私の復帰戦でもある特別オープン。トレーナーさんは私に勝ってこいと言いました。私はその期待に応えたいし、何よりこれからのことを考えたら取るべき作戦は決まっています。
復帰戦、私が取る作戦は……
《さぁまず最初に飛び出したのはサイレンススズカ……サイレンススズカ!?》
《こ、これは驚きですね。1年以上のブランクがあるにもかかわらず見事なスタートダッシュを決めました!》
《は、はい!サイレンススズカが見事なスタートダッシュを決めました!サイレンススズカが逃げの姿勢を取っている!後続は無理にはついていかない様子です!》
《確かにサイレンススズカの大逃げは驚異ですが、途中でバテると考えているのかもしれません。ここからどういう展開を見せるのか目が離せませんね》
大逃げ、その一択です。相手が誰であっても関係ない。
(私は私の走りを貫く……、ただそれだけ!)
私は先頭で快調に飛ばしていきます。怪我をする前の、いつもの私のように!
「す、スズカ先輩本当にブランクあるの!?」
「……いえ、きっと落ちてくる。落ちてくる……よ、ね?」
「ど、どうしよう!?無理についていったらこっちが落ちちゃうし……」
後ろから聞こえてくる他の子達は戸惑いの声を上げています。確かに、困惑するのも当たり前かもしれません。ただ、困惑はしているものの私が落ちてくると思って抑えているようです。
(それなら好都合……このまま一気に!)
「突き放します……ッ!」
私はさらに差を広げていく。詳しい距離は分からないが……多分、5バ身以上は離れたかしら?まぁ、あまり関係ないわね。
《さぁサイレンススズカが飛ばしていく!後続との差がグングン開いていく!その差はすでに6バ身、7バ身!いや、それ以上開くか!?》
《さ、サイレンススズカは本当に今日が復帰戦なのでしょうか?掛かっているのか、それとも作戦通りなのかが非常に気になるところです》
《これはもう疑いようもないでしょう!サイレンススズカの大逃げだ!すでに後続との差は7バ身以上開いている!サイレンススズカ!なんと1年ぶりの復帰戦で大逃げだぁぁぁぁぁ!》
スピカのみんな、トレーナーさん、私を応援してくれているファンのみなさん。そして……ファントム。見ていてください。私は……
「逃げ切ります……!」
私のスタイルで勝ってみせる!
おぉう、これまた凄いですね。よもやよもやですよ。現にファンの人達も驚いております。スズカの復帰戦、スズカが選択したのは……
「す、スズカ先輩の大逃げ!?」
「す、スッゲェスタートダッシュ!で、でも大丈夫なんですか!?」
「1年以上ブランクがあるんだよ!流石にキツくない!?」
「どうして止めなかったんですの、トレーナーさん!」
みんなの言葉にトレーナーは苦い表情を浮かべています。これはもしかして……知りませんでしたね?
「……いや、俺だって今知ったんだ。アイツが大逃げで走るなんて!」
……?うん?苦い表情だけじゃないですね。これはもしかして……ゾクゾクしてます?なんというか、少し楽しそうですトレーナー。
「本当だったらレース後に叱るべきなのかもしれねぇ……。けど、ワクワクしてる俺もいる!アイツが本当に逃げ切れるのか、アイツの大逃げをまた見れることにワクワクしてんだ!」
うーんアツアツですね。そして、トレーナーの言葉にみなさん同じことを思ってたみたいで。口々に同意の言葉を上げています。
「頑張ってくださーい、スズカせんぱーい!」
「そのまま逃げ切っちゃえー!スズカー!」
「オラァ!ぶちかませスズカー!」
会場のボルテージも上がっていますね。そりゃあそうでしょう。久しぶりの復帰戦で、スズカの代名詞ともいえる大逃げ。テンション上がらないわけがありません。
「無事に走り切ってくれればいいって思ってた……。けど!」
「あぁ!こんなん、夢見ちゃうよ!」
「頑張れー!スズカー!」
オープン特別とは思えませんねぇ。……さて、見させてもらいますよスズカ。
「……あなたが、私の目的に足りえる領域まで復帰したかどうか。お手並み拝見」
”期待するのは勝手だ。だが、切り捨てても文句は言うなよ”
「……分かってるよ」
「ん?なんか言ったファントム?」
「……何も。強いていうならスズカ頑張れーって」
「えー!?じゃあもっと大きな声で応援しなきゃ!ホラホラ、ボクに続いて!スズカ頑張れー!」
「……スズカ頑張れー」
「いつもと変わんないじゃん!」
テイオーとそんな小芝居を挟みながらもレースは順調に進んでいきます。
《さぁサイレンススズカが快調に飛ばしていますオープン特別!2番人気のサンバイザーいい位置につけているぞ!前の方を虎視眈々と狙っております!》
《最近調子を上げている彼女。非常に落ち着いていますね。そろそろ最初の1000mを通過しそうですが……!?これは!?》
《さぁ最初の1000mの通過タイムは……!?ご、57秒4!57秒4です!な、なんとあの日と全く同じタイムを計測しましたサイレンススズカ!ここからどういった結末を迎えるのか全く予想がつきません!願わくば全ウマ娘が無事に完走することを祈るばかりです!》
……頑張ってください、スズカ。応援してますよ。私は、自然と拳を強く握っていました。
……今のところ、すこぶる順調ね。全く問題ないわ。
最初の1000mを通過して、私は少しだけペースを落とします。全ては最後の直線で二の足を使うために。
(やっぱり、気持ちいいわ。先頭の景色は……)
いつ走っても、どんな時に走っても気持ちがいい。この、先頭の景色は。この景色だけは、誰にも譲りたくない……私だけの景色。
ただ、いつまでも感傷に浸っているわけにはいきません。もう少しであの場所に着きます。あの場所……秋の天皇賞で私が競争中止になった、大ケヤキ。
《さぁまもなく先頭のサイレンススズカが大ケヤキに入ります!どうか、どうか無事に走り切って欲しい!》
《秋の天皇賞ではここで競争中止となりました。今、あの時を超えて……ッ!》
けど、それは昔の話。今の私は何の問題もない。
(って、確か秋の天皇賞もそうだったわね)
問題ないと思っていたのに、突然脚が折れてしまいました。思わず思い出し笑いしてしまいます。ただ、今の私にはそれぐらいの余裕がある。つまりは……
(この大ケヤキを越えることに、何の問題もありません!)
私は大ケヤキを越えて脚を溜めます。全ては最後の直線でのラストスパートに備えるため。
《そして……!サイレンススズカが大ケヤキを越えたぁぁぁぁ!沈黙の日曜日、あの秋の天皇賞で止まっていたサイレンススズカの時計が……今再び動き出した!止まっていた時計の針が、あの日と全く同じタイムで!同じ大逃げで!再び動き出しましたサイレンススズカ!》
ただ、少しペースを抑えていたから後続の子達が追いついてきているのを感じます。
「やっぱり落ちてきた!」
「貰ったわ!」
そして、その中にはレース前私に挨拶しに来てくれた子の声もありました。
《しかしやはりキツかったかサイレンススズカ!スタミナ切れか後続の子達が追いついてきているぞ!第4コーナーを抜けて最後の直線に入りました!先頭は依然としてサイレンススズカ!しかし後続との差はグングン縮まってきています!2番人気サンバイザーが上がってきている!サイレンススズカここまでか!?》
「やっぱりブランクはキツかったみたいですね!復帰戦で無茶するからですよ!この勝負……私の勝ちです!」
もうすぐ第4コーナーを抜けて最後の直線に入る。うん、ここね……ッ!
「ッ!」
私は、溜めた脚を解放します。そして……自分の感情のままに、衝動のままに走り抜けます!
「嘘ッ!?」
「な、なんでここで加速するの!?」
「スタミナ切れてたんじゃ……ッ!」
「む、む~り~!」
私の景色、私の
いつ見ても奇麗な朝焼け。澄んだ空気、黄金色に輝く小麦畑、舗装されていない自然のままの道を。私は衝動のままに走り抜ける。
どんどん加速していってるのを感じる。脚がとても軽い。折れそうな気配は微塵も感じさせない。まるで問題ないとばかりに私の身体は動いている!だったらこのまま……
「嘘でしょ……ッ!なんで、なんで落ちてこないのよ!久しぶりの実戦で、大逃げなんて選択して!なんで問題なく走れてるのよ!?」
「……逃げ切りますッ!」
「これが……これがッ、サイレンススズカ……ッ!」
後は、このままゴールするだけ!
《止まらない止まらない!サイレンススズカの加速が止まらない!後続が詰めてきた差がまた開く!無情にも開いていく!》
《これはもう……疑いようがないでしょう!》
《沈黙のあの日を越えて!
そして、私は1着で駆け抜けました。それと同時に、
「ハァ……ッ、ハァ……ッ」
久しぶりの実戦、久しぶりの大逃げ。凄く、凄く疲れました。でも、この疲れが……
「気持ち、いい。やっぱり、走るのって凄く気持ちがいいわ……」
そう感じています。
……ただ、いつまでも浸るわけにはいきません。私は観客席にいるであろうあの子の姿を探します。ファンの人達は涙を流していたり、私に祝福の言葉を贈っていました。その中から私は探します。その子は、すぐに見つかりました。
「……おめでとー、スズカ。パチパチ」
私に拍手をしているお面とフードを被った子、ファントム。彼女の姿を見た時、思わず笑みが零れそうになったけど……
(待っていなさい亡霊。私は今以上に強くなって……ファントムをあなたから解放して見せるわ)
そう心に誓います。
レースも終わってみんなのところへと戻ります。その道中、レース前に挨拶しに来てくれた子、サンバイザーさんが私の前に立ちはだかりました。
「「……」」
お互いに無言。少し居心地悪く感じていると
「……おめでとうは言わないわ。次は私が勝つ。だから……次もまた、一緒に走ってください」
そう言って、サンバイザーさんは去っていきました。もしかして、それを言うために私の前に?少し、微笑ましくなって。
「えぇ。またいつか、一緒に走りましょう。サンバイザーさん」
彼女の後姿を見つめながら、私はそう呟きます。それから程なくして、スピカのみんながやってきました。
「スズカ先輩!俺、感動しました!」
「アンタ最初の大逃げの方ですでに泣いてたんじゃない?」
「バッ!そういうお前だって!」
「まぁまぁ2人とも。泣いてたのはトレーナーでしょ?ニッシッシ~」
「なっ!?べ、別に俺は……泣いてねぇし!」
「トレーナーさん、泣いてたんですか?」
私はトレーナーさんをじっと見つめます。すると、トレーナーさんは降参したように両手を上げながら白状しました。
「あーはいはい!泣いてました!泣いてましたよ!しょーがねぇだろ!?あんなレースを見せられちまったらよ!」
「ま、それもそうですわね。お見事でしたわ、スズカさん」
「えぇ。ありがとうマックイーン。……ファントムは?」
あの子は目立つからすぐに分かるんだけど……姿が見当たらないわね?
「ファントムなら後で合流するよ。いつの間にかはぐれちゃってさ、メッセージアプリで連絡が来てたんだ」
そうなのね。まぁファントムなら大丈夫でしょう。
「トレーナーさん」
「……なんだ?スズカ」
私は、もう一度トレーナーさんを真っ直ぐに見据えます。私の本心を、今の気持ちを。トレーナーさんにぶつけます。
「まだまだ私はこれからです。夢を叶えるためにも……約束を守るためにも……私の目標のためにも。私はずっと走り続けます。だから、これからもよろしくお願いしますね?」
「ッ!……あぁ、任しとけ!」
トレーナーさん、また泣いてる。ちょっと可愛い。
まだまだ、私の道は始まったばかりです。トレーナーさんの夢を叶える、スペちゃんと一緒のレースで走る約束、そして……亡霊に勝つという目標のためにも。まだまだ頑張らなくちゃ。
人の影も見えないとある場所。私は1人呟きます。とは言っても、もう一人の私と会話してるだけなんですけどね。
「……どうだった?私。お眼鏡にはかなった?」
”……まさかあれほどまで戻してくるとはな。まぁいいだろう。お前の言う通り、目的にアイツも加えといてやる”
「……そう。それは良かった」
”それに、俺様にとっても都合がいい。あの時はしっかりと地獄に落とせなかったからな。向こうから挑戦してくるんだったら好都合だ”
「……」
”実力の差が分からねぇんだったら……今度こそキッチリ地獄に叩き落してやるよ、サイレンススズカぁ!”
さて、と。
「……ピースの1つが復活した。これで後は、明日のジャパンカップ次第」
”さぁて、棒立ち娘はどんくらいやれるのやら”
どう転びますやら。なーんかモンジューは調子落としてるみたいですけど……何があったんですかね?ま、気にしたところで分からないから気にする必要ありませんか。余計なことに口を突っ込もうとするな、なんてもう一人の私に言われかねませんし。
楽しみですねジャパンカップ。応援してますよスペちゃん。個人的に。
スズカさん、1年ぶりのレースで大逃げをかます。なおキッチリ勝利。