「「「オープンキャンパス?」」」
「そうだ。毎年どこかしらのチームがオープンキャンパスの案内役となるんだが……今年はチーム・スピカに決まりましたー!ハイ拍手ー!」
はえーそんなものがあるんですねぇ。とりあえず拍手しときましょう。パチパチ。
練習が終わったある日の部室。トレーナーが何やらテンション高そうに私達にそう告げました。なにやら、トレセン学園のオープンキャンパスの案内役に我らがスピカが選ばれたそうです。
オープンキャンパスと言えば、将来ここに入学するウマ娘達を案内するための重要な役割。言うなれば、未来のスターが学園に入学するかは我々にかかっていると言っても過言ではありません……。これは気を引き締めなければ!
”過言だろ。ここは上澄み中の上澄みだぞ?一応。入ろうと思っても入れる塵は限られてるし、入れる奴はそもそも案内なんかなくても勝手に入ってくるだろ”
「……それはそう」
そうなんですよねぇ。そもそも中央は上澄み中の上澄みですし。まあでも良い印象を抱かれるに越したことはありませんから。そのためまず私がやるべきことは1つです。私はゴルシとマックイーンにクロス〇ンバーを食らっているトレーナーの悲鳴を無視して部室の中をくまなく探します。
「何探してるんですか、ファントム先輩?」
「……確か、この辺にあったはず」
そして部室の隅っこの方。ようやく発見しましたよっと。私が探していたものは……これです!
「……着ぐるみ?」
「しかもたづなさんをゆるキャラっぽくしてますね。これがどうしたんですか?ファントムさん」
スペちゃん、その疑問に答えてあげましょう。答えは単純明快ですよ。
「……私の姿だと怖がらせるから、これで対策。オープンキャンパスの日は、これで1日乗り切る」
「あぁ~……まぁ、そうですね。ファントムさんの見た目考えると……」
その哀れむような目を止めなさいスペちゃん。自分で言っておいてアレですけど結構悲しいんですよ。しょぼん。
”仕方ねぇだろ。テメェは見た目の時点でアウトなんだからよ”
「……お面とフードを取ればスーパー美少女」
”はいはいスーパー美少女スーパー美少女。分かったからちゃんと中洗っとけよソレ”
分かってますって。埃被ってましたし。
「にしても、たづなさんの許可取ってるんスかコレ?随分緻密に作られてますけど」
「……さすがに無許可で作らないよウオッカ。ちゃんと許可を取って作ってある」
「普段はどういうところで使ってるんですか?ファントム先輩」
「……最後に使ったのは、地元のPRイベントの手伝いの時だったかな?たづなさんに勧められて、この格好で参加した」
そんな会話をしながらスピカのメンバーは解散しました。今日も1日が終わろうとしています。あ、ちなみにスズカは海外遠征に行ってます。アメリカでも頑張ってみるみたいですよ。たまにビデオ通話でやり取りしています。
たづなさん着ぐるみの洗濯と補修をやって、いつものトレーニングもやって。明日に備えてしっかりと休みましょー。
「……それじゃあ、お休み」
”おう。しっかり休めよ”
お面を外して、フードも外して……っと。ベッドで横になります。さて、明日のオープンキャンパスが楽しみですね。きっと楽しい1日になるでしょう。すやぷぅ。
──燃える、燃える。何かが燃えている。辺り一面火の海だ。
床が燃えている。壁が燃えている。物が燃えている。人が──燃えている。
場所は分からない。ただ、建物内ということは分かる。辺りを見渡す。文字が書いてある。だが、なんて書かれているのかは、分からない。ぼやけているし、燃えているせいで視界がとても悪い。
『──ちだ!──く!』
『えぇ──ほら、フ──も!』
『──マ。──いよぉ──ッ!』
青白い髪の幼い少女が、2人の大人に手を引かれて逃げている。少女の両親だろうか?それは分からない。火の手から逃げるように、必死に、必死に逃げている。
『──ぶだ、──しで──ッ!?』
『──ムっ!』
少女は、大人に突き飛ばされる。そこから先の景色は、見えない。
場面が切り替わる。今度は一面火の海だったさっきとは違って、のどかな風景が広がっていた。どことなく懐かしいような……でも、記憶にはない景色が広がっている。先程とは違う髪色をした少女が、家の前に立っていた。ただ今度の少女の姿は、どことなく見覚えがあった。というよりも……私を小さくしたら大体この少女ぐらいになるだろうか?それぐらい似ていた。
少女の目の前には、家の主であろう大人が立っている。だが、その大人の表情は……怒りに満ちていた。
『鬱陶しい子だね!消えておくれッ!』
『なんで……ッ?おばさんッ!わたしだよっ!?ふぁんとむだよ!どうしてッ!?』
『うるさいっ!無神経な子だね!あなたがファントムちゃんだなんて嘘をつくんじゃないよ!』
少女は、大人に対して必死に何かを訴えかけている。だが、大人はまともに取り合わない。むしろ、少女が何かを言うたびにさらに怒りは強くなっているようだった。
──知らないはずなのに、胸が痛い。ズキズキと痛む。心が痛む。どうしてだろうか?なんでだろうか?
場面は次々と切り替わる。そのどれもが知らない景色。そして……そのどれもが、一般的にろくでもない景色だった。
嫌悪するような視線、憐れみのこもった視線。少女を囲んでいたり、遠巻きに何かを言っている。悪意に満ちた言葉や視線が、少女に向けて注がれている。
ある時は小さな子達に囲まれている景色。
『やーいやーい!のろわれたこだー!』
『おまえのおやも、どうせおまえをすてたんだろー!』
『ちがうもん!わたし、のろわれたこなんかじゃないもん!すてられてなんかないもん!』
ある時は聞こえるぐらいの声で陰口を言われる景色。
『ねぇ聞いた?あの子両親に捨てられたみたいよ?』
『酷い親ねぇ。まぁ誰もいないところで会話するような子だし、当然よね』
『きっと鬱陶しくなったのよ。可哀想に』
『……ちがうもん。すてられてなんかないもん。いいこにまってれば、すぐむかえにきてくれるもん』
ある時は、車に轢かれそうな子を助けたと思ったら、助けた子の母親に罵詈雑言を浴びせられる景色。
『あなた!うちの子になんてことしてくれるの!?』
『え?た、たすけようとおもって……』
『うるさいっ!あぁ可哀想に……痛かったわよね?あの子に突き飛ばされたのよね?』
『ち、ちがうよね?わたしはたすけて……』
『……うわーん!あのこがぼくをつきとばしたー!』
『あぁ膝も擦りむいちゃって……どうしてくれるのよ!』
『な、なんで……?どうしてこうなっちゃうの……?わ、わたしはただ……たすけようとおもっただけなのに……』
次々と場面が切り替わる。遠巻きに哀れむような視線を送られる。場面が切り替わる。罵倒されている。場面が切り替わる、切り替わる、切り替わる。そのどれもが、ろくでもない景色だった。嫌悪、哀れみ。悪意が少女を襲っている。心が痛む。知らないはずの景色に、心が痛む。
また場面が切り替わる。部屋の中で少女は横たわっている。だが……少女は憔悴しきっていた。誰の目に見ても分かるぐらいに少女は衰弱していた。身体は大丈夫だ。だが……心という器が、限界を迎えている状態だった。
『わたし……たすけ……みんな……ぱぱ……まま……やくそく……』
うわごとのように呟いている。……あまりにも痛々しかった。
突如、少女が頭を抱えだした。想像を絶する痛みなのか、少女はもがき苦しんでいる。その景色には……不思議と、見覚えがあった。そう思った時。
『ア……グ……ッ、ア、ア、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!』
少女の絶叫とともに、その景色は終わりを告げた。
──意識が覚醒します。ですが……ッ!
「……ッ!あ゛ぁ゛ッ!」
何なんですかこの夢は……ッ!過去最高に夢見が悪かったですよ!最悪です、最悪の気分です……ッ!あんな夢みせられて、気分が悪くならない子なんていないですよ!
でも、それ以上に不快なのは……ッ!
「……なんで私の記憶にない夢を見るんですかッ!」
私は、夢で見た景色を何ひとつ知らないということですッ!そのことが、私の苛立ちを加速させます。さすがにモノに当たるわけにはいきませんから、声を出して苛立ちを少しでも抑えます。
”おいどうした!?何があった!?”
もう一人の私が、心配そうに私を見ています。普段こそ傲慢な態度を取っていますが、私の様子がおかしいと必ず心配してくれます。優しいですね。少し苛立ちが収まりましたよ。心が落ち着いていくのを感じます。
……ですが、心は落ち着いても体調は最悪です。さっきから頭痛が酷いですし、身体も鉛のように重い……ッ!さっきの、夢の影響ですねコレは……ッ!
「……酷い夢を見た。よく覚えてないけど……大勢の人から悪意を向けられてたことは、覚えてる」
”悪意だと?……まさかッ!?”
心当たりでもあるんでしょうか?なにかに気づいたような仕草を取りましたが……。
「……心当たりあるの?」
”……いや、ねぇ。だが、随分ろくでもねぇ夢だったみてぇだな。体調も最悪だろ?”
正直、心当たりあります見たいな態度でしたけど……良いでしょう。話さないってことは本当に分からないかもしれないですし、もしくは私にとって必要のない情報なのかもしれません。だったら、速く忘れるに限ります。嫌な記憶は、忘れるに限りますから。
「……さっきから頭痛が酷くて、身体が鈍りのように重い。正直、起きるのも億劫」
”そうか……。だったら、今日はもう休んどけ”
「……でも、オープンキャンパスの案内があるし」
”んなこと言ってる場合かよ!いいから休め!”
「……でも」
私は何とかならないかと懇願します。すると、もう一人の私は根負けしたのか……。
”~~ッ!だぁクソ!分かった分かった!だったら、俺様がお前の代わりにオープンキャンパスとやらをやってやる!”
「……本当?でも、大丈夫?」
”二言はねぇ!それに、テメェのフリをするのも任せろ。まともにやりゃあ、今までだってバレたことねぇだろうが”
「……そうだね。じゃあ、よろしく」
私はもう一人の私に意識を渡します……
「……~~ッ!クソが!少しは自分を大事にしろってんだ!」
”……ゴメン”
申し訳なさそうにコイツは言うが、俺様はそれを一蹴する。
「謝るんじゃねぇ。テメェは少しでも体調を回復することに専念しろ」
”……うん。それじゃあ、後はよろしく”
そういってコイツは引っ込んだ。……なんでそこまで固執するかねぇ。
「え~っと……確かこの着ぐるみを着るんだったか?ったく、なんで俺様がこんなこと……」
コイツの頼みじゃなきゃ絶対やらねぇぞこんなの。
……それにしても、大勢の人から悪意を向けられる夢……か。
「また記憶を奥底に封印する必要があるな……。クソが、なんで思い出すようになってきやがった?」
一番考えられる要因として……環境の変化か。だとすれば、あの霊障女共との関りを断てば……。
「……いや、それは愚策だな。コイツの精神に悪影響を及ぼす可能性がある。俺様の器として、不備があったら困るからな。できる限り避けたい」
……それだけじゃないと感じるが、それは無視することにした。俺様にとってコイツはただの器。それだけだ。そう自分に言い聞かせる。
俺様は着ぐるみを持って外に出る。周りからは一瞬奇異の目で見られたが……俺様ということに気づいてすぐに興味を失くしたようだ。
さてと。コイツのためにも頑張りますかね。
──その後のオープンキャンパスだが。
「見てキタちゃん!たづなさん風の着ぐるみがブレイクダンス踊ってるよ!?」
「す、凄いねダイヤちゃん!トレセン学園ってやっぱり凄い人がたくさんいるんだね!」
たづなさんの姿を模した着ぐるみがブレイクダンスを踊っていたり。
「え?くれるの?ありが……わぁ!?」
「え!?紙が爆発して……アレ?わぁ!お花と一緒にパンフレットが!」
手品を披露していたり。
「ゼェ……ゼェ……な、なんだいあの着ぐるみは……。は、速すぎないか……?」
「お、おったまげ~……」
リギルのレースに飛び入り参加しては、1着をかっさらたりと。なんか色々していた。それを見たスピカのメンバーは……。
「姉御毎回面白れぇことやってんなぁ」
「面白いで済ませていいのですかアレは?」
「き、着ぐるみであんだけ動けるってヤバくない……?」
「俺には一生できなさそー……。いや、やりたくもないけど」
「……何やってるのさファントム!?」
「ファントムさん通常運転ですね」
もう慣れたような反応だった。
着ぐるみで色々とはっちゃけてますが、スピカメンバーの反応からも分かる通りファントムならやりかねないという意識を持たれています。信頼の賜物だね。
たづなさん着ぐるみの見た目は某ダヨーさんをたづなさん風にアレンジしたものです。