十六夜神器伝   作:渋川ジュン

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第10話 逃げろ

「……ハハッ! 雑魚がよ!!」

 

 ゼェゼェと肩で息をしながら、十文字はケラケラと笑った。

 

 一流の魔術師による大技を、千早はまともに受けたのだ。

 

「即死だろ。無理だ。こんなに真正面から食らってくれるドMも、中々いねぇわな!」

 

「………………ぁ………………ぁ」

 

 千早は、膝からバタンと倒れた。全身から血という血を吹き出して。

 

「……千早! 大丈夫か!」

 

 冬町は魔力を失い満身創痍の状態で、千早の元へと駆け寄ろうとした。

 

「来るな!!」

 

 しかし、それを十文字が手で制した。冬町は歯ぎしりをした。

 

 遠くから見ても、千早は酷い傷だ。そりゃそうだろう。まともに大技を受けたら、普通は原型すら留められていないはずだから。

 

 早く治療をしてあげたい。しかし、自分も満身創痍だ。行ったところで十文字に斬られるだけだ。

 

「ケッ、小僧……さては、オレから魔力を奪って、峰打ちにさせやがったな」

 

「それもそうだけど────」

 

 その時。

 

 戦場に吹いていた風が、ほんの少し冷たくなった。

 

 遠くから現れたのは、銀髪碧眼の美少女。彼女は無表情(ポーカーフェイス)で、何を考えてるのかは誰も読み取れない。

 

 氷の魔術師、三条ノアだ。

 

「小娘────生きてやがったか!」

 

「二人ほど、私が仕留めた。いや、一人と一羽、とでも言った方がいいかな?」

 

 ノアは微笑をうかべてそう言った。は? とでも言いたげな十文字を差し置いて、彼女は冬町の方へと叫ぶ。

 

「あのっ、千早くんと同盟を結んでいる三条ノアです。この男は任せてください。あの炎魔法士さえいなければ、私は十分に戦えます」

 

 十文字は一瞬フリーズした。双剣を構える手を、静かに下げた。

 

 そして、全てを理解した。

 

 仲間を失った。それも二人。

 

「春蘭、ペンギン───────」

 

 徐々に湧いてくる、激しい怒り。

 

 仲間を失った。ペンギンが死んだということは、魔力の供給が行われないということになる。それによって十文字が大技を繰り出すための魔力が、足りなくなったのだ。

 

 十文字は怒りでプルプル震えていた。幼少期からの付き合いだった女。それと、貴重な魔力供給者であり外せない戦力────二人を殺りやがったのか、このガキは────

 

「……クソが!!」

 

 十文字が眉をつりあげた、その時だった。

 

 戦場を横切ったその炎球は、全てを燃やし尽くさんとノアの方へと突き進んでいたのだ。

 

「!」

 

 完全に反応が遅れたノアは、急いで氷の壁を造り上げる。それでも、炎の球はいとも容易くその壁を突き抜けて、ノアへと迫った。

 

 彼女は咄嗟に体をねじり、炎の進行方向から脱出しようと画策する。しかし残った左足が、炎の球にまともに直撃した。

 

「……!」

 

 刹那、ボワッと燃え盛る炎。ノアは痛みから、声にならない叫びを上げてのたうち回った。

 

「ノア────」

 

「惜しかったねぇ」

 

 どこからか現れた赤い外套とマントの男。背中にはZの文字が刻まれている。男の足元には、投げ捨てられたカシアと、足が燃えて意識を失ったノアがいた。

 

「結局、君一人になったね。十六夜冬町」

 

 ウィザードは笑っていた。しかし、目の奥には復讐の炎が燃えている。

 

「こちらも大切な仲間を失った。もう、後には引けないよ」

 

 先程までとは打って変わり、赤いZの男は饒舌に語る。

 

「ペンギンは……凍らされて身体ごと打ち砕かれ、春蘭くんは氷の壁に圧縮されて死んだ。十文字くん……腹が立つと思わないかね?」

 

「…………」

 

 十文字はウィザードに顔を向けると、歯ぎしりしながら頷いた。

 

 圧死させただと……この小娘が……!! 

 

 一方、冬町は激しい危機感を募らせていた。

 

 千早、カシア、ノア──自分を助けに来てくれた者たちが、一同に地面に突っ伏している。こちらから近づけない以上、何よりも彼らの命が危ない。

 

「さーて、まずはどうこいつらを料理するかだが」

 

「……待て」

 

「面倒なので焼き尽くしても構わないよ。十文字くんが切り刻んでもいいし──」

 

「……待て!」

 

 冬町は懸命に叫ぶ。二回目で、ようやく二人は彼女の方に向き直った。

 

「うるせぇな、黙れよ。魔力が無いてめぇなんぞ屁でもねぇ」

 

「言葉を発する権利すらないと思いたまえ」

 

「…………」

 

 冬町は黙ったまま、拳を握りしめていた。

 

 無力だ。魔力はほとんど残っていない。

 

 ……ダメだ。こうなってしまったのも、闇雲に家を飛び出してしまった自分の責任。そも、今の自分が、一流の二刀使いと炎の魔法士に立ち向かったところで何が出来る? 

 

 傷が痛むのもあって、冬町は上手く頭が回らなかった。何かしなければならない。それは分かっているのに、肝心の体は悲鳴をあげていて。

 

 ……詰み、か。

 

「まずはそこの女からだ。こいつは春蘭を殺りやがった……!」

 

「やめろ、やめろ!!」

 

 冬町の制止を無視し、十文字が倒れているノアの方へ一歩を踏み出した。

 

 その瞬間だった。

 

『ゴン!』

 

 冬町はおろか、冷静なウィザードでさえ目を疑った。

 

 彼らも、薄々勘づいてはいたのだ。

 

()()()()()()()()。自分の魔力が少しずつ減っていくのを感じていたからだ。死なない限り、無差別な魔力吸収は止まらないのだろう。

 

 しかし、十文字は怒りで周りが見えなくなった。春蘭を小娘と侮っていた女に殺された。我慢ならなかった。

 

 それがこの状況を生み出した。

 

「……どうだ、俺の石頭は」

 

 そんな十文字に、おもむろに立ち上がった十六夜千早が、頭突きをお見舞いしたのだ。

 

「〜〜!」

 

 十文字は後ろに思いっきり倒れると、苦悶の表情を浮かべ、頭を押えて痛がった。何をするでもなく千早はただそれを見下ろしていた。

 

「まさか、気絶していたんじゃないのか。少年……」

 

 ウィザードの質問に千早は答えない。殺気立った表情のまま、近くに放り出されていた、十六夜神器の刀を手に取った。

 

「お、おい! 何をする気だ────」

 

 ウィザードは呼びかける。が、今の千早には何も聞こえていない。いや、聞こえないふりをしていたのかもしれない。

 

 ただでさえ一流魔術師の大技をまともに食らったのだ。足はおぼつかず、傷口も塞がっていない。

 

「……!」

 

 それでも、その目は誰よりも強く未来を見据えていた。

 

 ありったけの魔力を込めて、千早は剣を振り下ろす。

 

 その手は、誰よりも非情だった。

 

「…………が…………は……!!!」

 

 まるで時が止まったようだった。これは千早が立ち上がってから、ほんの数十秒の出来事だ。

 

 千早は無言のまま、倒れ込む十文字の胸に刀を突き刺したのだ。

 

「何をする……少年!!」

 

「来るな」

 

 これには思わずウィザードも驚きを隠せずにいたが、千早は鬼気迫る表情で牽制した。

 

 そしてそのまま、突き刺した刀を思いっきり引き抜いた。

 

 鮮血が、吹き出した。

 

「…………き…………貴様…………………………生きて………………がっ………………………………………………………………」

 

 十文字は血だらけのまま、千早を見上げた。先程までの威勢はどこへやら、命の灯火は消えようとしていた。

 

「………………………………………………………………………………………………クソ」

 

 やがて、目を閉じた。

 

 その命だったものは、息もしなくなった。

 

「綺麗事を並べるのは、もうやめだ」

 

 返り血をこれでもかと言うほど浴びた千早は、血だらけの刀を引っ提げて語る。

 

「死にかけて……改めて気づいたんだよ。俺は弱いって」

 

 人殺しなのに、何故だか優しい目をしていて。

 

 重責から逃れたようなその目は、本当に優しい色をしていた。

 

「魔術師は九割九分九厘、外道…………俺もそうなっちまったな」

 

「貴様……!」

 

 ウィザードは、炎を放たんと手を構えていた。しかし、千早はそれを鼻で笑った。

 

「一般人を殺戮し尽くしたお前が顔を歪ませるのはどうしてだ? 好都合なビジネスパートナーがいなくなったからか?」

 

「……餓鬼が」

 

 千早はウィザードに向かってそう言った。そこに十六歳の少年はいない。昨夜、大男に迫られてオシッコをちびりそうになった、あの少年はいない。

 

 強くなった勇者が、そこにいた。

 

「千早……どうして。どうして、立ち上がれる。そこまでして……」

 

 冬町は呆然としながら、そんな問いかけをした。理解できない。十文字に完璧に殺傷され、魔術師としては三流もいいとこの少年のどこにそんな力があったのか。

 

 千早は冬町の方をチラ見してから、答えた。

 

「理由とかそんなんじゃない。たとえ、肉を切られようが、骨を断たれようが、……」

 

 冬町だけに届けるのではない。この町、衛府という町全体に届くように。そんな大声で、千早は叫んだ。

 

「みんなの夢を、希望を……断ち切るわけにはいかないだろうがッ!!」

 

「!」

 

 家族が、友人が、恋人が、尊敬しているあの人が、殺される。

 

 そんなのはおかしい。一部の人間のエゴで、どうして多数が巻き込まれる羽目になるのだ。

 

 絶望の縁にいる、そんな人々を助けたい。弱きを助け、強きを挫く。冬町が言っていた、庶民の平和を掴むため……そのために今、俺は戦える気がした。

 

「ウィザードと言ったか」

 

 千早は尋ねた。十文字を殺したことに、何も後悔などない。初めて人を殺した。しかし……外道の命よりも、大切なものがあった。

 

「一般人を殺して、魔力の足しにするだと……ふざけるな!! ()()()は何度でも立ち上がるぞ、外道!!」

 

 千早は高らかに宣言すると、ウィザードにその刀を向けた。

 

「…………」

 

 赤い外套の男は、歯ぎしりをしながら千早の方を見ていた。

 

 流れが変わった。目の前の男は依然として傷だらけだ。魔力もほとんど残っていない。しかし、何故だ。こいつに向ける、自分の手がプルプル震えていた。

 

「…………んん……」

 

 千早の必死の頑張りが、彼女の心にも届いたのだろうか。

 

 その時、ふと倒れ込んでいたカシアが目を覚ましたのだ。

 

「え────嘘。……の、ノア!? 大丈夫なの!? ねぇ!」

 

 カシアは横で倒れていたノアに気づくと、その体を揺さぶった。

 

「炎の女子(おなご)! ノアは、足を火傷して気絶してるだけだ。そやつを連れて、千早たちから距離を取れ!」

 

 遠くで膝を着いていた冬町が、カシアに向かって声を掛けた。

 

「えぇ……あぁ、わかったわ!」

 

 カシアは顔のところどころが焼け焦げていたが、体力に問題は無いようだ。

 

「まったく笑わせてくれるぜ。一般人を手にかけるのに、魔術師《カシア》は殺さなかったのか?」

 

「…………違う」

 

「お前らには一ミリも仁義なんてねえだろうが、俺たちは違う。必ず、お前を倒して──」

 

「違う!!」

 

 千早は、びっくりして黙った。

 

 どちらかと言えば寡黙な印象のある男が、大きな声を出したからだ。

 

「私は…………魔術師の生きづらい、この世の中が憎かった……………………憎かった!!」

 

「!」

 

 ウィザードは叫びながら、咄嗟に家一軒丸ごと燃やし尽くそうかという大きさのファイアボールを生み出し、千早に向かって放出した。

 

「あっぶね……!」

 

 体をねじって、千早は間一髪逃れる。

 

「はァァァァァァァァ!!」

 

 しかし、ウィザードは次々とその炎球を投げつけた。生成速度が恐ろしく早く、千早は必死に避け回った。

 

 千早は魔力をある程度ウィザードから吸収していたが、それでも避けるので精一杯だった。

 

「カシア!! なんとかノアを守ってくれ!」

 

「わ、わかった!」

 

 この暴走具合では、いつ彼女らに被害が出るかわかったものでは無い。

 

 千早はなるべく冬町たちにファイアボールが行かないように、上手く逃げ回る。

 

「自暴自棄になるな!! ちゃんとした大人だろ! ちゃんと自分の言葉で話せ!!」

 

「…………」

 

 ウィザードはそれでも手を止めない。やがて自らの拳に炎を宿すと、千早の元へ殴り掛かった。

 

「……!」

 

 それを千早はまともに食らった。頬が抉られていく感覚は、十文字のそれによく似ていた。

 

 拳を食らったまま、千早は吹っ飛んだ。その隙に、ウィザードは次なる対象へと狙いを定めた。

 

「どうなってもいい」

 

 赤い外套の男は、その手に全ての魔力を込めた。仲間は死んだ。だから、なんでもいい。

 

 せめてその『復讐』だけは、果たせるように。

 

 未だかつて経験したことの無い怒りが、魔力の更なる増長を招く。それらを全て、炎球へのエネルギーに変換する! 

 

「死ねぇぇぇええええ!!!」

 

 ウィザードが狙ったのは、目を閉じたままのノアと、それを運ぶカシアだった。

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