十六夜神器伝   作:渋川ジュン

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第12話 握手

 戦場には、冷たい風だけが吹き抜けていた。

 

 ウィザードは体を貫かれると、そのまま地面に落ちた。上半身と下半身が分離していた。

 

「……………………何故だ」

 

 ウィザードは高圧縮のエネルギーに身を貫かれてもなお、息をしていた。

 

「最後に水を差すか。…………十六夜冬町」

 

 倒れ込むウィザードの前には、膝をついていたはずの冬町が立っていた。

 

 冬町は自らの後ろに突き飛ばされた千早を見ながら、言った。

 

「今までロクに人殺しをしてこなかった少年だ。……一日に二度も、誰かを殺める必要はなかろう」

 

 冬町は優しい声で呟いた。

 

 そう。実は、千早は『狼』を使用する直前、遠くから来た冬町に突き飛ばされていた。

 

 そして、敵の炎が自らに到達する前に、もうひとつの『狼』を使用し、ウィザードの身体を真っ二つにしたのだ。

 

「………………………………見事」

 

 ウィザードは、冬町のそのセリフに、微かに笑みを浮かべながら言った。

 

 そうして、虫の泣くような小さな声も、やがて聞こえなくなっていく。

 

 そして、赤い『Z』の男は目を閉じた。

 

「その『狼』は、私のものと一寸違わず同じだ。やはり千早は、私の子孫だったという訳か……」

 

 感慨に浸る冬町は、ウィザードには見向きもせず、じっと千早の方を見ていた。

 

 しかし、千早は立ち上がった。そして、そのままウィザードに近づいていく。

 

「……どうした?」

 

「見ておくよ。あいつの顔を」

 

 千早はにべもなく答えた。

 

 生まれを憎み一般人を憎んだ、悲しき男の死に顔を、一目見ないでは生きて帰られる気がしなかったのだ。

 

「……」

 

 千早はその顔を覗き込む。

 

 何かから解放されたような、そんな穏やかな目をしていた。

 

 彼は強かった。何度も何度も、千早はその炎に苦しめられた。仲間も失った。それでも。

 

「俺たち、……生きてるんだな」

 

 噛み締めるように言った。そうだ、勝ったのだ。一般人を手にかける、四人全員、ぶっ倒して。

 

「…………千早くん」

 

 すると、先程まで姉を失ったショックで錯乱状態だったノアが、少しだけ正気を取り戻した顔で言った。

 

「今はまだ……整理がつかないけど。二人とも、本当にありがとう」

 

 大切な人を失った後に、このセリフを言える人がどれだけいるだろうか。

 

 しかし千早は、首を横に降った。

 

「礼を言われるようなことはしてない。……なぁ、ノア。もし良かったら、今度俺たちのところに来てくれ。まだまだ俺達には、お前《ルビ》が必要だ」

 

「…………!」

 

 ノアは、目を見開いた。そして、俯いた。

 

「……ありがとう」

 

 そうして、ノアはカシアの身体を大事そうに抱えると、左足を引きずりながら、どこかへと去った。

 

 随分と現実を受け入れるのが早いな。まだまだ若いだろうに。冬町はそんなことを思う。少なくとも、並の人間の精神力ではない。

 

 二人はその後ろ姿を見送ってから、お互いの方に向き直った。

 

「……さ、俺達も帰ろう」

 

「千早」

 

 冬町は名前を呼ぶ。しかし聞こえていないのか、千早は返事をしない。

 

 ただ、家のある方へ向かって歩く。

 

「────千早!」

 

「うおっ!?」

 

 なんとか気づいてもらうべく、冬町は千早の胸ぐらを掴んだ。

 

 そして、勢いそのままに口付けをした。

 

「え……」

 

 みるみる、千早の顔が赤くなっていく。血の味と、甘い味が混じって、よく分からなくなって。

 

「ありがとう。本当に…………」

 

 冬町は初めて、弱ったような表情を見せた。

 

 その色っぽさに、よりいっそう千早の頬が火照る。

 

「……あ、いや。礼を言われることじゃない。むしろ、礼を言うのはこっちの方だ。最後もそうだし、途中から魔力をわざと俺に残してただろ。あれがなきゃ俺は死んでた。自分の傷を先に治せばいいのに、どうしてそんなに仲間思いなんだか……」

 

「そうしたいと思ったからだ。それでも……私はカシアの命は無駄にはしたくない。千早、私たちはもっと強くなる必要がある」

 

 ここまで来たら、後戻りできない。

 

 冬町はそんなことを言った。

 

「そうだな。……カシアのためにも」

 

 千早は後悔していた。自分がもっと強ければ。カシアの命は守れたはず。

 

 そんな自責の念が強く残っていた。運良く十文字とウィザードを殺すことは出来たが……死人の命は戻らない。

 

 千早は、冬町に向かって手を差し出した。

 

「これは……」

 

「友好の証だ。忘れてるだろうが、お前と俺、まだ仲直りしてないんだぞ」

 

 あ、と冬町は洩らす。

 

 そうだ。私は、千早に怒って家から飛び出したんだった……。

 

「……ふふ」

 

 冬町は差し出された手を握り返すと、控えめに笑った。

 

「私も今日、多くの魔術師を殺した。共犯者だな、私たちは!」

 

「お前ほど殺してはねぇよ!」

 

 二人は笑いあった。疲れ果てた表情で、それでも、その目は遠い未来を見据えていたのだ。

 

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