「それでは!スペのジャパンカップ優勝とスズカの完全復活を祝して……かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「か、かんぱーい……」
ジャパンカップが終わったその日の夜、ライブを終えた私を待っていたのはちょっとしたパーティでした。パーティの主役は昨日のオープン特別で復活を果たしたスズカさんと今日のジャパンカップで優勝した私。トレーナーさん主導の下、色んな料理が所狭しと並んでいます。
すっごく、すっごく嬉しいです。でも、正直それよりも気になることがあって……私はその気になる相手へと視線を向けます。
「……うん、バランス良く食べる。終わったら、トレーニングだね。……まずは肉?分かった。じゃあにんじんハンバーグを食べよう。……ステーキの方?まぁいいよ。その次はにんじんハンバーグ」
ファントムさん。いつもみたいに、虚空に向かって話しかけています。きっと、私達には見えない何かと会話をしているんだと思いますけど……。
「……本当ににんじんハンバーグ好きだな?うん、大好き。美味しいし」
「もう慣れっこですけど……誰と話しているのでしょうか?ファントムさん」
「さぁ?でもいいじゃん。別に何かあるわけじゃねーしさ」
思い出すのは、モンジューさんの言葉。
『彼女ニは……おそラく君達にハ見せテイない裏の顔ガある』
ファントムさんが私達に見せない、裏の顔。そして、その裏の顔は……
『そシて、ソの裏の顔は凶悪ソのもノだ。他者の走りヲ否定し、潰スためニ走る……そノヨうな走りをするウマ娘ダ』
正直、信じたくないです。ファントムさんは優しい人です。宝塚記念で私が落ち込んでいた時も、励ましてくれて……親身になってくれました。それに、ファントムさんとは一緒に走ったことありますけど、そんな気配は微塵も感じませんでした。むしろ、しっかりとアドバイスをしてくれて、私達を導いてくれるような……そんな走りをしてくれています。
スピカのみなさんも、ファントムさんの優しさを知っています。スピカのみなさんに限った話じゃありません。グラスちゃんだって、ファントムさんには凄くお世話になってるって言ってた。いつも自主トレしている姿を見かけますし、グラスちゃん自身ここまで強くなれたのはファントムさんのおかげだって。そんな人が、他のウマ娘の走りを否定して、潰すために走っているなんて……信じたくない。でも……。
(ファントムさんの噂……ファントムさんのレースで2着になったら必ず引退するっていう噂は……本当のことみたいだし……。それにモンジューさんはあの後模擬レースをやった詳しい時間を教えてくれました。それは、モンジューさんのトレーナーさんも同じ証言しています。じゃあ、モンジューさんの言っていることは……)
間違っていないんでしょうか?本当にファントムさんは……モンジューさんが言ったような走りをしているのでしょうか?
思考が、どんどん悪い方向に向かって行ってます。もしかして……
(私達に優しくしているのは演技で……本当は、もっと良くないことを企んでいるのかな……?)
そんなこと信じたくない。ファントムさんは優しいウマ娘。……でも、その優しさが嘘だったら?そう考えたら……モンジューさんの言っている姿が本当で、私達に接している優しい姿が嘘で……
「浮かない顔ね、スペちゃん。どうしたの?」
「……スズカさん」
「せっかくジャパンカップに勝ったのに……もっと喜んでも罰は当たらないと思うわよ?」
気づいたら私の隣で、スズカさんが私を気遣うように立っていました。
「す、すいません。ジャパンカップで勝ったのは嬉しいんですけど……」
「けど?」
「……」
言わない方が良いのかな?でも、このまま抱え込んじゃうのも良くないし……。
凄く迷いましたけど、私は言うことにしました。モンジューさんに言われたことを、スズカさんにも教えます。
「……そう。ファントムには凶悪な裏の顔があって、その裏の顔こそがファントムの本性なんじゃないか……スペちゃんはそう思っているわけね?」
「はい……」
項垂れている私を、スズカさんはジッと見ています。
「……私だって、信じたくないです。本当のファントムさんは優しい人だって信じたい。でも、私はファントムさんのこと何も知らないから……どうしても信じられなくて」
「……そうね。確かに私達はファントムのことを何も知らない。モンジューさんの言うように、その裏の顔こそがファントムの本性なのかもしれない。その可能性だって否定できない」
でも、と前置きしてスズカさんは続けます。その表情は、柔らかい笑みを浮かべていました。
「スペちゃん、あなたに親身になってくれたファントムのこと……よく思い出してみて?」
「親身になってくれた……ファントムさん」
「そう。スペちゃんを励ましてくれたファントムは……モンジューさんの言うような凶悪さがあったかしら?」
……違います。私のことを本気で心配してくれて、確かな優しさを感じました。
「それは普段の態度からもそう。ファントムはいつだって優しかった。違うかしら?」
「……はい。いつも優しかったです」
「そこには、何か裏があったように感じた?」
私は、黙って首を横に振ります。私の答えに、スズカさんは優しい表情をしていました。
そうです。そんなことはないです。私の知っているファントムさんは……優しくて、ちょっと変な格好で、時々行動もおかしくて……でも、いつも私達に親身に寄り添ってくれる方です!
……そうです!ごちゃごちゃ考えるよりも……こういうのは直接聞きましょう!
「スズカさん、私ちょっとファントムさんと話してきます!」
「へ?う、うん。いってらっしゃい」
私は料理を食べているファントムさんのもとへと歩を進めます。あ、にんじんハンバーグを口いっぱいに頬張ってますね。子供っぽくてちょっと可愛いです。
「ファントムさん!質問良いですか!」
「……私に?別にいいけどどうしたの?そんなに気合を入れて」
私は、気合を入れてファントムさんに聞きます!
「ファントムさんがジャパンカップで来日してきた海外のウマ娘相手に手当たり次第に勝負を仕掛けるって話は本当ですか!?」
「いつの話をぶり返してるんです!?冤罪だって言ったでしょうが!?知りませんよ私は!」
「スペちゃん!?いきなりどうしたの!?」
ファントムさんは困惑した様子を見せてますけど、私はどんどん質問していきます!
「でも、モンジューさんはファントムさんと走ったって言ってましたよ!」
「知りませんってば!私の記憶にありません!」
「ファントムさん、とても必死ですわね……」
「まぁ冤罪吹っ掛けられそうになってたら誰だってそうなると思うわよ」
「モンジューさんは日付が変わりそうな時間にファントムさんと模擬レースしたって言ってました!どうなんですか、ファントムさん!」
「だから冤罪ですって!というか私その時間寝てましたし!」
「姉御いつになく必死だなー」
「あんな必死なファントム先輩初めてみるぜ……」
「スペちゃんも滅茶苦茶食い下がってるし」
「でもでも!いつもだったら練習してませんかファントムさん!?」
「だったら尚更あり得ないでしょうが!?その日は珍しく早めに寝てたんですよ!」
ここまで必死になるってことは……もしかして、モンジューさんが言ってたように本当に人違い?
「じゃあ、本当にファントムさんはモンジューさんと走ってない?」
「さっきからそう言ってるでしょう!?」
「じゃあ、本当に人違い……?よ、よかったぁ……」
じゃあ、モンジューさんと模擬レースをしたファントムさんは別の人だったんだ!私の知っているファントムさんじゃなかった!今まで抱えていたものが一気になくなった気分です!
「私は全然良くないんですけど!?冤罪かけられますし、何なんですかスペちゃん!?」
ファントムさんがそう言うと、私のお腹が鳴りました。あ、そういえば私全然食べてない!
「安心したらお腹すきました~。よーし、いっぱい食べるべー!」
「ウソでしょっ!?」
私は料理を取りに行きます。最後に聞こえたのは。
「……一体全体なんなんですかー!?」
ファントムさんの叫びでした。あ、ちゃ、ちゃんとこの後謝りましたよ?ファントムさん結構ご立腹でしたけど……事情を説明したら最終的には許してくれました。後、色んな料理を私のためにとっててくれたみたいですし!やっぱりファントムさんは優しいべ!
だからこそ、ファントムさんを騙る偽物さんは許せません!見つけたら、とっちめないと!そのためにも気合入れて食べるべー!
「スペちゃんまた太っても知らないよ?」
れ、練習するから大丈夫です!
スピカの祝賀会はすでに解散してみんな寮の自室に戻りました、私です。ファントムさんです。
全く……スペちゃんったらなんて失礼な。激おこぷんぷんですよ。まさか私が海外のウマ娘相手に喧嘩を吹っかけるような真似をすると思ってるんですか?
”ま、棒立ち娘どもはお前について何も知らねぇんだ。それにテメェは普段から何をやるか分からんからな。喧嘩吹っかけてもおかしくねぇって思われてんだろ”
「……失礼な。そんなことはしない」
”わーってる。お前はそんなことしねぇよ”
まぁ最終的には許しましたが。何でもスペちゃんによると私の偽物らしき人物がいるとのこと。そのウマ娘もまた強いのだとか。はえ~、私を模倣するとは……中々良いセンスしてるじゃないですか。私のファンの方です?今度会ったらサイン書いてあげましょうか?
”いらねぇよ。……にしても、今日のレースで新たに2人だな”
「……そうだね。スペちゃんとグラスが増えた。計画は順調そのものだね」
”今どんくらいだ?後、何人でやるつもりなんだ?”
そうですね。ここらでおさらいしますか。
「シンボリルドルフ、ナリタブライアン、サイレンススズカ」
私の目的に必要な相手
「新たにエルコンドルパサー、グラスワンダー、スペシャルウィーク……ここまでは確定」
”ハハッ!いいないいなおい!で、後目星つけてんのは?”
まぁまぁそう慌てなさんな。
「トウカイテイオー、メジロマックイーン、ミホノブルボン、ライスシャワー……ここは目星をつけている」
”ほう……。で?俺様の目的に必要な人数は?”
「……私を含めた16人。だから……後5人だね」
”5人……。そうだな、マッド野郎と霊障女も加えろ”
ほう?こりゃ珍しい。
「……なんでその2人?別にいいけど」
”決まってんだろ。霊障女に関してはあのつき纏いが気に食わねぇからだ。マッド野郎はそのついでだ”
「……そういうこと。2人の才能も確かなもの、分かったよ」
”つまりは後3人だ。それなりの奴を見つけておけ”
「……合点承知」
しかしここまで来ましたか。もう一人の私を宥めながら時を重ねて、ようやくここまで来ましたよ。私の目的、来るべき時が来るのも近いですね。
”しかし楽しみだなぁおい……ッ!”
もう一人の私も興奮を抑えきれないご様子で。
”レースに出走して手当たり次第に喰らいつくす……。最初はそうしていたが、それなりの強さの塵共を一か所に集めて俺様がまとめて喰らう方法に変える。最初こそどうかと思ったが……塵共の成長度合いを見ているとその方が正解だったな”
私の目的、それは。
”その方法として……”
「……私を含めた、16人でレースを行うこと。やっぱり強い相手と戦えた方が嬉しいでしょ?」
”そうだ!トゥインクル・シリーズとやらも出走していたが……あんな塵共を喰らったところで腹の足しにもなりゃしねぇ!”
喰らうに関してはただの比喩表現でしょう。……あながち間違いじゃありませんが。
”さぁて……!時が来るのが楽しみだなぁ……ッ!特に三日月娘と棒立ち娘に関しちゃあ、かなりの人気を誇っている。太陽と言っていいだろう”
「……」
”そんな塵共が俺様に負けて這いつくばる……。その姿を見た時、凡愚共は何を思うのかッ!今から楽しみでしょうがねぇ!”
テンションうなぎのぼりなことで。
”テメェも良くやってくれたなぁ。特に、棒立ち娘と武士娘に関してはかなりの上玉に成長した。喰らう時が楽しみだぜオイ”
「……そう」
”その調子で、サイボーグ娘と不幸娘の育成も頼んだぜぇ?俺様の糧にするためにも……な”
「……分かってるよ。私はもう1人の私のために行動する。それはいつだって変わらないから……ね」
”……そうかい。心強いぜ”
?なんか釈然としていない様子ですけど……まぁいいでしょう。
私のやっていることは最低かもしれないでしょう。スペちゃん達を利用しているのもそうですし、彼女達に成長を促しているのも、私のためにです。これまでも多くの犠牲を出してきました。私のせいで走るのを辞めた子が、沢山います。
それでも、私は走るのを辞めません。全ては……もう一人の私のために。
ファントムが決意を新たに。活動報告にちょこっとこの作品の今後のことを。一応ですが、まだまだ終わりませんよ?