「カフェさん、目的の孤児院まで後どのくらいかしら?」
「……そうですね。もう少しで、見えてくるはずです」
スズカさんの質問に、私はそう答えます。それなりの距離を歩いたでしょうか?私達は、とある場所へと向かっていました。
「しかし、本人もようやくアポが取れたと言っていたねぇ。余程忙しかったのだろうか?」
「あ、三原さん自身も忙しかったらしいですし、仕方ないんじゃないでしょうか?」
その場所というのは、かつてファントムさんが過ごしたかもしれないという、孤児院です。三原さんがアポを取るという話があったのが、夏も終わりの頃なので、それなりの月日が経っています。それでも、今日こうして、孤児院のお話を聞かせてもらえることになりました。
「まぁ、スズカ君がアメリカに渡る前でよかったよ。確か、年明けには向こうなんだろう?」
「そうね。……私も、今以上に強くならなくちゃいけないから」
「なな、何のため……って、大体想像つきますね」
スズカさんは、静かに闘志を燃やしています。スズカさんが強くなりたい理由は……大体想像がつきますね。
そうして歩いているうちに、目的の孤児院に到着しました。私達を出迎えてくれたのは……。
「さいれんすすずかだー!」
「すごーい!ほんものだ!」
「あぐねすたきおんとまんはったんかふぇもいる!」
「ねーねー!あそんでー!」
元気いっぱいな、子供達でした。ま、まぁ孤児院なので当たり前ですね。ちょっと、困惑してしまいましたが。
「わっわ、え~っと……ど、どうすればいいのかしら?」
「生憎と、私は子供の相手がそれほど得意というわけではない。なのでカフェ、頼んだよ!」
「何が、ですか」
「ひょえぇ、元気いっぱいですね~」
子供たちに囲まれていると、恰幅の良い大人の女性が、私達の方へと走ってきました。
「ほらほらみんな、あんまりお客さんを困らせたらダメよ!こっちで遊びましょうね~!」
「「「は~い!」」」
その女性の言葉とともに、子供たちは蜘蛛の子を散らすように去っていきました。助かりましたね、ある意味。
私達は、女性の方に向き直ります。
「あの、私達三原さんの紹介でここに来た……」
「はい。お話は伺っております。院長がお待ちですので、どうぞこちらへ」
女性の方は、朗らかな笑みを浮かべて私達を案内します。孤児院へと、入りました。
それから歩いて。院長室とある部屋の前へと到着しました。
「院長、お客様です」
私達を案内してくれた女性がノックをしてそう言うと、中から声が帰ってきました。その声を確認して、扉を開けます。
部屋の中にいたのは、椅子に座っている高齢の男性と、壮年の女性でした。ここまで案内してくれた女性にお礼を言い、私達はその2人へと向き直ります。私たちを代表して、タキオンさんが挨拶をしました。
「さて……初めまして。私はアグネスタキオンだ。三原元トレーナーの紹介でこの孤児院のことを知ってねぇ。是非、お話を聞かせてもらいたい」
「……三原さんからお話は伺っております。どうぞ、おかけください」
男性に促されるまま、私達はソファへと腰掛けます。
「さて、と。あなた達が知りたいのは……かつてこの孤児院にいたかもしれないというファントムちゃんのこと……で、合ってるかな?」
「……はい。単刀直入にお聞きします、ファントムさんは、この孤児院に、いたのですか?」
私がそう尋ねると、男性は逡巡するような素振りを見せた後、私達を真っ直ぐに見つめてきました。
「……結論から申し上げましょう。確かに、彼女はかつてこの孤児院に在籍しておりました」
その言葉とともに、私達に緊張が走ります。ファントムさんは、この孤児院で過ごしていた時期があった。それを裏付ける証言が手に入った。
(ですが、ファントムさんからはそんな話を聞いたことがありません。それに、三原さんの言葉を信じるのであれば……)
「ただ、どういうわけかあの子はここで過ごしていたことを忘れているようですが……。まぁ、無理もないでしょう。あの子からすれば、ここでの日々はあまり良い記憶がないと思いますから」
院長さんは、沈痛な面もちでそういいました。三原さんも、どうやらファントムさんはこの孤児院のことを知らなかったみたいだと言ってましたし、特段驚きはしませんでしたが……。
「……ここで、ファントム君になにがあったんだい?」
「それについては、私が」
タキオンさんの言葉に、それまで黙っていた女性の方が反応しました。
「彼女は、ファントムちゃんがまだこの孤児院にいた頃から働いている者です。それに、ファントムちゃんをよく見てくれていたので、彼女ほどファントムちゃんを知る人物はこの孤児院にはいないでしょう」
「ファントムさんを……」
デジタルさんの言葉に、女性の方はこくりと頷きます。
「私に答えられる範囲であれば、お教えします。この孤児院でのファントムちゃんのことを」
院長さんは、なにやら書類を探す作業へと移っていました。お仕事中だったんでしょうか?でしたら、少し申し訳ないですね。
私達からは、代表してタキオンさんが、質問していきます。
「さて、早速だが質問だ。ファントム君の親について何か知っていることは?彼女はどういう経緯でこの孤児院に来たんだい?」
初手から、重要なことを聞きに行きましたね、タキオンさん。
「ファントムちゃんの親については、私達も把握しておりません。彼女は、ある日警察の方に連れられてここに来ましたから。警察の方が言うには、親戚が誰も引き取らなかったからこの孤児院にやってきた……と」
……ファントムさんの言っている通りですか。親戚の人は、誰もファントムさんを引き取らなかったと。思わず拳を強く握ってしまいます。
「……親戚の人にコンタクトを取ったことは?」
「何回か。どうして彼女を引き取らないのかと聞きに行ったことがあります。ただ……」
少し言いにくそうにした後、女性は続けます。
「その子はファントムじゃない。ただでさえあの子が行方不明になってるのに、適当なことを言うなと……怒鳴られてしまいまして」
「ど、どういうことですか?ファントムしゃんなのに、ファントムしゃんじゃない?」
「はい。我々も気になって、どういうことか調べてみたんです。そしたら、たまたまその親戚の人が探し人のビラを配っていたので手に取ったんです。そこに写っていたのは……青白い髪をしたウマ娘で。彼女達が知っているファントムちゃんと我々が引き取ったファントムちゃんとは別人だったんです。ファントムちゃんは、赤黒い髪をしていましたから」
「ッ!青白い髪……ッ」
”……間違いないね。天皇賞の時に見た、あの子だ”
成程、親戚の方が引き取らないのも、無理はないかもしれません。自分達の知っている子と、別人のような子を見せられて、この子があなた達の探している子です、なんて言われても、バカにされているようにしか思えませんから。
……しかし、どういうことでしょうか?ファントムさんは親戚と認識しているのに、その方達はファントムさんを別人だと認識している。この食い違いは、どうして発生したのでしょうか?
(普通であれば、この食い違いは発生しないはずです。知らない人を親戚の方と誤認するなど、いくら子供といえどもありえない。何故、ファントムさんはその人達を親戚の人だと判断できたのか?そして何故親戚の人達はファントムさんを拒絶したのか?ドッペルゲンガー?なり替わり?……もしかして、本当にファントムさん自身が別人のようになった?)
……考えても、答えは出ませんね。
それに、天皇賞で見えた、あの姿は誰なのかという疑問もあります。情報が足りません。今はまだ、保留にしておきましょう。
「……次の質問だ。この孤児院でのファントム君の様子はどうだった?」
「ファントムちゃんの孤児院での様子……ですか」
今のファントムさんの性格を考えると、他人と積極的に関わろうとはしないはずですが……。
「そうですね……凄く明るい子でしたよ。他の子が嫌がるような作業を率先してやりますし、喧嘩していたら必ず仲裁に入る……自分から積極的に他の子に関わろうとしていました。食事や遊具に関しても、他の子を優先することが多かったですね」
……成程。
”今とは真逆だね。今のあの子は、自分から積極的に関りにいこうとはしないから”
お友だちの言うように、今のファントムさんは基本的に受け身です。他の方に自分から関わろうとすることは、あまりありません。
しかし、目の前の女性は、少し言いにくそうな表情をしていました。スズカさんが、心配そうに尋ねます。
「あ、あの。どうかされましたか?何か言いにくいことが……?」
「……いえ、ただ……ファントムちゃんは他の子達からは浮いていました。それはやっぱり、あの子は他の子と違うところがあったからなんです」
「……その、違うところというのは?」
正直想像はついています。ウマ娘、なんて、単純な答えは帰ってこないでしょう。意を決したように、女性は言葉を紡ぎます。
「イマジナリーフレンド……って、言うのかしら?あの子は誰もいないはずのところでよく喋っていたんです。それを……他の子がいるところでも堂々と。他の子との会話中にも話始めるんです。まるで、あなた達にも見えてるよね?聞こえてるよね?と言わんばかりに」
やはり、そうでしたか。
「そのことがあったから、孤児院の子達はファントムちゃんを敬遠していました。傍から見れば不気味に見えたんでしょう。誰もいないところで話をしている……自分達には見えない誰かと会話をしているというのは、やはり異質でしたから」
……つまりは、ファントムさんはこの孤児院でも孤立していた、と。
「それに、よく我々のお手伝いもしてくれていたんです。ファントムちゃん自身は本当に善意で手伝ってくれてたんでしょうけど、他の子はそうは思わなかったんです。職員の方達に良い顔をしている……それが、孤児院の子達は気に入らなかったみたいで……。孤児院では、ファントムちゃんに対する軽いいじめのようなものがありました」
「いじめ……。職員の人達は?」
「勿論我々も見かけたら注意をしていました。ただ、日々我々の目の届かないところでやるようになって……。ある日、それが爆発してしまったんです」
後悔しているような表情。余程のことがあったんでしょう。何かに耐えるような表情を見せた後、女性は口を開きます。
「……ファントムちゃんの、孤児院全体に響き渡るような悲鳴を聞いて、私はすぐにその場へと駆けつけました。そこで、私が見たのは……困惑しているような数人の子供達と、ピクリとも動かないファントムちゃんでした」
……手に力が入ります。本当に無意識で。
”カフェ。落ち着いて。気持ちは分かるけど……手の皮破れちゃうよ”
「……そうですね」
お友だちに言われて、私は力を緩めます。ただ、いくら子供のしたこととはいえ、怒りは収まりません。
「……その後の対応は?」
「ひとまずファントムちゃんをベッドで寝かせて、院長室で主犯の子達になにがあったのかを聞きました。そしたら……その子達曰く、何もしていないと」
「何もしていない……?そんなはずないでしょう!?ファントムは倒れたのよ!?」
「おおお、落ち着いてくださいスズカさん!」
憤っているスズカさんを、デジタルさんが必死に宥めます。私も、お友だちがいなかったら、スズカさんのようになっていたでしょう。
仕切りなおすようにタキオンさんは催促します。
「……すまないね、続きをお願いしても?」
「はい。詳しく聞いてみると……ファントムちゃんの親のことをちょっとバカにしたみたいで……。ここまでになるとは思ってなかったと涙ながらに謝罪していました」
……親、ですか。やはり、それがファントムさんの頭痛を引き起こす、トリガーの1つであることは間違いないですね。
「じゃあ謝りにいこうか、と言ってファントムちゃんが寝ている部屋の方へと足を運ぶと……もぬけの殻になっていました。ファントムちゃんは忽然と姿を消していて……その日以降、ファントムちゃんを見ることはなくなりました」
「……脱走、か」
「はい。ファントムちゃんがこの孤児院にいたのは……半年もないでしょう。次に会ったのは……ファントムちゃんがお弁当を届けに来てくれた時です。当時経営難だったこの孤児院にお弁当を届けに来てくれました。それはもう唐突に」
「ファントムは、何か変わった様子は?」
「まず、見た目が凄く変わってました。孤児院ではフードとお面も被っていなかったので……最初は誰か分からなかったですね。声と自分はファントムだと言ってくれたので、何とか判断できたって感じです。最初、私はファントムちゃんが孤児院に戻ってきてくれたのかと思ったんです。けど……」
「ファントム君はまるで初対面の人に対する態度になっていた……と」
「はい。私のことなんて知らない、孤児院のことなんて覚えてない、本当に知らないと言わんばかりの態度になっていました。ここに来たのも、ただお弁当を届けに来ただけだと」
「な、成程ぉ……」
それからいくつか細かい質問をしていきます。ただ、有力な情報は得られませんでした。そうしていると、院長さんがこちらの方へと戻ってきました。一冊のアルバムを持って。
「いやぁ、ようやく見つけましたよ。みなさん、これが当時のファントムちゃんの写真です」
当時のファントムさん?私達はアルバムを覗き込みます。そこに映っていたのは……。
「へぇ?お面とフードで隠しているから顔に傷でもあるのかと思ったが……そんなことはないね。いたって普通のウマ娘だ」
ごく普通の、人懐っこそうな笑みを浮かべた子供の頃のファントムさんの写真でした。今の顔を見たことがないので、本当に小さい頃かは分かりませんが、嘘ではないでしょう。
「そうね。特段隠す理由が見当たらないわ」
「こ、これって一枚もらえたりしませんかね……?」
「デジタルさん……?」
「ひょえぇ!?じょ、冗談です!」
「ハハハ、構いませんよ。今コピーしてきますね」
院長さんはそう言って退出します。
……さて、大体聞きたいことは聞けましたね。
「最後に、何か聞いておきたいことは?」
「私は、何も。タキオンさんは?」
「私は聞きたいことは聞いた。スズカ君はどうだい?」
「私も、特にないわ」
「あ、じゃ、じゃあデジたんから!質問よろしいでしょうか!?」
なんか、ちょっとテンション高めですね。写真が貰えると分かって、テンションが上がっているのでしょうか?
「はい。なんでしょうか?」
「い、いえ。本当に些細なことなんですけどぉ……ファントムさんって、そのイマジナリーフレンドさんのことをなんて呼んでたんです?」
……デジタルさん。
「おいおいデジタル君、彼女はもう一人の私と言っていたんだぞ?呼び方なんて変わるわけがないだろう?」
「で、でも!聞いておきたいじゃないですか!」
「……その、心は?」
「子供の頃は呼び方が違ったりしていたら萌え……すいませんなんでもないですだからそんな冷たい目で見ないでくださいお願いします」
……ハァ。全く、デジタルさんは。
女性の方へと視線を向けると、思案するように顎に手をやっていました。
「そうですね……
あの子はよく、エっちゃんって呼んでましたよ」
「「「……は?」」」
”ど、どういうこと!?それって……おかしいでしょ!?”
エっちゃん?ど、どういう、ことですか!?ファントムさんはもう一人の私だって呼んでいました!たとえ呼び方が変わっているとしても……それは、あまりにもおかしい!
「ファントム君の名前にエ、なんて文字は入っていない……ッ!だが、それも踏まえておかしいことがある!それではまるで……!」
困惑している女性をよそに、私達は今知った新事実に、驚きを隠せないでいました。タキオンさんが、私達の心を代弁するように、言葉を紡ぎます。
「まるで、自分とは違う存在だと分かっていたようではないか……ッ!」
私達の言葉に、答えを返してくれる声は……ありませんでした。
考えても分かるはずはなく、私達はファントムさんの子供の頃の写真を貰って孤児院を後にします。
「疑問を解消する、ないしは少しでも手掛かりがあればいいと思っていたが……さらなる謎が生まれるとはねぇ……」
「ファントム……あなたは、一体……?」
ファントムさんは、小さい頃は亡霊を自分とは違う存在だと明確に認識していた。でも、今はもう一人の私と呼んでいる。一体、何故でしょうか?
「これから先の手がかりもないし……また、手当たり次第に行動するしかないねぇ……」
「そうですね……。デジたんも、何とか頑張ってみようと思います」
「お願い、します。デジタルさんの情報収集能力が、頼りですので」
「は、はい!お任せを!なんとしてでも情報を掴んでみせます!」
「私はアメリカに行くからこれ以上手伝えないのが歯がゆいわね……」
「構わないさ。定例会議はいつものようにやるつもりだ。ビデオ通話アプリなどで進捗のやり取りをしよう」
「……お願いね、タキオン、カフェさん、デジタルさん」
私達は頷いて、帰路へと着きます。ファントムさん、あなたの正体は……一体。ですが、たとえどんな真実が待ち受けていても……。
(私とあなたは……お友だちです。それは、変わらないし、揺るぎません)
そう、誓いました。
デジタル、超ファインプレー。