十六夜神器伝   作:渋川ジュン

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第2話 襲撃

 

 ーー深夜ーー

 

 軽い騒動を起こした冬町が就寝すると、鈴木家にはしばしの平穏が訪れた。冬町は静かな台風のようなものだな、と千早は思う。所作一つ一つに無駄がなく、また言うまでもなく美人なのだが、やはりそれに似つかず豪快な部分も多々見える。

 

 例えば、人の家に上がり込んで数時間も経たないうちに、そこで爆睡してしまうところとか。人の枕を平気で奪ってしまうところとか。

 

 千早の祖父が亡くなって以来、久しぶりに一種の緊張感と安心感のようなものが鈴木家にもたらされていたのであった。

 

「…………」

 

 その興奮は覚めやらず、冬町が深い眠りに落ちてもなお千早は寝付けずにいた。

 

 できる事なら一生起きないでほしい。これからしばらくの間、自分は彼女に振り回されることになるだろうから──あぁ、軽く憂鬱になる。

 

「千早。わかるか」

 

 その時、千早の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。体をびくっと震わせて、千早は答えた。

 

「いや……何がだ」

 

「やはりわからんか。骨のある奴だとは思うが、魔術の腕はからっきしのようだな」

 

 冬町はそそくさと立ち上がると、急いで袴に着替え、暗闇の中で納めていた刀に手を掛けた。

 

「おいおい、もしかして────」

 

「敵だ。おそらく、私をこの時代に解き放った輩が関係している……お前は後ろで見ておけ。私の魔術を、見せてやろう」

 

 Tシャツ短パン姿を脱いで、武士としての衣に着替えた冬町。その立ち振る舞いは、さながら武士であった。

 

「待て。まさか……この家の中で戦いを……?」

 

「ならどこで戦えば良いというのか」

 

「広い庭がある! や、やるなら……せめてそこでやってくれ!」

 

 ムッ……とデジャブのように冬町は唸ると、庭へと歩き出す千早の後ろ姿を見ながら言った。

 

「庭ごと吹き飛ばしたら悪いな。私を召喚した性悪も、そう楽な相手では無いだろうから」

 

 冗談には聞こえなかった。千早は秋夜の寒さでさえどうでも良くなるほど、未来に起こる『何か』に身構えていた。

 

 〜

 

 深夜。銀のような石が散りばめられた庭を、緑が取り囲んでいる。最近は手入れにまで手が回っていないのか、少々散らかっているような印象を与える。

 

 しかし冬町は存外このような風流のあるものは嫌いではなかった。むしろ自分が生きていた時代のものに近く、気に入っていた。

 

「千早、私は和歌が好きなんだ」

 

 刀を引っ提げて、途方もない夜空を見上げる冬町。その瞳には、神秘的なものが宿っているようにも見える。

 

「『ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれないに 水くくるとは』──在原業平は、紅葉で真紅に染め上げられた竜田川を、『神のいた時代でさえも聞いたことがない』と言ったそうだな。しかしそれはどうだろう。そんな風景よりも──」

 

 冬町は饒舌に語る。千早も特段和歌に詳しいというわけではなかったが、自分の名前の由来については大なり小なり知っていた。

 

「一度死んだはずの私がここにいることのほうが、まさに『神代も聞かない』ことだと思わないか」

 

 冬町がそう呟いた瞬間、銀の庭に不自然な光が射した。

 

 千早はあまりの眩しさに目を抑える。しかし、冬町は少しも動じず、それどころか刀を抜いた。

 

「やぁ〜! よ〜〜くも逃げ出してくれましたねぇ、十六夜さ……」

 

「!」

 

 一閃。深夜に突如現れたその光を、冬町は目にもとまらぬスピードでぶった斬った。

 

 その斬撃は光だろうがお構いなく炸裂し、声の主と思しき人物が地面まで墜落した。

 

「ゲホッ……や、やりますねぇ。対魔術の防御壁を何重にも重ねたというのに」

 

 わっしがそんなに忌々しいですか、と言ってその男は杖を支えにして立ち上がった。

 

 千早もまたその姿を目に収める。身長が2mほどにもなる長身の男で、仮面で口から上の素顔を隠している。首元には斬られたと思しき傷が残っていた。

 

「お前か……冬町を、この時代に解き放ったのは!」

 

「貴方が誰なのか問いたいところですが、まぁ……そうですね。ですが、わっしが召喚したのは彼女だけじゃない。時の幕府を打ち倒した伝説の五人……その全員を現世に蘇らせることに成功しました」

 

「!」

 

 千早は戦慄した。

 

 現世に蘇らせた? 冬町だけでなく……他にも? 

 

「要は連れ戻しに来たんですよ。五人の英雄を完全に操ることができれば、世界を手中に収めることなど容易ですからね。……あとは君ともう一人だけなんですよ。わかったら早く戻ってきてくださ──」

 

「断る」

 

 冬町は即座に首を横に振った。仮面男の顔色が変わる。

 

「……どうしてです?」

 

 まさに、一触即発の空気だ。二人のやり取りを見て千早は確信する。この男は、過去の人間を未来に呼び出すことの出来る、相当な実力を持つ黒魔術師だ。

 

 大変不気味である。動機は不純。仮に冬町ともう一人を連れ戻せたとして、それから何をするのか。政府直属の魔術警察『トラスト』を破壊するような真似でもするのだろうか。

 

 しかし千早にもわかる。目の前の男は恐ろしく強い。杖に閉じ込められた魔力量は並の領域ではない。また、自らを光に置き換えて移動するなど、高度な術も持ち合わせているようだ。

 

「『どうして』だと? 単純に不快だからだ。あと、お前のような外道が二度と私に質問を投げかけるな」

 

 冬町は冷たく言い放つ。それを聞いて、男は口角を僅かに下げた。

 

「や、やめとけ! その男は危険だ!」

 

「お前は黙って見ていろ。せめて私の邪魔だけはするな」

 

 千早は思わず大声で引き留めようとするが、冬町は軽く一瞥しただけで、すぐに仮面の男の方に向き直った。

 

「……随分と大きな口を叩いてくれますねぇ。居場所を特定されて、絶体絶命のはずでしょう?」

 

「どうして、こいつの居場所がわかった?」

 

 千早は臆せず、黒魔術師に問いかける。黒装束の男はニヤリと笑うと、答えた。

 

「言うわけないでしょう〜。これからの活動に支障をきたしますし──」

 

「もしかして……冬町。お前、GPSとか付けられてるんじゃ」

 

 千早はそう言うと、冬町の背中に小さな黒い物体が付いているのを見つけた。

 

「お前……魔術師のくせに……」

 

「────付ける場所が甘かったです」

 

 現代人同士の会話に、全くついていけない冬町であった。

 

「じーぴー……?」

 

「居場所を特定できる機械みたいなやつだ。これ」

 

 千早は冬町にそれを手渡した。刹那、冬町はそれをまじまじと見つめた後、それを空中に放り投げた。

 

「!」

 

 そして、それを愛用の刀で勢いよくぶった斬ったのであった。

 

「……小癪な真似をしおって」

 

「バレちまったもんは仕方ないですねぇ」

 

「ほざけ外道。それによもや、単身で乗り込んできたというわけではあるまい」

 

 冬町は黒魔術師を鋭い眼光で睨んだ後、大きく息を吸い込んだ。

 

「……姿を現せ、伏兵!」

 

 冬町がそう声を張り上げると、しばらくしてから、大気が揺れるほどの大きな魔力の動きが起こった。

 

「……!」

 

 二人は身構える。刹那、木々の向こうからとんでもない量の魔力を持った人間が近づいてくるのを察知した。

 

「バレちまったもんはしょうがねぇ」

 

 薙ぎ倒された木の向こう側から、赤髪の男が歩いてきた。手ぬぐいでその長髪を纏め、大剣をひっ提げる腕には尋常でないほどの筋肉がついている。しっかりとした鎧を身に着け、それでも見る者に動きにくさを微塵も感じさせない。危険な男が、千早と冬町の前に現れた。

 

「おいおい〜平良(たいら)くん。しっかり隠れててって言ったでしょうが〜」

 

「旦那ー。結界の内だったらそりゃバレるだろうがよ!」

 

 何故だが軽口を叩き始める二人。それを尻目に、千早は冬町に耳打ちした。

 

「なぁ、あの男……」

 

「なんだ。見覚えがあるのか?」

 

「そうじゃなくて……あいつ、お前と同時代の奴なんだよな? ってことは、知り合いなんじゃないのか」

 

 あぁ、と冬町は曖昧に頷く。

 

「そうと言えばそうなんだが……仲間とは言えないな。あの時協力したのは、偶々利害が一致したからだ。あやつは長いものに巻かれる種の人間。相容れることは無かったし、これからも一切ないだろうよ」

 

「わっしも鞍替えに関してはあまり感心しませんねぇ。まぁ、堂々と不法行為を働く黒魔術師なんぞよりかは幾分マシでしょうが」

 

 男は悪びれる様子もなくそう言った。不法行為とは当然死者を蘇らせたことだろう。きっと仮面の奥では歪んだ顔を晒しているに違いない──千早は拳を握りしめた。

 

「じゃあ、わっしは戻ってますから。いいですかぁ平良くん。彼女たちを生け捕りする必要はありませんよぉ。殺してしまって構いません」

 

「!?」

 

 驚いたのは、平良の方だった。

 

「……いいのか? 旦那」

 

「ええ。強いて言うなら──土産は生首がいいですねぇ。十六夜冬町の」

 

 ケケケ、と笑って仮面の男はマントを翻すと、自らを光に変換した。

 

「まぁ、せいぜい頑張ってください。健闘を祈ります──」

 

「待て、逃げるな!!」

 

 冬町は走り出した。光になって去りかけていた仮面の男目掛けて、その妖刀を振りかざした。しかし、

 

「やらせねぇよ。お前の相手はオレだ」

 

「……邪魔をするか、平良!」

 

 冬町の繰り出した刃を、赤髪が大剣で迎え撃つ。魔力で大幅に強化された武器で行われる剣戟を横目に、仮面の男は姿を消した。

 

「ハッ、あの時もそうだったけどよ。女の癖に前にでしゃばりやがって。それに飽き足らず俺と一戦交えようとは、なんと分を弁えん奴だ」

 

「馬鹿も休み休み言え。主を鞍替えする卑怯者なぞに負けるはずもないわ」

 

 一定の間合いを保ちながら、口撃に勤しむ二人。冬町の方もかつての味方(敵)の参戦には面食らっているようだ。

 

「……」

 

 なるべく後ろの方へ下がり、一人、戦局を見守る千早。今、自分にできることはそれだけ。英雄たちの戦いに、現代人が付け入る隙など露ほどもない。

 

「下手な真似をするなよ、千早。これだけの魔力量だ。お前は立っているのでやっとだろう」

 

 常人ならばすでに泡を吹いて倒れているところだ、と言って15m先の冬町は笑う。笑っている場合か、いや、これも強者の余裕と言うやつなのかもしれない。

 

「ヘイヘイ! 何よそ見してんだよ!!」

 

 好機と見たのか、平良は猛然とした勢いで飛び出すと、冬町に大剣の一撃を浴びせた。

 

「くっ……!」

 

 冬町はなんとか刀でそれをいなした。何度かぶつかり合った後、「本気を出す」と宣言するかのように、平良は右手を大気にかざし本格的に魔力を放出し始めた。

 

「ならばこちらも」

 

 冬町はそう言った。突如、発せられる紫の気。

 

 十六夜冬町。かつての英雄が、全力を出す時が来た。

 

(魔力は、そのエネルギーを様々な形に昇華させるための潤滑油のようなもの……多ければ多いほど優秀な魔術師とは言われるが、この二人は──紛れもなく大魔術師だ)

 

 千早は心の中で一旦整理した。自分の心配などしていない。あくまで冬町のことを気にかけていた。

 

「気をつけろ冬町! まだ病み上がりなんだろ!」

 

「平気だ! そもそも私がやらなければ、お前諸共死んでしまうのだぞ!」

 

「それはたしかに………………そうだが」

 

 歯がゆい。自分は落ちこぼれだ。名門に生まれながら、ほとんど魔力を有していない。必要な鍛錬は全て行った。素質もあるはずだった。しかし、できることといえば魔術治癒ぐらい。それも本来魔力がなければ出来ない所業だから、自分に魔術治癒が行えること自体不思議なことではあるのだが……。

 

 仮に自分に魔力があったところで、目の前の英雄たちにはなす術無し。それが現実である。しかし悔やむことはない。

 

 冬町と平良は異次元だ。比べてはならない。そう自分に強く言い聞かせながら、千早は戦いの行方を見守っていた。

 

「おっと、結界は既に張られてるんだぜ? 周りを気にせず思う存分戦えるってこっ……」

 

「隙有り!!」

 

 ベラベラと喋る平良の頭めがけて、冬町は刀を素早く振り下ろす。魔力がふんだんに込められたその一撃には、思わず平良も勢いを流し切れずに吹っ飛んだ。

 

「あぁ………………………………殺す」

 

 後ろに飛ばされ、塀にめり込んだ赤髪は立ち上がると、首の骨をポキポキと鳴らす。先程までの嘲る様子は嘘のように、『本気』の顔になっていた。

 

「失せろ」

 

 平良は大剣を持って冬町に迫る。しかしそのスピードは先程までとは段違いである。一撃。一撃と力の乗った衝撃を確実に与えていく。

 

「くっ……」

 

 冬町は対応に追われた。精一杯その重い太刀筋を見極め、避けることもできず刀を差し出すのみであった。

 

「どりゃあああ!!」

 

 大剣に、覇気が纏う。大地が揺れる、空気が裂ける。最強の一撃。鞍替えを連発し忠義の欠片もないと称されるほどの外道に唯一許された、強者としての道。

 

「『零式 夢幻凌駕』」

 

 その昔、あまりに強いその斬撃に海は割れ、夢や幻でさえもその一撃に沈むと言われていた。平良を強者たらしめる、イカサマだ。散々隠しておいて、相手が油断した頃に一気に畳み掛ける。だから、彼は外道と呼ばれた。

 

「……」

 

 冬町は大地を真っ二つにしようかというその一撃を前に、再度刀を構えた。

 

 そして、何故だか笑った。

 

 そう、たしかに笑ったのだ。

 

「──『白夜』!」

 

 十六夜神器。かつて人々は冬町の愛用する「妖刀ムラマサ」をひと目見て、戦慄した。

 

 まさに『神器』と呼ぶに相応しい妖気──しかし十六夜神器とは刀のみを指しているわけではない。その妖刀を使って行われる派生技──炎を纏った斬撃から辺り一面を更地にするほどの衝撃波まで──それらすべての超常現象をひっくるめて、人々は十六夜神器と呼んだのだ。

 

 すなわち神器とは一つではない。使用者本人が信じるもの、もしくは第三者がそう思うものでもいい。

 

 十六夜神器──幾度となく平良はその恐ろしさを戦場で痛感した。例えば冬町がかつて大技を繰り出した後、平良は魔力の残滓で火傷したことがある。

 

「うりゃあああああ!!」

 

 天地を揺るがすほどの一撃と、十字に世界を割ってしまいそうなほどの斬撃。

 

『零式 夢幻凌駕』

 

『白夜』

 

 お互いの矜持がぶつかり合うこの瞬間。鈴木家など一瞬で吹っ飛んでしまいそうなほどの衝撃。魔力と魔力が波を起こして、辺りの気全てを揺らしている。

 

 少しのタイムラグを経て、勝利したのは────

 

「!?」

 

 千早は目を見張った。

 

 勝者は、いなかった。

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