そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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亡霊とお友だちのマッチレースですよ。


亡霊VSお友だち

 突発的に決まった、私と、お友だちと……亡霊とのレース。更衣室で着替えながら、私は、お友だちと今回のレースについて、話し合っています。

 

 

”カフェ。最後の確認だけど……今回やることは、カフェへの身体の負担が大きい。だから、アタシが危険と判断したその時は……”

 

 

「……うん、分かってる」

 

 

 私が、やろうとしていること。それは……ファントムさんのように、お友だちに、私の身体を、貸すこと……つまりは、お友だちを、私の身体に憑依させることです。ですが、私と、お友だちとでは、走り方が違います。それだけに、負担も大きい。

 

 

”安心してカフェ。あのクソ野郎はアタシが絶対に倒す。そして……”

 

 

「……うん、ファントムさんに真実を打ち明けて、ファントムさんを、あの亡霊から、解放しよう」

 

 

 あの亡霊の目的は、ファントムさんの身体を、乗っ取るというもの。そんなことは、絶対に……させません!ファントムさんは、私の大事な、大切な友人。だから、このレース……絶対に勝ってみせる!

 着替え終わって、レース場に着くと、すでに亡霊は準備を終えていました。学園指定のジャージの上から、パーカーを羽織って、お面を被って佇んでいました。

 私が来たことに気づいてか、おどけるような声で、私を挑発してきました。

 

 

「逃げるなら今の内だぜ?情けねぇ姿は晒したくはねぇだろ?……ま、観客はいねぇがな」

 

 

「……タキオンさん達は?」

 

 

「マッド野郎は今回の審判だ。オタク娘は……あそこでカメラでも回してんじゃねぇの?」

 

 

 亡霊が指を指した方向には、カメラを回している、デジタルさん。あんまり、撮って欲しくはないのですが……まぁ、良いでしょう。

 

 

「で?距離はどうする?テメェに選ばせてやるよ」

 

 

「……2000m、左回りで勝負です」

 

 

「おーけいおーけい。それで勝負しようじゃねぇか」

 

 

”随分な余裕だなテメェ。勝ちでも確信してんのか?”

 

 

「当たり前だろ。俺様が負けるなんてことはあり得ねぇ……絶対にな」

 

 

 亡霊は、傲慢さを隠さずに答える。しかし、言っていることも、分かる。亡霊の強さは、別次元だ。それは、彼女が積み上げてきた実績と、その走りからも分かる。

 だけど、私達も、負けるわけにはいかない。ファントムさんが、掛かっているのだから……。

 

 

「……それじゃあ、お願い」

 

 

”……分かったよカフェ。それじゃあ、ちょっと身体借りるね”

 

 

 私の身体を、お友だちに貸す感覚。しばらくして、私は、自分の身体が浮く感覚を覚えます。

 

 

「……覚悟しろクソ野郎。テメェはアタシがぶっ潰す」

 

 

「ほう?駄犬の方が走んのか……まぁいい。やってみろ駄犬。できるもんならな」

 

 

「高いところから見下ろしてんじゃねぇぞ。神様でも気取ってんのか?アタシはテメェのそういうとこも嫌いなんだよ」

 

 

「神様気取り?気取りじゃねぇ、俺様は神様に等しい存在だ。レースのな。下民を見下ろすのは当然のことだろ?」

 

 

「ほざけ!その軽口……二度と叩けねぇようにしてやる!」

 

 

 お友だちと亡霊は、スタート位置につく。タキオンさんの、開始の合図を、待ちます。

 

 

「位置について。よーい……」

 

 

 静かに、開戦の時を待つ。一瞬訪れる、静寂。

 

 

「ドン!……ッ!?」

 

 

 タキオンさんの、スタートの合図と、同時。私と、お友だちを、尋常じゃない量のプレッシャーが襲います……ッ!?それだけじゃない、周りの景色が一変している!荒れ果てた無人の荒野。後方から迫ってくる闇。これは、もしや……!

 

 

”亡霊の……領域(ゾーン)!?”

 

 

 私が、驚いて声を上げるのと同時、私達よりも前の方で、あの独特な走法をキープしながら、亡霊は嗤っていた。亡霊の高笑いが、聞こえてきます。

 

 

「クハハハッ!なんだ霊障女!テメェまさか……俺様が特定の場所でしか領域(ゾーン)が使えねぇとでも思ってたのか?」

 

 

 図星を突かれて、私は、思わず黙り込んでしまいます。その様子を見て、亡霊は私の浅い考えを、嘲笑うような声を、上げていました。

 

 

「俺様をその辺の塵共と一緒にすんじゃねぇ!やろうと思えば……最初っからでもだせんだよ!」

 

 

 ま、不味いです!闇が迫ってきて、私達は囚われてしまった!このままだと……!

 

 

「大丈夫だよカフェ。アタシを信じて」

 

 

 慌てる私とは、対称的。お友だちは、まるで不安な様子を見せていません。そして、お友だちは前方を睨みつけて、その牙を……むき出しにします。

 

 

「笑わせんなクソ野郎。アタシをこの程度のまやかしで……」

 

 

 お友だちと共有している視界が、真っ赤に染まる。赤く、赤く染まって……!

 

 

「どうにかできると……思ってんのか!?あ゛ぁ゛!?」

 

 

 闇の中を、あっという間に抜け出した!す、凄い……これが、お友だちの……強さ!

 

 

「アタシの邪魔をする奴は誰であろうと噛みついてやる!それがたとえ……運命や、神様だろうとなぁ!」

 

 

 ですが、亡霊の方は予想の範囲内だったみたいで、特に驚いた様子は、みせていません。

 

 

「アッヒャヒャヒャ!ま、それぐらいできなきゃ困るんでなぁ!喰いがいがねぇ!」

 

 

 亡霊の後ろ、半バ身差を、私達はキープします。

 

 

「ぶち殺してやるよ神様気取り!高ぇとこから見下ろすテメェを……引きずり降ろしてやる!」

 

 

「やってみろや駄犬が!圧倒的な実力差に……届かねぇ壁に恐怖して震えてろ!」

 

 

 私達と、亡霊のマッチレースが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊障女共に喧嘩を売られたことで始まった、俺様と駄犬共とのマッチレース。……成程成程。俺様相手に喧嘩を売って来ただけのことはある。

 

 

「アヒャヒャヒャ!良いなぁオイ!面白れぇ……面白れぇぞ駄犬……いや、狂犬!」

 

 

「何嗤ってやがんだテメェ!余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!」

 

 

「そうだ!もっと……もっと俺様を楽しませろ!」

 

 

 すでに2000mの半分は切っている。その間、領域(ゾーン)は一度だって切らしてねぇ。だが……この狂犬はいまだに俺様に喰らいついてきやがる!俺様を倒そうと、俺様に勝とうとその牙を向けてきやがる!

 ……クックックッ。あぁ、身体が昂るのを感じる。これほどまでの強敵に、心が躍る!

 

 

「本気を出してやる。しっかりついてこいよ……狂犬!」

 

 

 レースでもあまり発揮しない、俺様の本気。何なら……秋の天皇賞で出そうと思ったぐらいか?それも結局はぱっつん緑が落ちたことで発揮できなかった。不完全燃焼で終わってしまった。

 だからこそ……この気持ちを、爆発させる!さぁ、俺様を楽しませろよ狂犬!

 

 

「……クソが!」

 

 

「おいおいどうしたぁ?俺様に勝つんだろ?俺様に負けたくねぇんだろ?」

 

 

「黙れクソ野郎!いつまでも高ぇとこから見下ろしてんじゃねぇぞ!」

 

 

「もっともっと……俺様を楽しませろ狂犬!この程度のことで……終わってんじゃねぇぞ!」

 

 

 俺様は加速する。それに狂犬はなんとか追いついているような状態だった。このまま引き離してぇところだが……そうもいかねぇ。

 

 

(俺様の速度も今出せる限界値に達している。アイツの領域(ゾーン)を喰えればまた話は違っただろうが……それは無理だろう)

 

 

 こうして走っていれば分かる。あの狂犬が俺様の領域(ゾーン)に飲まれることはねぇのだと。だからこそ……面白れぇ!コイツが俺様に負けて屈服した時、どんな表情を見せるのか……それを見るのが楽しみでしょうがねぇ!

 さぁて、そろそろ最後の直線。クライマックスだ。最後まで、俺様を楽しませてくれよ狂犬。この気持ちを、レースの終わりまでずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡霊の領域(ゾーン)に、囚われたまま、走っているこのレース。すでに、第4コーナーまで来ていた。その間、一度だって、亡霊は領域(ゾーン)を切らしていません。体力の消耗が、激しいはずなのに、ただの一度も。改めて、亡霊の恐ろしさを感じます。

 そして、それをレースの始まりから、ずっと受けているお友だちも、また強いです。あの影響下でも、お友だちは、自分の走りを貫き続けていました。ですが……。

 

 

(不味いねカフェ……ッ!もう、カフェの身体がもたない!)

 

 

 ここで来てしまった、私の身体の、限界。感覚は、共有しているので、分かります。私の身体は、ここまでだと。それに、お友だち自身の精神力も、もう、限界でしょう。亡霊のプレッシャーを、最初から浴び続けていたのだから。しかも、レースの終わりが近づくたびに、そのプレッシャーは増大しています。後方から絶えず迫ってくる闇が、どんどん近づいてきている。だからこそ、分かります。私達は、ここまでなのだと。

 ……ですが。

 

 

”私に、構わず……ッ!行って!”

 

 

(カフェ!?でも、これ以上はカフェの身体が……ッ!)

 

 

”良いんです!ファントムさんを、助けるために……ッ!お願い!”

 

 

(……クソ!だったら早期決着だ!)

 

 

 そう言って、お友だちはギアを上げます。ですが……前を走る亡霊との差は、半バ身から先が、縮まらない。

 

 

”やっぱり……!あの言動も頷けるだけの強さがあるッ!”

 

 

(癪に障るけど……、そうだね。アイツの強さは、やっぱり抜きんでてる!あの傲慢な態度も納得するほどの、強さがある!)

 

 

 それに何より……この局面でも、亡霊は。

 

 

「……アッハッハッハ!楽しい……楽しいなぁおい!」

 

 

「なんで、テメェはこの局面でも笑ってられんだよ!おかしいだろ!?」

 

 

「そうだ……もっと、もっとだ!もっと俺様を楽しませろ!」

 

 

 笑っているのですから。これは、余裕から来るものなのか。でも、多分……亡霊も、余裕はない。だけど、どうして笑っていられるのか。それに、彼女の笑いは、普段とは違う。まるで、子供のような……純粋な気持ちで笑っているように感じられます。普段の、傲慢な態度からは想像もできないくらい、楽しそうに走っている。

 

 

(なんなのさコイツ……!始めの方はあんなに傲慢な走りを見せていたのにッ!)

 

 

 お友だちの、言う通り。最初は、スズカさんの言っていた通り、全てを見下しているかのような走りを、していました。ですが……レースが進むにつれて、その見下したような走りは、無くなっていったのです。今感じるのは、ただ走ることを楽しんでいる、1人のウマ娘の姿しか、見えません。

 ……それを見て、私達に生まれたのは、困惑。どうして、そんなに楽しそうに走るのか?あの傲慢な態度は何なのか?もしかして……こっちが本当の姿なのか?色々な疑問が、湧いては消えます。

 ですが、私達の目的はただ1つ。このレースに勝って……ファントムさんを解放する!……けど、そのためには、あと一歩が足りないッ!

 どうする?どうすれば勝てる!?そう思っていると……不意に、亡霊からのプレッシャーが、弱まりました。……えっ?

 

 

「……潮時か。仕方がねぇが、ここまでだ」

 

 

 そう言って、亡霊は突如として走るのを止めました。それに倣うように、お友だちも、走るのを止めます。

 

 

「テン……メェ!どういう、つもり……だっ!?なん、で、走るの、を……止めたッ!?」

 

 

 お友だちは、息を切らしながらそう吐き捨てます。しかし、亡霊は……無反応でした。

 

 

「おい!なん、か、言え……よっ!ぼうれ……」

 

 

「……これは一体、どういう状況?」

 

 

 そう言って、キョトンとした声を上げたのは……ファントム、さん?もしや!

 ファントムさんの周りを注視すると……そこには、いつものように、浮遊霊のごとく浮いている、亡霊の姿がありました。

 い、いつの間に?そう思っていると、事態を飲み込めていないファントムさんが、疑問の声を上げていました。

 

 

「……とりあえず、体調が回復したから出てきたけど……これ、どういう状況?」

 

 

”何。お前が気を失っている間にちょっと……な。霊障女共と模擬レースをしてたんだよ”

 

 

「……そうなの。なんで勝手に?」

 

 

”悪い悪い。ちょっと我慢ができなくてな”

 

 

「……そう。まぁいいけど、次からは気をつけてね」

 

 

”わーってるよ”

 

 

 呆然としている、私達を尻目に、ファントムさんは亡霊と会話をしています。そして、こちらに向き直り、ファントムさんは、頭を下げてきました。

 

 

「……ごめんね、もう一人の私が。どうせ、もう一人の私の方から、喧嘩売ってきたんでしょ?」

 

 

”心外だなおい”

 

 

「……もう一人の私が挑発したんでしょ?どうせ」

 

 

”……さぁて、どうだろうねぇ”

 

 

「……まぁいいよ。そういうわけで、ごめんなさい、カフェさん」

 

 

 謝るファントムさんと、呆然としている私達。

 

 

(……とりあえず、身体返すね。カフェ)

 

 

”は、はい”

 

 

 そう言って、私はお友だちに、身体を返してもらいました。ひとまず、謝っているファントムさんに、私が応対します。

 

 

「……いえ、気にしないで、ください。そもそも、最初にレースを提案したのは、こちら側なので」

 

 

「……そうなの?珍しいね」

 

 

”まぁ、色々あったって言うかさ……”

 

 

「……そうなんだ。じゃあ、私はこの辺で」

 

 

 そう言って、ファントムさんはタキオンさん達にも挨拶をして、去っていきました。タキオンさん達が、私に駆け寄ってきます。

 

 

「……さて。どうだった?カフェ」

 

 

「……圧倒的な強さですね。あの傲慢な態度も、頷けるほどの」

 

 

「ぴ、ピンピンしてましたもんね。ファントムさん」

 

 

「……いえ」

 

 

 あちらも、結構限界だったはずです。何となく、そう思いました。ただ、それ以上に気になるのは……楽しそうに走る、亡霊の姿。いつもの、傲慢な態度とは違い、走ることを純粋に楽しんでいる、あの姿。あれを見ていると……普段の亡霊の態度は演技なのかと、疑ってしまいます。

 ……考えても仕方ありませんね。それに。

 

 

”アイツがファントムの身体を乗っ取ろうとしているのは事実だ。だからこそ……止めなきゃいけない”

 

 

「……そうだね。もっと、もっと強くならないと」

 

 

 亡霊がファントムさんの身体を乗っ取ろうとしているのは事実です。だからこそ、今以上に強くなって、亡霊を止めなければなりません。あのまま走っていれば……、負けていたのは私達。だからこそ、強くならなくちゃ。そう、心に誓います。

 

 

「……なんにせよ、これからもファントム君と亡霊君の調査は続けようか」

 

 

「……はい。真実には、確実に近づいています」

 

 

「あ、と、とりあえずこのことをスズカさんにも報告しておきますね」

 

 

「頼みます、デジタルさん」

 

 

 そうして、様々な疑問を残したまま、私達は解散することになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、カフェさん達からは大分離れて、周りには誰もいませんね。

 

 

「……プハァッ!」

 

 

 私は、疲れを隠し切ることができずにその場に座り込みます。いやいやいや、尋常ないほど疲れてるんですけど?さては滅茶苦茶本気で走りましたね私?

 

 

”悪かったよ。それだけ本気で走らなきゃ、あの狂犬共には勝てなかった。そんだけ……アイツらはつえぇ”

 

 

「……そう」

 

 

 まぁ別にいいんですけどね?勝手に走ったことには怒りますけど。激おこぷんぷんです。

 

 

”悪かった悪かった”

 

 

「……本当に反省してる?」

 

 

”反省してまーす”

 

 

 絶対反省してないでしょ。まぁいいです。

 

 

「……なら、時が来るのが待ち遠しいね」

 

 

”そうだな。今回は決着つかずだが……今度走る時は潰してやる”

 

 

 というわけで、カフェさんもメンバーに加えることが確定しました。さてさて、来るべき時が来るのが待ち遠しいですね。私も頑張らねば。




今回は決着つかず。ですが、亡霊も本気で走って応戦。来るべき時に勝負は持ち越しとなります。

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