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「……眠れない」
ベッドから体を起こす。完全に明日の遠足が楽しみで眠れない小学生と同じ状態。
明日は久しぶりのライブ。他のみんなは普通に寝てんのかな。私だけこんなに楽しみにしてたら恥ずかしい。
もう既に時刻は朝の4時。いつもだったらこの時間に起きてるから、今日はもう寝るのを諦めることにした。
思い起こせば今日みたいな日が来ること自体、少し前までの私には想像出来なかった。
呼べばみんなは来るんだろうなという想いはあった。それでも、今でも音楽で夢を掴もうとしている彼らと音楽をやめた私。そんな彼らは私にとっては眩しすぎて、連絡することなど到底出来なかった。
そんな私が結束バンドに出会ったことで彼らともう一度ライブするにまで至ったのだ。
今の私の人生がこんなに楽しいのは全て結束バンドのおかげであると言っても良い。
だから私は結束バンドに私たちの姿を見てもらいたい。結束バンドのおかげで見ることができた景色。私たちの魂、音楽を。
このライブの目的は、『Second Drop』へ区切りをつけることと、私から彼女たちへの恩返し。
本当にささやかな物だけど、それだけが私が彼女たちに贈れる精一杯。これが私の人生の全て。私たちが全てをつぎ込んで生み出した音楽は、きっと君たちの心にも響くはずだから。
よし! 気合い入れて行こう! 昔お世話になった人も沢山来るんだ。格好悪いところは見せられない。まだ朝の4時だけど、もう今から準備を始めよう。これから夕方のライブの時間までに万全な状態にしておくのが一番良い。
そうと決まれば行動に移そう。色々とやることがある。セトリはもう決まってるから、演奏する曲を確認しておかないとダメだし、楽器にも少し触っておかないと心配だ。何せ数年ぶりなんだから。
それから……服装とか……うーん、昨日のうちに考えておけば良かったなぁ。
でも今はそれがどうしようもなく楽しい。ライブのことで悩むなんて久しぶりなんだ。幸せな悩みってやつだ。
今日はとにかく楽しもう。まずはそれからだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日はユーリさんのバンドのライブの日。あの『Second Drop』がスターリーでライブするというとんでもない日がとうとう訪れた。
私はというと、昼すぎくらいから結束バンドのスタジオ練習で、それからそのままみんなでバイト。全員でライブを鑑賞する予定だ。
みんなはユーリさんのバンドがライブをするということしか知らない。ユーリさんのバンドを知っているのはおそらく私だけ。
今日は練習が身に入らなかった。それぐらいにはワクワクしている。昨日も眠れなくて、徹夜で『Second Drop』のライブ映像を漁ったり、メンバーについての情報を片っ端から調べていた。開場すらもまだまだなのに、心臓がずっと高鳴っている。ライブが始まってしまったらどうなるんだ……耐えてくれ、私の心臓……。
とりあえずはそろそろ勤務時間だ。テーブルをみんなで片付け始める。
そんな時だった。
からんころん
ドアベルが人が入ってきたことを知らせる。時間的には演者の誰かが来てもおかしくない。
「おはようございます!」
「おお、ユーリさん」
「今日はよろしくお願いします!」
来たのはユーリさんだった。いつもより明らかに気合いが入っている。いつもよりも綺麗だし、何より服装がスーツ……。
……スーツ?
「え……なんでスーツ着てるんですか……?」
店長が気になっていたことを聞いてくれた。多分みんな気になってたとは思うけど。
「今日はコンセプトがあるんですよね」
「コンセプト?」
「ほら、よくいるじゃないですか。バンドが解散して社会人になる人。そんな普通の生活を送る人が、仕事帰りに一日だけバンドマンに戻るみたいなのに憧れてたんですよね」
「な、なるほど」
確かにそういうシチュエーションはよく聞くけど……。
「でも社会人には見えないですよ」
店長が気になることを全部言ってくれる。ただのフォーマルスーツだから、普通の人が着ていれば社会人にも見えるんだろうけど、着ている人のせいで反社の方にしか見えない……
「ですよねー……メガネのチェーン外した方がいいかな……」
違う……もっと大きな原因があります……。
「ああ、ちょっと扉開けといてもらっても良いですか? 機材を車に積んでるんで、今から下ろしてきます」
「あ! 手伝います!」
「私も手伝いますね」
「助かる〜」
そう言って、虹夏ちゃんと喜多さんがユーリさんと外に出る。
「ぼっち、ライブ楽しみだね」
「あっ、はい!」
リョウさんも楽しみにしているようだ。みんなバンドのことを知ったらどんな反応するんだろう……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれから少し時間が経って、他のバンドの人も来始めた頃。ユーリさんのバンドメンバーは未だに一人も来てない。ユーリさんのバンドはリハーサルに間に合わなかった。
「みんな忙しいからってのもあるけど、いっつもこうなんだよね」
なんなら私もいつもだったらギリギリで来るんだけど、と付け加えるユーリさん。
「も、もうお客さん入ってきますけど……」
「大丈夫、来ないってことは無い」
結局誰も集まらないまま、開場時間が来てしまった。
他のバンドのファンが入り始めた、そんな時だった。
明らかに異質な人が入ってきた。
犬の被り物をしたギターのハードケースを背負ってる人。多分犬種はパグ。身長は190ぐらいありそう……。ああ、この人はまさか……。
その人にユーリさんは無言で近づいて行く。目の前まで来たところで、少しだけ見つめあった後、海外の人がよくやってるハンドシェイクを始めた。
こんな特徴がある人を間違えるわけが無い。この人は『Second Drop』のギター。今も最前線を走っている超有名アーティストの『8 kids』さんだ。バンド時代の映像ではパグって呼ばれていた。普段からこの被り物してるんだ……。
「変わらんなぁ! お前も!」
「……」
「そうかそうか!」
!! これセカドロ七不思議に載ってたやつ! 謎が多すぎる『Second Drop』にはファンが作った七不思議が存在している。その中の一つ、一切喋らない8kidsさんと意思疎通出来るメンバー! すごい……本当に本物だ……。
そこからは次々とユーリさんの関係者が来る。
「危ねー! 間に合った」
息を切らせながら入ってくる咲さん。無事に間に合ったようだ。
「あれ? 私が三番目?」
「お前にしては早い方だな」
「パグも久しぶり〜」
ユーリさんと同じようなハンドシェイクを始める咲さん。なんか憧れる……結束バンドでもこういうの作りたいな……。
「前田さん! ユーリのやつ、タトゥー入れまくってますよ!」
「うお、見ないうちにガラ悪くなってんじゃん」
そんなことを考えていたらまた新たに二人やってきた。どちらも『Second Drop』のメンバーだ。
キャップとサングラスをかけている方はおそらく、ベース担当だった『ash』さん。バンド時代の呼ばれ方もアッシュ。ついこないだ有名映画の主題歌に起用されたばっかりの超売れっ子。
もう一人の中折れハットを被ったギターケースを背負っている方は、さっきも呼ばれていたように『Maeda Atsushi』さんであると思われる。先日出したアルバムはオリコン週間チャートを3週連続一位を記録した超人気アーティスト。
「ふふふ、良いでしょ〜。これ全部私が彫ったんだよ〜?」
「アッシュは見ないうちに随分と調子乗ってるみたいじゃないかぁ……?」
「実際、売れてるからな!」
「懐かしいね、この感じ」
「……」
伝説がここに再び集結した。この5人が集まった時点で周りの空気がザワザワし始める。
今日ライブするバンドの一覧には『Second Drop』の名前なんて書かれていない。それでも、絶対に彼らは本物である。そう思わせるようなオーラがあった。
「あ、あの〜、ユーリさん?」
「はい、店長どうしました?」
「もしかしてユーリさんのバンドって……『Second Drop』なの……?」
「はい! 隠しててごめんなさい!」
「……私夢見てるのかな……」
「みんな! この人がこのライブハウスの店長だ! 挨拶しなさい!」
とんでもない人たちに一斉に挨拶される店長さん。脳が処理を諦めたのか、目が死んでいる。
無理もない。私だってこんな人たちに声をかけられたら軽く卒倒する……。
「で、あそこにいるのがここのバイトのぼっちちゃんだね。他の子は裏にいるのかな」
!?!? 全員こっち見てるぅ……。
「とりあえず控え室行こうよ。他のバンドにも挨拶しなきゃだし」
控え室に向かっていくユーリさんたち。はぁはぁ……助かった……?
「ぼぼぼぼっち」
「あっ、はい!?」
カウンターの方からリョウさんが声をかけてくる
「もももももしかして、ユーリさんのバンドって……せせせせ、セカドロ?」
「あっ、そうっぽいですね……」
「ここでライブするってこと?」
「そうなると思いますけど……」
「生きてて良かった……」
合掌して後ろに倒れるリョウさん。そんなに嬉しいのか……。
「なんか今日はやたら知ってる顔が受付に来てたんだ……」
観客の方に目を向けてみる。音楽に疎い私ですら知ってる大御所アーティストの顔がちらほら見かけられる。ユーリさんたちが呼んだんだろうなぁ……。
「ライブ……楽しみ……」
そう言い残したリョウさんは、そこで意識を手放した。仕事まだ終わってないですけど……。
メンバー全員が集結して、やっと『Second Drop』復活の実感が湧いてきた。
興奮が止まらない。今、私は音楽業界における歴史的瞬間に立ち会っているのだと確信した。本当に楽しみ……
今はただ、時間が過ぎるのを待つばかり。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
他のバンドの演奏が終わる。とうとうユーリさんたちの出番だ。会場の全員が今か今かと待っている。
隣にいるリョウさんはずっとそわそわしているし、虹夏ちゃんも目をキラキラさせている。
「私、『Second Drop』のことは名前しか知らないんですよね……」
「えっ!? 勿体ない! リョウ! 解説して!」
「『Second Drop』はジャンルで言えば邦ロックに近いんだけど、元々メンバー全員が違うジャンルのバンドに所属していたということもあって、色んなジャンルの技術が織り込まれているのが特徴。レゲエ、ジャズ、スカ、ロック……等々。音楽性が定まらない様に思われるけど、驚く程にセカドロの曲は軸がブレていない。様々なジャンルのいい所を取り入れることで、新たなジャンルを生み出しているのがセカドロの魅力。それでいて、活動2年目にして早すぎる解散をしたことで、伝説になったバンド……ちなみにバンド名の由来はレゲエスタイル独特のドラムビート『One drop rhythm』が由来になったと言われていて、このリズムは小節の一拍目にアクセントがなくて、三拍目のみにスネアとバスドラムの音がスパッと落ちるのが印象的。このワンドロップはセカドロの楽曲中にも一時的に使われているんだけど、ギターが裏拍を取って、ベースが単調なフレーズを繰り返すから、全体の音が静かになることでボーカルの声が滅茶苦茶目立つようになるんだよね。で、全員が違うジャンルだったのになんでレゲエの文化がバンド名になっているのかと言うと、結成当初にバンド名を考える時に、争いになってじゃんけんで決めたとインタビューで語られたことがあって、レゲエバンド所属だったメンバーのアイデアが採用されたと言われている。でそれから……」
リョウさんの早口解説がすごい……。しかもまだ続きそう……。
「よ、よく分からないけどすごいんですね……あ! 始まるみたいですよ!」
転換の時間は10分と設定されていたけど、もう始まるらしい。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
前置きのMCもないまま始まるドラムカウント。いよいよ始まるんだ……。
始まった演奏。まず感じたことは格が違いすぎる。
そりゃそうだ。全員がソロでも活動出来るどころか、ワンマンを完璧にこなすことが出来るレベルだ。
一人一人の演奏は安定感もあるけれど、ただそれだけじゃなくて、個性を出しまくっている。それなのに音が喧嘩をしないし、むしろ心地よい。
数年ぶりとは思えないほど息がピッタリだ。やっぱりユーリさんたちはすごい。
曲の中盤、ボーカルの前田さんが人差し指をメンバーに向けて上げる。
静まる演奏。これがさっきリョウさんが言ってたやつだ……。言葉一つ一つの気持ちよさ、重みが段違い。
そして落とし所で全ての楽器が元の演奏に戻る。静かだった音が戻ることで一気に盛り上がる。
とにかく楽しい。気づけば周りのお客さんと一緒に手を挙げていた。
画面の向こう側で見ていたレジェンドが今、目の前で演奏していることが本当に信じられない。頬をつねってみる。痛い。夢じゃない。
少しでも長くこの時間が続いて欲しい。この楽しい時間が。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
でもやっぱり楽しい時間はすぐに終わってしまうものだ。
もう既に予定では最後の曲。早く次の曲が聞きたいという想いと、まだ終わらないで欲しいという複雑な気持ちでぐちゃぐちゃになっている。
ライブの完成度も数年ぶりとは思えないほどで、本来の楽曲には無い音抜きや、マイクを通さずに叫ぶアドリブパフォーマンスも素晴らしかった。
最後の曲が終わってしまった。普通のライブハウスなのにアンコールが起きそうな雰囲気。
「……どうも」
口を開くボーカルの前田さん。一声で全員が歓声を上げる。
「今日のライブは私が企画したものでは無いのでMCを代わりますね」
後ろから歩いてくるユーリさん。ユーリさんがMCするんだ……!
「はい、初めまして。現役時代に一度も声を出さなかったユーリです」
「最初で最後のMC、頑張りますね」
最後というのを聞いて少し悲しくなる。やっぱり一夜限りの復活なんだ……。
「えー、今日のライブは知り合いの……恩人とも言うべき人に提案してもらったんです」
「その人が居なかったら私はここに立っていなかった。本当に感謝しています」
わ、私の事だよね……?
「私だけ解散から行方知れずでしたよね、でも最近また創作活動を始めたんです」
「それもこれも、全てその人と、その人が所属しているバンドメンバーのおかげなんです」
「こ、これ私たちのことですよ……」
「えっ!? ぼっちちゃんがライブ提案したの?」
「ぼっち、本当に本当にありがとう……」
驚く虹夏ちゃんと、本気で感謝するリョウさん。照れるなぁ……へへへ……。
「だから、その人に感謝の曲を書いてきました」
「本当なら今ので最後の曲なんですが、どうしてもこの曲がやりたいのですいません」
もう一曲やってくれるらしい! しかも現役時代にはなかった新曲! 時間がオーバーしていることはもはや気にしていられない。会場の雰囲気的にも、強制終了出来る雰囲気じゃない。
しかも、私たちに向けた曲?
「この曲は私たちから君たちへの、世代交代の曲」
「きっと私たちをも超える君たちへ贈る感謝の曲」
「では聞いてください。
『蒼い惑星の孤独な
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いらっしゃいませー!」
あの激動の日の翌日。私は変わらず喫茶店の営業をしている。
あの日のライブは大成功。私が店長に頼んで撮ってもらっていた動画を動画投稿サイトに上げたところ、凄まじい反響があった。
翌日の今でもSNSのトレンド一位。私たちはこんなに人気だったんだなって再認識した。
それに、今日は沢山のお客さんに声をかけられる。解散して以降の初めての露出だったからかな。私って結構特徴的だし。
一部では私が話したバンドの特定に走っている人もいる。でも、結束バンドの曲は動画サイトとかには載ってないし、ほとぼりが冷めたらきっと大丈夫。変に私たちの力で有名にはなって欲しくない。どっちにしろ上に上がってくるバンドなんだから。
あの日の後、私たちは特に打ち上げもせずにそのまま帰った。
余計な言葉を交わさずとも、彼らが今何をやっていて、どんなことを頑張っているのか、ライブするだけで分かった。
それは他のメンバーもきっと同じ。私たちはこれでしがらみも未練も完全に捨てた。
これからそれぞれの道を進む私たち。でも不思議と悲しくは無い。
私も夢を見つけた。
『002』として、でかい箱でライブしたい。ワンマンではなくて、結束バンドとあいつらで。
それぞれの道を進んで、最後に辿り着くのはどこか分からない。でもその過程でまた集まることが出来たらどんなに良いだろうか。
特に結束バンドには期待してもしきれない。
私は彼女たちの行く末を見ていたい。誰になんと言われようと、私は彼女たちの前ではただの一人のファン。ずっと応援し続けるよ。
結束バンドが名声を轟かせるその日まで。
書きたいことはこれで書き終わりました。
最終回みたいになってるけどまだ終わりじゃないです。
でも更新速度は落ちます。