「……チッ。めんどくせぇ」
……俺様は今学園の廊下を歩いている。なんで俺様が歩いているのかって?理由は単純だ。アイツがまた悪夢を見てダウンしたからだよ。それなのに学園に行くって聞かねぇから俺様が表に出て出歩いてるってわけだ。アイツは今引っ込んでるから意識もねぇ状態だ。体調の回復に専念してる。
全く、めんどくさいことこの上ねぇ。足元もおぼつかないほどふらふらしてるってのになんで学園に行きたがるのやら。どうせ授業があるからとかそんな理由だとは思うが。大した理由でもないだろう。つーかアイツ自身特に何もねぇつってたしな。
そう考えながら歩いていると、目の前には大量の本を抱えた生徒が歩いていた。
「わっ、とっ、とっ……」
ただ、今にも崩れそうなぐらい危なっかしい足取りだったが。本来だったら助けてやる義理はねぇ。勝手に落として勝手に自己嫌悪に浸ればいい。……だが、今の俺様はアイツとして登校している。だからこそ、俺様が取るべき行動は。
「アレ?急に軽く……ッ!?」
「……持つよ」
この塵を助けることだ。俺様はこの塵が抱えていた本を半分持つ。塵は困惑した表情を浮かべていたが……どうでもいい。
「……どこまで運ぶの?」
「え、あ、あの……。じゃあ、図書室に……」
「……分かった」
俺様は図書室まで本を運ぶ。図書室について本を運び終わったら、塵は俺様にお礼を言ってきた。
「あ、あのっ!ありがとう……ございます……」
ただ、その声は今にも消え入りそうなぐらい小さかった。どうせ、俺様が怖いとかそんなだろう。そう思われるだけの格好をしているのは自覚しているし、そうなるように仕向けているからどうでもいいことだ。
「……次からは誰かと一緒に運んだ方が良い。じゃあね」
俺様はそれだけ告げて図書室を後にする。全く、なんでこんなことをしなきゃならんのやら。
「……やっぱり、良い人……だよね?……」
「……ギャップが凄いよね。誰かを助けてることが多いし……」
「……よく分かんないね、ファントムさん。悪い人じゃないとは思うけど……」
後ろでなんか言われているがどうでもいい。さっさと帰るに限る。……ちなみにだが、その後もいろんな奴が困っていたのでそれをずっと助け続けていた。
窓の高いところに掃除の手が届かない塵の手を貸してやったり、落とし物をして困っている塵の小物を一緒に探してやったり……。全く、なんで俺様がこんなことをしなきゃならんのか……ッ!
「だが、これも仕方のねぇことだ。いつもコイツがやっていること、怪しまれねぇためにはコイツの行動をしなきゃならねぇ」
コイツもコイツで、避けられてるってのになんで毎度毎度見かける度に助けるのやら。昔っからそうだが本当に理解できん。……いや、正確には理解はできるが。
文句を言いながらも、俺様は道すがら困ってる塵共を助ける。そんな一日を過ごしていた。
授業も終わって、俺様が向かった場所は……旧理科準備室とやらだ。あの霊障女共が根城にしている場所。なんでそこに向かったかなんてのは考えてない。ただ何となくだ。気が向いたから行く。それだけの話だ。
旧理科準備室に着いて、扉を開ける。中には……マッド野郎と霊障女、そしてそのつき纏いか。
「……やぁ」
「いらっしゃいファントム君。さて、今日もいつものようにまったりと過ごそうじゃあないか」
「……そうですね」
ただ、霊障女は俺様を睨みつけてやがった。ま、コイツは気づいてんだろうな。表に出てんのが俺様だって。それも当然だ。いつもは浮遊霊のごとく浮いている俺様も……今はなんも浮いてないんだからな。霊障女は気づいてて当り前だ。それに同調するように、つき纏いの塵も俺様を睨みつけている。ま、俺様は気にも留めんが。
そんな調子でいると……扉を開けてもう1人、ピンク髪のウマ娘が入ってきた。確かコイツは……アグネスデジタルとかいう塵だったか?めんどくせぇ、なんかウマ娘のことについてやたら詳しいらしいしオタク娘でいいだろ。
「いやぁ、デジたんもすっかりこの聖域の常連ですねぇ……あ、デジたんはいつも通り隅っこの方で観葉植物のごとく静かにしていますので!タキオンさんとカフェさんとファントムさんはどうぞあたしにお構いなく!」
「……何が、お構いなく、なのでしょうか?」
”……さぁね”
おーおー、つき纏いはいまだに俺様を睨んでやがるよ。怖いねぇ、まだ何もしてねぇってのによぉ。
「さて、ファントム君。今日はどっちを飲むんだい?無論、紅茶だろう?」
「……どっちでも。私は拘りないし」
さて、いつもだったらここで霊障女がコーヒーを勧めてくるんだが……。
「おやぁ?か~ふぇ~、いつもだったらコーヒーを勧めるのに……良いのかい?このままだと、ファントム君が紅茶派になるのも時間の問題だねぇ」
マッド野郎は霊障女を煽っている。だが、霊障女はいまだに俺様を睨んでいた。
「……構いませんよ」
「ふぅム?どういう心変わりだい?」
「そ、そうですね。いつもだったらコーヒーを勧めているのに」
「そうですね……。ファントムさん、1つ聞いても良いですか?」
おっと、こっちに聞いてきたか。どうせ気づいてるだろうに……。まぁいい。コイツらしく答えてやるか。
「……私に?いいよ。何を聞きたいの?」
霊障女は、なおも俺様を睨みつけていた。
「……ファントムさん、いえ……亡霊ッ!何故あなたが表に出ているのですか!?」
「「ぼ、亡霊ッ!?」」
マッド野郎とオタク娘は驚いたように俺様を見ている。クハハッ、やっぱりコイツらは気づいてなかったか。ま、当然だ。普通だったら見分けはつかない。霊障女は、普通じゃないからこそ気づく。
「……ギャハハッ!やっぱテメェにはバレちまうか!霊障女ぁ!」
嘲るようにそう言うと、霊障女は怒りに満ちた表情で俺様を見据えていた。怖いこって。
「質問に答えなさい……ッ!何故、あなたが表に出ているのですかッ!」
”テメェ!あの子の身体を使って何をしてやがる!さっさと答えろ!”
「おいおい?もう忘れちまったのか脳足りん共。俺様が表に出てくるときの条件をよぉ」
俺様は、あえて挑発するように塵共の言葉に答える。それにいち早く反応したのは……マッド野郎だ。
「……ファントム君が身体の操作権を譲渡した時。だが、これはない。つまりは……今、ファントム君の意識はない、ということだね?」
マッド野郎の言葉に、俺様は拍手で答える。
「大正解だマッド野郎。聡い奴は好きだぜ?」
「お褒めに預かり光栄だねぇ。それで?何の目的があるんだい?」
「別に、なんもねぇよ。気が向いたから来ただけだ」
「……そうかい。だったら、君の暇つぶしに1つ質問に答えてくれないだろうか?」
……前回も思ったが、マッド野郎は中々豪胆な奴だ。少し興が乗った。答えてやるとしよう。
「いいぜ。しっかりと思い出せたご褒美だ。答えてやるよ」
「そいつは良かった。そうだねぇ……」
少し考えるように沈黙した後、マッド野郎は改めて口を開く。
「……君がファントム君に憑りついた理由。それを教えてもらおうか」
「俺様がコイツに憑りついた理由だと?」
「そうとも。気にはなっていたんだ。君の目的は定かではないが……おそらく、それはファントム君じゃなくても完遂できるものではないのかい?そうでないのなら、何故ファントム君は選ばれたのか……それを教えてもらえないだろうか?」
……俺様が、コイツに憑りついた理由か。成程、中々面白いとこに目を付けやがる。
「そうだなぁ……。いいぜ、答えてやる。俺様がコイツに憑りついた理由は……簡単に言やぁ巡り合わせが良かったからだ」
「巡り合わせが良かった……ですって?」
”どういう意味だ!さっさと答えろ!”
「キャンキャンうるせぇな霊障女の駄犬が。そう急かすな」
俺様は答える。何故コイツを選んだのか……その理由を。
「俺様の走りはテメェらも知っての通り独特なモンだ。この走りができるウマ娘ってのは限られている。肉体、体幹、精神力……そして何より、持って生まれた才能。それら全てを兼ね備えているウマ娘じゃなきゃ、俺様の走りは再現できねぇ」
「再現……」
「そうだ。その点、コイツは俺様にそっくりだった。筋肉のバランスや何から何まで……俺様と瓜二つの肉体をしていた。本当に運が良かったぜ、まさかあの場所で、コイツに出会えるとはなぁ」
「あ、あの場所って……どこです!?」
「そこまで教えてやる義理はねぇ。自分で調べろオタク娘。つっても、そう遠くねぇうちに調べはつくだろうよ」
「お、オタク娘!?」
なんか心外だとばかりの表情をしているが、ここにいる奴らの共通認識だと思うぞオタク娘。現に、マッド野郎も霊障女も当たり前とばかりに頷いてやがるし。
「本当に、コイツは最高の逸材だった。一部以外は俺様にそっくりだったし、何より……」
俺様は嗤いながら続ける。
「俺様が蘇るための器としては、本当に……最高の逸材だよ!コイツはなぁ!」
……今、目の前で吐かれた言葉に、怒りが抑えきれないでいますッ。
『俺様が蘇るための器としては、本当に……最高の逸材だよ!コイツはなぁ!』
この、亡霊の目的は……ッ!
”テメェ……!あの子の身体を乗っ取ることが目的だったんだな!?”
「……ッ!あぁそうだ!コイツの身体を乗っ取って、最終的には全てのウマ娘を俺様の糧として喰らう!コイツはそのための器にすぎねぇッ!」
お面で、表情は見えません。ですが、きっと……醜悪な笑みを浮かべていることでしょう!
「許せません……ッ!あなたの良心は、痛まないのですか!?」
”あの子の、ファントムの優しさを利用して……ッ!テメェはそれで満足してんのか!あ゛ぁ゛!?”
「……ッ、いいや?全く痛まないね」
コイツはやっぱり……ッ!ろくでもないことを考えていた!
「……すまないね。重ねて質問をいいかい?亡霊君」
「……何の用だマッド野郎」
タキオンさんは、極めて冷静でいました。ファントムさんを乗っ取るという発言をしているのに、どうしてそこまで冷静でいられるんですか、あなたはッ!
「亡霊君、君のその言葉は……本心から言っていることかい?」
……タキオンさんの、言葉の意味が分かりません。亡霊もそう思っているのか、呆れたような声を上げていました。
「……何をいうかと思えば。本心に決まってんだろッ」
すると、タキオンさんは嘆息しました。
「そうかい。いや、すまないね。私にはどうも……君の言葉が本心には聞こえなくてねぇ」
「……んだと?」
亡霊は、明らかに苛立った様子を見せていました。まるで、図星をつかれたかのような、そんな反応です。
「気を悪くしたならすまない。ただ……君の言葉はどうも嘘っぽいんだ。いや、本心から言っているようには聞こえない……と、いうべきかな?」
「……面白れぇ冗談だマッド野郎。訂正するなら今の内だぞ?」
「訂正する気はないよ。君は……ファントム君を自分が蘇るための器にしようとは考えていないんじゃないのかい?いや、むしろ……」
そこまで言ったところで、亡霊は、椅子を蹴り上げました。大きな音が鳴ります。
「ひょ、ひょえええぇぇぇ!」
「……クソが、そんなに死にてぇなら、テメェから潰してやろうか、マッド野郎ぉ!」
……させません。それに、亡霊が表に出ているということは、ファントムさんの意識はない状態。ならば、好都合です。
”カフェ。アレをする気?”
「……うん。協力、お願い」
”……カフェの負担になるから、あんまりやりたくないんだけどね”
私は、タキオンさんと亡霊の間に立って、亡霊を睨みつけます。
「……邪魔だ、どけ。霊障女」
「……どきません。あなたの相手は」
”アタシ達だ!”
「……ほう?」
私は、亡霊を見据えながら続けます。
「あなたの相手は、私達がしましょう。そして、1つ約束してください。私が勝ったら……ファントムさんの身体から出ていくと!ファントムさんを解放すると、約束してください!」
「……まぁいい。俺様が負けることなどありえんからな。一応、考えといてやる。……で?俺様が勝ったらどうする気だ?まさか自分達だけ得しようだなんて考えてねぇだろうな?」
”テメェが勝ったらこれからも好きなようにしろ。ついでに……アタシらを好きなようにしろ。テメェの望み通りになってやる。……死んでもあり得ねぇけどな”
「……クックック、ハーッハッハッハ!身の程知らずの塵共だなぁおい!」
亡霊はひとしきり嗤った後、私達の提案を了承します。
「いいだろう!その条件で走ってやる!テメェら塵共を……まとめて地獄に叩き落してやるよ!」
……こうして、私と、亡霊のレースが決まりました。
次回 お友だちVS亡霊、ファイッ!