消えた天才が喫茶店やってる話   作:岩フィンガー

8 / 10
短めです。


文化祭に行こう!一日目

 

 ある日、動画投稿サイトに5つの曲が投稿される。これが謎に包まれたアーティスト『002』の誕生。

 

 何のプロップスもないまま音楽活動を始めた『002』。それでも破竹の勢いでファンを増やして行った。

 

 それはひとえに曲の完成度が素晴らしかったから。

 明らかに未経験者のそれじゃない音作り。それどころか、全ての曲が一度も聞いたことがない衝撃を受けるレベルのメロディーライン。歌詞の抜群なワードセンス。それでいて歌詞を読みこんでいくほど、何重にも意味がかかっていることに気づく。それを全て計算しているとしたら、すごいを通り越して怖いほどの才能。

 

 人々は議論した。『002』の正体は一体誰なのか?

 得られる情報は『002』が女性ということだけ。動画の説明文にも何も書いていない、SNSのアカウントもやっていない。そんな状況だったので、正解にたどり着くものが誰もいない。

 

 

 と思われていた。が、ある一人が限りなく正解まで近づいた。

『これセカドロの曲の英語パート歌ってる人じゃない?』

 

『Second Drop』。もはや知らない人はいない伝説のバンド。その中の楽曲に『エメラルダ』という楽曲がある。

 

 その曲には英語だけを歌うパートがあるのだが、『002』の楽曲でも英語が歌われる場面がある。どちらもネイティブを思わせる英語力。しかし、それだけでは決めることが出来ない。何せ情報が少なすぎる。

 

 英語博識者を交えて議論を重ねた。声質の比較や、発音の特徴。様々な調査を経て、同一人物と言っても差し支えないほど特徴が一致していたことが判明。

 

 しかし『エメラルダ』の英語パートを歌っている人は不明。そこでも考察が深められた。有名海外アーティストのフィーチャリング?それともバンドメンバーの誰か?

 

 色んな考察がされたが、誰一人正解までたどり着くことは出来なかった。

 

 そんな今一番の注目を受けている『002』。そんなアーティストの正体を私、後藤ひとりは知っている。

 

「ぼっちちゃーん!注文いい?」

 

「あっ、はい!」

 

「じゃあこのふわ☆ぴゅあとろける魔法のオムライスで!」

 

「あっ、はい……」

 

 学校の文化祭というフィールドではあまりにも目立つタトゥー。まあさっき来た世紀末的風貌の人に比べればマシかもしれないけど……。

 

 何を隠そう、この人が『002』の正体だ。普段は喫茶店の営業をしている関ユーリさん。

 

 直接聞いたわけじゃないけど、私はあれがユーリさんだと確信している。直感で分かった。

 

 一部では、ミステリアスに包まれた『002』を神聖視する者までいるが、私はユーリさんをよく知っている。ユーリさんはすごい明るい人で、一緒にいると楽しくて……

 

 

 私の恩人だ。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「あの、どうですか……?」

 

「うん!普通!」

 

 今日はぼっちちゃんの学校の文化祭。結束バンドのライブ自体は明日だけど、一日目も来ちゃった。

 

 ぼっちちゃんのクラスでメイド喫茶やるって言うんだもん! そんなん行くしかないじゃん!

 

 そして私は今メイド喫茶に来ている訳だが、なんか結束バンドの子もいるじゃん!ラッキーだぜ!

 

 オムライスの出来はマジで普通。普通のオムライス。

 

「あっ……冷凍食品なので……」

 

 え?これ冷凍食品?冷凍食品も進化したなぁ……じゃなくて。

 

「冷凍食品出してんの?」

 

「あっ、衣装の方に予算を掛けすぎたそうで……」

 

 ふーん、確かに結構ちゃんとしてるメイド服かも。可愛いし。

 

 まあ文化祭のオムライスなんてこれくらいが相場なのかもね。私は文化祭でそういうのやらなかったから知らないけど。

 

 メニューにもう一度目を通してみる。書いてあるのはドリンクと、オムライス四つ。よく見たらこれ四つ全部一緒じゃね?まあこんなもんか……?そう思っているとメニューの下の方に目につくものがあった。

 

「この美味しくなる呪文っての、お願いします!ぼっちちゃん!」

 

 これあれだ!メイド喫茶行ったことない私でも分かる!可愛い呪文唱えてくれるやつだ!

 

 ぼっちちゃんが普段言わなそうなことを言うところが見たい!そんなことを考えていると、後ろからメイド服を着た喜多ちゃんがやってくる。なんかダジャレみたいになっちゃったけど。

 

「後藤さん!さっき教えた通りにやるのよ!」

 

「あう……」

 

 どうやら先程喜多ちゃんからの指導鞭撻を受けていたそうで、その成果を見せてくれそうである。可愛いの権化である喜多ちゃんの指導なら間違いねえぜ!

 

「あっふわふわ、ぴゅあぴゅあ、みらくるきゅん。オムライス、美味しくなあれ……」

 

 ぼっちちゃんなりに努力したのだろうか。喜多ちゃんの動きを真似しようとしたけど、運動神経が無さすぎて気持ち悪い動きになっちゃってる。

 

 喜多ちゃんが目を抑えてるけど私は可愛いと思ったよ。なんか頑張ってるのにから回ってるのが不憫で可愛い。

 

「可愛いじゃん」

 

「ユーリさん、お世辞言わなくても大丈夫ですよ……私がもっと指導しますので……」

 

「えー?お世辞じゃないけどね?」

 

「食べてみてください、きっとパサパサしたままのはずです……」

 

 一口食べてみる。うん、呪文だけで味が変わるわけないじゃん。

 

「うん、さっきと同じ味」

 

「それじゃあ私がやってみますね!」

 

 喜多ちゃんが美味しくなる呪文を始める。ぼっちちゃんはこれを目指してたのか……。ぼっちちゃんには早すぎたよ……。

 

「はい!これで食べてみてください」

 

「そんな呪文で味が変わるなら私の店にも取り入れますよ……」

 

「騙されたと思って食べてみてください!」

 

 一口食べる。なんかめっちゃ美味しくなってね?

 

「まじで味変わるんだ……」

 

「ですよね?美味しいですよね?」

 

「うん……」

 

 なんか複雑だ。私も試行錯誤して美味しい料理を作るための工夫を繰り返していたのに、こんな呪文だけで美味しくされてしまうとは……。

 

「ていうか、虹夏ちゃんとリョウもここで手伝ってんだ?」

 

「そうなんです!すごい似合ってますよね!」

 

 確かに様になってるなぁ。とりあえずぼっちちゃん目当てだけで来たけど、結束バンドにも会えてよかった。これだけで来たと良かったと思える。

 

「あの二人にも挨拶してから帰るよ、明日のライブ楽しみにしてるからね」

 

「はい!頑張ります!」

 

「あっ、頑張ります……!」

 

「私も今度頑張るからさ、いい姿見せてよ」

 

「はい!お互い頑張りましょう!」

 

 とりあえずは結束バンドを見ることに集中しよう。ライブするのも楽しみだけど、結束バンドも超楽しみ。

 

「じゃあ、ご馳走様。これお代ね」

 

「ありがとうございました!」

 

「あっありがとうございました!」

 

 なんかいいねこの感じ。ぼっちちゃんとかが社会に出なきゃいけなくなったら私の店で雇ってあげよう。うちの店で働くぼっちちゃん……良いなあ。

 




ライブの話は文化祭やってから書きます。それが終わったらネタ切れになるかもです。

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