夏が過ぎて秋を迎えました。私達は今寮のテレビでとあるレースを観ています!そのとあるレースとは……!
「う~、エルちゃんまだかな~」
「ふふっ、もうすぐですよスペちゃん」
エルちゃんの凱旋門賞です!寮にいるみんなでエルちゃんの勇姿をTV越しに見ています!リギルのメンバーにスピカのメンバー、加えてリギルのトレーナーさんも見に来ています。
「あ、エルちゃんが写った!」
「オゥ!まるでムービースターデスネ!堂々としてマース!」
「世界中から注目されるだなんて……!羨ましすぎる!」
「オペラオーちゃん。あなたが注目するのはそこなのかしら?気持ちはまぁ分からなくもないけど」
エルちゃん堂々としてる……ッ!カッコいいなぁ。
「ファントム、君はどう見る?エルコンドルパサーは勝てると思うか?」
唐突に、会長さんがファントムさんにそう聞きました。みんな注目しています。
「……さぁ?ただ、モンジューって子は良いね」
モンジュー……あ、あの鹿毛のウマ娘さんでしょうか?確かに……。
「……周りの子達も中々。だけど、モンジューはその中で頭一つ上かな?見た感じだと」
「……そうか」
もうすぐ出走するみたいです。エルちゃん、けっぱれー!
……ついに、ここまで来ましたね。凱旋門賞。最強を競うために世界中から強いウマ娘がこの舞台に集まってきています。
海外遠征を始めてからここまで全戦全勝で来ました。コンディションも悪くありません。ですが……。
(油断はしません。いつだって、エルはエルらしく走ります!)
ワタシは気合を入れ直します!そんな折、今回の凱旋門賞で最注目されているウマ娘……モンジューから声を掛けられました。
「Ravi de vous rencontrer aujourd'hui(今日はよろしく)」
「え!?え~っと……」
フフン!海外遠征をしていますけど、エルにはフランス語はさっぱりデース!……英語ならギリ分かるんですけどね。さすがにフランス語のガイドブックをレースに持ち込むわけにはいきませんし。
「laissez-moi vous déclarer(君に宣言しておこうか)」
「お、OK!OK!」
「Je peux voler plus vite qu'un condor(私はコンドルより速く飛べる、と)」
不敵な笑みを浮かべながらそう言われました。多分?フランス語?なのでさっぱりデスけど……あの表情からおそらく宣戦布告ですね。なら、受けて立ちます!
しばらくして、ゲートへと入る時が来ました。ワタシはゲートの中で発走の時を待ちます。
(集中……集中デス……)
呼吸を落ち着かせますけど、やっぱり落ち着きませんね。そりゃあそうデス。エルは今、凱旋門賞という大舞台に立ってるんデスから。
けど、だからこそ落ち着くんデス。焦りは悪い結果を生む……それを、ワタシは良く理解している。こんな時だからこそ冷静に、心を静めるんデス。
(……そろそろ、最後のウマ娘がゲートに入った頃合いでしょうか?)
もう少しで発走だろう。ワタシはその時を静かに待つ……
《さぁ今最後のウマ娘がゲートに入りました!世界最強を決める戦い凱旋門賞が今始まろうとしています!》
ッ!今デス!ワタシは、ゲートが開くのとほぼ同時にスタートを切ります!
《凱旋門賞が今……スタートしました!さぁまず飛び出したのは……!日本のエルコンドルパサー!日本のエルコンドルパサーが飛び出した!一気に先頭に躍り出た!》
まずは、スタートダッシュには成功……といったところでしょうか!ただ。
(あまり前に出ていこうって子はいないみたいデスね。エルが先頭……デスか)
まぁ、囲まれるよりはよっぽどマシかもしれませんね。なら、このままのペースを維持しておきましょうか!ワタシはハナを切って進みます。ペースはそこそこに。最後に余力を残しておくためにペースを上げすぎないよう気をつけていきましょう。
海外遠征の経験もあってか、こっちの芝にも慣れました。結構な……というよりかなりの不良バ場ですが今のところ問題はありません。万全の状態で臨めているでしょう。だからこそ、残る不安要素は……モンジュー。
(トゥインクル・シリーズでいうクラシック級でありながらの1番人気……。レースの映像を見て研究してますが、かなりの猛者デス)
現に、走る前の立ち居振る舞いからも圧を感じましたからね!けれど、だからこそ燃えるってもんデス!彼女に勝って、世界最強の称号を手に入れて……!
(ファントム先輩にも勝つ!そして、ワタシが世界最強であることを証明する!)
ワタシは先頭に立ってペースを握り続けます。後ろに悟られないように少しずつペースを下げます。全ては脚とスタミナを残して最後の直線勝負のために。
《さぁ先頭を走るのは日本からの刺客エルコンドルパサー!エルコンドルパサーが先頭です!リードは1バ身!1番人気モンジューは中団に控える形を取ります!》
このまま快調に飛ばしていきましょう!
レースは淀みなく進みました。ワタシは依然として先頭。もっとも……。
《各ウマ娘がフォルスストレートを走っております!先頭は依然としてエルコンドルパサー、日本のエルコンドルパサーだ!エルコンドルパサーが逃げに逃げている!全く落ちる気配がありません!そのままのペースで今ッ!第4コーナーを抜けました!最後の直線へと入ります!最後の直線に入って先頭はエルコンドルパサー!》
すでに最後の直線に入った段階デス!
(脚とスタミナは残っている!問題は……ナッシング!)
このまま逃げ切るためにワタシは走ります!ですが……ッ、やはり来ましたか!後ろからのもの凄い圧……ッ!これは間違いなく!
「モンジュー!」
「Je ne te laisserai pas t'échapper, Condor !(逃がさないよ、コンドル!)」
リードは……まだある!けれど、油断はできません!
(さぁ、ここで切りましょうか!エルの……
凱旋門賞の最後の直線は533m……今のエルなら、問題なく持つでしょう!集中力を極限まで高めます……ッ!
(プレッシャーを強めてきましたか!エルの集中力を乱そうとしているみたいデスが……生憎と、それ以上のプレッシャーを当てられたことがあるんですよ、こっちは!)
ファントム先輩の
さぁさぁ!見えてきましたよ!エルだけの世界……エルだけの景色、エルだけの
「世界を獲ってみせる!これがワタシの……ビクトリーロードデス!」
「Je vois, c'est certainement rapide(なるほど、確かに速い)」
ッ!?後ろからのプレッシャーが、増した!?
(プレッシャーが跳ねあがった!?まさか……まだ上がるっていうんデスか!?)
「Mais malheureusement je suis plus rapide que ça(だが生憎と、私はそれ以上に速い)」
残り400m……!これはちょっとまずいデスね!フォルスストレートで取っていた2着との差、3バ身の距離が徐々に、徐々に縮まってきています!
(エルだって速いデスが……!あっちはそれ以上ってことデスか!)
デスが……エルにだって余力はあります!そして、余力を残していたのは……、モンジューの強さを想定してからこそ、デス!
ワタシは、力強く踏み込みます。全てのリソースを……ワタシの脚に!さぁ、今こそ……ッ!
「限界を超える時……デェェェェス!」
「quoi!? Où était ce pouvoir caché !?(なんだと!?どこにそんな力を隠していた!?)」
徐々に縮まってきてはいますが……ッ!それでも、このままいけばさらに縮めることは不可能でしょう!差が無くなる前に、エルがゴールできます!
《残り200を切った!先頭は依然としてエルコンドルパサーだ!日本の怪鳥が逃げている!モンジューが必死に追いかけている!その差を少しずつ、少しずつ縮めていく!しかし、あと少し、あと少しが足りないモンジュー!残り200を切ってエルコンドルパサーとモンジューの差は2バ身程!この差を縮めることができるかモンジュー!それともこの差を維持して逃げ切るかエルコンドルパサー!》
さぁさぁ!世界一までもう少しです!ワタシは、さらにギアを入れます!
「もっと……ッ!もっと、この先へ!」
「pouvez-vous perdre!(負けられるかぁぁぁぁ!)」
ッ!流石に楽には勝たせてくれませんか!というか、エルだって限界を超えているのに何で追いつけそうなんですか!?おかしいでしょ!?
ですが、差は少しずつしか縮まっていないことから、スピードに関してはほぼ互角!あちらがわずかに速い……といったところでしょうか!これが後200あったらヤバかったデスけど……ッ!
(残りは100m!これならば……いけます!)
そう思い、エルはさらに力を込めようとして……
ピキッ
ふと、脚からそんな音が聞こえてきた気がしました。
(……ッ!?不味いデス!)
脚への違和感。それと同時に感じました。このままいったら、エルがどうなるかの未来が。エルには不思議と確信できました。
(このままいけば……ッ!間違いなく折れます!)
何故?何故?コンディションは問題なかった。脚だって万全の状態だった。何が悪かった!?いや、考えるのは後デス。今は……目の前の勝利に向かって……ッ!
でも、このままいっても勝てる確率は良くて50%!おそらく50m付近でモンジューに追いつかれる!そのままデッドヒートして、ハナ差での写真判定になるでしょう!運否天賦の結末に身をゆだねることになる!
(それでも構いません!このままいけば……エルは勝てるかもしれないんデスから!だから、脚が折れても世界一に!)
そう考えた刹那、マンボが……
ここが、エルのゴール?エルは、それで満足?
そう、言っているようで……。
(……あぁ、そうですねマンボ。ワタシ達のゴールは)
そう考えて、ワタシは
「ッ!?」
モンジューが、ワタシのことを驚いたような表情で見てきましたが……そのまま抜き去っていきました。
《な、なんということだ!?残り100を過ぎたところでエルコンドルパサーをモンジューが捉えた!そのままモンジューがエルコンドルパサーを抜き去って今……ゴォォォォルイィィィィィン!凱旋門賞を制したのはモンジューだ!エルコンドルパサーは1/2バ身差の2着!やはり凱旋門賞の壁は高かった!しかし、しかし日本のウマ娘としては最高着順です!お疲れ様エルコンドルパサー!》
相変わらず何を言っているか分からない現地の実況を聞きながら
(負け……ましたか……ッ!)
ワタシは、凱旋門賞に勝てなかったという事実を……自分の中に深く刻み込みました。
控室に戻って、ライブを欠席する旨を伝えたのでワタシは遠征先のホテルに戻るために準備をしていました。そんな時デス。
「なんか外が騒がしいデスね?」
そう思っていると。
「Excuse-moi(失礼する)」
扉の先からモンジューが現れました。ビックリしすぎて思わず手を止めてしまいます。
「え、え?モンジュー!?」
「……」
モンジューは黙ってワタシを見ていますけど……なんというか、凄く怒っているような気配を感じますね。それだけは分かります。そして、その理由も。
あ、後から通訳っぽい人が現れました。モンジューは通訳の人に耳打ちしているみたいです。
「ラスト100m。何故手を緩めた?……とのことです」
「脚が折れそうだったからデスよ。あのまま言ったら、エルの脚は間違いなく折れていました。それこそ、再起不能なレベルで」
そこからは、ワタシとモンジューは通訳の人を介して会話をします。
「『あの距離と展開なら、君なら勝てていたかもしれないだろう』」
「どうデスかね。多分、50m付近で追いつかれていたと思います」
「『何故、勝負を投げ出すような真似をした?』」
「投げ出したわけじゃありません。そこは誤解しないでください」
「『そうとしか思えない。君は目の前の勝利から逃げ出して……なんとも思わないのか!悔しくないのか!?』」
悔しくないのか……デスって!?
「悔しいに決まってるでしょう!」
「ッ!?」
「負けて悔しいデスし、最後まで全力を出し切れなくて悔しい気持ちでいっぱいデス!凱旋門賞に届いたかもしれないのに……ッ!世界一の称号に手が届いたかもしれないのに!」
「『エルコンドルパサー……』」
「デスが、ワタシのゴールはここじゃありません!ワタシにとって……世界一は通過点でしかありません!」
「『……どういう意味だい?』」
「……ワタシには、どうしても勝ちたい相手がいます。沢山、沢山いるんデス。だから、エルはここで終わるわけにはいかないんデス」
それに何より……!
「凱旋門賞には次も、そのまた次だってチャレンジできます!だから、この日全力を出しても写真判定でしか勝てなかった自分の弱さをしっかりと刻んで……!次に活かすんデス!次こそは絶対に、誰もが認める世界最強のワタシを証明するために!」
言いながら、ワタシはモンジューを真っ直ぐに、強い意志を持って見据えます!次は必ず勝つ、絶対に負けないという意志を持って!
「『……成程』」
そう言うと、モンジューはエルに頭を深く下げました。
「『君が勝負を投げ出すようなウマ娘だと思っていた非礼、ここにお詫びする。すまなかった、エルコンドルパサー。君は……気高いウマ娘だ』」
「……良いですよ。勝負を投げ出すような真似をしたのは事実デスし」
「『……この凱旋門賞には勝者が2人いるね。私と、君だ』」
「いいえ。エルはこのレースにおいて敗者デス。それは、結果が証明しています」
「『ふっ、そういうことにしておこう。それにしても……君が勝ちたいというウマ娘、か。少し興味が湧いたね。なんて名前なんだい?』」
「……ファントム。ワタシが思う、世界最強のウマ娘デス」
「『ファントム……か。覚えておこう』」
それを最後にモンジューは控室から去りました。……勝負を投げ出した、デスか。そう捉えられてもおかしくないでしょう。最低なウマ娘かもしれません。デスが……!
「ワタシはこんなところで終わる気はない……!凱旋門賞は通過点、最終目標は……世界中の誰もが認める世界最強のウマ娘だということ!そのためには、脚を犠牲にしなければ得られなかった勝利ではなく、完全な状態で勝つ必要があります!そのためにも、帰ったら特訓デース!」
この敗北を正しく刻みます!全力を出しても写真判定にしか持ち込めなかった、その事実を刻んで……来年こそ凱旋門賞勝利デース!
エルは敗北。ただ、しっかりと前を向いています。しっかりと自分の現在地点を見つめて、次の勝負へ。