「模擬弾で沈没もそうだけど、魚雷発射の動きを見て回避運動しないってのもおかしいと思うんだ」
そう発言する市花海乃の言葉は、反乱分子の認定を受けた晴風乗員の心に響かない。
ちゃんとした反応を返したのは幸子だけであった。
「私達何か猿島の黒い秘密を知ってしまったんですよ!」
「また始まった」
「お前ら見たなー! 私達何も見てませんー!」
「全部妄想でしょ?」
「妄想でも楽しくない?」
真白が幸子にタブレットの通信を切ってるか再確認して、海乃へと振り返る。
「お前も通信切っているな?」
「切ってるよー」
そう返した海乃の返事を聞くと、また会議が進行した。
「わ、私達お尋ね者って事だよね? 高校生になったばかりなのに犯罪者になっちゃんたんだよね!? こんなの嘘だよね!? 嘘だと言ってぇーーー!」
航海長の知床鈴ことリンちゃんが叫ぶと、タマちゃんがゆっくり口を開いた。
「う、う」
「どうかしましたか立石さん」
「嘘」
「あ、ありがとう言ってくれて! あ、私の事はリンでいいよ!?」
「そうそう嘘だよ嘘嘘」
「お前の言葉は何処か軽いな」
真白が海乃の嘘発言に突っ込みを入れた。
「何でボクの言葉だけ信じられないのさ!?」
「いや、何かこう雰囲気で」
「悲しいなぁ、悲しいよ。宗谷さんと仲良くなりたいのに」
「もういいから損害状況の把握に努めろ!」
結局その場は解散となったが、海乃だけは動いてもどこかでダウンする為、ウロチョロせずじっとしてろと言われた。
艦長の明乃が自ら艦内を把握するため艦橋を去り、副長の真白が指揮を執る。
そんな中で海乃はタブレット以外に持ち込んでいたノートPCを取り出した。
このPCは横須賀女子海洋学校から支給された官給品ではなく、海乃が個人的に持っていた私物だ。その性能は、女子中学生が持つにしては過剰ともいえるスペックであり、日常生活ではオーバースペックである。
ゲーミングノートPCと呼ばれる物より更にハイグレードなソレは、本体価格だけで目が飛び出る程だ。
画像解析や動画編集も出来る優れモノだ。
「さーてさてさて、探知されない通信なんて幾らでもあるんだよーっと」
数分間タイピングし続け、根暗なハッカーが良くやるような仕草でエンターキーを叩いた。
「何してんのー?」
気になった芽衣が左から覗き込むと、海乃は説明をし始めた。
「位置情報とか特定されない方法使ってネットに繋いだんだ。ダークウェブって聞いた事無い?」
「え、そんな事出来るんだ凄いじゃん。ダークウェブってのは知らないけど」
すると幸子が右から覗き込んで口を開いた。
「いわゆるアングラって奴ですね。結構ヤバイ情報やら動画が転がっていますね」
「えぇーヤバイ所じゃん」
「ですね。その、違法ですが人身売買やらスナッフフィルムとかも探せばありますよ。でもダークウェブって繋ぐだけでアウトなんですけど」
「まあ抜け道は色々あるよ。方法は教えないけど間違っても繋ごうとか真似しようとかしないでね」
誰がするかと話を聞いていた真白は自分の眉間を抑える。
「お前、それでこちらの位置情報が割れるとか無いだろうな?」
「無いよー。自分で言うのも恥ずかしいけど、これでもウィザード級の自負はあるんだ」
まあ何を持ってウィザード級ハッカーだかクラッカーなのかと海乃は本人も知らない。ただ昔から育ってきた環境が劣悪である為、生きていく上でこの技術は役になったとは思っている。
「スパイ映画」
志摩が海乃の上からヌッと画面を覗き込んだ。
「あんな格好良くないけどね。はい侵入完了ー」
「え、侵入って超かっこいいじゃん! どこ、どこ!?」
芽衣が興奮して説明の続きを促す。
「海上安全整備局の中核。あと国防機密が色々眠ってる所」
「何してるんですか!?」
「不正に知ってるだけで危ないから見ない方がいいよ」
「キャー!」
海乃の周りに集まっていた3人がサッと離れて距離を取った。
幸子だけは顔がキラキラしていたが。
「ごめんお待たせー」
そうこうしていると、艦内を見回って来た艦長の明乃が戻ってきた。
「被害状況どうでしたー?」
後部甲板損傷、爆雷残数1、魚雷残数無し、機関室総点検。
以上が晴風の現状である。
大提督五十六をタブレットで撮っている幸子が真白に怒られる事件があったが、恙なく今後の方針が決められていく。
「今事実確認中なのかも」
「だが我々に反乱の意思は無い。このまま逃げ続けれられないのだから速やかに近くの港に入ろう。艦長」
「巡航で38時間かな」
鈴が所要時間を算出して皆に伝えた。
「何事も無ければって事だよね。またイレギュラーが起こるかもね」
「どうしてまた不安を煽るような……まったく、こんなクラスになったばっかりに。ついてない」
「何よこんなクラスって。そりゃ晴風は合格した生徒の中でも最底辺が配属されるかもしれないけど、それはアンタも一緒でしょ!?」
おー言い返すねーと海乃は心の中で囃し立てつつ、ふと入学試験の結果を学園の機密サーバーから覗き見た。
「一緒にするな! 私は入学試験は全問正解してた筈なのに、解答欄を1つずらして解答したから……」
艦橋のメンバーはそれを聞いて微妙な表情を浮かべた。
そういうのは普通のミスで優秀とは言わないと発言しないのは、海乃の優しさである。
逆に明乃は真白と正反対で、偶々勉強してた所が当たったと言う。
強運と不幸が同時に合わさって同じ艦になったと言う訳だ。
「入試の採点結果見たけど、宗谷副長は解答がズレてなくても総合成績1位は無理だねコレ」
「何だと!?」
海乃のPCを引っ手繰った真白は画面の解答を確認する。
「ほら例えば此処、途中式も全部書いて略すなってあるのに、副長はズレた回答を直すのに必死で書いてないから×になってる。あと論述も見る所から間違ってる」
「うぐ、うぐぐ」
ズバズバと容赦なく真白の解答を切っていく。
するとニヤニヤした芽衣が真白の肩をポンと軽く叩いた。
「優秀、ね」
「間違いは、誰にでもある」
同じく肩を叩いた志摩が励ます。
「後さ、皆の採点見たけど、確かに総合力は……うん。でも特定の分野においての判定と成績は学年トップだよ」
「え、そうなの!?」
明乃は驚いたように声を上げた。
「例えば晴風機関科の皆は、航海科とかの成績はほぼ最下位だけど、整備や機関科関連では全員学年トップ10に入ってる。鈴ちゃんだって洋上航法とか操艦に関しての分野では学年トップ10以内だ」
「そうなの!?」
「芽衣ちゃんやタマちゃんだって砲術と水雷に関しては多分上級生より上だよ」
照れるなーと芽衣は頭を掻いた。
「つまり、特定の分野に秀でた一芸特化が集められたと?」
真白は恐る恐る聞いてみた。
「そうだと思うよ。ていうか歴代の晴風がそういう集まりなんじゃない?」
「……因みに、艦長の成績は?」
「岬艦長は指揮や統率に関する面が学年2位だね。その他の分野も学年20以内に入ってるから相当だよ」
うちの艦長って凄かったんだという視線が明乃に注がれた。
「本当に偶々なんだよ!?」
「あ、じゃあ私はどうなんですか!?」
「納沙さんは情報関連で凄いね。そのタブレットの中、多分凄い事になってるでしょ?」
後々分かる事だが、幸子のタブレットには世界に存在するほぼ全ての艦船のデータや各地の天候データといったものが収められている。また晴風と規格が合う部品一覧なども保存されている。
真に凄いのは、そのデータの中身を全て暗記している点だ。
幸子が鳥を見て、空飛ぶ乗り物に付いて語るが、この世界には航空機は無い。ライト兄弟の実験が失敗してしまった為、そらに関する技術が遅れてしまっているのだ。
だがそのお陰で未だに戦艦と言った旧式艦艇も現役で働いている。
『皆さーん、食事の用意が出来ましたー』
「もうそんな時間か。今日は金曜日だったな」
「って事は、カレーか!」
艦内各所でカレーで盛り上がる。では順番に食べに行こうかとなったその時。
『右60度、距離30000。接近中の艦艇は、アドミラル・シュペーです!』
その言葉で艦内に緊張が走る。
「と、取り敢えず総員配置に」
「総員配置!」
明乃からの下命と同時、各部署で水密扉を閉じたりと慌ただしく動き出す。
どうするかと明乃が考えるが、事態は直ぐに動いた。
シュペーは砲塔を旋回し、何の警告も無く発砲した。
「着弾まで20秒程だよ」
アドミラル・シュペーはドイツが開発した艦艇で、巡洋艦程度の大きさながら戦艦の砲を積んでいる。
ポケット戦艦と呼ばれる所以は、高速かつ小回りが利くのに装甲と火力も有している為だ。
「まあ搭載されている副砲でも一発轟沈ですけどね…」
シュペーの性能を解説し終えた幸子が補足する。
「魚雷撃って足止める?」
「もう無い!」
「こっちの砲力は?」
「70で5」
「7000で50mm? シュペーの舷側装甲は?」
「80mmです!」
シュペーとの距離が7kmの所で晴風が主砲を放って命中した場合、その船の装甲を50mm傷つける事が出来るという意味だ。だが装甲、つまり金属の厚さが片側で80mmもあるシュペーにダメージは通らない事になる。
「30」
「30まで寄れば抜けるのね?」
砲弾の速度が一番大きいのはどのタイミングかと言えば、それは発射した直後にある。
重い砲弾を火薬を使い炸裂させ、一瞬でトップスピードに持って行き砲身から出す。威力面で言えば確かに着弾した時なのだが、速度面だけに限って言えば発射直後乃至発射時なのだ。
今回の場合、シュペーの装甲が抜けるぐらいの砲弾速度を発揮出来るのが、距離3000mという話だ。あくまで現状の晴風が使える主砲と砲弾に限ればという補足は付くが。
「もう近づいて撃つしかなくないかな」
海乃がそう発言すると、副長の真白が口を開いた。
「馬鹿かお前は!?」
水上戦闘において、現状の距離だけでも目と鼻の先なのだ。更に近づいた距離3000mは、所謂必中距離と呼ばれるものである。必殺とも確殺とも、呼び方は様々だが、文字通り晴風乗員が絶対に死ぬ事を意味する。
速度と小回りを活かして、抜ける距離に突っ込めばいいんだ浪漫だよ浪漫。
そんなのはゲームの中だけなのだ。
「でも初弾で散布界に捉えられたし、目測だけど公算誤差も許容範囲だよ」
「ぐっ…」
射爆理論に基づいて言えば、晴風は既に被弾する一歩手前だ。
「逃げ。あ、ぐるぐる」
「ッ、リンちゃん、取舵いっぱーい!」
「と、取舵いっぱーい! 取舵30度」
志摩の発言に何かを察知した明乃は直ぐに指示を出した。この行動に真白が明乃を問い詰める中、海乃は幸子に視線を送った。
どういう意図があるか分かるかなと目線で尋ねるが、幸子も首を捻るだけである。
「ああ成程! ボイラーの黒煙を目くらましに使うのか」
頭良いなーと呑気に海乃が考えている中でも、事態は動いていく。
先程の砲雷長と艦長の圧縮言語会話もそうなのだが、普通の新入生ってこんな状況だとまず動けないと海乃は考えている。
そも猿島に砲撃された時点でパニックに陥っても仕方ないのだ。だがこの晴風は可能な意思疎通手段を全て取ったうえで、素早く結論を出して行動した。
やはり普通じゃないと考えていると、海乃は急に目の前が暗くなった。
「兎に角距離を、え、市花さん!?」
フラフラとしだした海乃を訝しんでいた幸子だが、突如糸が切れた人形のように顔面から倒れた。
呼吸が浅く、青ざめた顔で震えている。
『緊急! 美波さん大至急艦橋へ!』
そんな言葉と同時、海乃は意識を手放した。
少し時が経ち、機転を利かせた晴風はシュペーから逃げる事が出来た。
波の音で目を覚まし起き上がった海乃は、自身が寝かされているが医務室だと視認した。
「うぁ、頭痛い」
医務室の主である鏑木美波は現在部屋を開けている為か姿が見えない。
ゆっくりと起き上がった海乃は、まだ少し残る吐き気を抑えながら美波のデスクへと近づいた。
探し物である自身のカルテはファイリングされずに置かれており、手に取った海乃はベッドへと戻って目を通し始めた。
痙攣、嘔吐、頭痛、眩暈。
「結論、乗り物酔い/船酔い」
乗り物酔い。
乗り物酔い(のりものよい、英: motion sickness、独: Bewegungskrankheit)とは―――
などと阿保な事を考えていたが、振り払うように頭を軽く振った。
「高枕安眠」
時間が経っていたのか、医務室の主が戻ってきた。
「安眠は、してないかな」
「船酔い体質なのに対策を失念して艦橋で倒れた阿保に送る言葉だ」
「はいすいませんでした」
海乃の覚え間違いでなければ、美波はまだ小学生だった筈だ。海洋学校始まって以来の天才で、特例中の特例である飛び級制度を使ってここにいるらしい。
頭が良い有能な年下に、自分の不注意で頭を下げる事になった阿呆の気持ちを述べよ。
ただし対象は頭すっからかんとする。
「私が調剤した酔い止めを渡すから、暫く寝ているといい」
「お世話になりまーす」
再度ベッドに寝転んだ海乃は、傍に置いてあったタブレットを起動した。美波がカルテを海乃から取り戻す中で、もう1つのベッドで寝ていた人物が呻き声を上げる。
「客人ももう少しで目を覚ますだろう。君、ドイツ語は?」
「This is a pen」
「分かった。もういい」
ドヤァとウザイ顔の海乃を冷たく見下ろした美波はデスクに戻った。
そうして見慣れない金髪の客人が目を覚ますまで、僅かながらではあるが平和な時間が続いた。
市花海乃に関してのプロフィールはいずれ気が向けば