そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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スズカさんの今後のこと。


逃亡者と誓い

 私の復帰レース、オープン特別の日は着実に近づいている。トレーナーさんの指導にも熱が入っています。それはきっと、私に期待してくれているから。夢を見てくれているから。

 

 

「よーしっスズカ!もう一本だ!」

 

 

「はいっ!」

 

 

 私も、トレーナーさんの期待に応えられるように頑張ります。今度のオープン特別……天皇賞以来の実戦だとしても関係ない。

 

 

「っふ!」

 

 

(私は私の走りを貫く、ただそれだけ!)

 

 

 私は決められた距離を軽快に走り抜けます。トレーナーさんはストップウォッチ片手に驚いたような表情を浮かべていました。あの反応から察するに……中々いいタイムだったのかもしれません。

 

 

「……よしっ!良いペースだ!」

 

 

「ハァ……ハァ……。トレーナーさん、もう一本お願いできますか?」

 

 

「分かった。だが……ギャラリーはどうする?気になるなら帰ってもらうか?」

 

 

 ギャラリー?そう思って私は観客席の方へと視線を向けると……

 

 

「頑張ってくださーい!スズカせんぱーい!」

 

 

「応援してまーす!」

 

 

 私を応援してくれている子達がいました。は、走るのに夢中で全く気付かなかったわ……。なので、そのままでいいかもしれません。

 

 

「大丈夫です。それに、本番はもっと大勢の観客がいますから」

 

 

「そうか。なら少し休憩した後もう一本行くぞ!」

 

 

「はいっ!」

 

 

 調整は順調といってもいいでしょう。そう、私の方は。考えるのはスペちゃんのこと。

 最近はお互いの自主練もあってかどちらかが寝ていることが多いのですがたまに2人とも起きていることがあります。その時は、お互いのトレーニングの進捗を聞くことにしているのだけれど。

 

 

「スズカさん!トレーニングの調子はどうですか?」

 

 

「問題ないわ。とても順調にいってる。スペちゃんは?」

 

 

「う~ん……ファントムさんに言われた私の走る理由、それをまだ見つけられてないんです。トレーニングは順調なんですけど……」

 

 

 どうやらスペちゃんはあまり芳しくない……というよりは、まだ模索しているみたいです。自分が走る理由を。

 

 

「そう……。あんまり深く考えこまないようにね?それで調子を落としたら大問題だわ」

 

 

「大丈夫です!もう宝塚記念のような走りはしませんので!それに、最近は自主トレ中に応援してくれるファンの人達がたくさんいるんですよ!応援を貰えると不思議と力が湧いてくるんです!その人達の期待に応えるためにも、けっぱるべー!私!」

 

 

「その意気よスペちゃん。スペちゃんも頑張ってね」

 

 

「はい!スズカさんも頑張ってください!」

 

 

 お互いに笑い合います。

 スペちゃんはまだ模索している。でも、不思議と私はあまり心配していません。それはきっと、スペちゃんなら大丈夫って信じてるからだと思います。

 クラスのみんなや、フクキタル達からも沢山の応援をいただきました。

 

 

「スズカさん!オープン特別頑張ってくださいね!では早速シラオキ様のお告げを……」

 

 

「止めておけフクキタル。スズカに余計な負担をかけさせるんじゃない。頑張れよスズカ。私も応援に行くからな」

 

 

「ふふふ、負担ですと!?失礼なエアグルーヴさん!シラオキ様のありがた~いお告げを……」

 

 

「ヘーイ、スズカ!次のレース、応援してマスヨー!」

 

 

「ふふっ、ありがとうみんな。頑張ってくるわ」

 

 

 そして、来る日も来る日も練習を重ねて……。ついにオープン特別の前日となりました。

 

 

「さて、泣いても笑ってもレースは明日だ。スズカ。スペも、ジャパンカップはその次の日……明後日だ」

 

 

「「はいっ」」

 

 

「スズカのレースには調子を上げているヤツがいる。一筋縄じゃいかねぇぞ。スペも、モンジューは調子を落としているらしいがそれでも強敵であることには変わりねぇ。それに宝塚で苦渋を舐めさせられたグラスワンダーも出走してくる」

 

 

「グラスちゃんも……ッ!」

 

 

 でも、簡単に勝てるとは思ってない。心構えはできている。勝つのは私、その思いを胸に。

 トレーナーさんがフッと笑います。

 

 

「だが、お前らが気持ちで負けてねぇってことは十分に分かってる!だからごちゃごちゃ言うつもりはねぇ!俺に夢を見せてくれ!スズカ、スペ!」

 

 

「はい。勝ってきます、トレーナーさん」

 

 

「私もです!トレーナーさんが私達に語ってくれた夢……それを叶えるためにも、私は勝ちます!」

 

 

「その意気だ!よっし、今日の練習はこれで終わりだ!明日に備えてしっかり身体を休めろよ!」

 

 

「「はいっ!」」

 

 

「ダウンしているお前らもだ!しっかりクールダウンしとけよ!」

 

 

「「「は、は~い……っ」」」

 

 

 ちなみにファントムとゴールドシップは何故か将棋をやっていました。あの2人、本当に何をするかの予測がつかないわね……。

 練習を終えて、寮の部屋で休んでいても落ち着かないので私は外に出ます。ま、まぁ門限までに戻れば大丈夫……よね?

 

 

「……ふぅ。夜風が気持ちいいわ……あら?」

 

 

 夜風に当たっていると、見知った姿の子を見かけました。あの姿、見間違いようがありません。フードを被ったあの子は……。

 

 

「ファントム?」

 

 

「……スズカ?」

 

 

 ファントムがいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファントムと偶然会って、ベンチに座って話すことになりました。

 

 

「……スズカ」

 

 

「何かしら?」

 

 

「……オープン特別頑張ってね。応援してる」

 

 

「ありがとう。私、きっと勝ってみせるわ」

 

 

「……うん、期待してる。……大丈夫だよ、スズカは勝つ。……根拠?別にない」

 

 

(また亡霊と話しているのかしら?)

 

 

 もう見慣れた景色。だからあまり気にしない。ただ……亡霊に対する警戒は緩めない。思い出すのはあの夏合宿の日。

 

 

『塵共が夢見ちゃう前に、俺様が懇切丁寧に潰してやってんだよ。甘い夢に浸る前に、絶望的な現実を見せてやってんのさ。俺様って優しいだろ?』

 

 

『アイツほど都合のいい駒は他にいねぇからな。それに目的だってある。それが達成できるまでは……アイツを精々利用させてもらうさ』

 

 

 ……あの亡霊は何か良からぬことを企んでいる。何か恐ろしいことを企んでいるに違いありません。その企みに、ファントムは利用されている。だから、亡霊から彼女を解放してあげたい。

 けど、そのためには何もかもが足りない。情報も、実力も、何もかもが。だから……

 

 

「ファントム。私の話、聞いてくれるかしら?」

 

 

「……何?急に改まって」

 

 

 私は気持ちを落ち着けて話し始めます。今考えている今後のことを。

 

 

「私、この特別オープンで勝ったら海外のレースに挑戦しようと思うの」

 

 

「……怪我で行けなかったもんね。向こうに行っても応援してるよ」

 

 

「ありがとう。でも、それだけじゃないわ」

 

 

 私の言葉にファントムは頭に疑問符を浮かべています。

 そう、私が海外のレースに挑戦する目的はそれだけじゃない。もう一つ、ある目的のために向かう。

 

 

「海外のレースで自分の実力を磨いて……またあなたに挑むわ。あの日届かなかったあなたに……今度こそ届いてみせる。だから、待っててちょうだいファントム」

 

 

「……ッ」

 

 

 ファントムは、多分驚いているのかしら?ファントムは私の方をジッと見て答えます。

 

 

「……分かった。その時が来たら、また闘おうスズカ」

 

 

「えぇ。今度こそ私が逃げ切ってみせるわ。あなたが私の背中を追う番よ」

 

 

「……そう」

 

 

 あ、今度は闘志をたぎらせているのかしら?でも、私だって負けないわよ。

 それから少し話して、私は自室へと戻ります。スペちゃんはもう寝てました。私も早く寝なきゃ。明日はレースだから。

 

 

「ムニャムニャ……。えへへ~応援ありがとうございま~す。わたし~けっぱりますよ~……」

 

 

「おやすみなさい、スペちゃん」

 

 

 私は目を閉じて眠りにつきます。そして……オープン特別の日を迎えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 パドックでのパフォーマンスを終えた私はトレーナーさんと一緒にレース場へと足を運んでいます。無言の空間。それを破るように、トレーナーさんが私に言葉を発しました。

 

 

「スズカ。俺はお前に嘘をついていた」

 

 

「嘘……ですか?」

 

 

 一体、どんな嘘でしょうか?気になります。

 

 

「俺はあの時、お前の骨折は治るって言ってたよな?けど、医者からは復帰は絶望的だって言われてたんだ」

 

 

「……え?」

 

 

 でも、私はこうして走れるように……。

 

 

「情けねぇことにファントムに弱音を吐いちまったこともあった。スズカの復帰は無理だと思うか?ってな」

 

 

 トレーナーさんはそのまま懺悔するように続けます。自分が思っていたことを、私に。

 

 

「けどよ、アイツは言ったんだ。自分はスズカは復帰すると思っている。根拠はない、自分が復帰して欲しいと思っているだけ。でもそれだけで十分だって」

 

 

「ファントムが、そんなことを……」

 

 

「あぁ。アイツはお前が復帰するって信じていた。ファントムだけじゃねぇ。スペも、みんなも、そして俺自身もお前の復帰を信じていた。だからこそ、お前が今こうして戻ってきてるだけでも俺は凄く嬉しい。けど……」

 

 

「まだ、満足したらダメですよ?トレーナーさん」

 

 

 私は、トレーナさんの言葉を遮る。そして、笑みを浮かべながら私はトレーナーさんを見据えました。

 

 

「復帰はまだ通過点です。まだ満足してもらったら困ります。このレースで勝った時、その時満足してください」

 

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

 トレーナーさんは感慨深そうにしています。あ、少し涙が見えますね。

 

 

「勝ってこい、スズカ!」

 

 

「はい。私が1着でゴールするところ……ちゃんと見ててくださいね?」

 

 

 それだけ言って、私はトレーナーさんと別れを告げます。ターフまでの長い道を歩き続ける。やがて、地下バ道の出口が見えてきました。そこから見えたのは……

 

 

 

 

《そしてッ!今、サイレンススズカがターフに姿を現しました!沈黙を越えて今、サイレンススズカが再びこの場所にやってきました!おか……いえ、この言葉はまだとっておきましょう!》

 

 

 

 

 会場を埋め尽くさんばかりの大観衆。そして、割れんばかりの大歓声でした。久しぶりね、この感じ。とても懐かしい。目を閉じて、この感覚に浸ります。

 

 

「サイレンススズカ先輩」

 

 

 声を掛けられた方へと視線を向ける。誰かしら?そう思ったけれど、この子は確か……。

 

 

「オープン特別だからって舐めないでくださいね。1年のブランクがあるのに、レースで勝てるわけないんだから!」

 

 

 トレーナーさんが言っていた、最近調子を上げている子。名前は確か……サンバイザーさん。

 

 

「大丈夫よ。そう易々と勝てるとは思ってないわ。私は私の走りを貫くだけ。……今日はよろしくね」

 

 

「……ふん」

 

 

 彼女はそのままゲートの方へと歩いていきました。私も軽めにウォーミングアップを済ませて、ゲートへと入ります。

 

 

(このゲートも懐かしい……。本当に、私はここに帰ってきたんだわ)

 

 

 でも、感傷に浸っている場合じゃないわね。私は精神を研ぎ澄ませる。ゲートが開くその瞬間を逃さないように、全神経を集中させます……。

 

 

 

 

《オープン特別にも関わらずこれだけの大観衆が集まりました!注目はやはり1枠1番のサイレンススズカでしょう!秋の天皇賞での大怪我を乗り越えて、今再び我々の前にその姿を見せました!》

 

 

《しかしサイレンススズカには1年以上のブランクがあります。やはり影響は大きいでしょう。せめて、せめて無事に走り切って欲しいと願うばかりです》

 

 

《もう1人注目すべきは最近調子を上げてきているサンバイザー!その勢いのまま異次元の逃亡者にも勝利することができるのか!注目のオープン特別が今……》

 

 

 ゲートが開く。私は、その瞬間駆け出した。

 

 

 

 

《スタートです!》

 

 

 

 

 私の復帰戦が、始まる。




次回 スズカの復帰戦。
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