私は、幼い頃からあまり自分の意見を持たない子供であったと認識しています。他者からのリクエストを受け、それを忠実に実行する……まるで機械のような子供だったと記憶しています。学園での私のあだ名であるサイボーグも、それらを踏まえると適切なあだ名であると結論づけました。
そんな私でも、この感情が揺さぶられたことがあります。幼い頃に、とある3冠ウマ娘がG1レースに出走した時の走りを、私は現地で見ていました。
『わぁ……ッ!』
その走りは、私の感情を揺さぶりました。その時抱いた感情は、間違いなく憧れでしょう。3冠という称号に対する憧れなのか、そのウマ娘に憧れたのか……はたまた、どちらもなのか。それは些細なことでしょう。
3冠ウマ娘の姿に憧れた私は、父に対してその思いを打ち明けました。
『お、お父さん。私も……3冠ウマ娘になってみたい……ッ』
子供ながらの願い、夢見がちなものであったとは承知していました。しかし、そんな私の言葉を父は笑うことなく、むしろ嬉しそうにしていたのです。武骨な父が、珍しく笑顔を見せていたのですから。
そこからは、トレセン学園入学までにできるだけのスタミナ強化をしていました。中・長距離でも走れるように、子供の頃からやっておくべきだと。元トレーナーである父の指導の下、私はスタミナ強化を重点的に行っていました。
しかし、その道のりは遠く。元よりスタミナがない私では……練習も順調とはいえないものでした。
『ハァ……ッ、ハァ……グスッ。お父さん、またダメでした……』
正直、折れかけたことも何度もありました。その時、父は決まって励ましてくれたのです。
『大丈夫、お前は頑張り屋だ。今の内から訓練を積んでおけば、それはきっとお前の糧になる。きっと長距離だって走れるようになるさ』
『お父さん……。うんっ!』
その言葉を胸に、私は研鑽を重ねました。その甲斐もあってか、学園入学までにある程度のスタミナは確保できていたと自負しています。
きっと大丈夫。父も言っていたのだ。努力は無駄ではない。きっと長距離も走れるようになる。
そんな思いを抱いていた私に待っていたのは……非情なまでの現実でした。
『ミホノブルボン!君の才能は凄い!是非、俺と一緒に走り抜けてみないか……スプリンターとして!』
ありがたいことに、私に契約を求める声は結構な数がありました。ですが。
『君にはスプリンターとしての才能がある!だから是非……』
『……私の目標は3冠ウマ娘です。それを受け入れてくれるのであれば……お願いします』
『え?3冠?う~ん……』
彼らは私の目標を口にすると、全員が微妙な表情を浮かべていって去っていきました。
『3冠ウマ娘が目標?……いいわ、なら、クラシック3冠を目指して頑張りましょうか』
『ステータス『喜び』。当面の間、仮契約をお願いします』
中には受け入れて仮契約を交わした方もいましたが。
『失礼。スタミナ強化は図らないのですか?』
『スタミナ?どうしてかしら?』
『ステータス『当然』。3冠達成のために私に不足しているのはスタミナです。ですが、私が鍛えているのはスピードのみ……。まずはスタミナ強化を図るべきではないでしょうか?』
『あぁ……』
仮契約したトレーナーは、深い溜息を吐いて答えました。
『いい?ミホノブルボン。あなたにはスプリンターとしての才能があるわ。でも、長距離や中距離の才能はない。あってあなたの適性はマイルまでよ』
『……ですが、私の目標は3冠ウマ娘で』
『そんな夢みたいなこと言ってるの?現実を見なさい。あなたの適性はスプリンターよ。3冠ウマ娘なんてなれっこないわ』
『……つまり、私に嘘をついていたと?』
『嘘はついていないわ。約束通り、クラシック3冠のレースには出走させてあげる。でも、それはあくまで現実を見させるためよ』
結局はそのトレーナーとも契約をなかったことにしました。それほどまでに、私は3冠という称号が諦めきれなかった。
武骨な父が見せた嬉しそうな笑顔。その笑顔に報いるためにも私は……3冠ウマ娘になりたい。
そして、ついぞ叩きつけられる現実。私はあるトレーナーにより長距離のレースを走ることになりました。結果は……語るまでもないでしょう。
『……』
『これで分かっただろう?ミホノブルボン。君の適性はスプリンターだ。長距離には根本的に向いていない。そんな非現実的な夢を見ている暇があるなら……もっと現実に向き合うべきだ』
『ステータス『拒否』。今はまだ無理でも、スタミナ強化を図れば問題はクリアできます。そのようなフローの構築を……』
『そんなリスクのあることはさせられない。勝てるかも分からないことよりも……勝てる勝負に挑むべきだ』
私の夢は荒唐無稽なものだと。私には達成は無理だと。そう説得され続けました。それでも私は諦めることなく、3冠達成に向けてスタミナ強化を図り続けました。
……ですが、私は長距離を走れるだけの身体を作ることができず。徐々に、徐々に心が折れかけていくのを自分でも感じました。
(やはり、無理なのでしょうか?トレーナーの方々の言うように、私の適性はスプリンターで……3冠などは、夢のまた夢なのでしょうか?)
もう諦めてしまおうか。そんな時、バクシンオーさんが私に声を掛けてきました。
『ややっ!浮かない顔をしていますねブルボンさん!』
『……どうしました?バクシンオーさん』
『いえ!未来のライバルが浮かない顔をしているのです!これを無視などできるはずがありません!なんたって私は学級委員長なのですから!』
学級委員長はよく分かりませんが、私はバクシンオーさんに悩みを打ち明けることにしました。どうして話そうとしたかは覚えていません。もしかしたら、もうどうでもよくなったと思っていたのでしょう。
私の目標、自らの適性、トレーナーの説得……それらを踏まえて私が取るべきと思っているアクション。それをバクシンオーさんに話しました。
『なるほど……。バクシンッ!模範アンサー!』
『?』
『ブルボンさん!諦めることはありません!これからも3冠ウマ娘を目指してバクシンしていけばいいでしょう!』
『ですが、私の適性はスプリンターで……』
『適性など関係ありませんよ!たとえどんなレースであろうとも、ただバクシンあるのみです!そうすれば、後悔などするはずもありませんから!』
バクシンオーさんの言葉に、少し救われたのを覚えています。無理だ、諦めろと言われ続けてきた中で、彼女はただ私の行きたい道を行けと言ってくれたのですから。本人にそんな気はないにしても、少しだけ気持ちが楽になりました。
『それに学園には適性の壁を壊したウマ娘がいるのをご存じでしょうか!?』
『適性の壁を……壊したウマ娘?』
『はい!その方の名前はファントムさん。短距離から長距離の重賞を制覇し、果てにはダートさえも走れる万能っぷりです!まさに全生徒の模範となるべき学級委員長の鑑!私も負けていられませんね!バクシーン!』
そのままバクシンオーさんはどこかへと去っていきました。
『ファントムさん……』
その名前はどこかで聞いた記憶がありました。おそらくは、学園での噂話をどこかで耳にしたのでしょう。ですが……。
(会ってみましょう、そのファントムさんという方に)
彼女は私の夢を聞いてどう思うのか。トレーナー達の言うように諦めろというのか、それとも……。
そしてあの日。私はファントムさんと出会います。ファントムさんは目立つ格好をしているのですぐに分かりました。そして、彼女に弟子入りを志願し……私の目標を、語りました。3冠ウマ娘という目標を。それを聞いたファントムさんは笑うこともなく、ただそうなんだと言ってくれました。そして、私に言ってくれたのです。
『……簡単にはいかないけど、無理ではないよね。努力次第で、どうとでもなる』
その言葉に、私は驚きを感じました。そして、その理由を尋ねたのです。その言葉の意味を。するとファントムさんは……。
『……ブルボンの夢なんでしょ。3冠ウマ娘』
『はい。幼い頃から抱き続けている私の目標です』
『……だったら、それを無理の一言で片づけるのは良くない。夢は大事、だからね』
『ッ!』
夢は大事。
『……それに、鍛えれば何とかなるでしょ。適性も、他人が決めた尺度に過ぎないし、ブルボンが言うように私という例外もいるわけだから』
ファントムさんは、私の目標を否定することもなく、努力すればいつかは届くものだと。そう言ってくれました。
ファントムさんはただ思ったままのことを言っただけでしょう。ですが、私はその言葉に確かに救われました。それと同時に、父が見せてくれた嬉しそうな笑顔のことを思い出しました。
(……そうです。3冠ウマ娘は私の目標。それを、諦めるわけにはいきません)
そこからはファントムさんに弟子入りして、スタミナ強化を重点的に図りました。トレーナー達は口を揃えて才能を無駄にしている、叶わない夢は抱かない方が良い。そういいましたが、私はもう気にしないことにしました。私が抱いているこの目標は、元より荒唐無稽なものですから。
そこからしばらくして。私はついに出会いました。
『ミホノブルボン、お前の目標はなんだ?』
『はい。私の目標、それは3冠ウマ娘です』
私の目の前にいるのは、およそトレーナーとは言えないような風貌をした男性。サングラスに帽子を被った、私の現マスターです。
マスターは私の目標を聞いて、特に驚いた様子も見せずに私に問いかけました。
『3冠ウマ娘が目標だというのであれば、容赦のないトレーニングを積む必要がある。お前はスタミナがない。それを補うためにも、スパルタでいく。それでも構わないか?』
『ステータス『同意』。元より私の目標は簡単には達成できないもの。目標達成のために、スパルタは望むところです』
『そうか。……なら、俺と契約しろ。俺がお前を……3冠ウマ娘にしてやる』
ついに出会えた、私の目標に賛同してくれるトレーナー。私は喜びを覚えました。そして、マスターの言葉は嘘でも何でもなく、本当に3冠達成のためのフローを組んでくれました。私は今でも、マスターの下で3冠ウマ娘になるべくトレーニングを積んでいます。
「どうしたブルボン!まだまだ終わりじゃないぞ!追加でもう1周だ!」
「コンディションオールグリーン。ミホノブルボン、走ります」
そして現在。私はマスターのチームの下、3冠達成のためにトレーニングに励んでいます。
「うひゃ~。相変わらずのスパルタだねぇ」
「ブルボンちゃんもよくやるよ」
「ウチらも頑張らないとね~」
「気合を入れろブルボン!さらにもう1周!」
「はい。ステータス『余裕』。まだまだ走ります」
傍から見ればスパルタや虐待とも言われるトレーニング。しかし、私の3冠達成のためには必要なフローです。これくらい、苦ではありません。
見ていてくださいマスター、ファントムさん、そして……お父さん。お父さん達は私の夢を否定することもなく答えてくれました。お父さん達がいなければ、今の私はいなかったでしょう。
私の目標を最初に応援してくれたお父さんのためにも。マスターの期待に応えるためにも。諦めそうになっていた私の光になってくれたファントムさんとバクシンオーさんのためにも。
「ミホノブルボン、目標『3冠ウマ娘』に向かって……走り続けます」
こうして、努力は決して怠りません。全ては3冠ウマ娘という1つの頂へと至るために。お父さん達の恩義に報いるために。
何気に初登場のサクラバクシンオーです。思ったよりも書きやすいなこの子……。