「スズカさん、もう走ってる頃かな?」
公園で1人練習しながら私はそう呟きます。本当だったら応援に行きたかったんですけど……。
(私もジャパンカップがある。正直、今の私がグラスちゃんやモンジューさんに勝てるかと言われたら……凄く怪しい)
だからこそ、私はスズカさんの応援にはいかずに今日もこうして自主練をしています。とは言っても、あまりハードなトレーニングはできないのが少し残念ですけど。
「あ!すぺしゃるうぃーくだ!」
「へ?」
呼ばれた方へと顔を向けると、小さい子が私に向かって手を振っていました。やっぱり応援されるのっていいですね!ついつい顔がほころんじゃいます。
私もその子に向かって手を振り返します。
「すぺしゃるうぃーく、あしたのレースがんばってねー!」
「えへへ……。はい!スペシャルウィーク、頑張ります!」
その子はそのまま母親に手を引かれるまま公園を後にしました。母親の方も、微笑ましいものを見る目でお子さんを見ていました。
っとと、いけないいけない。集中集中。私が今やっているのはランニングです。あることを考えながらランニングをしています。その考えていることはただ1つ。ファントムさんから言われた私が走る理由。
「正直、考えれば考えるほどドツボに嵌っていってるような……。う~!分かんないよ~!」
私が次のステージに上がるためには必要なことだって言ってましたけどぉ……全然分かりませ~ん!
でも、泣き言ばかり言ってられないです。だって……
「見つけられないと、グラスちゃんやモンジューさんには勝てない。そんな気がする。だから何としても見つけないと……ッ!」
グラスちゃんはすっごく強い。それは宝塚記念で痛感している。自分が走る理由を見つけられない今の私じゃ、きっとグラスちゃんには勝てない。グラスちゃんだけじゃない。エルちゃんに勝ったモンジューさんも凄く強いって聞いてる。何故だか調子を落としてるってトレーナーさんは言ってましたけど……。
どうしてこんなに固執しているのか?それは、前にファントムさんに言われたからです。これは重要なことだって。
『……自分の走る理由が明確になっていれば、どんな時でも強さを発揮することができる』
『へ?どうしてですか?』
『……根っこがしっかりしてるから。例えどんなに苦しくても、自分の走る理由が明確に分かっているのであれば崩されても立ち直りも早いし、自分の強さをしっかりと発揮することができる。あくまで、私はそう思ってるだけ、だけどね』
『ほへー……』
『……これから先、スペちゃんはきっと壁に当たることがあると思う。でも、そんな時には自分が走る理由をしっかり思い出してみるといい。それはきっと、スペちゃんの力になるから』
『は、はい!』
ファントムさんはそう言ってました。後は、自分をより深く知ることができればそれだけ
「最初から
でもでも!結局は走る理由を見つけられないと絶対宝塚記念の二の舞になるし!うわ~ん!分かりませ~ん!
「考えても仕方ないし、ちょっと休憩……?」
考えるのを止めて、ふと辺りを見渡すと私をじっと見つめている車椅子の方がいました。栗毛のウマ娘の方です。私より年上の。そして、私と視線がぶつかりました。
「あら、ごめんなさい。ちょっと不躾だったかしら?」
「い、いえいえ!全然そんなことはないです!」
そう言ってお姉さんは私に向かって申し訳なさそうに頭を下げました。私が慌てて気にしていないことを告げると、お姉さんは微笑みながら私を見てきました。す、凄い美人さん……。
「あ、あの。どうして私を見ていたんでしょうか?後、いつから見てました?」
私がそう尋ねると、お姉さんは困ったような笑みを浮かべています。な、なしてそんな表情を浮かべるんでしょうか?
「あなたがこの公園で練習を始めてから……かな?だって、さっきからうんうん唸りながら走ってたから。私じゃなくても気になって見ると思うわ」
「えぇ!?そ、そんなにですか!?」
「えぇ。傍から見れば……というより、誰が見ても分かるぐらいには私悩んでます、って感じで走ってたもの」
うぅ~!は、恥ずかしいぃ~!
「あなたのお名前、聞かせてもらっていい?」
お姉さんは私にそう聞いてきました。恥ずかしいのは後回しにして、とりあえず自己紹介をしましょう。
「私、スペシャルウィークです。トレセン学園の生徒です!」
「スペシャルウィーク!そう、あなたが……」
?私を知ってるんでしょうか?驚いたような、嬉しいような表情を浮かべています。
「私を知ってるんですか?」
「そりゃあ勿論!あなたは有名人だもの。知らないわけがないわ。明日のジャパンカップ、頑張ってね」
えへへ……。なんだか嬉しいです!
「はい!頑張りますよ!」
「えぇ。私も応援しているわ」
それからは、お姉さんと休憩がてら少し話すことになりました。
「へ~!お姉さんって昔はレースで走ってたんですね」
「そうよ~?これでもブイブイ言わせてたんだから!エクリプスステークスにも勝ったことあるのよ!」
「す、すいません。えくりぷすすてーくす……って、なんですか?」
「あらら。そこからなのね。まぁいいわ。エクリプスステークスっていうのはね……」
お姉さんが走ってた頃の話を聞いたり。
「す、すいません。言いづらいことだと思うんですけどぉ……」
「あぁ、この脚のことかしら?やっぱり気になるわよね?」
「は、はいぃ……。すいません……」
「いいのよ気にしないで。怪我をしたのも競技者を卒業して働き始めてからだもの」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ。確かに走れないっていうのは少し残念だけど……それでも、そこまで深く考えたことはないわ。何より……いえ、これは止めておきましょうか」
お姉さんが車椅子の理由を教えてもらったり。
「へ~、お姉さんって報道関係にも口利きできるんですね……え?なんでですか?」
「フフン。私こう見えてもお金持ちなのよ?色んな太いパイプもあるし。スペちゃんも気に入らないデマに踊らされそうになったら私に相談してね?私が何とかしてあげるわ」
「ぐ、具体的には……?」
「そりゃあ勿論……」
「な、何ですかその黒い笑みは!?お姉さん何をする気なんですか!?」
「やぁねぇ冗談よ冗談。別に何もしないわ。ただちょっとお灸を据えて、それでも聞き入れなかったら……消すだけだから」
「け、消すって何を……?」
「その人の戸籍……」
「アウトォォォォォ!?」
「アハハ!面白いくらい信じてくれるわね!流石にそんなことできないわ!ただ、ニュース記事に関しては口利きできるから、デマだと思ったものはすぐに連絡ちょうだいね?」
お姉さんのお仕事のことをちょっと聞いたり。いろんな話をしました。その中で分かったことは、お姉さんは凄く朗らかな人だということ。そして、冗談が好きだということが分かりました。
色々と話して、お姉さんは急に真面目な表情になって私を見据えてきます。ど、どうしたんでしょうか?
「それで?スペちゃんは何を悩んでいたのかしら?」
「え?」
「ほらほら、お姉さんに話してみなさいな。話くらいは聞けるわよ?それに、こういうのは見知った相手よりも知らない相手の方が話しやすいでしょ?」
……まぁ、確かにそうかもしれません。私は、お姉さんに話すことにしました。私の悩みの種を。
「……実は、私はどうして強くなりたいんだろうって思ってて」
「どうして強くなりたいか?」
「はい。私はどうして走るのか、どうしてレースで勝ちたいのか、どうして強くなりたいのか……それを、考えてて……」
「それはまた、どうしてそんなことを考えるようになったのかしら?」
「ファントムさん……私のチームの先輩の方がそう言ってたんです。私が今以上に強くなるには、次のステージに行くには私がどうして走るのかを見つける必要があるって」
「……ファントム?」
お姉さんは、ファントムさんの名前を呟きながら神妙な顔つきになりました。もしかして知らないのかな?ううん、そんなことないと思いますけど……。ファントムさん有名人だし。色んな意味で。
「あ、ファントムさんっていうのは……」
「知ってるわ。良くね」
「へ?そうなんですか?」
お姉さんは神妙な顔つきから一転、とても楽しそうな表情を浮かべていました。
「もっちろん!あの子が走っている頃からのファンよ!あの子について知らないことはないと言っても過言ではないわね!」
「あ、じゃあファントムさんの素顔とか……」
「……知らないわね」
お姉さんは顔を逸らしながら答えました。し、知らないことはないって言ってたべ!?
「えぇ~!?知らないことはないって言ってたじゃないですか!」
「いくら私でも言えないことってのはあるのよ!諦めてちょうだい!」
う~ん、まぁ気にすることはないと思います。なので、私は話を戻すことにしました。
「それで、ファントムさんが言ってたんです。私が走る理由を見つける、それができれば私は今以上にもっと強くなれるって。自分の信じるものができれば、メンタル的にもいいことだからって。そんなことを言ってました」
「……そうね、ファントムの言っていることは間違ってないわ」
お姉さんは私の言葉に同意するように頷いて続けます。
「自分の走る理由……強さの原点を知ることというのは大事よ。それが分かっていれば、ここ一番という時に強くなれるもの。それこそ、とんでもない強さを発揮することだってある。あなたも経験したことがあるんじゃないかしら?その一端に」
「……もしかして、
「日本ではそう言うんだったわね。そうよ。
お姉さんはそう言いました。やっぱり元競技者ということもあって、知ってるんですね
「それで……スペちゃんは自分の走りの原点を知りたいんだったかしら?」
「へ?は、はい。そうです」
お姉さんの言葉に私は少し呆けながらも答えます。ただ、お姉さんは少し困ったような笑みを浮かべていました。
「そうねぇ……別にこれといった解決法があるわけじゃないわ。私から教えてあげるのは簡単だけど……こういうのは、やっぱり自分で気づかないといけないことだもの」
「う゛、や、やっぱりそうですか……」
「ただそうね……1つアドバイスをするなら」
お姉さんは私を真っ直ぐに見据えてアドバイスをくれました。
「本当に辛い時、本当に苦しい時、強大なライバル達に立ち向かっている時……そんな時は考えていることを一度リセットしてみるの。頭を空っぽにして、その時一番最初に思い浮かんだものが……あなたの走る理由になるんじゃないかしら?」
「頭を空っぽに……」
「まぁ、私から言えるのはこれぐらいね。頑張ってねスペちゃん。会場には行けないけど……あなた達のこと応援しているわ!」
お姉さんは朗らかな笑みを浮かべながら激励の言葉をくれました。
「はい!お姉さんも、相談に乗ってくれてありがとうございました!」
「いいのよ。結局具体的なことは言えなかったし」
「それでも、ありがとうございます!」
「フフッ、元気一杯ね」
そうやってお姉さんと会話をしていると、黒服のいかつい人が来ました。お姉さんの知り合いみたいですけど……こ、怖いべ!?
「失礼。そろそろお時間です」
「あら、もうそんな時間だったかしら。それじゃあ屋敷に戻りましょうか」
お姉さんは私の方に再度向き直ります。
「それじゃあスペちゃん。今日のところはこの辺で。それと……はいこれ。渡しておくわ」
そう言ってお姉さんが渡してきたものは……名刺?
「それ、私の連絡先。困ったことがあったらいつでも言ってちょうだい。可能な限り力になるわ」
「い、良いんですか?」
「構わないわ!いつでも相談に乗ってちょうだい!力になるわ!」
「分かりました!ありがとうございます!」
あ、そうだ!最後にお名前を聞いておかないと!そういえば聞いてなかったです!
「お姉さん!お姉さんの名前を聞いても良いですか?」
「私の名前?名刺に書かれてるけど……もしかして読めなかったかしら?まぁいいわ」
お姉さんは一呼吸おいて、名前を教えてくれました。
「Sun Brigadeよ。親しい人達はサニーって呼ぶわ。またどこかで会いましょう?スペちゃん」
「はい!また会いましょうサニーさん!」
そう言って、黒服の人が車椅子を押して、サニーさんは去っていきました。さて、私も練習だべ!
「目指せジャパンカップ優勝だべー!」
私は気合を入れ直しました!グラスちゃんにもモンジューさんにも、絶対に勝つぞー!おー!
覚えてる人いるんですかね?ちょっとしか登場してないですし。