《さぁついにこの日がやってまいりました!東京レース場は昨日行われたオープン特別同様多くのファンが詰め寄っております。国際招待レースジャパンカップ、その幕がもうすぐ上がろうとしています!》
《今年は例年以上に強豪ぞろいですからね。その中でも最注目なのはやはり凱旋門賞覇者モンジューでしょう》
《調子を落としているとの触れ込みでしたが、やはり修正してきたかパドックでは好調な姿を見せておりました!しかしやや不安が残るか?本レースでは3番人気となっております。2番人気は天皇賞春秋覇者スペシャルウィーク!スペシャルウィークもまた強いウマ娘、日本の強さを海外に見せつけることができるか?今回のジャパンカップでは果たしてどのようなドラマが生まれるのか……非常に楽しみな一戦です!》
……ついに、この日を迎えました。ジャパンカップ。私はターフの上でウォーミングアップをしています。
(やっぱり凄い人数……頑張らなくちゃ!)
それに、昨日お母ちゃんから電話がありました。それは、お母ちゃんがこのレースを観に来るという電話。お母ちゃんが観ているなら、なおさら情けない姿は見せられません!
気合を入れ直して……その前に、トレーナーさん達のとこに行くことにしました。何やら、呼んでいるみたいなので。一体何でしょうか?
「よう」
「トレーナーさん、何かありましたか?もしかして……作戦変更とか?」
「いいや違う。……スペ、俺は昨日スズカに夢を見せてもらった」
そう言ってトレーナーさんが語ったのは昨日のレースのことでした。私は見に行かなかったんですけど、スズカさんは無事大逃げで勝ったみたいです!
でも、それをなんで今?なんて思っていると、トレーナーさんは続けました。
「でも、まだまだ足りねぇ。1つ夢を見たら、また次の夢を見ちまうんだ。スペ……俺はお前に期待している。きっと、スゲェレースを見せてくれるんじゃないかって、そう思っているんだ」
「トレーナーさん……」
「勝手なことかもしれねぇが……俺に夢を見せてくれ、スペ!俺の、俺達の夢も背負って、楽しんで走ってこい!」
「……はいっ!スペシャルウィーク、行ってきます!」
トレーナーさんと言葉を交わしていると、テイオーさん達も私に激励の言葉をくれました!
「スペちゃん頑張ってね!絶対絶対、1着取ってきてよ!」
「はい、テイオーさん!私勝ってきます!」
「スペ先輩!カッケェレース、見せてくださいね!」
「スペ先輩が勝つところ、アタシ一番に見ますね!」
「分かりました、ウオッカさん、スカーレットさん!」
「ご武運を、スペシャルウィークさん。相手は強大ですが、それでもスペシャルウィークさんなら勝てると信じています。お任せしましたわ」
「マックイーンさん……。はい、任せてください!」
「気合で負けんじゃねーぞスペ!気合だー!」
「あ、アハハ。頑張ってきます、ゴールドシップさん!」
「スペちゃん。自分を信じて、自分ができる最高の走りを見せてきて。そして、今度こそ一緒のレースで走りましょう?約束よ」
「スズカさん……ッ!はい、約束です!」
そして最後に……。
「……スペちゃん」
「ファントムさん……」
相変わらず表情は分かりませんけど、ファントムさんは私を真っ直ぐに見据えています。
「……スペちゃんが走る理由、強くなりたい理由、見つかった?」
ファントムさんから与えられた課題。ファントムさんが言ってくれた、私が次のステージに進むための……課題。それはまだ、見つかっていません。
「……正直、まだ分からないです。私がどうして走っているのか……何のために強くなりたいのかは、まだか分かりません」
「……」
「なら!このレース中に見つけてみせます!私が走る理由……強くなりたい理由を!私が……誰にも負けたくない思いを!このレースで見つけてみせます!」
ファントムさんは、わずかに驚いたような仕草を見せます。私は勢いのままに続けて言います。
「だから見ていてくださいファントムさん!スピカのみなさんも!ファンのみなさんも!」
「ぼ、ボクたちも?」
ファンの人達も、ざわついていました。それでもかまわずに、私は続けます!私の考えていること、私の思いを!
「はい!私、勝ってきます!だから……応援、よろしくお願いします!」
最後に私は頭を下げました。ファンの人達はそんな私に……
「……あぁ!頑張れよ、スペシャルウィーク!」
「1着でゴールするところ、見せてね!」
「俺達に夢を見せてくれー!」
「がんばれー!すぺしゃるうぃーくー!」
応援の言葉をくれました!やっぱり、応援されると嬉しいです!
最後にファントムさんが、私を見据えています。私も、ファントムさんを真っ直ぐに見つめました。
「……そう。頑張ってきてねスペちゃん。応援してるよ」
お面で表情は分かりません。でも、確かに微笑んだような気がしました。
「はい!スペシャルウィーク……日本一のウマ娘になってきます!」
みなさんと言葉を交わして、私はターフに戻ります。そうしていると、一際大きな歓声が上がりました。
《さぁそして今!今回のジャパンカップ1番人気の登場です!凱旋門賞ウマ娘モンジュー、天皇賞春秋覇者スペシャルウィークを抑えて1番人気に輝いたのはこのウマ娘!〈不死鳥〉グラスワンダーが今、ターフの上に降り立ちました!》
《宝塚記念で圧巻の10バ身差勝利を評価されてのこの人気でしょう。前走である毎日王冠も鮮やかに勝利を収めました。今日は一体どのようなレースを見せてくれるのか?》
(グラスちゃん……ッ!)
思わず、手に力が入ります。っとと、いけないいけない、落ち着かないと。力み過ぎると良くないってトレーナーさんも言ってましたし。
グラスちゃんは、ターフの上を歩いて来て……私の前に立ちはだかりました。私とグラスちゃんは、互いに睨み合います。
「……宝塚以来ですね、こうして、ターフの上で相まみえるのは」
「そうだね……」
苦い思い出……なんてレベルじゃないくらいに惨敗した宝塚記念。あまり思い出したくないレースです。
けどッ!
「でも、あの時の私とは違う。宝塚記念みたいに行くと思ったら……大間違いだよ」
私は色々な思いを込めてグラスちゃんを睨みつけます。あの時の私とは違うという思い。もう絶対に負けたくないという思い。そして……今度こそ全力の勝負をするという決意!私は、グラスちゃんを真っ直ぐに見据えます。
「ッ!……フフッ、いい眼をしていますねスペちゃん。そうです、それこそが……私が戦いたかったスペちゃんッ!」
お互いに一歩も退かずに睨み合う。周りの空気が震えているのが分かります。それが終わったのは、あるウマ娘の介入でした。
「J'attendais avec impatience le jour où je pourrais te combattre(君達と戦える日を心待ちにしていた)」
それは、モンジューさんです。あ、相変わらずフランス語は分からないです……。グラスちゃんも分からないみたいで、頭に疑問符を浮かべていました。
「あ、アー……失礼。これなら、分かるかな?」
「……日本語?」
思わず驚いて呆けたような声を出してしまいました。ちょ、ちょっと恥ずかしい……。
モンジューさんは苦笑いを浮かべています。
「あァ。急ごしラえダが、トレーナーに教エてもラった」
そうだったんですね。
「エルコンドルパサーかラ、君達の話ハ聞いテイる。とてモ強イウマ娘達だト」
「あらあら。凱旋門賞を制したモンジューさんにそう言われると、照れてしまいますね」
「そ、そうかな?えへへ……」
そうしていると、モンジューさんは懐かしむような表情をしていました。
「エルコンドルパサーとハ、忘れラれなイレースをさセてもらッた。アの時と同じ、熱いレースをシたい……そウ思って、私は今日こコに立っテいる」
それと同時に、モンジューさんの圧が増していきます。こちらを威圧するように、それでいて不敵な笑みを浮かべて、お辞儀をしてきました。す、凄い……。肌で感じることができる……!
(調子落ちしているって噂だけど……。それでも……ッ!)
「熱く、滾ルようナレースに……忘レられナいレースにしよう」
(この人は強いって、肌で感じることができる!)
……けど、私だって負けるわけにはいかない!
「はい!モンジューさんの期待に応えられるようなレースにしてみせます!楽しいレースにしましょう!」
「……フフッ。いいレースにしましょう、モンジューさん」
モンジューさんは、満足したような表情を浮かべた後ゲートの方へと歩を進めました。私達も、それぞれのゲートへと歩を進めます。
ゲートに入って、私は集中します。
《晴れ渡る青空の下、東京レース場芝2400mジャパンカップの幕が上がろうとしています!絶好の良バ場日和、果たして今回はどのようなドラマが生まれるのか!3番人気のウマ娘を紹介しましょう!3番人気は欧州最強とも名高い凱旋門賞ウマ娘モンジュー!》
《グラスワンダーとスペシャルウィークの同期であるエルコンドルパサーを破っての凱旋門賞制覇は記憶に新しいでしょう。来日後はあまり調子は良くないと見受けられていましたが、そこはやはり欧州最強ウマ娘の意地、調子をしっかり戻してきた様子》
《2番人気のウマ娘を紹介しましょう!2番人気はスペシャルウィーク!春と秋の天皇賞を制して、このジャパンカップへと参戦しました!》
《彼女の末脚は驚異の一言。ムラこそありますが乗った時のスペシャルウィークを止めるのは至難の業ですよ。好走に期待です》
《そして今回のジャパンカップ、1番人気はこのウマ娘!〈不死鳥〉グラスワンダー!》
《宝塚記念でG1レースにおける最大着差を更新した10バ身差の圧勝劇。加えて完璧な調整により万全の状態でジャパンカップを迎えたとは本人談。果たして今度はどのようなレースを見せてくれるのか?》
……勝つ。
(情けない姿を見せたくない……。それもあるけど、一番は……ッ!)
勝って、私は日本一のウマ娘になる!お母ちゃんとした約束、そして……私の目標!それを叶えるためにも……私はこのジャパンカップを!
「絶対に……勝つ!」
意識を集中させます。ゲートが開く、その瞬間を見逃さないように。
《全てのウマ娘がゲートに入りました。本日のメインレース、ジャパンカップが今……》
そして……ッ!ゲートが開いた、今ッ!
《スタートです!》
負けられない戦いが、始まります!
ジャパンカップが始まる。