テイオー骨折の報せを聞いてから数日後。
「たっだいまー!みんな!ボクがいなくて寂しかった~?」
「「「て、テイオー(さん)!?」」」
何とテイオーが退院してスピカの部室に顔を出してきました。いや、いくら何でも退院早くないですかね?もしかして本当はそんなに重い怪我じゃなかったり……。
”んなわきゃねぇだろ。よく見ろ、少し無理してんぞクソガキ”
……やっぱり、ですよね。退院も、本来の日取りよりも前倒しして退院したのでしょう。その理由も何となく察しがつきます。
「思ったより元気そうじゃねぇかテイオー!」
「本当!これでまたうるさくなるわね」
「嘘つけ。お前本当は心配してたくせに」
「ハァ!?何よ!なんか文句あんのウオッカ!」
「でも、大丈夫そうでよかったですテイオーさん!」
みんなの言葉にテイオーは照れ臭そうに笑みを浮かべてます。愛い奴め。
「菊花賞のためにも、ここで諦めるわけにはいかないからね!予定よりも早く退院したんだ!」
「菊花賞?テイオーそれは……」
マックイーンが言い淀んでいると、トレーナーが分厚い紙束を出してきました。……いや、かなり分厚いですね。え~と何々……【トウカイテイオー菊花賞復帰バッチリプラン】?
「テイオー!完成したぞ。お前が菊花賞を復帰するために組んだ、俺が考えうる限りの最善のプランだ!ちゃんと確認しておけ!」
「ぶ厚っ!?何ページあるのさコレ!みんなすごくないこれ?」
「そうですわね……。ですが、菊花賞に復帰するとなったらこれぐらいは普通のことかと」
「……そうだね。ただでさえ医者の言葉だと復帰は来年の春頃って話だし。それを前倒ししようとしているわけだから」
ですが、テイオーとトレーナーは勿論我々も微塵も諦めていませんね。もう一人の私は……割愛で。
”復帰しようが復帰しまいが、俺様の餌になりゃそれでいい”
ブレませんね本当に。
「テイオー。俺はお前が諦めない限り、全力でお前の夢を支える。それが俺の仕事だからな。それに何より……俺も、お前が無敗の3冠を取るところを見てみたい!だから、頑張るぞ、テイオー!」
「トレーナー……もっちろん!ボクは無敵のテイオー様だぞ~?これぐらいの逆境、よゆーだって!むしろ丁度いいハンデかな~?」
テイオーもいつもの調子ですね。うんうん、良いことです。
「ただし、1つ約束してくれテイオー」
「何さトレーナー?そんな真剣な表情をして」
「お前が菊花賞で復帰すると決めた以上俺は全力で支える。ギリギリまで粘って……それでもドクターストップがかかるようだったら菊花賞には復帰しない。予定通り、春の復帰を目途に切り替える。それを約束してくれ」
トレーナーはいつになく真面目な表情で言ってますね。まぁ、それも当然かと。ここで無理して、二度と走れなくなるなんて嫌ですからね。
テイオーもトレーナーの言葉に頷きました。
「……分かってる。菊花賞復帰に関してもボクのワガママだ。だからこれ以上ワガママを言う気はないよ。だからその分……しっかり頑張ってよね、トレーナー!」
「あぁ!任せておけ!それじゃあテイオーの菊花賞復帰に向けて……頑張るぞ!チーム・スピカー!」
「「「おー!」」」
おー。私も頑張りますよー。
「アタシは今猛烈に感動している!テイオー!アタシにできることがあったら何でも言ってくれ!リハビリもアタシ秘伝のワープも色々教えてやるからさ!」
「ゴルシが言うと怖いんだけど……。後ワープって何さ?」
「テイオーさん!私も……テイオーさんに夢叶えて欲しいです!」
「うん、スペちゃん。ボク頑張るよ!最後まで諦めない!」
みんな口々に応援の言葉を紡いでいます。さてさて、全員一丸となって頑張りまっしょい。
そんなわけで始まったテイオーの復帰への第一歩。まずテイオーがやっていることは……。
「どういうリハビリなのですか?テイオー。スペシャルウィークさんとゴールドシップさんの併走を眺めているようですが」
「ん~?トレーナーが言うにはイメージトレーニングだって。ああやって走ってるのを見て、自分だったらどうするか、どうやって走るのかをイメージするんだってさ。復帰後のイメージを湧かせるんだって」
イメトレでございます。大事ですよねイメトレ。
「……それで?テイオーとしてはどういうイメージを持ってるの?あの2人を相手にするんだったら」
私の言葉にテイオーは少し考えるように沈黙した後……口を開きました。
「ボクだったら……2人の前で走る。自分のベストポジションをキープして好位置は譲らない。2人は追い上げが凄い、でもボクだったらその圧を受けながらでも背中を見せ続けることができる……ってとこかな」
おぉ、確かなイメージを持っているようですね。良きかな良きかな。……てかなんでスペちゃんは両手ににんじんを持っててゴルシはルービックキューブ持ってるんですかね?なんかの練習で?
「なら、今度はわたくしが走る番です。しっかりとイメージしてくださいませ。もっとも、あなたのイメージよりもずっと速くて追いつけないかもしれませんが」
「言ったな~!そんなに言うんだったら見せてもらおうじゃん!」
マックイーンも発破をかけることでテイオーの闘争心を煽っていますね。テイオーのライバルならではのやる気のあげ方でしょう。
マックイーンはスペちゃん達との併走に行って……今度はウオッカが来ましたね。手には紙袋を持っていますが果たして中身はなんじゃろな?
「テイオー!俺のお古だけど使ってくれ!」
「なにこれ?随分重いけど……ダンベル?」
「そう!脚は使えなくても手は動かせるからな!これで上半身を鍛えるって寸法よ!」
成程。まぁアリですね。
「あー!ウオッカだけずるいわよ!テイオー!アタシからもこれあげる!」
「いいだろ別に。……で?お前のはなんだよ?」
「アロマよ!リラックスできるし、メンタルトレーニングにはもってこいなんだから!」
「ウオッカ……スカーレット……ッ!2人ともありがとう!早速使わせてもらうね!」
スカーレットはアロマですか。良いですね良いですね。例え脚は動かせなくてもやれることは沢山ありますからね。今できることを最大限に。いざ復帰した時に他の場所が鈍っているようでは大問題ですから。
2人も自分の練習に戻っていきました。私とテイオーの2人になりますね。……うーん、会話がないから気まずい。ですが、テイオーの方から話を切り出してきました。
「ファントムは自分の練習しないの?」
「……実はやってたりする」
テイオーが私は練習しないのかと聞いてきました。まぁ確かに傍目に見たら私は何もしてませんからね。そう思うのは無理もないでしょう。しかし、それは大いなる間違いです。
「え?でもなんもやってないじゃん」
「……私の座っている所をよく見てみるといい」
「ファントムの座ってるとこ?」
そう言ってテイオーは私のお尻の方へと目を向けて……驚いたような声を上げました。
「く、空気椅子!?もしかしてずっとそれやってたの!?」
「……そういうこと」
「ボクがここに座ってイメトレしてから大分時間経ってるけど……」
「……ずっと空気椅子だったよ」
「……本当にファントムって凄いね」
フフン、尊敬してくれても……ちょっと待ってください、なんで呆れたような視線を向けてるんですか?どういう感情ですかそれは。泣きますよ私。
”今日は体幹の強化を重きにおいてるからな。後1時間はその体勢をキープしておけ”
「……分かった」
「何が?」
「……空気椅子を後1時間やるってこと」
「誰もそんなこと言ってなかったでしょ。本当にファントムって時々変だよね。誰と会話してるのか分かんないし」
しょぼんぬ。仕方ないとはいえ、面向かって言われるとアレですね。
「でもさ、やっぱりそういうとこも含めてファントムだってボクは思うな」
「……どゆこと?」
「簡単だよ。ちょっと不思議で、変なとこもある。でもレースは滅茶苦茶に強くて、他の人に優しくて……そういうとこ全部含めてファントムなんだなってボクは思うよ」
「……テイオー」
良いこと言ってくれるじゃありませんの。思わず涙が出そうでしたよ。お面で見えませんけど。
「ま、復帰したらボクはファントムにだって勝っちゃうもんね!覚えててね、菊花賞を勝ったら……今度はキミの番だからさ!」
「……100回負けてるけどね」
「う、うるさいやい!次は、次は勝つから!」
「……その台詞も100回は聞いたね」
「ムッキー!なんなのさなんなのさ!いいもん!デカい口叩けるのも今の内!ボクが復帰したら、ファントムなんてギッタンギッタンのけっちょんけっちょんにしてやる!」
テイオーは私に指を突きつけます。
「見てなよ!ボクはいつか絶対にファントムに勝って見せる!それまでボクは絶対に諦めない!何度だって挑み続ける!そして……テイオー様の強さを思い知らせてやる!」
「……フフッ」
「何で笑ってるのさ!?さては嘘だと思ってるなー!?」
「……違うよ。嬉しいの」
思わず口が綻んでしまいます。例によってお面で見えませんが。良いですね、こうやって向かってきてくれるのは大歓迎ですよ。嬉しくなるってもんです。そうは思いませんか?私。
”……フン、くだらねぇ。どうせその内歯向かうのを辞めるだろうよ。今までもそうだったし、これからもそうだ”
あらら。むしろ不機嫌になっている様子。これ以上ツッコむのも野暮ですし、この話題に触れるのは止めておきましょうか。
「ファントムさーん!わたくしと併走をお願いできますかー!?」
あら。マックイーンに呼ばれましたね。まだ空気椅子は続いているのですが……。どうしましょう?
”構わん。併走の方が重要だ”
そうですか。では空気椅子を止めてマックイーンのところへと向かいますか。
ファントムはマックイーンのとこに行っちゃった。これから併走するみたいだけど……これはいい機会だね!
(じっくり観察して……ファントムの強さをしっかりと目に焼きつけないと!いずれ掴み取る勝利のために!)
ボクは穴が空くぐらいにマックイーンとファントムの併走に注目する。他のみんなもやっぱり気になるのか練習を中断して2人に注目してるのが横目に見えた。
さて、そろそろかな?2人がスタートの構えを取って……。
「それじゃあ、よーい……ドン!」
トレーナーの声とともに2人とも一斉に駆け出した!……それにしても、ファントムって本当に不思議だよね。本番のレースのスタートはあんなにド下手なのに併走でのスタートは奇麗に決まるんだから。もしかして、ゲート自体が苦手なのかな?
展開としてはファントムが逃げてそれをマックイーンが追う形。ファントムがフェイントを織り交ぜたり後ろのマックイーンを幻惑するように走ってるけど……マックイーンもそれに惑わされることなくしっかりと走っている。
……イメージしろ。ボクだったらどうする?
(ファントムを楽に逃げさせるのはあまり得策じゃない。そのまま逃げ切られる可能性の方が高いからね。だからやるべきなのは後ろからプレッシャーを放ち続けて少しでもスタミナを削ること。やるとしたら……)
ファントムの後ろにピッタリとつける自分をイメージする。圧をかけ続けて、ファントムのスタミナを削る作戦を取る。
(……うん、この調子だね。そして最後には……ッ!躱す!)
直線でファントムを躱すイメージをする。……けど、そう上手くはいかなかった。
(ッ!?ダメだ、この程度の走りじゃあ……ファントムには到底勝てない!)
イメージの中のファントムはボクの想像よりも速かった。ボクは躱すことができず、そのまま離されて行ってしまう。
たとえイメージであっても、ファントムの強さは異次元だ。それは、これまでの併走でよく分かっている。別にボクもただ闇雲に挑んで負けていったわけじゃない。一戦一戦、勝つイメージを持って挑んできた。けど……そのどれもがファントムには通用しなかった。
(こっちの対策をすれば今度はあっちがおろそかになる。あっちの対策をしたら、今度はこっちが上手くいかない。難しいね、やっぱり……)
それだけ、ファントムの強さは別次元だということなんだけど。けど、だからこそ挑みがいがある!
目の前では2人の併走が終わったみたいだね。息を切らしているマックイーンと、少し余裕が見えるファントム。対極の姿だった。
「……うぃなー」
「ハァ……ハッ……。く……も、もう一回ですわ!」
「……いいよ」
2人は次の併走を取りつけていた。それにしてもマックイーンも相当負けず嫌いだよね。ボクの事言えないんじゃん。
……でも、いいなぁ。ファントムって確か怪我したことないんでしょ?ボクも、ファントムみたいに……。
(……なんだろう?ちょっともやってする?)
ファントムは怪我をしたことがない。そう考えたら、ちょっともやってして気持ちが生まれたような気がした。良くない考えが浮かんだような気がするんだけど……すぐに消えたし、多分気のせいだよね。
(次もしっかり見ないと!ファントムの対策のために、頑張るぞー!)
少し黒いもやもやを感じながら、ボクは2人の併走を眺めていた。
不穏な感情を見せるテイオー。果たしてその感情は何なのか?