消えた天才が喫茶店やってる話   作:岩フィンガー

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オリキャラが出てきます。オリ主の解像度をあげるためにも必須なので許して。


昔の仲間に会おう!

 

 結束バンドの二人を家に招いた日から数日、私は変わらずお店を経営している。

 あの日は夕方のピーク前には、もう私が無理矢理店を閉めてしまったので、常連さんにすごく心配されてしまっていた。自分がただ遊びたくて早めに閉めただけとは言えるはずもなく、風邪を引いたということにした。私の体調を心配してくれる常連さんに嘘をつくのは心が痛い……。

 

 

 こんな開店して一ヶ月程度の店に常連がいること自体、すごくありがたいことだ。だからこれからはSNSで休む時は告知します……。気分屋の私に毎日欠かさず営業しろというのが無理な話だ。店内の壁にお店のSNSを始める旨の張り紙を貼り付けた。これからは気兼ねなく店を休めるぞ!

 

 

 そんなことをしているともうランチタイムまで数分。

 よし、今日も頑張ろう。ドアの看板をOPENに変えに行く。珍しく今日は開店前からほとんど人が並んでいない。普段なら平日でも列が出来るくらいには人が来るはずなのだが、不思議と今日は人が少ない。まあこんな日もあるだろう。前にも言ったように、私は赤字にならなきゃなんでもいい。昨日の朝から手間暇をかけて仕込んだカレーが売れなくても、それはそれでいい。またやれば良いだけなのだから。

 

 

 時間が経って、お昼休みの会社員らしき人が食事を終えると、店内では閑古鳥が鳴き始めた。これは夕方ら辺まで暇になりそうだ。

 

 

 この暇な時間はバイトにとっては苦痛な時間だろうが、店主の私にとっては楽しい時間だ。今日は何をしようか。

 

 昨日買った本でも読もうかと、取りに行こうとした瞬間。

 

 

 からんからん

 

 

 

 ドアベルがお客さんの入店を知らせる。いい時にお客さんは来るなあ、もう。

 

「いらっしゃいませー…………」

 

「オープンしたなら言えよ」

 

「うわ」

 

 

 ドアの前にはよく知る顔が立っていた。

 こいつはかつてのバンドメンバー、ドラム担当の咲。バンドをやめてからは彫り師に弟子入りして、彫り師をやっている。彫り師の癖に、自分にはタトゥーを一つも入れてない不思議なやつ。私がタトゥーを入れているのは、こいつの練習台になってあげたから。

 

 

 最後に店に行ったのは三ヶ月ほど前。その時にはもうすぐオープンするかもとだけは言っていた。それから何も連絡を取っていない。当然、私が先月に店をオープンしたことなど知る由もなかった様子だ。

 

「てか店来いよ。まだ腕のところ完成してないじゃん」

 

「来月中には行けそうだから待て。何食べんの?」

 

「スイーツ系のおすすめとミルクティーくれ」

 

「カレーでいい?」

 

「…………まあいいけど」

 

 カレーを出したくてしょうがなかったんだ。許せ。皿に米とカレーをよそって、作ったミルクティーと一緒にカウンター席に置く。

 

「いただきます」

 

「召し上がれ」

 

 

 スプーンですくって、ゆっくりと口に運ぶ咲。私はこのカレーを作るにあたって、玉ねぎを6時間炒め、多種類のスパイスを加えて丸一日煮込むという時間かかりまくりの手順を踏んでいる。うまいに決まってるから感想は聞くまでもない。

 

「めっちゃ美味しいじゃん」

 

「うちはカレーが有名らしいんだけどさ、不定期にしか作らないから、食えてありがたいと思えよ」

 

「音楽一筋だったユーリがこんな美味しい料理を作れるようになるとはねえ」

 

「私も死ぬまで音楽やるんだと思ってたよ」

 

 人生は本当に何が起こるか分からないのだ。当時の私を知る者は、私が音楽活動をやめていることなど想像もしていないだろう。

 

「そういえばオリコンチャート見た?あいつらすごくない?」

 

 あいつらとは十中八九、他のバンドメンバーのことだろう。私の作詞作曲なしでも成功できているようで安心だ。それぞれソロで活動しているが、全員オリコンチャート上位に食いこんでいる。

 

「いい曲書くよねあいつら」

 

「近いうちにアリーナでワンマンする勢いよね。本当にすごいわ」

 

 すごいとは思う。けれど同時に、こんな物かとも思ってしまう。私が未だに未練があるせいでそう思っているだけなのかもしれないが、やっぱりあの頃の私たちが書いた曲を超えるものは出てきていないと思っている。

 

 それに…………

 

「でも今は他に期待しているバンドがあるから、あいつらのことはいいかな」

 

 

 私は結束バンドが気になる。もちろん元バンドメンバーのことが気にならない訳では無い。私たちとやっていた頃とは違う側面を見せてくれる彼らに興味を失うはずがない。

 

 だが今は結束バンドがどこまで行けるかを見てみたい。きっと私たちを超えてくれるはずだから。

 

「珍しー、なんてバンド?」

 

「秘密」

 

 

 古参アピしたいから教えたくない。どうせファンが私しかいないのは今だけだ。だからこれぐらい良いでしょ。

 

「えー、なんでもいいから教えてや」

 

「…………実は…………」

 

「うん」

 

「バンドメンバーのうちの二人しか会ったことないし、ライブも見に行ったことないし、何人編成のバンドかも知らない」

 

「全然知らないじゃん」

 

 

 うぐ、ライブはしょうがないじゃん。まだ一回しかやったことないらしいから。あー、バンドメンバー連れて店に来ないかな〜。同じライブハウスでバイトしてるらしいから会おうと思えば会えるんだけど、自分から会いに行くのはなんか違う。私はファーストコンタクトを重視するのだ。

 

 

「なんでそのバンドに期待してるの?」

 

「……最初は店で話してるのを見かけて、昔の私たちに似てるなって思って話しかけたんだけど」

 

「ふむ」

 

「ギターの子に夢を聞いたらさ、咄嗟に思いついただけかもしれないけど、国民栄誉賞を取りたいって言ってたんだ」

 

「…………なるほどね」

 

 

 私が初の路上ライブで宣言した夢、それこそが国民栄誉賞を取ること。結局バンドが途中で解散してしまったことで、その夢は潰えた訳だが。あの時、誰一人私の言葉を本気にしていなかったが、私は本気でメンバーと共に、世界一有名になって国民栄誉賞を取ることを考えていた。今でも、あの時バンドが解散しなかったら、国民栄誉賞を取れたんじゃないかと考えることがある。

 

 

「彼女たちは絶対に上に来る。誰よりも、私たちよりも」

 

「あのユーリがここまで言うかー。あ、ミルクティーおかわり」

 

 

 咲はいつの間にかカレーを食べ終えていた。ミルクティーを入れ直して、カウンターに置く。そのまま驚くような速度でストローで一気飲みをする咲。そんな辛くないはずだけど。

 

「ユーリがそこまで期待してるんだったらさ、私も楽しみにしとく」

 

「うん、嫌でも耳に入ってくるようになるだろうから」

 

「じゃあ、私そろそろ行くよ。店来る時は連絡してな」

 

 そう言って、カウンターに諭吉を置いていく咲。

 

「釣りはいらねえぜ、開店祝いだ」

 

「オープンしてもう二ヶ月を経とうとしているが」

 

「おめーが連絡しねえからだよ!じゃあ次はうちの店でな」

 

「うん、じゃあね」

 

 

 

 そう言って、咲は帰って行った。やっぱりバンドメンバーはいい物だ。いつ会っても会話が絶対に弾む。きっと数年会ってない他のメンバーでもそれは同じことだ。

 

 

 私が他のメンバーに会わないのは、会ってしまったら思い出してしまいそうだから。

 

 

 音楽で夢を追いかける楽しさを。音楽をやめた私にとっては彼らは眩しすぎる。もう一度バンドを組もうと言っても、絶対に断られる。メンバーたちの替えはどうやってもきかないのに、まだそこに居るみたいに進みたくなってしまう。

 

 

 技術とかの問題じゃない。私にはあいつらしかいない。全員がオリジナルを追求して、誰かっぽいものをやろうとしてるやつは一人もいなくて、私たちだけの音楽だった。

 

 

 だから私は「Second Drop」が好きだった。個性が強すぎて売れ残ったデッドストックたちが自然と混ざり合うような空気感。そんな仲間の奏でる音楽が好きだった。

 

 

 

 一夜限りの復活でも良い。もう一度だけでも、彼らと演奏をしたい。

 

 

 そんな叶わない願望を抱いて私は仕事に戻った。

 

 




3000字ぐらいだとちょっと物足りない気がする。
ところで、原作で山田とぼっちが行ってた店は喫茶店じゃなくてカフェらしいですね。調べても違いが分からん!

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