「小僧。あのひよっこ魔術師二人はともかく、お前が来て何が出来るって言うんだ?」
戦場の中心、大きな広場にいる十文字は、余裕たっぷりな表情で言った。冬町は地べたに膝をつき、代わりに千早が十文字と相対している。
「その上、刀の構え方も知らないときたか。命知らずのガキもいたもんだ」
「貴様、千早を蔑むのも大概に──!」
「……冬町は引いてろ。こいつの相手は、俺だ」
千早は後ろにいる冬町を手で制すると、十文字を睨んで言った。
「寄ってたかって女の子をいじめやがって。今からは、俺とお前のタイマンだ!」
「ハハ、分を弁えろ小僧! その魔力量で、何ができるって──」
話している途中で、十文字はあることを不審に思い始めた。気のせいか……いや、気のせいじゃない。
「もしかしてここに来るまでに魔力を消耗してきたのか? 少しずつ回復してるのがバレバレだぜ。そんな時に俺と出会っちまったのは、不幸だとしか言いようがねぇなぁ!」
「何を言うか。これが今の俺の、
千早は大真面目にそう言う。すると、十文字は吹き出した。
「フッ、フッハハハ……!! その量が最大魔力とは……! 小僧、なんの冗談だよ……!」
これでもかと言うほど、腹を抱えて笑う。しかし、最初は爆笑していた十文字も、やがて真顔になった。
「……は?」
いや、その理屈はおかしい。今が最大魔力だとしたら、当然それ以上は増えないはずなのに。
何故、こいつの魔力は増えているんだ?
「いや……え?」
「なるほど」
なおも理解できない十文字を差し置いて、冬町もまたあることに気がつく。
「千早の魔力は増えているが……私と十文字の魔力は減り続ける一方だ」
やはり予想通りだな、と言って冬町は笑った。
千早には特殊な才能がある。気味が悪かったのか、十文字は大声で不穏な空気をかき消した。
「細けーこと気にしたって仕方ねぇ! 良くわからねぇがてめぇが弱いってことだけはわかる!! さっさと消えろ!!」
十文字は二つの剣を抜くと、そのまま不格好に刀を構える千早の元へと駆け出して行った。
「…………」
千早は口元を固く結んだ。一度、冬町に守ってもらったこの命。そう簡単に手放してやるものか!
「……!」
両手から伝わる、確かな手応え。強烈な一撃を、千早は真正面から受け止めたのだ。
しかし十文字は笑った。ちょろい。こいつ、腰は引けているし、力はそれほど上手く入ってはいない。
雑魚だ。言うまでもなく、ドがつくほどの初心者だ。
「オラァァァァァァ!!」
『カキン!』
鉄と鉄とがぶつかり合う音。二刀流による斬撃を、千早はものともしない。しばらく睨み合ったあと、十文字は首をひねりながらも、一旦手を引いた。
「……相当に強い刀だな」
答えはそこにあった。魔力が増えていくメカニズムはよく分からないが、こいつの刀はかなり優秀な代物だ。普通なら三回ほど胴体を真っ二つに出来ているはずなのに、あの刀はまるでこちらの動きを予測しているかのように防御してきた────
しかし、たとえ十六夜神器であっても、そこに魔力を流し込まなければ意味が無い。千早も微力ながら、刀に魔力を注いでいたというわけだ。
「お前如きが使っても、様になるとはな!」
「ほざけ。先祖伝来の神器だ」
千早は引きつった笑みを浮かべたあと、真剣な眼差しでこう問うた。
「……お前らは、何のために
「理由か? そんなもの簡単だ」
十文字は大袈裟に両肩を上げてみせると、自嘲気味に答えた。
「『魔術師の楽園を作るため』さ。それなら一般人に気を使わなくとも、自由気ままに生きていけるだろ? だからよ、ここに来るまでにいくつか町をまるごと占領して、試験的にその町の一般人を全員魔力のエサにしてやったのさ」
「!」
とんでもないことを、十文字は誇らしげに語る。
「それが何回か成功したから、ここらでそこそこいい土地の衛府を制圧してみようと思ってよ。しっかしペンギンが結界を張るのに手間取りやがって……街全体を囲めなかった結果、外から魔術師が出入りできちまう不完全な空間を作り出しちまったって訳だ」
十文字は嘲るように語った。結界とは、特定の範囲を外から見えなくする・または無意識に近づくことを避けさせるエリアのことで、中にいる一般人はみな押し寄せる魔力に耐えきれなくなり昏睡状態に陥る。しかし今回のケースのように、不完全な結界の場合は魔術師が自由に出入りしてしまうこともあるのだ。
「一般人を殺すだと……? てめぇ、正気か!」
「何言ってんだ、魔術師だけの楽園だぜ? 最高だと思わないか?」
十文字は狂気の笑みを浮かべる。
「しっかし意外にも賛同者が少なくてよ。魔術師のくせに一般人に媚び売ってヒーロー気取りしてぇのか知らねえが」
十文字はべらべらと語る。魔術師が九割九分九厘、頭のネジが外れた奴だというのは千早も知っていた。しかし、魔術師至上主義という過激な発想……一般人を巻き込む邪悪性は魔術師の中でも群を抜いている。
「……お前、名前はなんという」
「十文字だ。お前は?」
「
千早は再び刀を構えた。刹那、十文字は戦慄した。
「馬鹿な。十六夜……だと?」
十六夜家。それは、魔術師ならば誰もが知っている名門の家系。目の前のなんでもないガキが、十六夜の息子だと……?
十文字が動揺している間にも、千早の魔力は増加の一途を辿っていた。そのペースは、緩むことは無い。
「……千早。気づいたのか?」
「あぁ。あの時どうりで、魔力の無い俺が冬町を治療できた訳だ。恐らく、相手の魔力を吸収するしかない俺に、常人の戦い方はできない。けど、────戦えば戦うほど、俺は強くなれる。そんな気がする」
それは誇張でもなんでもなく、本心から出た言葉だった。
「魔力の吸収だと……!」
「私の時代にも聞いたことがないな。──そのような能力は」
冬町は呟いた。薄々気づいてはいたが、千早は決して魔力の受け皿がないわけではなかった。
並の魔術師ならば、20L入れられる器があるとしたら満タンで20L入る。いくら使っても、数日後には回復する。
千早は違う。1000Lも10000Lも入る容器があるが、肝心の魔力は1mLも入っていない。当然、回復もできない。しかし、人から魔力を奪えるとなるとどうだ。 相手の魔力を奪いながら、自分はどんどん増やすことが出来る。しかもそれを残しておけば、高い水準で維持することも可能なのだ。
「小僧。家を追放されたってのは……本当か?」
「あぁ。俺には才能が無かったからな」
千早は嘲るようにそう語る。十文字は首を捻ったが、やがて自身のこめかみを押した。
これほどの恐ろしい能力を持つ奴が、家を追放されるはずがない。絶対に裏がある。
「……私には人を見る目がないな」
冬町もまた、己の先見の明のなさを恥じていた。出会った当初、彼女は千早を一目見て、才能がないと判断した。馬鹿だ、私は。
「千早に、そんな能力があったとは」
ようやく、千早は自らの特異性に気づくことが出来た。しかし今まで気づかなかったのも無理はなかろう。大きなバケツを持ち上げる時、そこに少量の水が入っていようがいまいが、普通は分からないものである。
千早も同じ。彼の魔術師としての器が大きすぎた。故に、気が付かなかったのだ。
「だから何だよ」
十文字は言い放った。微かに頬を緩めていた千早に、現実を突きつける。
「今の時点では月とすっぽんどころか鼻くそじゃねぇか。それに……」
ニヤリと笑って、十文字は言った。
「どんなに将来有望でも……ここで死んじまったら、意味ねぇよな?」
十文字は双剣を構えると、足を踏ん張り、己の魔力を研ぎ澄ます。
千早は本能的にマズいと思った。
とんでもない大技が来る。そうなれば、自分はおろか冬町の命も危ない──
「ま、待て、千早!」
冬町の制止を振り切り、勇者は駆け出した。昨日、大男を相手に足がすくんで何も動く事が出来なかったあの千早が。
強者に向かって、走り出していた。
(間に合え!!)
頼む、間に合ってくれ。
千早は懸命に足を動かす。魔力で速度を上げて、十文字目掛けて突っ込んだ。
集中状態の魔術師は、一瞬無防備になる。嵐の前の静けさと言ってもいい。
簡単な話だ。その間に、千早は十文字を叩けばいい。
「
十文字は詠唱を開始した。しかし、それでも千早は諦めなかった。間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え!!
間に合うと、言ってくれ!!
……来た!! 十文字は、目と鼻の先だ!
「うおお───────」
「───────────────────────────────────────────────────
刹那。辺りに発せられる異次元の空気。千早は気づいた。自分は死ぬ。間違いない。平良と相対した時のそれを上回る恐怖。
千早は、死の間際にこう叫んだ。
冬町、逃げろ────と。
「……オラァァァァァァ!!」
両手の剣から放たれた無数の太刀筋は、千早の全身をことごとく捉えて。
彼の持てる全てを、ズタズタに切り刻んで行った。
「千早────!!」
冬町は何度も叫んだ。
自分勝手な私の代わりに、こいつは強者の前に立った。助けに来てくれたのだ。出来る限りの準備をして。ろくに戦ったこともないのに、勇敢に立ち向かって──
それで今も、まるで命なんて少しも惜しくないような顔をしていた。その結果が、その報いが。
こんな結末だなんて。