草木も眠る丑三つ時。とある屋敷の書斎で、2人のウマ娘が対峙していた。
「よぉ、しばらくぶりだなぁ」
1人は、ファントム……ではない。彼女に憑りついている亡霊の方が表に出てきている。また、普段なら彼女はパーカーのフードとお面で顔を隠しているのだが、この場ではどちらも外していた。つまり、彼女の顔を隠しているものは今はない。
「……」
もう1人は、車椅子に乗っている栗毛をロングヘアにしたウマ娘だ。周りには彼女の護衛らしき人がずらりと並んでいる。その全員が、彼らの目の前にいるウマ娘……亡霊を警戒していた。
亡霊はおどけた様子で護衛に言う。
「おいおい、相変わらずこえぇなぁ?そんなに睨むこたぁねぇだろ?ちゃんと躾してんのかよ?」
亡霊の言葉に、護衛の1人が怒り心頭といった様子で前に出る。
「どの口が……ッ!」
「止めなさい」
手を出そうとしている護衛を、車椅子のウマ娘が諫める。
「ジャパンカップ……今年はモンジューだったかしら?相変わらず無茶をやるわね。毎回もみ消すこっちの身にもなってくれる?」
車椅子のウマ娘は、呆れた様子で目の前の亡霊にそう言った。しかし、亡霊は気にした様子を見せない。
「知るか。テメェは黙って俺様に協力していればいい」
「……」
亡霊の言葉に、車椅子のウマ娘は何も返さない。そんな様子を見て、亡霊は詫びるように言った。
「冗談だよ冗談。これでも俺様はテメェに感謝してんだぜ?」
亡霊は車椅子のウマ娘に近づく。護衛が守ろうと亡霊の前に立ちふさがろうとするが、車椅子のウマ娘がそれを制止する。
一歩、また一歩と近づいていき……亡霊は車椅子のウマ娘の目の前に立った。
「テメェのおかげで、俺様はあの国を出れたんだからな。だから感謝してるんだぜ?なぁ」
亡霊は、嗤いながら告げる。
「Sun Brigadeさんよ」
車椅子のウマ娘、Sun Brigade……サニーはその言葉に毅然とした態度で返す。
「あなたのためではありません。あの子の……ファントムのためです。私はあの子を……託されたのですから」
「託された……ねぇ?」
亡霊は嗤う。その態度に、護衛の1人が腹を立てたのか異議を申し立てる。
「何がおかしい……ッ!?」
「いやなぁに。随分面白れぇこと言うんだな。託されたっていうけどよぉ……」
亡霊は、なおも嗤う。おかしそうに、愉しそうに告げる。
「テメェは守れなかったじゃねぇか。アイツをよ。えぇ?かつての消防士さん?」
「……ッ!」
サニーは顔を伏せる。それは、彼女自身にとっても痛いとこだった。
Sun Brigadeというウマ娘は、かつては消防士だったウマ娘である。しかし、車椅子に乗っている今の状態からも分かるようにすでに現役を退いている。そして、彼女が車椅子生活を余儀なくされた原因こそが……ファントムに亡霊が憑りついた……全ての始まりとなった、あの日である。
サニーはあの日のことを酷く後悔していた。自分はファントムというウマ娘を託された。だが、結果は……。
「コイツを助けようとして、結局助けられずに倒れてきた柱の下敷きになった。そのせいでテメェの脚は使いもんにならなくなった。俺様がコイツに憑りついて助けなきゃ、テメェはあそこで死んでただろうな。そこんとこどう思ってんだ?」
目の前の亡霊の言うように、サニーはファントムを助けることができなかったのだ。サニーはそのことを……酷く、後悔していた。
サニーは何も言えずにいる。
「……」
「おいおい?なんか言ってくれよ?テメェの口は何のためについてんだ?」
それを見て、亡霊は嘲笑うように口撃する。
「守るための消防士が、守るべき対象に守られて……なんも思わねぇのか?」
「……っ」
「加えて、アイツにも近寄れない。悲しいよなぁ?辛いよなぁ?でも、どうしようもねぇもんなぁ?」
「……っ」
サニーはジッと耐えている。罪人が罰を受けるかのように。ただジッと、己の罪を聞いていた。
「なぁ、そこんとこ……」
「黙れぇぇぇぇぇぇっ!」
護衛の1人が、亡霊に対して掴みかかる。それを亡霊は軽くいなした。亡霊に掴みかかった護衛は、息を荒げながら亡霊を糾弾する。
「貴様に……!貴様にSun Brigade様の何が分かるッ!?」
「分かるかよ。分かろうとも思わん」
「Sun Brigade様はあの日のことをずっと後悔していらっしゃる!今でも悪夢として見るぐらいだ!それを貴様は……ッ、貴様はッ!」
「……ふーん。そうかい」
あの日のことを後悔している、その言葉に亡霊は一瞬反応を示した。だがそれも一瞬のこと。すぐに嘲るような表情に戻る。
護衛は、なおも息を荒げながら亡霊を責め立てた。
「この悪魔めが……ッ!早くファントムお嬢様の身体から出ていけッ!」
その言葉を聞いた亡霊は嗤う。
「おいおい?言うに事欠いて悪魔かよ?これでも女の子なんだぜ?もっとチャーミングに呼んでくれよ。それはそれで不愉快だから潰すが」
亡霊は余裕な態度を崩さない。会話の主導権は、亡霊にあった。
そんな折、サニーの凛とした声が書斎に響く。
「止めなさい。私は、傷つけろなどと指示した覚えはありませんよ」
サニーの言葉に、護衛は異を唱える。
「し、しかしSun Brigade様……ッ!」
「構いません。彼女の言っていることは全て事実。私はあの子を……ファントムを守ることができなかった。それは事実であり、そのことを酷く後悔しているのもまた事実。こうして罵られるのもまた……私が受けるべき罰なのです」
護衛はサニーの言葉を聞き、納得いってない表情を見せながらも引き下がった。サニーは亡霊の方を向いて尋ねる。
「それで……エクリプス。あなたに聞きたいことがあります」
サニーの言葉を受けて亡霊……エクリプスは怪訝な表情を浮かべる。
「あん?聞きたいことだと?」
「えぇ。……あの子は、ファントムは学園で元気にやっているかしら?」
「……」
エクリプスはサニーの言葉に考え込むような仕草を見せる。少しの静寂の後、エクリプスは答えた。
「元気にやっているさ。何も問題はねぇ」
「そうですか……良かった……」
「ファントムお嬢様……」
「友達もできたそうよ。元気そうで良かったわ……」
エクリプスの言葉に、サニーと護衛達は安堵した表情を浮かべる。それは、親が子の無事を確認したかのような表情だった。
しかしそれも一瞬のこと。サニーはエクリプスを真面目な表情で見据える。
「頼みますよエクリプス。あの子は優しい……いえ、優しすぎる。そのせいで、酷く傷ついてきてしまった。そんなあの子を……私は視界に入らないように黙って見守ることしかできません」
「……歯がゆいもんだなテメェも」
先程の茶化すような態度はエクリプスにはない。サニーの現状を知っているからだ。
ファントムのために何とかしてあげたいのに、何もしないことこそが正解だと、その現状に甘んじるしかない。それこそがサニーの最適解であることを知っているエクリプスは、サニーを茶化すような気分にはなれなかった。
サニーはエクリプスに頭を下げる。
「これからもどうか、あの子のことをお願いします」
「……フン」
サニーの言葉に、エクリプスは鼻を鳴らすだけだった。
「話はそれだけか?だったら俺様は帰るぞ」
エクリプスはサニーにそう告げる。しかし、サニーは……。
「待ちなさい」
そんなエクリプスを、制止した。先程同様……いや、それ以上に気を引き締めているのかエクリプスを厳しい目で睨みつけている。エクリプスも、そんなサニーを睨みつける。
「……おいおいどうした?そんなに睨みつけちまってよ。まだなんかあんのか?」
「あります。とても……とても、重要なことが」
おどけた様子のエクリプス。それでもなお真面目な態度を崩さないサニーを訝しみ……何かを思い出したかのようにハッとする。
「おっと、そういやそうだったな。俺様としたことが……重大なことを忘れていたぜ」
「……頼みますよ。これこそが、今回の目的なのですから」
「分かっているさ」
言いながら、エクリプスはサニーへと近づく。護衛は……先程とは違い、サニーを守るようには動かない。やがてエクリプスは再びサニーの目の前に立つ。そして、一枚の紙をサニーに手渡した。
「ホラよ。これが今回の目的のブツだ」
サニーは紙を広げて確認する。間違えないように、何度も何度も紙に書かれている内容を見直していた。
「……これで、間違いありませんね?」
「あぁそうだ。しっかし、危うく忘れちまうところだったぜ。……ちゃんと用意できるんだろうな?用意できねぇんだったら……容赦しねぇぞ」
エクリプスの言葉に、サニーは不敵な笑みを浮かべる。まるで問題ないとばかりにサニーは答えた。
「見くびらないでちょうだい。私を誰だと思っているの?」
サニーはエクリプスを真っ直ぐに見据える。その態度に、エクリプスも笑みを浮かべた。
「……なら、しっかり頼んだぜ」
エクリプスがサニーに頼んだもの……それは。
「今年のコイツのクリスマスプレゼント……抜かるんじゃねぇぞ」
「無論よ。……それじゃああなた達、今からこの紙に書かれているものを手配なさい!用意できなかったら……分かっているでしょうね!」
「「「Yes Ma’am!」」」
ファントムの、クリスマスプレゼントである。
「しっかし、本当に助かるぜ。俺様じゃあこっそり置くことはできても用意することができねぇからな。代わりに手配してくれて助かるわ」
「構いません。あの子の笑顔のためですから。そのためなら……どんなモノであっても私達は用意してみせましょう。代わりに、プレゼントを枕元に置くのは頼みましたよ、エクリプス」
「あぁ任せておけ」
サニーとエクリプスは固く握手を交わす。そしてその会話を最後に……エクリプスは屋敷を去っていった。おそらく学園に戻るのだろう。
エクリプスが去った後、護衛はサニーへと詰め寄る。
「Sun Brigade様、何故あの亡霊に対して何も言い返さないのですか?」
「……どういう意味かしら?」
護衛の質問に、サニーは厳しい視線を向ける。それでも護衛の1人は怯むことなく続けた。
「あの亡霊……エクリプスは非常に傲慢な性格をしています。全てを見下し、自分こそが頂点だと信じて疑わない……それまではまだいいでしょう。しかし、彼女の悪意は底が見えない。敵を作り、あまつさえSun Brigade様の古傷を抉るような発言を繰り返しています。それがファントムお嬢様にも向いたらと思うと……」
「心配ありませんよ」
護衛の言葉を最後まで聞くことなく、サニーはそう断言した。
「エクリプスはファントムに対してはとても誠実です。あの子の言うことだけは、素直に聞きますから。加えて、エクリプスがファントムに対して悪意を向けることは絶対にありません。それは、これまでのエクリプスを見ていれば分かることです」
「しかし……」
「それに、エクリプスの言っていることは事実です。彼女は事実を述べているだけ。私も、その事実から目を逸らすわけにはいかない。だからこそ、彼女を糾弾する気はありません」
「ですが!いつかファントムお嬢様に牙を向ける日が……」
「それこそありません。そうするつもりならば……すでにファントムの身体を乗っ取るなりなんなりしているでしょうから。それをしていないのは……彼女にもまだ、迷いがあるから」
「迷い……ですか?」
「そう。本当にこのままでいいのか?これで合っているのか?そう思わずにはいられないのでしょう、彼女も。その選択の末にエクリプスがどういった選択をするのか……私は、それを黙って受け入れる覚悟です」
サニーは、Sun Brigadeは目を閉じて逡巡する。考えるのは2人の少女のこと。ファントムと、エクリプス。
「いつの日か……彼女達が救われる日が来ることを祈りましょう……」
Sun Brigadeは手を組んで祈る。いつの日か、ファントムとエクリプスの2人が救われることを。
トレセン学園へと戻る道中。俺様は1人歩いている。まぁこんな時間に出歩いている奴の方が稀だろう。俺様の格好はパーカーのフードとお面をつけていることから、不審者通報まっしぐらコースなわけだが。それも仕方のないことだ。
別に俺様自身の正体がバレようが知ったこっちゃない。勝手に騒げばいいし、騒げばその分だけ命知らずの塵が俺様に勝負を挑んでくる。本来ならば、そっちの方が良いだろう。
だが、コイツ……今も眠っているファントムのことを考えたら、素顔を隠さないという考えは下の下だ。間違いなく注目されるし、それは俺様の望むところではない。
しかし順調だ。怖いぐらい順調に進んでいる。
「コイツの身体を乗っ取って、世界中の塵共を俺様の糧として喰らう。順調だぜ、怖いぐらいにな」
俺様の目的としては、最終的にコイツの身体を乗っ取るつもりでいる。それはコイツに憑りついた時から考えていることであり、今も考えは変わっていない……はずだった。
『私がもう一人の私を裏切るなんてことは絶対にない。私はいつだって、もう一人の私のために行動している』
脳裏に浮かぶのは、コイツの顔。俺様と同じ……否、俺様と同じになってしまった、ファントムという少女の決意の籠った表情だった。
絶対に俺様を裏切らない。常に俺様のために行動している……常日頃からコイツが言っていることだ。その表情が、浮かんでくる。
次に浮かんでくるのは……もう滅多に見れなくなった、アイツの笑顔。
『エっちゃんすごーい!』
『わたしもエっちゃんみたいにつよくなる!エっちゃんのために!』
『きにしなくていいよ!わたし、エっちゃんのちからになれるのがうれしいから!』
次々と浮かんできては、胸が痛む。
「クソが……ッ!なんだってんだ……ッ!」
思わず胸を押さえつける。しかし、この胸の痛みは治まらない。
「これでいい……これでいいはずなんだ……ッ!最初っから、そうするつもりでコイツを選んだんだろうが……ッ!」
俺様がこの世界に蘇るための器として、蘇って……全てのウマ娘を絶望へと叩き落すための器として選んだんだ……!今更自責の念でも感じてんのか……ッ!
これでいい、これでいいと自分に言い聞かせるものの……。最後までこの胸の痛みがなくなることはなかった。
モンジューを案内していた黒服とその主。亡霊には協力的……というよりはファントムに対して協力的な模様(主は亡霊にも協力的)。ついでにいつぞやのクリスマスプレゼントを用意していた謎が明らかに。
迷う亡霊。