それからも、テイオーの菊花賞復帰に向けたリハビリは続いていきました。本当に、色々なことがありましたね。
8月にもなるとテイオーのギプスも取れ、サポーターのみになりました。スピカのみんなで大喜びしてのを覚えています。
「わぁ!テイオーさんついにギプスが取れたんですね!」
「うん!この調子でサポーターも取っちゃうもんね!」
「調子に乗るのはまだはえぇぞテイオー。リハビリはこっからが本番だ!」
「うん、分かってるよトレーナー。菊花賞に向けて、頑張ろう!」
ギプスが取れたということで、これまでのようなリハビリとは違い脚を使ってのトレーニングも解禁されました。とは言っても、さすがにまだ走れませんでしたが。
競歩でレース場のトラックを周回するテイオー。その顔には苦痛の色が浮かんでいました。
「走りたいかー、テイオー!」
「あ、当たり前……でしょー!」
満足に走れない辛さ、ギプスが取れたとはいえまだ感じるであろう脚の痛み。それに必死に耐えながらテイオーはトラックを周回しています。
「その気持ちは忘れるなー!欲望を溜めておけー!走りたいっていう欲望を、エネルギーに変えるんだー!」
「ふぎぎぎっ……!」
「今まで歩くことすらできなかった分身体は忘れちまってる!だから思い出させてやれー!お前のその脚は……走るための脚だー!」
「お、おー……ッ!」
思い通りにいかない現状に苦しい表情を浮かべるテイオーを、私達は見てきました。
「あっ……」
「……やっぱり、テイオーが気になる?スペちゃん」
「は、はい……。どうしても気になっちゃって……」
「だからって、よそ見はすんなスペ。テイオーを信じろ」
「ゴルシさん……」
「そうですわ。わたくし達にできるのはテイオーを信じて背中を見せること。スペシャルウィークさんは、それを一番よく分かっているのではなくて?」
「マックイーンさん……はい、そうですね!テイオーさんを信じましょう!」
「……その意気だよスペちゃん」
そんなテイオーを見て、私達はテイオーが一日でも早く復帰できるようにと信じて背中を見せ続けてきた。
たまにはと思ってテイオーと一緒に食事を取っていたらネイチャのいるカノープスの新人とお話ししたり。
「ネイチャ。この子は?」
「あぁ。最近カノープスに入った子でね」
「イクノディクタスと申します。お噂はかねがね。トウカイテイオーさんと……ファントムさん」
「……私も?」
「無論です。カノープスを学園一のチームにするためには、あなた達は越えなければならない目標ですので」
「え?学園一って……そんなこと言ってたっけ?」
「ネイチャさんは言っていたではありませんか。目標は高ければ高いほどよいと。ならば学園一のチームを目指すというのは当然の帰結です」
「そ、そうかもね~。あ、あはは……」
「大丈夫です。すでにプランは練ってあります。後はそれを忠実に実行するのみ。まずは……」
そう言って、イクノは自分のプランを語り始めました。それをテイオーとネイチャ、そして私で聞いています。
「なんかまた面白い子が入ったね、カノープス」
「まぁね。でも退屈しなくてあたしゃ嬉しいよ」
そんな会話を聞いていると、ネイチャは真面目な表情でテイオーを見据えます。その視線を受けて、テイオーも気を引き締めたのか真面目な表情になりました。
「テイオー。アタシは菊花賞に出る。今度そのトライアルレースに出るつもりなんだ」
「……うん」
「アタシは待ってる。アタシさ、アンタに勝つのが夢だからさ。だから菊花賞でアンタに勝って……アタシは夢を叶えてみせるよ」
ネイチャなりの激励なのでしょう。テイオーは嬉しそうな表情を浮かべていました……?
「……うん!待っててネイチャ。ボクきっと、菊花賞に出走して見せるよ!そしてそして、ボクが勝って無敗の3冠ウマ娘になってみせる!」
これがライバルとの誓い……。私にはそういう相手がいないので少し羨ましいと感じますね。ただ、私の気のせいだと良いんですが……少し、テイオーの表情に陰りのようなものが見えたんです。今になってみると、もうこの時には分かっていたのかもしれません。……ちなみに、ネイチャとテイオーがこの会話をしている間もイクノは自分のプランをずっと喋っていました。私はそれを聞いて、たまに修正案を出したりしてましたね。
「……そのレースよりも、こっちのレースの方が良いんじゃない?」
「成程……アリかもしれません。助言、感謝いたします」
「……良いよ。頑張ってね」
そんな会話をしていたのを覚えています。
後は、テイオーとは関係はありませんがブルボンとライスちゃんのメイクデビュー勝利の報告を聞いたり。
「……おめでとう、ブルボン、ライスちゃん」
「ファーストミッション『メイクデビューに勝利』。ミホノブルボン、無事に完遂しました」
「な、何とか勝てたよファントムさん」
「……偉いよ2人とも。よしよし。これからも頑張ってね」
「わひゃあ!?……うん、ライス頑張るね!」
「ステータス『高揚』。しかし、バッドステータス『慢心』の除去。目標に向かってただひた走ります」
そんな会話をしていたのを覚えています。
テイオーは本当に頑張っていました。菊花賞に出走するために、ルドルフと同じ無敗の3冠ウマ娘になるために……辛いリハビリにも耐えて頑張っていました。だからこそきっと、テイオーは菊花賞前に復活して、菊花賞に出走できる……そう、思っていたんです。
「……ゴメン、みんな。ボク、菊花賞の出走は諦めることにしたよ」
「「「えっ?」」」
「……どういうこと?テイオー」
テイオー自身の口から、菊花賞への出走を諦めることにしたと聞くまでは。
時は10月。菊花賞まで残り1ヶ月を切りました。そんな折テイオーの口から放たれた、菊花賞への出走は諦めるという言葉。
……そう、ですか。菊花賞には、間に合いませんでしたか。
「ど、どういうことよテイオー!?まだ菊花賞までは時間が……」
「ただでさえ長距離未経験なのに、長距離用のトレーニングをしてないんだよ?さすがにキツいよ」
「でもでも!テイオーさんの目標じゃないですか!会長さんと同じ、無敗の3冠ウマ娘になるって!」
「ごめんねスペちゃん。でも、もう決めたことなんだ」
……理由は、何でしょうか?
”理由次第ではまだ諦めねぇ……とでも言いてぇのか?”
「……そういうわけじゃ、ないけど」
図星をつかれて言い淀む私に、もう一人の私は厳しい口調で諭します。
”いいか?クソガキが諦めてる以上、テメェが出る幕はねぇ。本人が諦めている以上、テメェが余計な口出しをするのは……ただの善意の押し付けだ。そのせいで今まで……いや、これは覚えてねぇんだったな。忘れてくれ”
「……」
”なんにせよ、最初の約束を守れ。クソガキが諦めてる以上、テメェも諦めろ。分かったな?”
「……分かった」
私はもう一人の私の言葉に納得します。
もう一人の私との会話を終えてテイオーの方へと視線を向けます。テイオーは、出走を諦めた理由を語ってくれました。
「ボクはまだ全力で走れない。でも、菊花賞に出走してくる子はみんな全力で勝利を掴み取りに来ている。そんなところにボクがいても……対戦相手に失礼なんじゃないかって。そう思ったら、菊花賞への出走を諦める踏ん切りがついたよ」
「……」
テイオーの言葉に、みんな無言になります。テイオーが無敗の3冠に拘っていたのはみんなが知っていることです。だからこそ、下手な言葉は言えない。みんな、そう思っているんでしょう。
ですが、テイオーは明るい口調で私達に告げました。
「みんなありがとね!ボクのために色々と頑張ってくれて!ボク、本当に嬉しかった!だから……ありがとう!」
テイオーの言葉に暗い表情を浮かべていた私達は……徐々に笑顔になって。最後にはテイオーの意見を尊重しました。みんなでテイオーを慰めるために色々とやりました。そりゃもう色々と。テイオーは呆れながらも、みんなの気持ちを感じ取っていたのか笑顔を浮かべていました。
テイオー……この経験を胸に、これから頑張ってくださいね。応援していますよ。
迎えた菊花賞当日。ボクは応援スタンドの席にいる。トレーナーに無理を言って連れてきてもらったんだ。……現実を受け止めて、前に進むために。
すでにレースは始まっている。ボクは、菊花賞を走る自分の姿をイメージする。
(ボクなら……中団で様子を見る。展開を見て、脚をじっくりと溜めて……どんな状況にも即座に対応できるように準備をしておく)
《さぁレースは一団となって進んでいます。ここから第3コーナー手前坂を上ります。先頭は依然ナントウミスト》
(ここはまだ我慢。仕掛けるなら次の第4コーナー。第4コーナーに入ったらぎゅーんって追い上げて。他の子が追いついてくるなら
……あぁ。見てるだけなのに。イメージしてるだけなのに。
(最後の直線で先頭に立って……そのまま突き放して……ッ)
「先頭に立って、誰も、ボクに……追いつけなくて……ッ!むはいの……3かんうまむすめに……ッ!」
悔しい……、悔しいなぁ……ッ!ボクが、ボクがあそこに立っていたら……!
凄く、凄く悔しい。あそこに立つことすらできない自分が。涙が零れてくるのが分かる。ボクの目から流れる雫が頬を伝って……応援スタンドのフェンスに零れ落ちた。
「悔しい……悔しいよ……カイチョー……ッ?」
そこまで考えて、ボクはレースを改めて見る。すでに最後の直線に入っていたけど……それだけじゃない。
みんな、ボクのイメージよりも速かった。それと同時に感じる……絶対に負けたくないという想い。そんな想いが気迫となって走りに表れている。みんなの負けたくないという声が、今にも聞こえてきそうだった。
そして、思わず声が漏れ出たんだ。
「行け……ッ」
不意に漏れ出た言葉。それは、みんなを応援する言葉。
「行けぇぇぇぇっ!走れぇぇぇぇっ!」
周りなんか関係なくて。ただただ応援してて。気づいたらレースは終わってた。
《大混戦となった菊花賞を制したのはリオナタール!ダービー2着のリオナタールが見事菊の栄冠を勝ち取りました1着ゴールイン!》
レースが終わって、ボクは涙を拭う。
(……ずるいなぁ。こんなレース見せられたら、ボクも早く本気で走りたくなっちゃうじゃん……ッ!)
でも、もうすぐだ。ボクももうすぐ本気で走れるようになる。その時まで……我慢しなくちゃね!
「どうだった?テイオー」
トレーナーがいつの間にか帰ってきてた。ぼ、ボクの泣いてたとこ見られてないよね?大丈夫だよね!?
とりあえず平静を装ってトレーナーに応対することにした。
「うん。来た甲斐があったよ。それじゃ、帰ろっか。トレーナー」
そしてボクはトレーナーと帰路につく。帰りの新幹線で、今日のレースの感想を言い合った。
「みんなすごかったね、トレーナー」
「あぁ。みんな強い想いを持ってレースに挑んでくる。絶対に負けたくない、1着になってゴールしたい。そんな想いを持って、みんなレースに真剣に臨んでるんだ。お前もそうだろ?テイオー」
「ボク?」
「そうだ。無敗の3冠ウマ娘になるために、必死に頑張ってたろ?」
「アハハ。結局間に合わなかったけどね……」
ボクの言葉にトレーナーは暗い表情を浮かべる。し、しまった!冗談交じりに言ったのに!本気にしないでよもう!
「暗い顔しないでよトレーナー!冗談だからさ!」
「質の悪い冗談はやめてくれテイオー……」
「う、うん。次から気をつけるよ」
少しの間無言になる。そして、ボクはトレーナーに打ち明けることにした。今後のことを。
「トレーナー。確かにボクは無敗の3冠ウマ娘になれなかった。でもさ、新しい目標ができたんだ」
「新しい、目標?」
トレーナーはきょとんした表情を浮かべている。ボクは、笑みを浮かべながら答えた。
「ボクはまだ負けてない。だからさ、無敗のウマ娘になるよ。会長がなれなかった……ファントムと同じような、無敗のウマ娘になる。それがボクの、新しい目標!」
高らかにボクは宣言する。トレーナーは、徐々に笑顔になっていった。
「……あぁ、そうだな!無敗のウマ娘になれ、テイオー!」
「うん!そのためにも復帰後のトレーニングメニューよろしくね!ファントムに勝てるようなメニューだよ!」
「任せとけ!どっちかの無敗が終わるのが残念だが……バッチリお前のトレーニングメニューを組んでやる!腕が鳴るなぁ!」
「いよっ!トレーナーかっくいー!」
「「アハハハハッ!」」
トレーナーと一緒に笑い合うボク。……まぁここは新幹線の中だ。ということは当然……。
「車内ではお静かにお願いします」
「「はい……」」
乗務員さんに怒られたよ……。
ボクは悔しい気持ちを味わった。でも、この悔しさをバネにボクは強くなる!待ってろよー、マックイーン、ファントム!一緒のレースで走って……ボクが1着を取ってやる!
ライバルと超えるべき目標の顔……ファントムはお面だった……。を思い浮かべながら、そう心に誓った。
新たな目標を胸に、テイオーは前へ進む。