「ここが楽器部屋ね」
「おっおおう…………」
ふふふ、狼狽えておるな、リョウよ。ここにある楽器は全て私が現役時代に集めたもの。海外からの掘り出し物もあるし、ハイエンドも何個かあるぞよ。
「これ500/1…………」
ヘフナーに目をつけるとはお目が高い。やはりベーシストということか。ヘフナー500/1は有名な海外のバンドも使っていたバイオリンベース。ちなみにこれはイグニッションじゃなくて、66年製のれっきとした本物だ。結構高かった。
「弾きたいなら弾いてもいいよ」
「…………!!」
楽器を集めるのは大好きだけど、残念ながら私はベーシストじゃないのだ。なかなか使う機会が無いからチューニングも狂ってるだろうなあ。使ってもらった方が楽器も嬉しいだろう。この部屋は防音室だし、わざわざ両隣の部屋を空き部屋にして、音が漏れないようにしている。だから思う存分やってくれよ。
嬉々としてベースのチューニングを始めるリョウ。うんうん、楽しそうで何より。
さて、ぼっちちゃんはどんな反応かね。
「あ、これ今使ってるギターと同じ…………」
「え?ぼっちちゃんレスポールカスタム使ってるの?やるじゃん」
「あ、お父さんの使ってたやつを貰って…………」
ぼっちちゃんのお父さんセンスいいね。私はレスポールが好きなのでカスタムだけじゃなく、クラシックとかスタンダードも集めている。ただレスポールカスタム重いんだよな。長いレコーディングの時は腰がやられるから諸刃の剣みたいに使ってた。
「ぼっちちゃん、レスポール以外のギター持ってみ。軽さにビビると思うよ」
とりあえず近くにあったギターを適当に選んで渡してみる。
「…………いや、そこまで違いがわかんないです……」
あれー?若いからかな?それかレスポールカスタムの個体差か。私が持ってるカスタムは70年代後半に作られた物で、メイプルネックにメイプルトップだからカスタムの中でも屈指の重量だ。実物が無いから分かんないけど、ぼっちちゃんのカスタムはおそらく、オールマホガニーの結構いい物だと思う。私は愛着が湧いちゃったから古くて重いカスタムを使ってるけど、基本軽いギターの方がいい音が出る。
レスポールを作っている会社であるギブソンでは、その年に伐採されたマホガニーを軽い順にランク付けしている。最も軽いマホガニーがその年の最高級グレードになるのだ。それぐらいには重さが重視されている。
いかんいかん、楽器のことになると自分の世界に行ってしまう。脳内講釈もこれぐらいにしておこう。
「じゃあぼっちちゃん、なんか弾いてみてよ」
「え?このギター使ってもいいんですか……?」
「大丈夫!壊しても怒らないから好きに弾いてよ」
値段を言ったらひっくり返りそうだから、言うのはやめておくことにした。さあぼっちちゃん、私に君の演奏を聞かせてくれ。
「じゃ、じゃあ…………弾きます…………!」
ギターをアンプに繋いで、私が用意した椅子に座って深呼吸をするぼっちちゃん。リョウはヘッドフォンしてて聞こえてなさそうだから、私とぼっちちゃんの1体1だ。
呼吸を整えたぼっちちゃんは演奏を始めた。
正直めちゃくちゃ上手い。普通に私よりも上手いんじゃない?リョウもぼっちちゃん自身も「あまり上手くない」って口を揃えて言ってたのに。謙遜してただけなの?先輩風吹かそうと思ってた私を貶めるための罠なの?なんか恥ずかしくなってきた。
ラスサビに入ってから演奏に力強さが増し始めた。それはヘッドフォンをしていたリョウにも届いたようで、驚いたような顔で聞き入っている。あの驚いた顔を見るに、リョウすらもぼっちちゃんの腕を知らなかったようである。
演奏が終わった後、私たちは自然に拍手をしていた。それくらい惹き込まれる演奏だった。
「…………ふう」
「すごいじゃん!ぼっちちゃん!」
「ぼっちがこんなに上手いなんて知らなかった」
「うへへ…………ありがとうございます…………」
ふにゃふにゃし始めたぼっちちゃんは置いておいて、ちょっとだけ考察をしてみる。同じバンドメンバーであるリョウが下手だと言っていたし、実際曲合わせの時は下手だったのだろう。だけど今のぼっちちゃんは明らかに上手かった。
曲合わせの時は下手。一人で弾くと超上手い。これらのことから私は仮説を立てた。
ぼっちちゃんは人に合わせるのが恐ろしいほど苦手なのでは?
もしこの仮説が正しいとすれば、ぼっちちゃんは逸材だ。おそらくぼっちちゃんは技術だけを磨き続けて、人と一緒に演奏することが極端に少なかっただけなのだろう。きっとここから先、活動していくうちに克服するだろうし、技術の方もまだまだ発展途上のはずだ。ぼっちちゃんは本当に国民栄誉賞を取れる逸材なのかもしれない。放っておいてもぼっちちゃんは大物になるとは思うが、やっぱり自分も手を加えたい。ぼっちちゃんが売れた時に、『私が育てました』みたいな感じでドヤ顔したいのだ。
「でもさぼっちちゃん、人と合わせると下手になっちゃうんだよね?」
「うへへへへ…………え?」
「次は私とセッションしようよ」
分かりやすく図星の反応をするぼっちちゃん。ぼっちちゃんは本当に顔に出ちゃうんだなあ。
バンドメンバーと完璧に合わせられるようにすることが最も大事なことではあるが、色んな人と一緒にやることの方が経験値が積めると思うんだ。まずはその一歩として私とやろうか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
なんでバレたんだろう……。ああ……あんなに優しかったユーリさんに失望されてしまう…………。一緒に演奏した途端に、『えっこの人本当はこんなに下手なの…………』ってなるのが容易に想像される〜!!
ああごめんなさい…………私が調子に乗りました…………。ギターヒーローの活動も最近できてなかったから、自己顕示欲が暴走してました…………。ああああああああ!!嫌だ!人に褒められたい!うわあああああああ!!
「ぼっちちゃん聞いてる?」
「あっはい」
はあ、戻って来れなくなるところだった。
セッションをしなければいけないんだ。セッションを。
…………そうだった!!!!セッションしなきゃいけないんだ!!うわああああああああああ!!!!
「ねえ、ぼっちちゃんっていつもこんな感じなの?」
「これが平常運転です。最初は面白かったんだけど」
「これに慣れるって相当だなあ」
はあ、はあ、これなら最初から初心者ってことにしてた方が気持ちが楽だった…………。
「あ、ぼっちちゃん帰ってきた?じゃあそろそろ始めよっか」
え、まだ心の準備が……。ていうかユーリさんはサックスやるんだ…………。ギターとかベースが似合いそうな見た目なのに…………。
「ユーリさんってサックスやるんですね」
「私たまに知り合いのビッグバンドのサポートに出てるんだ。ジャズが大好きでね。サックス以外もいけるけど」
バンドで合わせたことがある楽器ならまだ少しはマシかもしれないけど、完全にやったことない楽器だからどうすればいいのか全く分からない。ああ……不安だなあ……。
「ぼっちちゃん」
「あっ、はい!」
「楽しもう!私が導いてやる!」
ユーリさんのカリスマ性はすごい。さっきまでの不安が一瞬で消えた。きっとユーリさんのいたバンドは相当すごいバンドなんだと思う。こんなに目立つ人がいるなら、音楽に詳しいリョウ先輩とかが何のバンドか気づきそうな気もするが。
こうして私たちのセッションは始まった。けれどやっぱり私は人と演奏するとなるとド下手で、それでもユーリさんは私の迷っている演奏に寄り添ってくれる。ユーリさんの演奏はまるで『私についてこい!』と言っているような力強さがあった。一緒に演奏していくうちにどんどんヒートアップしていって、最後の方は少しは人に聞かせられるような演奏ができたんじゃないかな?と思っている。バンドマンとしては本当に本当に小さな一歩だけれど、私にとっては百歩に値する大きな進歩だ。
「ぼっちちゃん!何か掴めた!?」
「……はい!なんとなくですけど!」
「そうかそうか!そりゃ良かった!」
ガハハと笑うユーリさんの笑顔に、私も思わず顔が綻んでしまう。楽しいな、音楽って。
でも楽しい時間は過ぎるのが早いもの。家が遠いという話をしたから、心配したユーリさんが早めに車で駅まで送ってくれることになった。
「定期の区間下北沢駅からだよね?」
「あっそうです」
「じゃあ行こっか。リョウはぼっちちゃん駅まで送った後にそのまま家まで送っていくよ」
「ありがとうございます」
今日は本当に楽しかったなあ。また忙しくない時に来ればこんな風にセッションできるかなあ。
「そうだ、二人ともロイン交換しようよ」
やった!家族と結束バンド以外に連絡先が増えた!本当に今日はいいことしかない。午前中は何かで悩んでいたのだけれど、もう思い出せない!けど楽しいからいいや!
しばらく車を走らせて、下北沢駅に着いた。走ってる間はユーリさんが話を振ってくれたりしたおかげで、ぼっちの私でも全く気まずくなることがなかった。気が利くし、優しいし、お金持ちだし、楽器も上手いし、本当に非の打ち所がない人だ。
「じゃあ、二人とも!ライブ決まったら呼んでよ!その日は店閉めてでも行くから!」
「は、はい!絶対に連絡します!」
「じゃあ、また店来てね!バイバーイ!」
「あ、ちょっと待ってください」
?リョウ先輩どうしたんだろう。なにか忘れ物でもしたのかな。
「ぼっち、作詞のこと忘れてるでしょ」
「…………あ」
楽しくて忘れてました…………そのために下北来たんだった…………。
今日は徹夜確定。さっきまで軽かったはずの足取りは鉛のように重くなる。私はその重い足取りで、家まで帰ったとさ。
感想まじでありがたいです。生きる糧です。
文化祭ら辺まではプロットがあるので頑張ります。