たづなさんにドナドナされて校門前まで連れてこられました私です。何やらモンジュー氏が私に会いたいとのことですが。
「……理由が分からない」
会いたい理由が皆目見当もつきません。どういうことだってばよ。
”会ってみりゃ分かんだろ”
「……それもそうか」
さてさて、モンジューはっと。あ、普通に待ってましたね。こちらに向かって手を振っています。私も手を振って答えますか。
「Ravi de vous rencontrer, je suis Monjou(初めまして、私はモンジューだ)」
「……」
なんて言ってるんですかね?モンジューは聞き取れたので自己紹介だと思いますけど。生憎フランス語はさっぱりなんだ。
”……初めまして、私はモンジュー、だとよ”
「……フランス語分かるの?」
初耳ですよそんなの。いつの間に勉強したんですか?
”どうでもいいだろそんなこと。それより代われ。俺様が応対してやる”
「……確かにそうだけど。まぁよろしく」
目の前のモンジューさん、私が虚空に向かって話しかけてるからちんぷんかんぷんみたいな反応してますからね。明らかに困惑しているのが分かります。
「J'ai eu des nouvelles d'El Condor Pasa, à qui parle-t-elle ?(エルコンドルパサーから聞いてはいたけど、誰と話しているんだろうか?)」
さっさと代わりますか。それじゃ、後はよろしくお願いしますよっと……
「『……さて、私はファントム……とは言っても、その様子だと名前は知ってそうだね?』」
俺様がフランス語でそう告げると、目の前の塵は明らかに表情を変えやがった。ま、そりゃそうか。さっきまでフランス語分からなそうにしてた奴が急にフランス語で話し始めたんだからな。そりゃ驚くだろうよ。
「『へぇ、フランス語を話せるんだね?さっきは困惑してたみたいだけど』」
「『……ま、色々あってね。それで、私に何の用?』」
「『おっと、そうだった。実はあなたに興味があってね。エルコンドルパサーを知っているだろう?』」
「『……マス、彼女が何か?知ってるけど』」
「『彼女からあなたの話を聞いていてね。曰く、世界で一番強いウマ娘だと。エルコンドルパサーはそう言っていた』」
ほう?分かってんじゃねぇか。
「『世界で一番強いウマ娘……そう言われたら、気になるだろう?果たして、ファントムというウマ娘がどのような人物なのか』」
「『……それで?実際に会ってみた感想は?』」
塵は俺様を値踏みするように観察している。そして、身震い1つしたかと思うと俺様の問いに答えた。
「『……成程、確かにこれは世界一と言われても遜色ないだろう。強さの底が見えない……とでも言うべきかな?ただ、圧倒的に強いということだけは分かる』」
”……ねぇねぇ、なんて言ってるの?”
クハハ!分かってんじゃねぇか!聡い奴には好感が持てるぜ?
「『……そう。私は強いよ』」
「『分かっているさ。だが、それでも私の方が強い……と言っておこう』」
……ほう?不敵な笑みを浮かべて何をいうかと思えば、随分な世迷言を吐くじゃねぇか。余計に好感が持てるぜフランス娘。
”……ねぇねぇ、何言ってるのか私にも教えて”
「『私の方が強い、だとよ。面白れぇだろ?』」
”……ふぅん。それで?どうするの?”
決まってんだろ。身の程を分からせる。それだけだ。それに……こういう塵をひれ伏させる時が一番楽しいんだからなぁ……ッ!
”……だからといって、ジャパンカップには出走しないよ。これはもう決定事項だから”
「『わーってるよ。今更それに異論は挟まねぇ』」
「『……エルコンドルパサーから聞いていたとはいえ、確かに奇妙な光景だね。あなたは誰と話しているんだい?』」
おっと、コイツとの会話を忘れていたな。
「『……気にしないで。癖のようなもの』」
「『そういうことにしておこうか。そして、これからが本題なのだが……』」
フランス娘は俺様に今回の来訪の目的を告げた。
「『私はあなたに模擬レースを提案しに来た。私との模擬レース……受けてはくれないかな?』」
ご丁寧に俺様に近づいて……かしずくようなポーズを取りながら、だ。周りの塵共がキャーキャー喚いてやがんな。どうでもいいが……、そっちから挑むのであれば好都合だ……ッ!
「『……別にいいよ。でも、さすがにこの時間この場所じゃ不味い』」
「『確かにそうだね。少しギャラリーが多すぎる。私としては問題ないが……』」
「『……自分が負けて這いつくばる姿を、他の子に見られたくないでしょ?』」
俺様の挑発に、アイツは眉をひそめたものの乗ってはこなかった。まぁいいが。やることは変わらん。
「『……明日の日付が変わる前、23時にこちらが指定した場所の住所を送る。そこで闘おう』」
「『……大丈夫なのかい?色々と』」
「『問題ないよ。色々と伝手があるからね』」
とりあえずあの塵に連絡して許可を取ってもらうとするか。毎回のことだ、断るはずがねぇ。
「『……用件はそれだけ?』」
「『あぁ。それではまた後日会おうファントム。あなたの不敗神話が終わる様をギャラリーが見られないのが少し残念だ』」
さっきの挑発の意趣返しか。ますます面白れぇ……ッ!
そのままフランス娘は校門前に止めてあるリムジンに乗って帰っていった。……さて、そろそろ代わるか……
「……結局何の話してたの?」
フランス語なんで何も分からなかったですよ。
”気にすんな。ちょっとした約束だ”
「……ふーん。まぁいいや、とりあえず今日の練習に戻ろうか」
”あぁ”
そうして私達は練習に戻りました。みんなから質問攻めにあいましたけど、適当にはぐらかしておきましたよ。だって私も知りませんもん。もう一人の私は教えてくれませんし。
私が彼女の話を聞いたのは、フランスでエルコンドルパサーと話をした時のことだ。彼女は凱旋門賞で負傷したというものの、幸いにも大きな怪我ではなく軽い怪我であったので動く分には問題なかった。だから私は、彼女にフランスの観光地を案内がてらこの国の話を聞かせてもらっていた。通訳をしてくれる私のトレーナーを交えながらね。
『成程、スペシャルウィークにグラスワンダー……そして、あなたが思う世界最強のウマ娘ファントムか。話を聞いていると、今すぐにでも戦いたくなってくるよ』
『はい!スペちゃんやグラスはジャパンカップに出走するはずなので、日本に来たら戦えると思いますよ!ファントム先輩は……ちょっと分からないデスね。あの人が出てくるレースは本当に読めないので』
私がジャパンカップ出走を決めた理由はここにある。エルコンドルパサーの同期であり、彼女と近しい実力を持つ2人のウマ娘……スペシャルウィークとグラスワンダー。この2人が出走するであろうジャパンカップへと、私は出走することを決意した。
しかし、ここで問題となったのがファントムというウマ娘といかにして戦うかということだ。エルコンドルパサーの話によると、どうやらファントムは不定期でレースに出ては1着をかっさらっていくらしい。その真意は誰にも分からず、それゆえに誰にも彼女が出走してくるレースが分からないという現状。
エルコンドルパサーは強いウマ娘だ。一緒のレースで走ったからこそ彼女の強さは分かっている。そんな彼女が、世界最強だと謳うウマ娘……是非とも戦ってみたいのだが。
『でも!モンジューなら模擬レースって言えば受けてくれると思いますよ!ファントム先輩もモンジューと走ってみたいでしょうし!それにファントム先輩は優しいので!』
そう思っていたら、意外にも簡単にいきそうだということをエルコンドルパサーに教えられた。肩透かしを食らったような気分だったが戦えるのであればさした問題でもないだろう。後はエルコンドルパサーからファントムというウマ娘がどういう性格をしているのかを聞いていた。どうやら優しいウマ娘らしい。レース中はとてもおっかないそうだが。日本で彼女達に会える日を、彼女達と戦える日を心待ちにしながら。
そして、エルコンドルパサーの言うように意外とすんなり模擬レースを受けてくれた。そして、初めてファントムというウマ娘を見た時に感じたのは……底知れない不気味さだ。お面やフードを被っているということは前情報で知っていたが、それ以上に彼女からは不気味さが漂っていた。
(強さの限界値が見えない……。本当に、私と同じウマ娘か?)
そうは思いながらも、私は彼女の挑発を涼しく受け流して逆に挑発し返してやったが。例え誰が相手であっても私は勝つ。私は、誰よりも強いのだから。
そして迎えた次の日の夜。私は、彼女から指定された住所の場所に着いた。
「『本当にここで合っているのか?モンジュー』」
「『間違いないよ。……もしかして、彼がそうじゃないかな?』」
彼女から送られてきたメッセージには迎えの者がいると言っていた。それを証明するように、私達の少し先の方で、誰かを待っているように黒服の男性が佇んでいた。その恰好はさながらSPのよう。向こうはこちらに気づいて近づいてくる。
「『失礼。あなたがモンジューさん……ですね?』」
「『そうだ。あなたが案内の人かい?』」
私の言葉に彼は頷く。そして、私達を先導するように歩き始めた。その先には、リムジンが止まっている。
「『こちらへどうぞ。会場へとご案内します』」
彼に促されるまま、私とトレーナーは車に乗り込む。そこからしばらく走らせて、ある屋敷へと着いた。もしかして、ここが彼女の家なのだろうか?
「『失礼。ここはどこだ?もしかして、ファントムというウマ娘の家か?』」
トレーナーがそう質問する。しかし、黒服から帰ってきた答えは……。
「『その質問にはお答えできません。少々、複雑な事情がありますので』」
複雑な事情?……それも気にはなるが、おそらくは答えてくれないだろう。だが、いい。
(エルコンドルパサーが最強と謳うウマ娘……その実力を拝ませてもらおう)
思わず気が昂ってしまう。今から彼女と戦えるのが楽しみで仕方がない。
しばらく車を走らせて、レース場へと着いた。私達は車を降りてレース場へと入る。普通のレース場と何ら変わりはなかった。
ライトは点いている。そして、そのレース場に……
「『……待ってたよ』」
彼女の言葉に私はお辞儀をしながら答える。
「『待たせてしまったね。ただ、1つ聞いてもいいかな?』」
「『……何?』」
正直、初めて会った時から感じていた。彼女の実力、そして風貌から察するに……。
「『ジャパンカップには、海外のウマ娘相手に手当たり次第に勝負を仕掛ける亡霊が現れる噂があるらしい。……その正体は、あなただね?』」
ジャパンカップにはある噂がある。海外のウマ娘の間では有名な話だ。とんでもなく強いウマ娘に勝負を仕掛けられて、誰一人として勝てなかったという噂。そのウマ娘について分かっているのは、フードで顔を隠した風貌をしているという点のみ。それでも、私は何となく思ったのだ。
彼女こそが、ジャパンカップに現れる亡霊の正体なんじゃないかと。
私の言葉に、彼女は少しの沈黙の後答える。
「『……そうだよ。例外なく負けていったけどね。でも、中々喰いがいはあった』」
「『……そうか。すまないね、ただでさえ待たせてしまっているのに質問をして。早速ウォーミングアップをするとしよう』」
彼女は頷いて私と同じようにウォーミングアップを始めた。その姿を見ながら、私は考える。
(彼女の言葉を信じるのであれば、彼女こそがジャパンカップに現れる亡霊の正体。ならば、好都合だ)
ここで勝って、私は亡霊に勝ったのだと喧伝する……気はないが、これから先ジャパンカップに出走を考えているウマ娘への被害は抑えられるかもしれないだろう。
私は自分の実力に自信を持っている。私は誰よりも強いウマ娘だと、そう思っている。
「『形式は?』」
「『……左回り2400m。ジャパンカップ想定で走ってあげる』」
「『お心遣い感謝する。お礼に敗北を与えよう』」
「……」
だからこのレースも問題なく勝てる。そう、思っていた。
「『……スタート!』」
「ハァ……ッ!ハァ……ッ!」
なんだ、この強さは……ッ!息も絶え絶えになりながら私は対戦相手である彼女を見つめる。
「ククク……ハーッハッハッハッハ!」
彼女は、愉快そうに笑っていた。まるで勝者の特権とばかりに、こちらを嘲るように嗤っている。そんな彼女を、私は跪いてみることしかできなかった。
身体の震えが止まらない。まるで、今まで自分が積み重ねてきた努力が全くの無駄だったと突きつけられているようだった。それほどまでに、彼女は強かったのだ。
「『バ、バカな……ッ!』」
トレーナーが驚いたような声を上げている。私も、信じられない気持ちでいっぱいだ。
自分の強さに自信はあった。驕りはなかった。彼女を注意深く観察して、最善手を尽くしてきたつもりだ……ッ。なのにッ!
(手も足も出なかった……ッ!何より、なんだ……彼女の走りは!?あまりにも、あまりにもおぞましすぎる!)
彼女の走りから感じたのは、徹底して私を否定しようというモノ。私の走りを否定し、恐怖を与えてきた。そんな彼女の走りに、私は平伏するしかなかった。
「中々喰いがいがあったぜぇ?やっぱテメェも至っていやがったか」
彼女に恐怖を覚える。圧倒的な捕食者を前にした小動物は、このような気持ちになるのだろうか?とにかく、私は恐怖の入り混じった瞳で目の前の怪物を見ていることだろう。しかも、レース前とはまるで別人のようだ。もしかして、こちらが彼女の本性なのか?
……だが、何よりも信じられないのは……ッ
「『私の走りが……塗りつぶされただと……?』」
私の走りが、彼女の走りに塗りつぶされたということだ。
呆然と呟いた私を見て彼女は見下すように嗤う。そしてひとしきり嗤った後、黒服を近くへと呼び出していた。
「おい、後は頼むぞ」
「……かしこまりました」
そう言って彼女は、ファントムは去っていく。その姿を、私達は黙ってみていることしかできなかった。
エルコンドルパサー。確かにファントムというウマ娘は世界一強いかもしれない。だが……ッ。
(彼女が優しいだと……?絶対にそんなことはない!あのような、我々を否定するために走っているような走りをする彼女が、優しいウマ娘だとは思えない!)
そう、感じずにはいられなかった。
この日、私はファントムというウマ娘に恐怖を刻みつけられることとなったのだ。
ブルーロック最新刊が待ち遠しい。