お前が周りからなんて言われてるか知ってんだろ?心無い言葉を浴びせられて、その恰好のせいで呪われた子とか言われて。助けてあげたのにお礼すら言われない。そんなのって、寂しくないか?』

 

 

『……』

 

 

『なぁ、教えてくれ。なんでお前は周りから蔑まれても他の人のために尽くすんだ?普通、やらないだろ。俺がお前と同じ立場だったら絶対にやらないぞ』

 

 

 しばしの無言の後、ファントムは俺の言葉に答えたんだ。

 

 

『私がそうしたいから。私の心が、そうした方が良いって言ってるから行動してる』

 

 

『……どういう意味だ?』

 

 

『私は昔の記憶がほとんどない。それこそ、もう一人の私と過ごしてきた時間ぐらいしか覚えているものがない。どこで生まれたのかも知らないし、どうやって生きてきたのかも知らない。だから、私は親の顔も知らないし生きているのかも知らない』

 

 

『……ッ』

 

 

 あまりの言葉に俺は絶句した。この子は、そんな過去があるのに……どうして……ッ!

 俺は、思わず彼女に語気を強めて言ったんだ。

 

 

『いくら心がそうした方が良いって言ってるにしても!あんな心無い言葉を浴びせられてるのにやる意味はあるのか!?いくら頑張っても報われないのに、やる意味はあるのか!?』

 

 

『あるよ。だって、私は見返りなんて求めないもの』

 

 

 俺の言葉に、彼女は……ファントムは毅然とした態度で答えたんだ。

 

 

『別に誰がやったかなんて関係ない。お花が咲いてることで誰かの心が癒されるのなら。別に誰かが見てなくても関係ない。私がボランティアをすることで誰かが助かるのなら。別に感謝されなくたって構わない。私が行動することで救われる命は確かにそこにあるんだから』

 

 

『……ッ』

 

 

『なんでそうした方が良いと心の中にあるのかは分からない。でも、きっと大切なことなんだと思う。それが、私の原点なのかもしれない』

 

 

 俺は言葉も出なかったよ。それは当然だ。

 この子は……ッ、本当に小学生なのか?これだけの言葉を言えるのに、この子は本当に小学生なのか?そう思わずにはいられなかった。

 

 

(……この子は、報われるべきだ。じゃないと、この世界は……あまりにも不平等すぎる)

 

 

『……なぁ。なんでお弁当ダービーに出走しようって思ったんだ?』

 

 

『……どしたの?唐突に』

 

 

『聞かせてくれ。興味があるんだ』

 

 

 大人部門で走らせてくれ、そういった彼女なら……きっと。

 

 

『強いウマ娘が集まるって聞いたから。だから、ここに来たの。ついでに、お弁当を孤児院に寄付するため』

 

 

『……寄付している孤児院は、君がいたところなのかい?』

 

 

『さぁ?経営難で困ってるから、あげてるだけ。知らなーい。向こうは私を知ってるっぽいけど』

 

 

『随分軽いな』

 

 

 俺は思わず苦笑いした。そして、やはりというか思っていた通りの回答だった。

 

 

(強いウマ娘が集まる……ならば)

 

 

 その日の夜、俺はある人に電話をした。その人物は勿論……。

 

 

『もしもし?秋川理事長でしょうか?俺です、三原です。はい、実は中央に推薦したいウマ娘がいまして……』

 

 

 秋川理事長だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあ。これが俺とファントムの話かな?」

 

 

「「「……」」」

 

 

 私達は、絶句しています。ファントムさんの、あの性格は子供の頃からだったのと……。

 

 

”よく歪まずに生きてこられたねあの子……。普通、もっと荒んでてもおかしくないよ”

 

 

「……はい。想像以上、でした」

 

 

「これでもオブラートに包んでいる方さ。もっと酷いことがあったのかもしれない。その辺のことは本人に聞いてみないことには分からないけどね」

 

 

 だからといって、聞く気にはなれないでしょう。間違いなく、あの時みたいになりますから。

 

 

「……ファントム君の精神力は規格外だねぇ。子供時代にそんなことになっていたら、普通はもっと荒んでるものだよ」

 

 

「は、はいぃ。デジたんも想像以上のお話で開いた口が塞がりませんよ……」

 

 

「ファントム……あなたは……」

 

 

 私達の反応を見て、三原さんは私達に頭を下げてきました。

 

 

「君達に、お願いがあるんだ。どうかこれからも、ファントムと仲良くしてやってほしい。あの子は、本当に良い子なんだ!」

 

 

 三原さんの言葉に、私達は答えます。

 

 

「無論。これからも仲良くさせてもらうさ。向こうが嫌だと言ってもね」

 

 

「はい。当然です」

 

 

「……そうね。当たり前のことだわ」

 

 

「ももも、勿論ですよ!全てはウマ娘ちゃんの笑顔のために!」

 

 

 私達の言葉に、三原さんは笑みを浮かべました。

 

 

「……あの子は、中央でいい友達に恵まれたみたいだ」

 

 

 そして、最後に。三原さんはメモ帳を取り出して何かを書き始めました。書いたものを、タキオンさんに渡します。

 

 

「ここは、ファントムがお弁当を届けに行っていた孤児院の住所だ。本人は知らないと言っていたが……何か手掛かりがあるかもしれない。日数は掛かるが、俺の方からアポを取っておこう」

 

 

「それは助かるねぇ。これは、ありがたく頂戴するよ」

 

 

「あぁ。俺にできることはこれぐらいだからな」

 

 

 ……そういえば、最後に聞いておきたいことが。

 

 

「三原さん。車椅子のウマ娘の方は、お話には出てきませんでしたが。どうしてですか?」

 

 

「あぁ、そういえばそうだね。じゃあ、最後にその時の会話を教えてあげようか」

 

 

 そう言って、三原さんはその時の会話を、教えてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あの車椅子のウマ娘、また見に来てるな』

 

 

 ファントムがお弁当ダービーに来てからだろうか?少し見かけるようになった車椅子のウマ娘。彼女の親族か何かだろうか?だったら、ここはガツンと1つ言ってやるか。なんで彼女を捨てたのかって。

 

 

『あの。少しよろしいですか?』

 

 

『……あ、アー……問題、ナイ』

 

 

 ?この人、ちょっと日本語がたどたどしいな。外国の人か?

 

 

『もしかして、海外の方ですか?』

 

 

『ソウ、ダネ。少シ、前マデ、海外、イタ』

 

 

『そうなんですね。……ファントムのこと……あのフードとお面を被ってる子をよく見てますけど……彼女の親族か何かでしょうか?』

 

 

 俺の言葉に、彼女は首を横に振った。親族ではない?

 

 

『じゃあ、どんな関係なんですか?丁度ファントムが来た辺りからですよね?あなたがここに来たのは』

 

 

 少し悩んだ後、彼女は答えた。

 

 

『アノ子、親代ワリ、ヤテル。デモ、アノ子、私、知ラナイ』

 

 

『……は?どういう意味です?』

 

 

 親代わりをやっているのに、ファントムはこの人のことを知らない?どういう意味だ?

 彼女の答えは、沈黙だった。

 

 

『……じゃあ、せめて会っていきます?ファントム、きっと喜ぶでしょうし』

 

 

 俺の言葉に、彼女は酷く狼狽えたんだ。

 

 

『ッ!ソレ、ダメ!ゼッタイ!ゼッタイ、ダメ!』

 

 

 車椅子だということも忘れて俺に飛びかかろうとしたから、車椅子から離れそうになってたよ。だから慌てて制止させたんだ。

 

 

『わ、分かりました!分かりましたから落ち着いてください!』

 

 

『ご、ゴメン、ナサイ。デモ、ダイジョブ、私。アノ子、走ッテル、ソレダケ、満足』

 

 

 それだけ言って、彼女は去っていったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁこんな感じかな?ファントムと関りがあるのは間違いなさそうだけど……生憎と所在は掴めなくてね。申し訳ない」

 

 

「ファントムの……親代わり……」

 

 

「しょ、小学生なのにお金とかどうしてるんだろうと思ったんですけど……」

 

 

「十中八九、その車椅子のウマ娘の支援だろうねぇ」

 

 

 そうですね。それに、間違いなさそうです。

 

 

「聞きたいことはこのぐらいかな?」

 

 

「あぁ、ありがとう。助かったよ」

 

 

「構わないよ。それじゃあ、君達も中央のレース頑張ってくれよ?特に、サイレンススズカ!君の復活を楽しみにしているよ!」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 そう言って、私達は、三原さんと別れました。

 学園へと帰る道中、今回の結果について、タキオンさん達と話します。

 

 

「それにしても……理事長との話し合い以降ファントム君の調査について進んでいるという実感が湧いてるねぇ」

 

 

「そうですね。スズカさんの、夏合宿での話も、実りのあるものでしたし」

 

 

”やっぱアイツはろくでもねぇ奴じゃないか。アタシの目に狂いはなかったね”

 

 

 そうですね。恐ろしいことを企てているようですし、ファントムさんを利用しているという線も、間違いではありませんから。

 

 

「よーしっ!この調子でファントム君の調査をどんどん進めていこうじゃあないか!」

 

 

「はい」

 

 

「そうね」

 

 

「ひゃい!頑張りましゅ!」

 

 

 私達は、学園への帰路につきました。




寒すぎてヤバいです。

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