そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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テイオーの骨折を聞いたスピカのメンバーは。


亡霊少女と報せ

 て、てえへんですてえへんです!テイオーが日本ダービーを勝って喜んでいたら……。

 

 

「「「こ、骨折!?」」」

 

 

「……あぁ。しかも、軽い骨折じゃない。医者の話だと、早くても復帰は来年の春頃になるだろう……ってことらしい」

 

 

 来年の春……じゃあ!?

 

 

「……菊花賞には間に合わない?」

 

 

「そんなぁ!?せっかく無敗でダービーを制したのに!」

 

 

 みんな口々に残念そうな声を上げてます。気持ちは分かります、凄く分かります。クラシック3冠まであと一つ。菊花賞を制することができればテイオーが尊敬しているルドルフと同じ、無敗の3冠ウマ娘になれるっていうのに……!

 

 

”……ま、レース後やライブ中もどことなく様子がおかしかったからな”

 

 

「……それはそうだけど。でも、テイオーの3冠の夢は?」

 

 

”諦めるしかねぇんじゃねぇの?骨折してんだからよ”

 

 

 ……確かにそうかもしれませんけど。でも、個人的な感情として諦めたくはないです。

 

 

”はいはい。んなこったろうと思ったよ。ただ、この場には肝心のクソガキがいねぇ。クソガキがこの事態をどう受け止めているかによって対応を変えろ”

 

 

「……諦めてたら?」

 

 

”テメェもすっぱり諦めろ。……つっても、あのクソガキが諦めるとは思えんがな”

 

 

 ……それもそうですね。テイオーの意見が重要ですし、何よりこの場にはテイオーがいません。私がどう動くかは、テイオーを待ってからでも遅くはないでしょう。

 

 

「とにかくテイオーはまだ入院中だ。俺もちょっと私用があるから……ファントム!」

 

 

「……何?」

 

 

「みんなの練習を見ておいてくれ。頼んだぞ」

 

 

「……分かった」

 

 

 トレーナーから大役を任されましたね。気合が入るってもんです。フンスフンス。

 トレーナーは件の私用で席を外したので……残ったメンバーで練習をしていくことになります。今日はグラウンドを借りられなかったので神社に行きましょうか。なんだかんだあそこで練習するのが恒例になっているような気がします。

 

 

「……じゃあ、神社に行こうか。今日はそこで階段ダッシュをするよ」

 

 

「「「……はい」」」

 

 

 うーん、やっぱりみんなテンションが上がってませんね。仕方ないといえば仕方ありません。大事なチームメンバー、しかもクラシック3冠が目の前だったのに絶望的な状況に立たされているわけですから。テイオーが気になって仕方ないといったところでしょう。かく言う私も気になっています。

 ですが、私はみんなを諭します。

 

 

「……やっぱり気になる?テイオーのこと」

 

 

「はい……テイオー、ルドルフ会長と同じ無敗の3冠ウマ娘になることに拘ってましたから」

 

 

「……そうだね。テイオーはそのために一生懸命頑張っていた。それは、みんなも知ってること」

 

 

「「「……」」」

 

 

「……でも、それで私達も立ち止まっちゃってたらテイオーは余計に気に病んじゃうよ?自分のせいでみんなに迷惑を掛けた……そう思うかもしれない」

 

 

「あ……」

 

 

 みんなもハッとした表情を浮かべています。後もう一押しですね。

 

 

「……それに、テイオーが骨折ぐらいで菊花賞を諦めると思う?医者から無理だって言われたぐらいで、あのテイオーが諦めると思う?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

「……いや、んなわけねぇっすよね!テイオーがこの程度のことで諦めるわけねぇ!」

 

 

 ウオッカが威勢よくそう言います。それにつられるように、みんなのテンションが上がっていきますね。良き良き。

 

 

「そうですわね。わたくし達の知っているテイオーならば、これしきの苦境で諦めるはずがありません」

 

 

「そうです!テイオーさんは凄いんですから!」

 

 

「フン!アンタにしては良いこと言うじゃないウオッカ!」

 

 

「俺にしてはってなんだよ!?少しは素直に褒めろよな!」

 

 

「そうだそうだ!なんてったってテイオーは姉御に100回負けても挑んでるぐらいだからな!」

 

 

「それは褒めてませんわよ……いえ、ある意味褒めてるのでしょうか?」

 

 

 なんか余計なお世話だよ!ってテイオーの声が聞こえたような気がしますが……まぁ気のせいでしょう。この場にテイオーはいませんし。

 

 

「……じゃあ、みんなの気分が戻ってきたところで早速トレーニングにいこうか」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 さっきとは違っていい返事ですね。それでは、練習にレッツラゴーです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな調子で一日も終わって寮に戻ってきました。私は自分の部屋で自主トレをしています。あの後の練習は充実したものになりましたよ。みんなテイオーに心配かけまいと頑張っていました。特にマックイーンの気合いの入りようは凄かったですね。

 

 

『ファントムさん。わたくしと階段ダッシュのタイムで勝負していただけませんか?』

 

 

『……珍しいねマックイーンが勝負を仕掛けに来るなんて』

 

 

『わたくしも、宝塚記念がありますから。わたくしの本領は長距離ですが……たとえ中距離であっても負けるわけにはいきません。なので、勝負をお願いできますか?』

 

 

『……いいよ。それじゃあスペちゃん、タイムの方をお願い』

 

 

『わ、分かりました!』

 

 

 マックイーンの方から私に勝負を仕掛けるなんて珍しいこともあったもんです。あ、勝負は私が勝ちました。ただ、負けてもマックイーンは闘志を滾らせていましたね。うーん、良いことです。そのまま成長していってくださいね。

 

 

”おい、リズムが乱れてんぞ”

 

 

「……ゴメン、ちょっと考え事に夢中になってた」

 

 

”別に考え事をするなとは言わん。むしろ積極的にしろ。だが、たとえ意識を別のことに割いても一定のリズムで動かすことを意識しろ”

 

 

「……分かった」

 

 

 普段だったらリズムは乱れないんですが……、フフ、我ながら思っている以上に期待を抱いているのかもしれませんね。時が来るのが楽しみです。

 ……それにしても。気になることはもう一つあります。それは、テイオーのこと。

 

 

「……私は」

 

 

”あん?どうした?”

 

 

「……テイオーが骨折した原因は分かる?」

 

 

”急にどうした?クソガキが骨折した原因だと?”

 

 

「……うん」

 

 

 だってテイオーはあんなに調子良さそうだったんですよ?それに領域(ゾーン)も問題なく使えてましたし。身体も出来上がっているはずです。なんで骨折なんてしたんでしょうか?

 

 

”そうだなぁ……あくまで俺様の推察になるが”

 

 

「……うん」

 

 

”身体が柔らかすぎたのが原因だろうな”

 

 

 身体が柔らかすぎた?どういうことでしょうか?

 

 

”クソガキの身体の柔らかさ……バネ、とでも言えばいいか?ありゃ天性のものだ。こと身体のバネに限れば……俺様以上と言っても過言じゃねぇだろうな”

 

 

 あら、随分な高評価ですこと。

 

 

「……珍しいね。そこまで言うなんて」

 

 

”俺様も褒める時は褒める。事実を認めずに目を逸らすのは三流のやることだからな。それに、あのクソガキの才能に関しては誰もが認めてるだろうさ。ま、それを含めて諸々を総合したうえで、俺様からすれば塵ってだけの話だ”

 

 

 そこは譲らないんですね。ある意味良かったって思ってますよ。……いや、良いことなんですかね?

 

 

「……でも、身体が柔らかいってのは良いことじゃない?怪我もしにくいし」

 

 

”普通ならな。だが、あのクソガキは柔らかすぎたんだよ”

 

 

 柔らかすぎた?……あ~、何となく理解してきましたよ。

 

 

「……テイオーのバネの強さに、テイオーの身体が追いついていない?」

 

 

”簡単に言やぁそういうこった。だからこれから先も……あのクソガキは骨折との戦いになるだろうな”

 

 

 ……まぁそうでしょうね。テイオーが持っている天性の才能が根本的な原因になっているわけですから。それを使用し続ける限り、テイオーはまた骨折してしまうでしょう。

 対策自体は簡単です。テイオーが今やっている走りを封印して、新しいフォームを見つけ出せばいい。ですがそれは……。

 

 

「……別のフォームで走ろうって言っても、テイオーは絶対に納得しないだろうね」

 

 

”だろうな。それに、クソガキの強さはあのバネの強さにある。それを封印して走れってことは……自分が持つ最大の強みを使わずに走れって言ってるようなもんだ”

 

 

「……全力を出すなって言ってるに等しいね」

 

 

”まさにガラスの脚だな。全力を出すためにはあのバネを使わざるを得ない。だが、使ったら使ったで今度は骨折がつき纏う。長い時間をかけて身体を作っていきゃあ、いつかはあのバネにも耐えれる身体を作れるだろうが……”

 

 

「……少なくとも、菊花賞までには無理だね」

 

 

”そういうことだ”

 

 

 しかし、柔らかすぎるが故の弊害ですか……。テイオー……。

 いえ、私がこんな調子じゃダメですね。一番辛いのはテイオーなんです。私までネガティブになるのはいけませんね。後私、そんなキャラじゃないですし。

 別のことを考えましょうか。そういえば……。

 

 

「……そろそろブルボンとライスちゃんもメイクデビューだったかな?」

 

 

 確か、ブルボンは9月に、ライスちゃんは8月にメイクデビューって聞いた記憶があります。無事に勝てますかね?そこんとこどう思います?

 

 

”余程のアクシデントがない限りは勝つ。サイボーグ娘も不幸娘も、ポテンシャルに関しちゃピカ一だからな。ただ少し心配なのは不幸娘の方だが……”

 

 

「……気持ちは分かる。ライスちゃんはステイヤータイプだから、メイクデビューの短い距離にどこまで対応できるか」

 

 

 ライスちゃんの本領が発揮できるのは長距離ですからね。さすがにメイクデビューに長距離のレースはないですし……それがどう転ぶかでしょうか?

 

 

”ま、なんとかなんだろ。それよかテメェはテメェの練習をしろ”

 

 

「……リズムは狂わせてないよ」

 

 

”分かってる。だが、数を超過しそうだぞ”

 

 

「……あ」

 

 

 リズムを一定に保つことに集中しすぎていつの間にか終わってました。これは失敗ですね。やっちまいました。

 

 

「……まぁ、こんな日もある」

 

 

”……それを習慣づけるんじゃねぇぞ”

 

 

「……もち」

 

 

 さぁて。そろそろトレーニング終わりということで……お?扉がノックされましたね。来ましたか。

 

 

「お疲れ様ファントム。お風呂が空いたよ」

 

 

「……いつも助かる、フジ」

 

 

「気にしないでくれ。それじゃあ、行ってらっしゃい。見張りも立てておくよ」

 

 

 そんなわけでトレーニングを終えた私は大浴場で汗を流しました。トレーニング後の大浴場……この一時のために生きていますね。お風呂最高。

 テイオーの復帰、ブルボン達のデビュー戦、マックイーンの宝塚記念……。はてさて、どう転びますやら。楽しみです。




亡霊も褒める時は褒める。

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